「小娘、どうしてくれるんだよ!!」
扉をくぐり大きな玄関に入った二人を客と思われる男の怒声が迎えた。
夕刻前で表は明るい。娼館はまだ開いている時間ではない。
若い男だ。取巻きと思われる男が二人いる。
娼館に引き取られて間もないと思われる14〜5の若い娘が、
ぶるぶると震えながら「申し訳ありません!」と平謝りしている。
男の仕立ての良さそうな服は果汁の染みが拡がっていた。
そして剣を持っている。娘が怯えるのも仕方のない事だ。
娘の足元にはこぼれた果汁とコップが落ちている。
「勘弁してやって下さい。」女将も頭を下げている。
「勘弁?この服いくらしたと思ってるんだよ!」
「弁償させろよ。」
「勘弁してやらなくていいんじゃねぇの?」
若い男達が女将と若い娘を見やりながら会話をしていた。
「服代はうちが払いますから。」場をとりなそうとする女将。
騒ぎを聞きつけた仕事前のオネエさん達が遠巻きに見ている。
「当然だぜ、まったくよぉ!」大きな声に娘はびくりと身体を動かし、泣き出した。
「小娘、お前相手をしろよ。」
「この子は来たばっかりで、許してやってください。」
女将が慌てて割って入る。
「丁度いいじゃねえか。俺が手折ってやるよ。」
「俺も混ぜろよ。」「ずるいな、俺にもさせろ。」にやにやと笑う男達。
様子を見ていたセレスが黙って娘の側に歩み寄る。
泣き出した娘の前に立つと「泣かないの。」言って娘の頬を強く拭く。
落ちたコップを拾うと娘に渡す。
「雑巾、持ってきてくれる?」娘は頷いて奥へと走り去った。
女将が安堵の息を小さく吐いた。
男達は突然の闖入者に反応できないでいたが、娘が去っていく様を見て事態に気付いた。
「このアマ、邪魔するんじゃねぇよ!!」
「関係ねぇのにでしゃばるなよ!糞が!」
恫喝にもびくともしないセレスが言った。
「私は此処の客よ。」
卑しい笑いがセレスを取り囲んだ。
アドニスは玄関側の壁に背中を預け腕を組んでいる。
「女が女を買うってかぁ?イヤラシイなぁ。」
「嘘つくなよ、お前娼館の女だろ?」
「ホントだ、雌豚の匂いがするぜ。臭え、臭え。」
事態を見ていた娼館の女達の表情が険しくなった。
この男達は言ってはならない事を言った。
セレスは平然としてる。その態度が三人の頭と思われる男の火に油を注いだ。
赤錆色の髪を掴み、顔を向かせると口を小さく尖らす。
水音と共にセレスの頬に染みが付いた。
当の斬鉄姫は眉一つ動かさない。
女達は殺気立ち、女将は眉を顰めた。
アドニスは動かない。
「私に触れることが出来るのは、私より強い男だけ。貴方にその資格はあるの?」
セレスは言った後、男の顔から剣に視線を移した。
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「はぁ?お前本気で言ってるのかぁ。」けけけっと笑いながら男が言った。
「脅してやんねぇと解らないんだろ。」残りの二人が続く。
「ココが弱そうだもんな。」馬鹿にする三つの笑い声。
セレスは視線で目を付けていたものを確認した。
暖炉。娼館が始まる夕刻からは冷える。
こういった場所の女は薄物を着ているから暖を必要とする。
暖を取りながら客を待つ。玄関が大きいのはサロンの役目もあるからなのだ。
男の手を静かに引き離すとセレスは暖炉へと向かった。
朽葉色が暖炉の側で止まり火掻き棒を掴む。
右手、左手。小さく交互に受けては投げを繰り返す。
にやにや笑いながら三人の男はセレスを眺めている。
女将と女達は息を殺してセレスを注視している。
右手で火掻き棒を持ち、手首を動かし重さを確認した。
小さく笑うと中央に立ち男に向けて言う。「解らせるんでしょ?来たら。」
剣を抜きながら頭の男が叫んだ。「うるせぇアマだ!泣かせてやる!!」
朽葉色のスカートをむんずと掴むとセレスは片手で火掻き棒を持つ。
垂直に立て自分の鼻先まで持ってきた後、緩やかに肘を曲げ一人の男を火掻き棒で指した。
細剣の構えだ。ここにきてアドニスの赤銅色の両眼は光った。
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「この糞女ーー!!!」大声を張り上げながらセレスに斬りかかる。
だが力いっぱい振り下ろされた剣は刀身より細い棒を分断する事が出来なかった。
セレスは火掻き棒で受けて流した。高い技術に拠る力加減がそこにある。
ひゅっと間髪入れずに男の耳の横を火掻き棒が突き抜ける。
逆上した男がつかさず下段から剣を持ち上げた。
足を伸ばし剣の腹を棒の先端で押しやる。そのまま斬鉄姫は手元を突く。
アドニスはセレスの動きを見ている。
細剣。戦場の斬鉄姫では絶対に拝める事は出来ない剣技。
オマエ細剣まで扱えんのか。アドニスの眼が朽葉色を映す。
スカートを掴み、朽ちた葉が風に舞うように娼館を優雅に舞う斬鉄姫。
いくら玄関が広いとはいえ、相手は剣だ。
その相手に無駄に動かれては壁に傷がつきかねない。
テーブルや椅子。壁に掛けてある調度品も又然り。
相手の動きを止める意味で細剣は最適だ。
細く鋭い突き。剣を使わせないように、紙一重の間隔で突いてくる。
朽葉色から白い脚が見え隠れする。足捌きも速い。引きの動きも正確だ。
自分の剣は無い。身体も本調子ではないと言った。
だから介入を決めた時点で火掻き棒に目を付けていた筈だ。
油断ならねぇのはどっちだよ。声にならない空気の振動が朽葉色と共に舞う。
斬鉄姫は顔色ひとつ変えず男を突き、動きを封じる。
冷たい光を放つ両眼で男の状況を判断する。
息が上がってきたな。無駄な動きをするからだ。
どこもかしこも空きだらけだぞ。
お前は泥の中でも美しく咲き誇る花を侮辱した。
花に対して口にしてはならない言葉を口にした。
私が赦す訳がなかろう。
何の変哲も無い火掻き棒で剣を絡めとり、小さな息と共にそれを振り下ろす。
剣は床に喰いついた。
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勝敗は決した。男は肩で息をしている。取巻きは唖然として言葉を失った。
女達も、女将も、いつの間にか帰ってきた娘も、何も言わない。
だん、と火掻き棒で床を鳴らす音が玄関に響いた。
セレスは両手を火掻き棒の上に置き屹立する。
他者を圧倒する気迫が空間を支配した。
そして王の審判の時、周りは沈黙する。
「娘に落ち度があったのは確かだ。だから娘とここの女将は謝罪した。
その方は謝罪を受け入れ、賠償を受け入れた。」
支配する者のみが持つ高貴で尊大な声。
「だが、そこから先は話が違うぞ。無礼にも程がある。」
かつて敵を一喝した声が疾風となる。
「花を貶める権利は誰にも無い!!」
ディパン王家に名を連ねる斬鉄姫セレス。
朽葉色は王者の風を呼び起す。
床に突き刺さっている剣の横で男は黙っていた。
どす黒い怒りが全身を染める。
この女は俺を馬鹿にした!傲慢な態度を取りやがって!!
肘を曲げ、両手の拳をきつく握り締め、その手がぶるぶる震え出す。
男の拳が振り上がると同時に、アドニスの背は静かに壁から離れた。