とある朝、アドニスがゾルデの民家に合鍵で勝手に入ろうとした時、鍵は開いていた。
扉を勝手に開けて中に入ると、セレスはソファーに座っていた。
いつもなら教会に出掛けている時間だ。
「オマエ休みか?」
我が物顔で荷物と大剣を置きながらアドニスは訊いた。
「休みをね、取ったの。」嬉しそうにセレスは返事をする。
アドニスがいつ来るかはセレスは知らない。服装はいつもと同じ地味だ。
だが、赤錆色の髪が結い上げてある。
うきうきした様子のセレス。
「何処かに行くのか。」
ソファーに座り、白い首筋に顔を埋める。
帰還の合図。セレスは濡羽色を撫で付ける。
「ちょっとね。」にっこり笑うセレス。
髪が邪魔をしない。たまにはこういうのも悪くはないと思いながら
「その頭、どうしたんだ?」とアドニスは訊いた。
不器用なセレスが自分で出来る様な代物では無い。
「あ、これはフィレスにしてもらったのよ。邪魔になるから。」
アドニスは自分の頬で首をすりすりしながら更に聞く。
「何処に行くんだ、教えろ。」背もたれに手を置き、もう一方で腰を抱く。
「あのね・・・」セレスが答えようとしたその時、
「姉さーーん、借りてきた!!」
フィレスが勢いよく玄関を開けた。
「・・・アンタ、又来たの・・・。」フィレスの顔が険悪になる。
「早く言えよ、セレス。」
すりすりすり。外野が眼中に無いアドニス。
「フィレス、借りれたの?良かったわ。」微笑むセレス。
姉の膝は幼い頃からの自分の指定席だ。
例えアンタでもアタシの目の黒いうちは奪わせないわよ!!
「こっちはもう使わないからあげるって、教会の賄いさんが言ってくれたの。」
姉は自分の後ろのクッションをそっと足元に置く。
妹はそれに座り姉の膝に顔をのせ両手で持っていたものを見せる。
セレスはクッションを持った手でフィレスの頭を撫でる。
ごろごろごろ。三匹の豹は朝っぱらから仲が良い。
「これでウニ狩りに行けるわね。」
刃の潰れた二本の短剣を見ながらにっこり微笑みセレスは言った。
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「何でアンタが一緒なのよ・・・。」
セレスが台所に向かう背中を視線で追いながら、フィレスはアドニスに唸る。
「俺の勝手だ。」平気の平左な返事にフィレスの声が更に低くなる。
「邪魔しないで欲しいわ。」
豹は黒豹を睨む。
「流石姉妹だ。威嚇する顔がおんなじだ。」
黒豹の視線は雪豹を追い続ける。
「見もしないでよく言えるわね、アンタ。」
ぐるるるる。静かに唸る豹。
「妹、桶が要るんじゃねえのか。」
黒豹は何処吹く風で軽くあしらう。
「外に置いてあるわよ。」
二匹の豹は仲が悪い。
一匹はソファーに座り背もたれで肘枕を付き、もう一方を反対に伸ばしている。
一匹は床に座りソファーに肘を付き、もう一方を床に伸ばしている。
尻尾を伸ばして会話は続く。
「例の話、今日するから。」
「準備は?」
「舐めてんの、アンタ。」
「アイツの教会の報酬を半分ガメた事も話せよ。」
「人聞き悪いわね。借りてるだけよ。」
セレスが台所から居間に戻りながら言った。
「今、空いてるザルがこれしかなかったけど。」
細い金属で編んだザル。中には二本の短剣が入っている。
「何でもいいよ、姉さん早くいこ!」
豹は嬉しそうに雪豹を急かす。
黒豹は黙ってソファーから立ち上がる。
とっとっとっ。肉球が床を叩く。
豹は三匹になると仲良くなる。
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「ゾルデねぇ。」
数時間後、一つの人影がゾルデ郊外に現れた。
黄褐色の豹の斑紋は雲の形をしている。
雲紋を宿した雲豹。
空を、雲が流れる。