全てが終わり、辺り一面は赤錆色に染まっている。空気は鉄の匂いを含んでいた。
二匹の豹の苛烈さを物語る様に、動かない賊が地面に寝転がっている。
襲い掛かる者は全て斬った。
自分達に手を出すとどうなるか、思い知らせておかなければならない。
中途半端な撃退は次の襲撃を呼ぶ。だから徹底的に叩き潰す。
戦と同じだ。
「オッサン、大丈夫か?」
「わしは大丈夫だ。荷も無事だったしの。」
荷馬車の側で二人が会話する。
「お嬢さんは?」
商人の問いに顎で指し示すアドニス。
離れた場所に立っている、黒衣の人影。
あそこまでの使い手とは思っていなかった。
素人目だが、お前さんは相当だ。だがお嬢さんも凄いな。
セレスを見ながらぼんやりと商人は思った。
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抜き身を剣を握ったまま、セレスが二人へ歩を進める。
「ご無事でした?」小さく笑って問いかけるセレス。
「お陰さんでね。ありがとう。」商人が礼を言った。
「おい、オマエ」アドニスはセレスの頬に付着した小さな染みに気付いた。
返り血。以前の斬鉄姫なら、この程度で返り血など寄せ付けない。
迷った証拠だ。
アドニスが拭おうと伸ばした手をセレスは押し止めた。
無言で自身の手で拭った。
戦士は、自分の始末は自分でつける。
答えを出した斬鉄姫がそこにいた。
「剣、駄目になったわ。」
「え?何ともないじゃないか。」
商人の問いにセレスが剣を持ち上げた瞬間、剣は二つに折れた。
赤錆色の刃が地面にぽとりと落ちた。
「持たなかったか。」アドニスが言った。
「気をつけてはいたんだけどね。」セレスが答えた。
地面で寝そべる刃を見ながら黒衣の二人は言葉を交わす。
商人は寒気を感じた。
「この場を離れるのが先決だな。」剣を背負うアドニス。
「そりゃそうだ。」轡を取る商人。
「荷は無事だから、すぐ出れるわ。」折れた剣先を拾うセレス。
一行は会話の後、返り討ちの後が生々しく残る場所を後にした。
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二時間ほど道を進めると、商人が言った。
「休憩せんかね?わしはちょっと落ち着きたい。」
「ここいらなら、いいか。」
小さな川が離れた場所にある。
馬にも水を飲ませたいし、自分たちの水筒も満たさなくてはならない。
休憩の準備をしている中、突然セレスが立ち上がった。
「吐いてくる。」
セレスはそう言うと、水筒を掴み一人で一行から離れていった。
「大丈夫かの?」心配そうにアドニスに訊いた。
「訳ありだ。」余計な事は詮索するな、と言外に言う。
「そうか。」それ以上は商人は言わない。
護衛として申し分ない。お前さんとも、こんなに上手くやっている。
物を見る鑑定眼も確かだ。何よりこんないいお嬢さんだ。
次も頼めるものなら、頼みたい。
一石二鳥ではないが、こんないい出会いは長い人生滅多に無い。
わしは大切にしたいんだよ。
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離れた場所で、セレスは吐いた。
「げぇ・・」
嘔吐する声が聞こえる。
目の前には自分が吐き出した吐瀉物が緑を汚していた。
血の匂いがまだ纏わり付いている。
視界の端に結った自分の髪が見えた。
赤錆色。血の色。吐き気がこみ上げる。
自分の血が沸騰していた。
私の血も、血を求める。
吐く。
手に、肉を斬り骨を断った感触が残っている。
「うげぇぇ・・」
酸えた味が口の中に広がる。胃液の味。
胃液と共に涙が出た。哀しいの?嬉しいの?
何故、涙が出るの?
涙と嘔吐が止まらない。
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「薄荷、あるか?」
「あるぞ。ちょっと待て。」
商人は荷台に向かった。
血の色を踏みしめながらこっちに向かって来る顔は青かった。
吐けるものならすぐにでも吐きたかった筈だ。
だが、自分以外の誰かが休憩を言い出すまで耐えた。
「これでいいかの?」
小さな袋を目の前に差し出した。
無言で受け取ると立ち上がって嘔吐の声がする方に歩いてゆく。
ぶひひん、と馬が小さく嘶いた。
「お前さんも、心配か?」
馬に向かって商人は問いかけた。
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セレスは膝を折り、両手を地面につけて吐いていた。
背中が大きく上下し、辺りを酢えた匂いが覆う。
アドニスは四つん這いになって吐いてるセレスの手元にある水筒を拾った。
水筒に乾燥した薄荷の葉を入れて振った。
水筒を置いてしゃがんだ腰を伸ばそうとした瞬間、セレスが視界に入ってきた。
セレスは自分の口に指を突っ込んでいた。
アドニスの眉間が険しくなった。
「げぇ・・・」液体が地面に落ち、斬鉄姫の背中が荒々しく上下する。
ゆっくり立ち上がると、アドニスは赤錆色の頭を凝視した。
何度も指を突っ込んで吐くセレスが赤銅色の両眼に映る。
暫くの間それを見ていた黒衣はその場から静かに離れた。
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戻ってきたアドニスに商人が「どうだった?」と言いたげな視線を送る。
「もう少し時間がかかるな。」
いつもの調子でアドニスは言った。