アビサルハンターズのとびきり甘いチョコ   作:白煙

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とびきり甘いチョコのアビサルハンターズ

a.m. 11:00 天気/快晴 ロドス本艦 執務室

 

「先輩!食べたら感想教えてくださいね!」

「あ、あぁ……ありがとうな、エイヤ。」

「はい!」

 

私にピンクを基調とした小さな袋を渡したエイヤ……エイヤフィヤトラが執務室を出ていく。

手早く中身を確認すれば、可愛らしく形成されたチョコレートが数個入っていた。

袋にエイヤフィヤトラと書いたタグを袋に結び付け、立ち上がる。

流石に昼前の今、間食するわけにはいかない。なるべく早めに食べなければと思いながら、執務室に備え付けの冷蔵庫を開く。中にはぎっしりと贈り物のチョコレートが入った色とりどりの包みが入っていた。

 

「これは……入るか?」

「無理だと思いますわ、ドクター。」

 

1人ごちれば、呼応するように声が飛んでくる。

振り返らずともわかる。秘書のグレイディーアだ。

 

「一つ覚えに朝から断らずに受け取り続けていれば、その小さな箱ではすぐに溢れかえってしまうのはわかっていたでしょうに。」

「でも、わざわざ準備してくれたものを断るのも忍びなくてな……」

 

誰がそれを広めたかは知らないが、今日2月14日はバレンタインデーと言う物らしい。

大切な人や友人。好きな人に日ごろの感謝や様々な思いを込め、チョコレートを筆頭に様々なお菓子をあげる日だと言う。

見事に広まり、マッターホルンやグムからはキッチンの利用申請が山ほど届いていると嘆きの声が聞こえるほどであった。

この一大イベントが広まった結果として、今の執務室には貰い物の大量のお菓子が詰められた箱と、チョコレートが詰められた冷蔵庫が鎮座している。

まだ今日の業務は半分にも達していないと言うのに、秘書のグレイディーアからは普段の倍以上のため息が返ってきている。

 

「ま、仮眠スペースにあるのを使うさ。」

「随分とお人好しですのね。」

 

グレイディーアの責めるような目線に苦笑をこぼしながら、執務室からつながる仮眠スペースへ移動した。

仮眠スペースには簡易的なキッチンが備え付けられており、執務室よりも多少大きな冷蔵庫がある。

……もっとも、こちらも直に埋まってしまう予感がする、早めにクーラーボックスなども調達しなければならないだろう。

そう思いながら執務室へ戻った。椅子に座ればグレイディーアから声が飛んでくる。

 

「こんなことに現を抜かす暇があるのです。勿論、仕事の方は順調なのですよね?」

「いや、その……」

 

思わず口ごもれば、再びグレイディーアからため息が漏れた。

細められた目から酷く責められているような気がして、慌てて書類に向き合おうとしたところで、執務室にノックの音が響く。

 

「大将、少々お時間よろしいでやすか」

 

ちらり、とグレイディーアの方を見れば途轍もなく冷ややかなで見られていた。

それに気づき、慌てて扉の向こうにいるだろうジェイへ返事を返す。

 

「あ、あぁ!良いぞ」

 

心中の焦りをよそに、来客は次から次へとやって来る。

今日は仕事が中々進まない日になる予感は胸の中で留まることを知らないようだった。

 

p.m. 00:30 天気/快晴 ロドス本艦 執務室

 

沢山の来客と、遅々として進まない仕事の進捗に焦りを覚えている自分に追い打ちを掛けるように卓上のアラームが鳴った。

来客への対応に時間を割かれ、時計を確認するのを怠っていて気付かなかったが、既に時間は昼過ぎになっていた。

結局、全然仕事は捗らなかった。グレイディーアは呆れつつもこちらに声を掛けてくる。

 

「こんな様子では仕事はまともに進まないと予想致しますわ。なのであれば、昼食でも頂いてくるのが良いのではないかしら?

