千紫万紅   作:moon

6 / 26
其の六  臙脂色(えんじいろ)

「姉さん、どういう事?仕事を休むって。」

教会の書庫で本棚に本を納めながらフィレスは姉に訊いた。

姉より先に解放された妹は、教会に間借りしていた。

教会に住む僧侶の賄いや尼僧の世話をしている。

書庫の整理は妹が持ちかけてきた仕事だ。

休み以外は必ずと言っていいほど顔を会わすから、特別な行き来は無い。

 

「ちょっとした用があるの。しばらく留守にするから。」

紙片に書かれた本を出しながらセレスは答える。

フィレスは姉の様子を窺う。

「いつから?」

「まだ、はっきりとは判らないわね。」

「まぁ、いいけどね〜。それじゃ、教会の仕事はアタシが代わりにしといたげる。」

「助かるわ。」姉は笑った。

 

----------

 

昨日の夜、アドニスはやって来た。

大き目の黒い荷物と共に。

「逃げるなよ。」

アドニスは言葉の代わりに荷物を置いた。

「湯、貰うぞ。」

一言セレスに向かって言うと、さっさと浴室の扉へ消えていった。

セレスは暫くの間、荷物から視線を外せずにいた。

ゆっくりとソファーの横に隠れるように立てかけてある剣を見る。

アドニスが置いていった剣。

「剣を持たずに後悔するより、剣を手にして後悔したほうが、ずっといい。」

 

気配を感じでセレスは奥を見た。

アドニスは頭を拭きながら扉を閉めている。

セレスは感覚が鋭利になっていた。雪豹が小さな物音で耳を動かすように。

アドニスの口許がタオルの下で小さく歪んだ。

ソファーに座ると「頭、拭いてくれ。」

タオルをセレスに渡し、頭を垂れる。

「自分でしなさいよ。」

「嫌だね。」

小さなため息を吐くとセレスは濡羽色の頭を拭き始めた。

「あれは、明日開ける。オマエ、早目に帰ってこい。」

「いつ、出るの?」護衛の仕事に、と言外に訊く。

「それも明日だ。」

「貴方、荷物も黒いのね。」

「ほっとけ。」

タオルの下で可笑しそうな声がした。

 

「もう、いいでしょう?」

セレスがタオルを離した瞬間、アドニスはセレスの両手首を掴んだ。

ゆっくりソファーから立ち上がり、掌を返す。

タオルが二人の足元に落ちた。

「マメ、潰したな。」

セレスは自分の掌に視線を落とす。

真皮が剥き出しになり、潰した部分は臙脂色になっていた。

「後は、固めるだけだから。」

「身体は?」

「貴方程じゃないけど、ある程度は作った。」

アドニスを見てセレスは言う。

何も着ていない鋼のような上半身に水滴が付着していた。

「上等だ。」

 

タオルを拾い、椅子に掛けながらセレスはアドニスに言葉を投げる。

「アドニス、頭がボサボサね。寝癖が付くわよ。」

「・・・ほっとけ。」

セレスの後姿が寝室の扉に消えた。

アドニスは濡羽色の髪を撫で付けながらソファーに座った。

いちいち普通の女と反応が違う。

しかも戦士としてしかアドニスを見ていない。

だが、それこそ、アドニスが求めていた斬鉄姫だ。

普通の女は、何処にでもいる。

アドニスは、普通の女など欲していない。

 

アドニスも寝室へ入った。

セレスはもう寝息を立てている。

野性のしなやかさで寝台に上がると

腰を抱き、背中に擦り寄る。

二つの規則正しい寝息が闇に吸い込まれた。

 

----------

 

「ちょっと用があるから、今日は早目に帰るわ。」

本を抱えフィレスに言うとセレスは扉に向かった。

「はーい。」妹の明るい返事が姉に返る。

フィレスの勘は冴え渡る。

何か、あるわね。

閉まった書庫の扉を見ながらフィレスの目はキラリと光った。

解放以降、出不精だった姉さんが家を空けるなんて、一大事だわ!

気になる!すごく気になるのよ!!姉さん!!!

 

うきうきするフィレスが書庫にいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。