「答えろ。」
斬鉄姫を見下ろしながらアドニスは訊いた。
テーブルの上にあるランプの灯りは
アドニスの赤銅色の眼に映り、金色の輝きを与える。
それは戦場ではなく、居間で不気味に光った。
「試したい気はある。でも、剣は持ちたくない。」
短い沈黙の後、低い声でセレスは答える。嘘は無い。
「ケッ、それであのザマか。あの時、俺がいなかったらどうなってた?」
無機質な声でアドニスは深くセレスを抉る。
「死んでいたわね。」平然と答える斬鉄姫。
解ってるじゃねぇか。
獣は牙と爪を失くしたら、死ぬ。
「解放の後がそれか。腐れてるな、てめぇは。」
恫喝する声に対して、セレスは低く唸る。
「腐って結構だわ。」
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殺戮の中で生きてきた。戦乱の習いとはいえ、多くの命を奪った。
赤錆色の髪を見る度、相手が流した血を突きつけられる思いだった。
「泣ける時に泣いたほうがいいよ、セレス。」
人を殺め、血塗られた自分を受け入れてくれた夫。
これからもそうすであろう自分を支えてくれた夫。
あの人は、もういない。
徹底抗戦すればロゼッタはラッセンの領主を虜囚とし、それを盾に従属を強いる。
あの人はそれを拒む。そして死があの人に覆い被さる。
私はそれを見たくなかった。
だから、黒光将軍との勝負を受けた。
全力で戦い、確実に死ねる。
結果は——
罰が下り、生き残ってしまった。
私が斬鉄姫であるが故に、奇襲を招き入れた。
私が斬鉄姫だから、血を呼ぶのだ。
私の血も、血を求める。
もう沢山だ。
解放された今の時代に戦乱は無い。
私が剣を持つ必要も無い。
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アドニスに威嚇する斬鉄姫。
冷たく光る緑青の眼。敵を見る眼だ。
「持たない」ではなく「持ちたくない」と言った。
最初に訊いた時も、今も。
自分が戦士である自覚だ。
解っていながらそれを捨てたい一心だな、オマエは。
理由はどうでもいい。
斬鉄姫は戦士だ。
剣を捨てても、生きていける戦士はいる。
だが、てめぇは剣を捨てて生きていける程、器用じゃあない。
剣を捨てたら、生きていけない。
生きたいから、鍛錬を始めたんだろうが。
「剣を持たずに後悔するより、剣を手にして後悔したほうが、ずっといい。」
黒豹の唸り声は黒い刃となり、斬鉄姫を容赦なく斬り刻んだ。
選べ。
今を生きる気が無いなら、俺がその首を刎ねてやる。
セレスの白い肌を染める金色の光が瞬く。
「寝るわ。」
雪豹はしなやかにアドニスの横を通り抜けた。
アドニスはタオルを拾い、椅子の背もたれに掛けた。
ランプの灯りを絞りながら口許に笑みを刷く。
黒豹は闇と同化した。
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アドニスは寝台に上がる。
セレスはいつもの体勢で横になっている。
アドニスはセレスの腰を抱き、背中に擦り寄る。
「手にマメを作って、潰すだけの時間はあるの?」
何事も無かったかのような口調で、セレスの背が訊いて来た。
すこし笑いを含んだ声でアドニスは答える。
「十分あるぜ。あのなまくらを置いていく。」
「助かるわ。」
岩場から、雪豹は一歩降りてきた。
「明け方出て行く。メシはいらねぇ。」
「・・・助かるわ。」
セレスの返事を聞くとアドニスは寝息を立て始めた。