もしかして、貰った菓子で済ませようなどとは考えていませんわよね? 」

 

思考を言い当てられて言葉に詰まる。

それをみた彼女は首を振り、冷ややかな目線で言葉を吐いた。

 

「これだから…… 食堂にでも行って来たらどうかしら。

碌に仕事が進んでいないときに貴方方はリフレッシュをするのでしょう? 」

「妙にとげを感じるが……」

「気のせいですわよ」

「はぁ……そうか……まぁ、うん。行ってくるよ。グレイディーアもしっかり休めよ?」

「ええ、勿論わかってますわ」

 

椅子から立ち上がり、この部屋を後にする。

さて、お昼は何を食べようかと考えていると。グレイディーアから声を掛けられた気がする。

 

「はぁ……ドクターもあの子も手がかかりますわね。」

「何か言ったか?」

 

振り返って彼女の方に確認すれば、「いいえ、何も言っていませんわ」とでも言いたげな雰囲気で手元のタブレットに視線を落としていた。

幻聴が聞こえるくらいには疲れているようだ。

早めに昼食を食べて休憩して、言われた通りにリフレッシュしなければな……

 

p.m. 01:10 天気/快晴 ロドス本艦 食堂

 

「ごちそうさまでした。」

 

空になった食器を前に手を合わせる。美味しい昼食だった。

食器を返却しようと立ち上がりかけたところに声を掛けられる。

 

「あら、ドクター、執務室に居ないと思ったらこんなところにいたのね」

「スカジ、探してたならグレイディーアに言ってくれれば良かったのに」

「ま、いいわ。はい、これ。」

「あ、ありがとう……中見てもいいか?」

 

そう言いながら差し出してきたのは小さな包みだった。

スカジの無言の首肯に促されるまま包みを開ける。

日付的には予想通り、そして人物的には予想外の中身だった。

 

「チョコ……か?」

「それ以外の物に見える?」

「いや、美味しそうだ。ありがとう」

 

包みの口を閉じて懐へ突っ込もうとした手を強く掴まれる。

掴んだ手の主は、案の定スカジであった。

スカジへ目を向ければ、彼女はどこか不満げな顔をしていた。

 

「あら、食べてくれないのね?」

「えっあっいや……後で食べようとだな」

「食べてくれないの?」

 

ずい、と身を乗り出してくる。テーブル越しだと言うのに目の前に顔がある。

握っていた手は離され、ひったくった包みの中を漁っていた。

その手が包みの中から引き出された時には、可愛らしい一口大の若干不格好なチョコが握られていた。

 

「ほら、口を開けなさい」

 

妙な気持ちになって固まっていると、口元にチョコが迫る。

寸前に至っても勢いは止まらず、そのまま唇に押し当てられた。

ほんのりと甘い味を感じる。

ぐりぐりとこじ開けるように押し当て続けられる。

 

「案外我慢強いのね」

「むぐ……」

 

我慢強い、と言われた直後に押し当てる力が強くなる。

さほど耐え切れず、口を開けてしまえばそのままチョコが口の中へと押し込まれた。

スカジの白い指がゆっくりと引き抜かれたのを確認してから、かみ砕いて嚥下する。

ほろ苦い甘みが口の中に広がったが、じんわりと溶けて消えた。

 

「美味しい……」

「そう、ならよかったわ」

 

思わず声を溢せば、スカジは驚いたように眉を吊り上げ、そのまま安心するように息を吐いた。

包みを机の上に置くと、彼女は振り返って立ち去ってしまった。

立ち去る彼女の耳が真っ赤になっていたのは、きっと気のせいだろう。見間違いというやつだ。

スカジから渡された包みと、食器を載せたお盆を手に、席を立ちあがる。

今の顛末でだいぶ注視されてしまっている気がして、そそくさとその場を立ち去る。

 

p.m. 08:13 天気/快晴 ロドス本艦 執務室

 

