千紫万紅   作:moon

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其の十六 白銀(はくぎん)

翌朝、セレスは目覚めた。

十分眠ったおかげですっきり目覚める事ができた。

アドニスの腕が肩にのっかっている。その手はセレスの右手を掴んでいた。

重なった右手でシーツを叩きながら「私、起きるわ。」

セレスが頭を起しながら声を掛けた。右手が離れ、濡羽色の頭が寝返りをうつ。

「ありがとう。」言うと雪豹は寝台からしなやかに離れた。

ソファーで寝間着を脱ぎ鈍色の部屋着に着替える。

着替え終わった頃、衝立の向こうから声がした。「メシ、取ってこい。」

「何処にあるの?」セレスの問いに

「表。鍵はテーブルにある。」返事をするアドニス。

 

抱えた籠をテーブルに置くとセレスは鍵を二重に掛ける。

二人の荷物がある。用心に越した事はないのだ。

特にアドニスの大剣は、あつらえた得物だから金が掛かっている。

何より盗られでもしたら大事だ。護衛の命綱でもあるのだから。

娼館を信用していない訳ではない。が、賊が必ず侵入しないという保障も無い。

 

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朝食を摂った後、セレスとアドニスは荷を広げた。

やることが沢山ある。自分が倒れた分だけ遅れをとった。

商人の気遣いで滞在期間が長いのが救いだ。

二つの頭は下を向き、忙しく手を動かしている。

「衣類は自分で洗う。洗い桶と石鹸はあるの?」

「用意すると言ってたから表にあるだろ。先に仕分けしとけ。衣類は分けて洗え。」

「干し場は?」

「裏。薄物を先に洗って乾かしとけば、昼から出掛けられる。」

「貴方、何処かに行くの?」

アドニスは顔を上げた。「オマエも一緒だ。」

セレスも顔を上げる。「私も?」

にやり、とアドニスは笑い「要るんだろうが。」と言った。

微笑んだセレスは「そうね。必要だわ。」と応えた。

 

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昼食を取りに表に出たセレスは商人と鉢合わせた。

「お嬢さん、今日出掛けるんだろ?」

「ええ。お昼を摂ったらすぐに。」

「街着を持ってきたから、着るといい。」

朽葉色の布が籠からはみ出ていた。

「あの」言いかけるセレスに

「貸すだけだからの。洗濯して返してくれたらいい。」

「ありがとう。助かるわ。ちゃんと報酬から引いておいてね。」

笑いながらため息を吐く商人が「もちろんだわい。」と言った。

 

乾いた薄物を取り入れると二人は街着に着替えた。

同じ色、同じ仕立ての服。「また同じ・・・。」

思った事がうっかり口から出た。

アドニスは聞き逃さない。「てめぇ、不服なのかよ。」

「そういう訳じゃなくて。」旅の間は特に問題ない。

だが娼館で男女が同じ色を纏うということは同伴を意味する。

アドニスは自分のせいで自由な時間が無いのではないか。

客を取られたオネエさん達が自分を見る目も険しい。

そして今日は武器屋に行く。

荷の手入れもまだ残っている。

「行くぞ。」外扉からの声はセレスの思考を遮った。

 

本館を抜ける途中で起きたばかりのオネエさんに出会った。

セレスは小さく会釈し、通り過ぎる二人の背中に「ども・・・」小さな返事が返ってきた。

 

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街に出て、武器屋の扉をくぐった。この街にしては大きな店だろう。

アドニスは折れた剣と刃を包みから出してカウンターに置いた。

「下取りに出せるか?」と問う。

若い店員は剣を抜き、「こりゃ、見事に真っ二つだなぁ。一体何を斬ったの??」

セレスは会話に加わらず熱心に剣を見ている。

奥で作業をしていた中年の男がカウンターに来て折れた剣の刃を凝視した。

「お前さんが折ったのか?」上目遣いでアドニスを見る。

アドニスは視線で答える。視線の先のセレスは一つの剣を手にしていた。

「女が???」若い店員が大声を出す。他の客がびっくりして店員を見た。

「うるさいぞ。」「でもよ、親父。」親子二代の武器屋だ。

そんな会話も耳に入らない様子のセレスは剣をゆっくり抜いた。

ただそれだけの動作に、店内の空気が張り詰めた。

 

鞘を静かに小さな卓に置くとセレスは構えた。

小さく上下に剣を動かし、上段から空気を斬った。

「動いてみるか?」アドニスの問いに「その必要は無いわね。」と答えた。

「何故?」親父が訊く。セレスは小さく笑うと「重心がぶれているから。」

「刃からあつらえてる時間は無いぞ。」アドニスは言う。

「爺さん呼んで来い。」「わかった。」親子が会話する。武器屋は二代ではなく三代だった。

やりとりの後、息子は奥へ消えた。親父は上に飾ってある剣を指差す。

「あれはどうだ。」「気にはなってたんだけど。手に取っていいの?」

普通に手が届かない場所にある物は特別なものだ。

店が許可した者でなと触れさせない。

それを「どうだ」と訊いてきた。という事は手に取る資格ありと判断したのだ。

「俺が取る。」アドニスが言う。

こっちも相当な手練れだ、と親父はアドニスに踏み台を渡しながら密かに思った。

 

