千紫万紅   作:moon

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其の四  濡羽色(ぬればいろ)

「オマエ、教会の仕事休め。」

再会から一年近く経ったある日、アドニスは言った。

二人は向かい合って夕食を囲んでいる。

「突然そんな事言われても、困るわよ。」

 

----------

 

あれからアドニスはゾルデに来たときは

本当にセレスの家に居座った。

早朝、目を覚ますと背中が暖かかったり、

夕方、教会から帰ると、

黒衣黒髪の男はソファーに座ってお茶を飲んだりしている。

セレスの作った晩御飯を初めて見た時は

「男の手料理だな。」と言い放った。

図星を突かれてセレスは言い返す。

「じゃあ、余所で食べればいいでしょう。」

「うるせぇな、メシが冷めるぞ。」

「・・・。」

 

元王族故の鷹揚さか、はたまた本来そういう気性なのか。(おそらく両方であろう)

アドニスの来訪をセレスはすんなり受け入れている。

何せ今迄と全く違う生活環境だ。

戦場で生きてきたから、身の回りの事はある程度出来る。

それはあくまで戦場のみでの話だ。

朝起きて夜寝るまでの全てを、毎日自分自身でこなさなければならない。

一般人が当たり前にする事を、元王族は慣れたとはいえ、必死で行っている。

市井での生活という点では、アドニスに分がある。

色々な事を教わった。

セレスはその事に関しては感謝している。

 

「先の話になるんだが」

アドニスは勝手に続きを話し出す。

「商人の護衛で、人手が一人欲しい。腕の立つ奴がな。」

「貴方、護衛の仕事をしていたの?」

初めてセレスはアドニスの仕事を知った。

今迄、アドニスがどんな生活をしているのか尋ねた事は無かった。

といえばそれまでだが、訊かない方がどうかしている。

一年近く(僅かな回数ではあるが)

自分の家を我が物顔で居座る相手が、生前見知った相手とはいえ。

 

そういう大雑把な所がアドニスの好みでもある。

アドニスが傭兵という職業を選んだ理由。

必要事項以外は干渉しない。束縛など、論外だ。

この大雑把さは、戦場とは正反対だ。

いざ戦となればくどい程、神経質なセレス。

あらゆる場所、場面で気を配り、付け入る隙を殆ど見せなかった。

ロゼッタが奇襲を仕掛けた理由の一つがそこにある。

 

「長い商いになるらしい。俺一人じゃ無理だ。」

どんどん話を進める。

「長いって・・・。どのくらいなの?」

セレスはすんなり会話に戻った。

アドニスの瞳が面白そうに細まる。

「最低2〜3ヶ月って所か。」

断る返事をしよう、とセレスが口を開いた瞬間

「先に湯を貰う。」アドニスは椅子を立ち、奥の扉へ向かった。

先制攻撃。出鼻を挫かれた。

 

アドニスは湯から上がると居間に入る。

片付いたテーブルでセレスはお茶を飲んでいた。

綺麗な姿勢。赤錆色の髪は、静かな艶を放つ。

音も立てず椅子を引き寄せ、座る。

背もたれに両腕を置き、顔を乗せた。

アドニスの顔は上半分しか見えない。

赤銅色の両眼は考え込んでいる斬鉄姫をじっと見る。

獲物を見る捕食者の眼。

 

カップを卓に置いた時、セレスはアドニスに気付いた。

「上がったの?」

アドニスは両腕に顎を乗せた。

「今日明日出発じゃねぇから、安心しろ。」

「無理だわ。お断りします。」

「寝る。」

さっさと椅子から立ち上がり、寝室へ向かう。

セレスは小さくため息を吐いた。

 

----------

 

湯から上がって、居間に戻るとセレスは椅子に座る。

教会の仕事は休めない。食べていく為にも。

そして護衛の仕事だと、剣を持たなくてはならない。

—剣—

持ちたくない自分と、剣に生きた自分がいる。

鬩ぎあう、二人の自分。押さえ込んでしまえ。

セレスはテーブルの上の灯りを見つめた。

膝の上の手はタオルを強く握り締めている。

 

「髪、ちゃんと拭いたか?」

寝室の方から声がした。

セレスが目を凝らすとアドニスが扉の横に立っていた。

腕を組み壁にもたれかかり、此方を見ている。

闇に紛れ、気配を感じなかった。

艶やかな黒髪。濡羽色の獣。

黒豹だ。油断したら咽笛を噛み切られる。

「今から拭きます。」

膝の上のタオルを持ち上げようとした。

 

アドニスは忍び寄り左手でタオルを取り上げようとする。

セレスはタオルをアドニスの手に巻きつけ、縛り上げた。

「大分、勘が戻ってきたじゃねぇか。」

手を見ながらアドニスは楽しそうに言う。

「休まないわよ。」

斬鉄姫はアドニスを見上げながら告げた。

「怖いから睨むなよ。」

咽の奥で笑いながら手からタオルを解くアドニス。

「話をそらさないで頂戴。」

頭を拭いてもらいながらセレスは言った。

「旅支度は俺がする。オマエ、金無いだろ。」

「私は休まないと言った筈です。」

「ちゃんと後払いで返せ。」

「だから!!」

タオルを掴むと床に叩きつけながらセレスは椅子から立ち上がった。

緑青の両眼が、殺気立っている。

「どの位取り戻したか、試したくねぇのか?」

赤銅色の眼は苛烈な色を帯びる。

 

二匹の豹は牙を剥き、唸り声をあげた。

 

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