結局、一日中来客は絶えず、最低限今日中にこなさないといけない仕事を終わらせるために結局2時間程かかってしまった。

こんな日に秘書を務めたグレイディーアをねぎらおうと、静かに立ち上がった彼女の方へ向く。

 

「おつかれ、グレイディーア。手伝ってくれて助かったよ」

「これも任務の一つですわ。手伝うのは当たり前のことでしてよ。」

「それでも、だ。正直、グレイディーアじゃなかったら今日の仕事はまだまだ終わらなかったさ」

 

その言葉に返事は無く、執務室から彼女は立ち去ろうとするところだった。

シャワーでも浴びようかと立ち上がったところで、グレイディーアの声が飛んでくる。

 

「ドクター、今晩は何か用事を予定してらっしゃいます?」

「?いや、ないが……」

「そう。では、21時に自室へ伺いますわ」

「あ、あぁ。わかった」

 

彼女はそれだけ言ってどこかへと立ち去っていった。

何か目的があるのだろうが、まぁ、ひとまずは体を清めて待って居よう。

立ち上がった目的通り、シャワーを浴びに執務室の一角へ向かう。

 

p.m. 09:00 天気/快晴 ロドス本艦 ドクターの自室

 

結局としてあの言葉以降目立った連絡もなく、妙にそわそわした心持ちで時計を眺めている。

時計の針が21時丁度を指し示したところで、秒針以外一切の音が無かった部屋にノックが響く。

 

「グレイディーアか?いいぞ。鍵は開いてる」

「随分と不用心ですのね、ドクター」

「信用してるんだよ。ロドスのメンバーを」

 

開口一番罵倒を飛ばしてきたグレイディーアはため息を吐いた。

そんな彼女の手には真っ白な箱が有った。

その箱を慎重な手つきでソファーの前のローテーブルに置くと、ぶら下げていた紙袋から使い捨てのフォークと紙皿、紙コップを取り出した。

 

「グレイディーア、これは?」

「今日はバレンタインデーなのは知っていますわよね?」

「贅沢にも嫌と言えるほどにな」

「ですから、これは私からの贈り物ですわ」

 

思わず言葉に詰まっていると、慣れた手つきで箱の中身を取り出す。

綺麗な、華美な装飾がなく、上品な雰囲気のチョコケーキが取り出される。

長方形のそれを二つの紙皿に一つずつ置いたかと思えば、一つを差し出してくる。

紙コップには水筒から紅茶が注がれた。

 

「あまり菓子作りは嗜まないので、良い出来とは到底言えませんが……感謝を伝えるには十分でしょう?」

 

手作り……? 丁寧に仕上げられたそれは誰が見ても市販品にしか見えない。

じっと、感想を待つように見つめられてから、慌てて声を出す。

 

「あ、ありがとう。その……正直本職のパティシエが作ったようにしか見えなくて驚いて固まってた」

「そう、紅茶が冷めないうちに頂いてくださる?」

 

促されて、フォークで一口分を切り分けてから口に運ぶ。

余り嗜まない、という言葉が嘘としか思えない程美味しい。

頬が落ちてしまいそうになる美味しさ、というのはこう言う物を指し示すのだろう。

 

「美味しい……本当に美味しいよ。グレイディーア」

「なら良かったですわ。美味しくなかったらどうしようと些か緊張していましたもの」

 

返事を受けたグレイディーアは安心したように微笑むと、自分のケーキを食べ始める。

貴重なグレイディーアの微笑みと、緊張という最もグレイディーアからかけ離れた印象に呆然とする。

しかし、呆然とする頭とは対象外に、ケーキを口へと運ぶ手が止まらない。

すぐにフォークと紙皿がぶつかる音が鳴る。

 

「もう食べきってしまったみたいだ」

「ふふ、さて、私の方もなくなってしまいましたわ。

今宵はここまで、えぇ、ドクター?ロドス一の戦術指揮官として、期待していますわ」

 