剣を手に取ったアドニスはセレスに差し出した。

鞘ごと受け取ると、斬鉄姫は両手で剣を捧げ持った。

目の前まで持ち上げると瞼を閉じる。

一時の後、緑青の両眼を開き目の前で静かに剣を抜く。白銀の刀身がゆっくり現れた。

「鞘。」声を掛けたアドニスに鞘を渡すと斬鉄姫は構えた。

中段で軽く上下に動かす。次に上段からゆっくり振り下ろした。

「動け。」様子を見ていたアドニスが言った。

「いいかしら?」親父に問うセレス。

「場所を作る。待て。」いつの間にか戻ってきた息子と店内を片付け出した。

残っていた客も手伝う。

アドニスは鞘を持ったまま壁にもたれ掛かった。

カウンターを見やると一人の老人がカウンターの奥に立っている。

老人はセレスを見ていた。

 

「どうぞ。」親父の声にセレスは中央に歩み寄る。

剣を構えると型を取った。

正統な剣技。今の時代、ここまで綺麗な型を取る人間は数える程しか残っていないだろう。

空気を切り裂く音が店を支配し、周りは誰も声を出さない。

見れるだけでも価値がある。そんな剣技だ。

斬鉄姫が動くたびに、結っていない赤錆色の髪が鮮やかに舞う。

緑青の両眼と剣先が白銀の軌跡を刻む。

 

気に入ったな、とアドニスは思った。

持った瞬間、自分でも良い物だと解った。

「好きなのを選ばせてやってくれ。」

商人の一言。あれだけの思いをしたんだ、は続いて出なかった言葉。

それはアドニスの領域だ。黒刃は誰一人踏み込む事を赦さない。

赤銅色の両眼が光り、大きく一歩前に進む。

反応した斬鉄姫は水平に斬りかかり、アドニスの首筋で刃を寸止めした。

冷たく光る緑青。

オマエがいい。それ以外は要らない。

物騒な終わりの合図に二人以外の人間が凍った。

 

「気に入ったんだろ。」鞘を渡すアドニスの問いに、

「ええ。でも・・・」アドニスの首から刃を離しながらセレスは言葉を切った。

「何だ?」親父が訊く。奥で老人が聞き耳を立てていた。

「柄が別物ね。」白銀の煌めきを鞘に収めながらセレスは言った。

多分鞘も。続いた言葉は他の客を沈黙させた。

「爺さん、本物だ。」親父が奥に声を掛けた。

「いつまでこの街におる?」奥から爺さんが声を出す。

「後4日はいるな。」アドニスが答えた。

「そいつは刃だけがウチに来た。お嬢さんの言う通り柄はウチで付けた。」

「あの、私もうそんな歳では・・・」

「別嬪さんはみんなお嬢さんなんだ、ウチの爺さんは。」息子が続けた。

「悪いが今日は帰ってくれ。」親父が他の客に言う。

親子三代で久々にいい仕事に取り掛かれる、と三人は思った。

 

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「アドニス、後払いで全部払える?」

娼館への帰り道セレスはアドニスに訊いた。

予想外の出費。セレスは真剣に問いかけてきた。

滞在中は離れで過ごす事と剣の代金の事は、武器屋に向かう途中で聞いた。

どうせなら良い物を、と思い白銀の刃を選んだ。

しかし、その後が大問題だったのだ。

柄のみならず鞘まで用意すると言い出した。

慌てて止めたが親子三人はヤル気満々でちっともセレスの言葉が耳に入らない。

挙句の果てには柄と鞘をどうするかで揉め出した。

壮絶な親子喧嘩を三代に渡って始め出したのだ。

大音量で怒鳴り合い、カウンターをばんばん叩き、床を踏み鳴らす。

「うるせぇぞ。」

ドスの効いた低い声で三人はやっと静かになった。ぜいぜいと三人の息が店内に響く。

我に返りあとは任せて欲しい、と慌てた息子が二人を追いやった。

 

「逆に借金だろ。」少し俯き濡羽色を両手で撫で付けながらアドニスが言った。

華やかな衣装でもなく、美しい宝石でもない「剣」。

借金にはなるが、それを手に入れた嬉しさを隠しながら

「やっぱりね。書庫の仕事を頑張らないと。」

言葉とは裏腹に、隠した嬉しさをぽろぽろと道に落としながらセレスが言った。

 

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