試作品「月」
「出席しなくてはいけないの?」
「姫様、わがままを言わないで。」
乳母がそういうから、仕方なく夜会へ出た。
夜会は嫌いなのよ。キツイ服を着なくてはならないし、髪や顔をいじられる。
私は女に生まれたく無かった。でも現実は思いと違う。事実は受け止める。
さっさと広間から抜け出して、庭に出た。夜会は始まったばかりだから人影はない。
大きな木の根元に座り、きつい靴を脱ぐと、やっと安心した。
髪は複雑に結ってあるから、手は出せない。
服も脱ぎたいけど、取り敢えずは我慢しよう。
足を伸ばして星を見る。久しぶりのディパン。
月が欠けている。あの月が満ちる頃はまだ此処にいる事ができる?
ひととき月を眺めた後、庭の奥に一人の男が立っているのに気付いた。
男は月を見ていた。
「誰?」私の問いかけに男が振り向いた。
背は高い。だが線は細い。平凡だが優しい面立ち。
着ている服がローブでなければ、身分の低い男と間違えたに違いない。
そんな、普通の男だった。
「綺麗な月ですね。」
柔らかい物腰。柔らかい笑み。私と正反対だ。
「そうね、綺麗だわ。」私も月を見る。
こんな人が女に生まれるべきだったのに。
神は随分と意地悪だ。
男は静かに此方へ向ってきた。
何故か、警戒する自分がいる。
「セレス嬢、夜会はいいんです?」
静かに笑いながら問いかけた。
「いいのよ。挨拶が終わり、夜会の開始まではいたから。」
ディパンの国力そのものの傲慢な言い様だった。王家の血がそうさせた。
「私と同じだ。」くすり、と男が笑った。
礼儀正しそうな人だけど、そんな大それた事して大丈夫なの?
小さな疑問を抱く。相手は見透かしたように言った。
「貴女と会わせる為の夜会でしょう?
当事者の一人が抜けてしまっては、私がいる必要はない。」
「貴方、ラッセンの・・・」
「御名答。」月の光の様な、静かな笑みだった。
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ラッセンの領主は風流人として名高い。
文に秀でている、と父から聞いた。
足りない武を望んでいる、とも聞いた。
「噂の斬鉄姫はさっさと居なくなるし。仕方ないから月を見ていましたよ。」
「ずいぶんな嫌味ですこと。」
「おかげで会うことが出来た。月に感謝です。」
座る私に降り注ぐ月の光。
「武を望んでいるのでしょう?」
「最終的には。そうならない様にするのが領主ですけどね。」
ラッセンは弱い。だが、したたかに生き延びている。
領主が知恵袋なんだよ、とは兄の言。
「決まっている事でしょ。」
「でも、セレス嬢の意思は別問題ですよ。」
「私の意志など、問題にならないわ。」
王がそう決めた。だから嫁ぐ。
市井の男女の様に、意思など尊重しない。それが王家の婚姻。
「ラッセンに来て、剣を捨てるつもりの姫など必要ありませんから。」
目を瞠る自分がいた。警戒が強くなる。
「貴女は女を盾に剣を捨てる。それは誰も口を挟めない。」
月の光は小さな棘となり、私に降り注ぐ。
「軍事同盟で済む話に、ディパン王は斬鉄姫に女を求めた。赦せないのでしょう?」
ちくちくと心に刺さる。
「そんな姫はお断りです。私は望んでいません。
持ちかけたのはディパンです。ラッセンが断れば丸く収まる。
貴女は斬鉄姫のままでいられる。」
血塗られた私。剣と共に生きる私。
「貴女には無理だ。剣を捨てる事も、女を捨てる事も。
選択を迫られたら即座に剣を選ぶ。そういう女性ですよ。」
「・・・油断ならないわね。」
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それから何度も会った。
月は書物の世界を教えてくれた。
「知っておいて損はないでしょう?」
月光が降り注ぐ。
穏やかな人。
何故か会いたいと思う私。
「鈍い」と笑う兄と妹。
その間にも小さな戦があった。私は戦場に出た。
そして戦場から還ったある日、月の夜に久しぶりに再会した。
「おかえりなさい、斬鉄姫。」
「今日はどうしたの?」
「求婚をしに出向いてきました。」
「誰に?」
「貴女にですよ、セレス。」
「正気なの?」
「はい。」月の様な笑み。
「確かに斬鉄姫を求める人はいるけど、大抵は途中で消えていくわ。」
「おやおや、根性の無いことだ。
まぁ、最後まで残るのは余程の物好きか変態くらいですね。」
あまりの言い様に呆然とした。
・・・そうかも知れないけれど、それはあまりではないの!?
「じゃあ、貴方は余程の物好きね。変わった人だわ。」
言葉に棘が含まれるのは、仕方ない事だ。
「いいえ、私は変態です。」にっこり笑って
「自信があります。」の言葉と共に月の光が降り注ぐ。
「・・・呆れた。」
翌日の夜、あの庭で返事をした。
「私の伴侶が変態、というのだけは受け入れられない。」
「わかりました。物好きで我慢します。」
静かに笑うと月は私を抱き締めた。
「泣ける時に泣いた方がいいよ、セレス。」
「何故、言うの?」
月は血の色をした髪を自分の口元に引き寄せる。
「戦士は次の保障が無い。為すべき時に為す。」
「怖い人ね、貴方。」
「私は貴女を支える。貴女が貴女のままでいられる様に。私はそれだけを望む。
貴女は他の女性の様な態度を私に向けなくていい。そんな貴女など望まない。
セレスが欲する場所が私だけの事。」
「やさしい言い方をするけど、随分と傲慢だわ。」
月は口許の髪で私の鼻を撫でる。
「男は誰も傲慢ですよ。愛しい女性に対してはね。」
「それが愛の言葉なの?流石・・・物好きだわ。」
私は月に顔を埋めて笑った。
ひっかかりませんでしたか。
月は残念そうに囁いた。
政略結婚と言われた。
女性としてあの人の子供を産みたいと思った。
その感情が芽生えた時、奇襲された。
黒刃は違う。自分で自分を支えろと言う。
でも、私が私でいられる生き方を教えてくれた。
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「いつか、私より上手がセレスを捕らえるかもしれませんね。
変態はその人の為にとっておきましょう。」
婚姻の日の夜、深い眠りについたセレスに月の言葉が降り注いだ。
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「・・・で、俺は変態なのか?」
「・・・怒らないでよ。」
寝台の端に座るアドニスの頭を拭きながらセレスが言った。
言いたい事があるなら吐き出せ、と言われた。
失礼になるからと断ったら、今まで十分失礼な態度を受けたと怒られた。
「いい度胸してんじゃねぇか、セレス。」
タオルを持つセレスの手首を掴みながらアドニスが言った。
アドニスはゆっくり顔を上げる。
セレスを見ると口許が歪んだ。
ぞくり、と白い肌が粟立つ。
「オマエ、知ってるか?類は友を呼ぶ。」
「・・・私も変態だって言いたいの?」
「オマエの変態ぶりを堪能させろ。」
全てを呑み込む黒。夜空は月をも呑み込んだ。