その言葉と共に紙皿やフォーク、ケーキを入れていた箱などを紙袋の中に入れていく。

 

「おやすみなさいませ。ドクター。一時ばかりの良き夢を」

「あぁ、おやすみ、グレイディーア」

 

グレイディーアは、その袋を持ったままこの部屋を立ち去っていく。

最後に見せた、やや紅潮している微笑みに当てられ、少しばかりのあいだ、動く事が出来なかった。

 

a.m. 00:29 天気/晴れ ロドス本艦 ドクターの自室

 

ごそごそと、布同士が擦れ合う音と人一人分の重みに目が覚める。

壁に掛けた時計を冴え切らない眼で見つめれば、時刻はおよそ0時を30分ほど過ぎたところだった。

バレンタインデーが終わった、という事にどこか安堵を覚える。

壁を向いていた頭を無理やり天井へと向けられる。

しかし、そこにあったのは誰かの頭だった。

誰だろうかと目を細めれば、カーテンの隙間から差し込んだ光が正体不明の人影を映し出す。

 

「スペクター?」

「あら、随分と気付くのが遅いのね、それに、サメって呼んでくれないのね。」

「あー、こんばんは。サメ。こんな夜更けに何の用だ?」

 

アビサルハンターに共通する銀色の髪に紅い瞳。そして、ロドスに居るアビサルの中で唯一髪に若干のウェーブがかかっている、スペクター……サメがどうやら自分の上に乗っているらしい。

サメという呼称を強要するあたり、どうやら正気のようだ。

 

「あら、今日……いいえ、昨日ね、昨日が何の日か知らないの?」

「バレンタインデー……だろ?嫌と言えるほど知っているさ。」

 

グレイディーアとの会話を焼き増したような会話にデジャヴを覚える。

同時に、少しばかりの嫌な予感を。

 

「ドクター、誰から貰ったの……ま、大方殆どのオペレーターから貰っているのでしょうけれど」

「あぁ、まぁ、そうだな」

「あのスカジやグレイディーアからも貰ってるのかしら」

「一応な。貰ったが……それが?」

「ふぅん」

 

どこかつまらなさそうにしたスペクターは、強い力でこちらの体を押さえつける。

そのまま処刑でもするのかという笑顔でこちらに告げる。

 

「あぁ、切っちゃうといけないから、あまり抵抗しないで頂戴ね?」

「は?切るっていった―――」

 

開こうとした口は無理やり塞がれた。他ならぬスペクターによって。

がちり、と歯と歯がぶつかる鈍痛が……歯と歯?

唇には柔らかな感触と、眼前には細めるように笑ったスペクターの瞳がある。

抵抗を許さぬように、万力の如く押さえつけられた腕の痛みが無ければ理性的な思考が出来ていなかったかもしれない。

そのままゆっくりと侵入してきたスペクターの舌は、口腔内を蹂躙しては甘ったるいチョコを塗りたくっていく。

どれほどの時間が経ったのか。果てしない時間だった気がするし、一分に満たなかったかもしれない。

ゆっくりと離れていくスペクターを名残惜しく感じながら、互いの唾液で構成された銀色の橋が切れ落ちるのを呆然と眺める。

 

「ふ、―――ふ。アハハ!随分と名残惜しそうね、ドクター。」

「勘弁してくれ……」

「でも、今日はここでお預け。今度は’私’にしっかりアプローチしてね?どくたぁ。」

 

普段のスペクターとも、稀に見えるサメとも、どちらからの印象からもかけ離れたその甘い声に思考が完全に停止する。

ふと我に返った時、スペクターは既にこの部屋から居なくなっていたようだし、やってきてから30分以上経過していた。夢でも見ていたんじゃないかと疑う心は、口の中に残っている甘いチョコレートが否定していた。

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