ブラマス短編 作:ミュータント・アタッカー
――Gーソフィア車内、多目的設備室。
このスペースは、可能な限り折りたたまれ収納されている様々な装置を展開することで、生活に必要な機能が利用可能だ。
人間の俺にはどうしたってトイレが必要だし、衛生・ストレスの管理面で体だって洗いたくなる。ひとところに留まらず宇宙を飛び回るなら、なおさらだ。
そんなわけで、今ここはバスルームになっている。入浴の時間だからというのもあるが、今日は別の用事もある。
ある意味、ミュータントとの戦いよりも気を使う作業だ。
「……よし」
俺はハサミを手に取り、神経を研ぎ澄ませた。
……
「上がったよ」
「お疲れさま、ジェイソン。さっぱりしたね」
着替えまで済ませてコクピットに戻ると、コンソールに向かっていたイヴが、顔を上げてこちらを見た。
「変なところ、ないかな?」
横や後ろを向いて見せると、大丈夫、と返ってきて、俺はホッと一息ついた。
「それにしても、いつ見ても信じられないわ。自分で自分の髪を切れるなんて」
「研究以外の、数少ない特技……かもな」
毎日というわけじゃないが、伸びてきた髪が邪魔になるのもまた、生きていれば避けられないことだ。
幸い、元々自分の髪は自分で切っていたから、今もなんとかやれている。
「まるで、後ろまで見えてるみたい」
「みたい、というか……」
「というか?」
――俺は、人工的に生み出された人間だ。"ロボット工学の天才"と呼ばれることもあるけど、それも作られた才能に過ぎない。
それと同じく意図されたものなのかはわからないが、俺は昔から空間把握能力が人より優れている。見える範囲に限らず、どのくらいの位置にどんなものがあるかが、なんとなくわかる。
長らく命綱としてきた"カウンターブラスト"を使いこなせるのだって、もちろんヘルメットのセンサーのおかげというのもあるが、元々そういう特殊なカンがあってのことだった。
「……イヴに任せると大変なことになるから、俺が頑張らなきゃ、って」
「うっ……」
「責めてるわけじゃないよ。地球でも、理容師や美容師――髪を切る仕事には免許が必要な仕事だからな」
高性能で精密なロボットに置き換わっていって、担い手は減ってはいるが、特に美容師は今でも人間の方が頼られている。きっと、
「ジェイソンも、昔はお店でその髪型にしてもらってたの?」
「うーん……どうだったかな。多分そうだと思うんだけど、なるべく自分で切るようにしてたからなぁ」
「どうして?」
「どうしてって……他人が刃物を向けてきたら、怖いじゃないか」
俺の返答に、イヴはしばしぽかんと口を開けた後、くすくすと笑った。そういえば、理髪店でも同じように笑われたっけ。
「なにそれ」
「……だって、椅子に座らされて、カットクロスを巻かれて、身動きできないんだぞ?」
「いないわよ、そんなこと言ってる人」
笑顔のままのイヴが、手を振って否定する。
「髪を切ってもらう時に寝ちゃう人だっているんだって、聞いたことあるもの」
「俺だって聞いたことくらいある。信じてないけど」
「頑固だなー、ジェイソンってば」
「イヴは切られたことがないからわからないんだ」
「そりゃ、知らないわよ。私ガイノイドだもーん」
ああ言えばこう言う……いや、こんなことにムキになっても仕方ないとは分かってるんだけど、釈然としない。
「イヴも髪が伸びるようになればいいのに……ん?」
「どうしたの?」
「……イヴの髪って、前はそんなに長くなかったよな」
イヴを見て、初めて会った時の記憶と重ね合わせる。
……そうだ。確か、ギリギリ肩にかかるくらいだったはずだ。というか、体型まで違うぞ!
「そうね、ミュータント細胞に侵蝕された時に伸びていって……気に入ってるから、そのままにしてるけど」
「じゃあ、ミュータントがイヴの髪を伸ばしたってことか?」
「そういうことに……なるのかなぁ」
互いに顔を見合わせる。
「……何のために?」
「さあ……?」
この日、ミュータントにまた一つ謎が増えた。