深緑の中を商人一行は進んでいた。
他愛の無い話をする商人とセレス。問われたら返事をするアドニス。
山の中を穏やかな時と共に一行が進む。
何事も無ければいい、とセレスが思った時だった。
「最近、ここいらにでるらしいぞ。」商人が言った。
「移動したのか?」アドニスは訊く。
「らしいの。仲間が何人か殺られたと聞いとる。」
「ご苦労なことだ。」
賊の事だ、とセレスは思った。
特定の生き物以外は遠くに移動などしない。自分の領域の中で過ごす。
「商人の仲間」が「殺られた」
商人を求めて移動しているのだ。人間しかいない。
今迄対峙してきたモノと違う存在。
自分の大剣を持たせたアドニス。
「ちゃんと帰ってきてね。」そう言った妹。
出来るだろうか。
風が緑を揺らし、ざわめきと共に異質な音を運んで来た。
アドニスがセレスに目配せする。
セレスがゆっくり瞬きをした。
「オッサン、いい天気だなぁ。」商人に合図する。
「そうだのぅ。」答える商人。相手に気取られないように、荷の方に移動する。
ざわざわと緑が揺れる。その時が近い。
セレスの背中に鳥肌が立つ。
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矢が焦茶の馬の鼻先を掠め、馬が激しく嘶いた。
それを合図に複数の物音が一行目掛けて襲い掛かる。
「殺れ!」盗賊が叫ぶ。
アドニスが大剣と共に宙を舞い、宙で一人を倒す
着地と同時に横に剣を薙ぎ払いもう一人を斬った。容赦なく次の獲物に襲い掛かる。
断末魔の声の中を黒い死の影は休む事無く舞い続けていた。
セレスは剣を抜き、向かってくる山賊を一撃で倒せなかった。
何度も剣を交えている。手間取っている自分がそこにいた。
迷っている証拠だ。そして迷いは死に繋がる。
「んだぁ、女かよ!」剣を交えている相手が声を発した。
「とっつかまえて、売っぱらおうぜ!」遠くから声が響く。
自分の目の前の男が卑しい笑いをセレスに向ける。
「いい女だ。慰みモノにすりゃあ、いいぜ!!」
にやにやと笑いながら上段から剣を振り下ろす。
受けるだけで流せない斬鉄姫。手間取る自分を感じていた。
その間にもアドニスは確実に死を与え続けている。
複数の山賊に取り囲まれている黒刃のアドニスは口許を歪めながら笑う。
楽しくて仕方ないといった風に。
逃げ出そうとする一人の山賊に苛烈な刃が襲い掛かった。
逃げる機会を失った山賊達は、次々と黒刃の餌食と化した。
「けけっ、弱っちいくせによぉ。」
鍔迫り合いの中、臭い息と共に卑下する言葉を吐きかける盗賊。
ざわり、とセレスの血が波立つ。
その時だった。
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「止めてくれ!」商人の声が深緑をつんざいた。
全身の楔が放たれ、自分の血が沸騰するのを感じた。
緑青の双眸は細まり冷たい光を放ち始めた。
セレスは素早く相手の剣を向こうに押しやり、距離を取る。
おや、といった表情を盗賊が浮かべた瞬間、黒衣が電光石火で駆け抜けた。
斬鉄姫の頬に赤錆色が小さな染みを作る。
崩れる人影を見向きもせず、商人の方に駆け寄る。
荷をとられまいとする商人に対し、盗賊が剣を振り下ろそうとしている。
その背後で矢をつがえる仲間。
一生懸命働いて稼いでいる人間の代価を奪う資格は、貴様等には無い!
冷たく光る緑青の眼で瞬時に位置を測り、剣が商人を喰らう寸前で
セレスの剣が盗賊の剣を絡め取り、鍔を引っ掛けた。
盗賊の手から剣を奪うと、そのまま矢を放とうとする方向に投げつける。
矢が放たれる寸前に盗賊の剣は仲間に突き刺さった。
「ぎゃぁぁーーー!!」断末魔の叫び。
二人。
剣を奪われて呆然とする盗賊に斬鉄姫は唸る。
「寝言は寝てから言いなさいよ。」
「なんだぁ、このアマ!」
素手で襲い掛かる盗賊の耳を雪豹の咆哮が切り刻む。
「寝言は寝てから言えといった!!」
斬鉄の時。盗賊は崩れ落ちた。
沸騰している自分の血を感じながら、冷静に数を数える。
三人。
無言で剣を構えなおすと、次の対象者に斬鉄姫は襲い掛かった。
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手間取るであろう事は解っていた。
此処まで来て迷ってやがる。
手助けする気は初めから毛頭無かった。
迷いは死に繋がる。迷って死ぬならそれまでだ。
相手は二桁いる。何より護衛しなければならない。
思ったよりセレスが手間取ったせいで商人の護衛へ向かうのが遅れた。
チッと小さく舌打ちしたその時、鮮やかな剣技が視界に飛び込む。
来やがった、と思った瞬間自分の口が吊り上る。
ラッセンの時の様に鳥肌が立ち、背中がゾクゾクする。
斬鉄姫の声。戦場で味方を鼓舞し、敵を大喝した声が空を切り裂く。
なまくらをなまくらと感じさせない剣技。
自分の大剣の間を縫うように駆け抜け、仕留める。
今は賊を殺る事だけ考えろ、と言わんばかりにアドニスが下段から鋭く黒刃を振り上げる。
振り上がった黒刃の下を赤錆色の髪が鋭く通り抜けた。
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二匹の豹は敵を屠る。
鳥肌を立て、冷たい汗を掻いている商人の頭を一つの言葉が掠める。
「心配無い。腕は確かだ。」
・・・確かすぎるぞ、お前さん。
襲撃が終焉に向かうのを感じて、商人は深緑の木々を仰いだ。