千紫万紅   作:moon

5 / 26
其の五  金色(こんじき)

「答えろ。」

斬鉄姫を見下ろしながらアドニスは訊いた。

テーブルの上にあるランプの灯りは

アドニスの赤銅色の眼に映り、金色の輝きを与える。

それは戦場ではなく、居間で不気味に光った。

 

「試したい気はある。でも、剣は持ちたくない。」

短い沈黙の後、低い声でセレスは答える。嘘は無い。

「ケッ、それであのザマか。あの時、俺がいなかったらどうなってた?」

無機質な声でアドニスは深くセレスを抉る。

「死んでいたわね。」平然と答える斬鉄姫。

解ってるじゃねぇか。

獣は牙と爪を失くしたら、死ぬ。

 

「解放の後がそれか。腐れてるな、てめぇは。」

恫喝する声に対して、セレスは低く唸る。

「腐って結構だわ。」

 

----------

 

殺戮の中で生きてきた。戦乱の習いとはいえ、多くの命を奪った。

赤錆色の髪を見る度、相手が流した血を突きつけられる思いだった。

「泣ける時に泣いたほうがいいよ、セレス。」

人を殺め、血塗られた自分を受け入れてくれた夫。

これからもそうすであろう自分を支えてくれた夫。

あの人は、もういない。

 

徹底抗戦すればロゼッタはラッセンの領主を虜囚とし、それを盾に従属を強いる。

あの人はそれを拒む。そして死があの人に覆い被さる。

私はそれを見たくなかった。

だから、黒光将軍との勝負を受けた。

全力で戦い、確実に死ねる。

 

結果は——

罰が下り、生き残ってしまった。

私が斬鉄姫であるが故に、奇襲を招き入れた。

私が斬鉄姫だから、血を呼ぶのだ。

私の血も、血を求める。

もう沢山だ。

 

解放された今の時代に戦乱は無い。

私が剣を持つ必要も無い。

 

----------

 

アドニスに威嚇する斬鉄姫。

冷たく光る緑青の眼。敵を見る眼だ。

「持たない」ではなく「持ちたくない」と言った。

最初に訊いた時も、今も。

自分が戦士である自覚だ。

解っていながらそれを捨てたい一心だな、オマエは。

理由はどうでもいい。

斬鉄姫は戦士だ。

剣を捨てても、生きていける戦士はいる。

だが、てめぇは剣を捨てて生きていける程、器用じゃあない。

剣を捨てたら、生きていけない。

生きたいから、鍛錬を始めたんだろうが。

 

「剣を持たずに後悔するより、剣を手にして後悔したほうが、ずっといい。」

黒豹の唸り声は黒い刃となり、斬鉄姫を容赦なく斬り刻んだ。

 

選べ。

今を生きる気が無いなら、俺がその首を刎ねてやる。

 

セレスの白い肌を染める金色の光が瞬く。

「寝るわ。」

雪豹はしなやかにアドニスの横を通り抜けた。

 

アドニスはタオルを拾い、椅子の背もたれに掛けた。

ランプの灯りを絞りながら口許に笑みを刷く。

黒豹は闇と同化した。

 

----------

 

アドニスは寝台に上がる。

セレスはいつもの体勢で横になっている。

アドニスはセレスの腰を抱き、背中に擦り寄る。

「手にマメを作って、潰すだけの時間はあるの?」

何事も無かったかのような口調で、セレスの背が訊いて来た。

すこし笑いを含んだ声でアドニスは答える。

「十分あるぜ。あのなまくらを置いていく。」

「助かるわ。」

岩場から、雪豹は一歩降りてきた。

「明け方出て行く。メシはいらねぇ。」

「・・・助かるわ。」

セレスの返事を聞くとアドニスは寝息を立て始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。