ブラマス短編 作:ミュータント・アタッカー
ふと、キーボードを叩く手を止めて、車外を見る。
宇宙には昼も夜もない。いつ見ても、無限の暗闇とそこに浮かぶ光の粒が俺を見返してきて、漂う岩が気まぐれに横切っていく。
エリアによっては特異な光景に面食らうこともあったが、大体はこんなものだ。
地球での暮らしを離れてから、どれくらい経っただろうか。
G-ソフィアでの旅にもすっかり慣れ、ゼオグ・ゼフゥとの戦いでイヴのミュータント細胞侵蝕も止まってからというもの、俺たちは当初の深刻な目的はないままに、惑星ソフィアを目指していた。
これはイヴの里帰りでもあり、俺としても、ミュータントのこと、イヴのこと……先達にしてイヴの両親でもあるガードナー夫妻とは、話したいことが山程あるからだ。
後は惑星ソフィアが見えてくるのを待つだけなのだが、どうもまだまだ距離があるらしい。
幸い、G-ソフィアはガイアシステムのおかげでほぼ無原動力といって差し支えなく、よほどのことがなければ立ち往生の心配ないんだが……
卓上のマグカップに手を伸ばそうとしたところで、ぐぅ、と俺の腹が鳴った。
そう、こればっかりはなぁ……
「ジェイソン、大丈夫?」
真後ろから声がして、俺の背もたれの上から顔をイヴが覗かせた。一瞬、イヴの持つ四角い缶――側面液晶に"ケーキ"と表示されたフードカートリッジに目が行きそうになった。
「ああ、大丈夫だ」
「ホントに?」
心配そうな表情のまま、イヴが控えめに手を揺らす。くっ……負けるか!
「……やっぱり。あれから、私に譲ってばかりだもの」
顔に出ていたのか、イヴにはすっかり食欲を悟られたらしい。
そう、ゼオグ・ゼフゥを倒して間もない頃……
仲間たちと出会う中で、サポートロイドがどれほど精巧に作られているかを再確認していた俺は、ある時、その作り込みへの好奇心に火が着いた。
俺の食料は、降り立った惑星にある物質を集めて合成する半固形食料だ。
そのまま噛むと苦酸っぱい味がするような草や木の皮でも、惑星ソフィアの技術にかかれば、ガツンと来るハンバーグになったり甘辛いお好み焼きになったり、はたまたよくわからない味と触感のものにもなったりする。
材料からどんなものができるかは完全に予測不能で、最初はひとり、当たり外れに一喜一憂していたものだった。
イヴに味覚があるのかと試しにプリンを食べさせてみた時の、あの目の輝かせようやはしゃぎっぷりは今でも脳に焼き付いている。
サポートロイドとして地球を訪れ、孤独に耐え、危険な戦いに身を投じ、命がけで俺を救ってくれたイヴへの恩返しの一環として、俺はずっと当たりの缶をイヴに譲っていた。
俺の分は、ゴボウをレモン汁で煮たような"ミナッチモ"とか、生魚の皮だけを集めてかき混ぜたような"ラミ・ラモイ・カイキ"とか、一口食べる度に食欲が減退するようなハズレを残している。最近口にした中で一番美味いのは水とコーヒーという有様だ。
だが、我慢できないという程でもない。俺は首を振った。
「いいんだ。別に、飢え死にしそうってわけじゃないし」
「よくないわよ。最近ジェイソンがうなされてるのだって食生活のせいよ、きっと」
「えっ?」
うなされてたのか……
そして、常食するとうなされるくらい不味いのか、これ……
マグカップの横、20時間ほど食べさしのままになっている缶を見て、俺は少しショックを受けた。
「それは……ちょっと心配になってきたな。飢え死にはしなくても、悪い影響が残りそうだ」
「でしょ? 次に食べ物が作れそうな惑星を見つけたら、美味しいものを食べなきゃ。ね?」
イヴが俺の前まで回ってきて、俺の肩に手を置き、間近からじっと見つめてくる。
「……わかった。そうするよ」
「うん」
ため息ひとつつき、返事をした。イヴは目を細め、強く頷いた。
……ん、待てよ?
「なんで"次"なんだ? ストックが結構あったと思うんだけど」
原料の取り込みや生成・充填の操作は俺がやっているから、在庫の感覚は間違いないはず。
だから何気なくそう訊くと、満足した様子で自分の席に戻ろうとしたイヴが、凍りつくようにしてその動きを止めた。
想像もつかないような超科学技術で作られたサポートロイドらしからず、油の切れたブリキ人形めいて、ぎこちなくこちらを振り向く。目を見開いて、口は開きかけたままになっている。こめかみには、さっきまで影もなかった汗が滲んでいる。
「……まさか、もう」
「ごめんなさい……あんまり美味しくて、気がついたら最後の一個になってて……」
手にしたケーキ缶を目線で示すのを見て、得心が行った俺は、なんだ、と苦笑した。
「そんな回りくどいことしなくても、イヴが食べたいって言ってくれればそうするのに」
「ま、待ってジェイソン! 別に私が食べたくて催促してるんじゃないのよ!?」
「大丈夫大丈夫、わかってるわかってる」
「それ絶対わかってない!!」
ふくれっ面で戻ってきたイヴが正面から俺の膝に腰掛け、胸や肩をぽかぽかと叩く。
機械の体とはいえ、素手なら見た目相応に可愛らしいだけなんだけど、右手に握られた缶の威力に、思わず声を上げた。
「いてっ、イヴ、缶! 缶が当たってるから!」
「~~~~!!」
"人はパンのみにて生くるものにあらず"……いや、ちょっと違うか。
ともかく、聞く耳を持たなくなったイヴが大人しくなるまで待とうと、俺は落ちないようにだけ背中に手を回した。
……それにしても、イヴが食べた分はどこに行くんだろうか?