自殺を前提に付き合ってください!   作:―――――

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父親

 

 

 

 けらけら、けらけら。

 あいつはそんな風に、人を子馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 なんであんな奴が人気者なのか、俺には到底理解できなかった。

 

 

「行ってきまーす!」

 

 

 いってらっしゃい、の声はか細かった。

 今にも折れそうなくらいに、母さんには覇気が無かった。

 

 部活の朝練、友人との会話、授業の予習に先生への媚売り。中学生は忙しい。一流の高校に入るためには、たゆまぬ努力が必要になる。

 母さんは保護者の間ではあまり人気が無い。口数が少なくなって、元気がないからだ。俺が頑張らなくてはならない。俺が母さんを幸せにしてあげなきゃならない。

 

 

「やあ、俺の最愛の息子よ」

 

「げっ」

 

 

 不審者だ。どうやら俺の通学路で待ち伏せをしていたらしい。

 すぐに携帯電話で警察を呼ぼうとして、慌てた様子の不審者に携帯電話を取り上げられた。流石、動きは俊敏だ。まるで猿や盗人のようだ。反吐が出る。

 

 

「おいおいおい、初手通報はどうかと思うぞ!?仮にも実の父親を相手に!」

 

「もうお前とは縁を切ったろ。さっさとそこどけよ、朝錬あるんだ」

 

「自分の息子が部活を頑張ってて、パパはとっても嬉しいけどな。せっかくパパが会いに来てやったんだから、もう少し甘えていいんだぜ愛しの息子(マイサン)。家族団欒と行こうじゃないか、部活なんぞ放っておいてさ」

 

「気持ち悪いから近づくんじゃねぇよクソ野郎。母さんを捨てた癖に、何が家族だ」

 

「はっはっはっ!いやー手厳しいねぇ!」

 

 

 認めたくはないが、目の前にいるクズ野郎はたしかに俺の父親だ。

 天才舞台俳優にして、天才脚本家。

 今を煌めくスーパー売れっ子、金と才能だけは持ってる不倫男。

 それが俺の父親で、目の前でヘラヘラとした笑みを浮かべているこいつだ。

 

 

「けどほら、俺だってスケジュールを調整してまでお前に会いに来たんだぜ?置いてきちゃった息子がどうなってるのか、パパ心配でさ」

 

「俺はあんたと結婚したっていう不倫女の方が心配だけどな。どうせまたあんたに捨てられるんだろ?母さんと同じようにさ。死んでくれないかなこいつ」

 

「おいおい、そう厳しいことを言うなよ。しょうがなかったんだぜ?苦渋の決断だったのさ、信じてくれよ。別れたくて母さんと別れたわけじゃないんだ」

 

「死ね。さっさと地獄に落ちてその舌と股の下にあるもん切り落とされてろ」

 

「こわぁ……。息子が反抗期になっちまったよ」

 

 

 えーんえーん、なんて分かりやすい泣き真似をする不倫クソ野郎。

 母さんに一方的に離縁を突きつけ、自分は数年前から付き合ってた不倫相手に鞍替え。多額の手切れ金だけ置いてさっさと去って行き、母さんの心に深い傷を与えた男。

 好きになれる要素があるわけがない。

 

 

「まあ聞いてくれよ、俺は嘘はつかないんだぜ?清廉潔白な、家族には本音しか言わない損な男なんだよ。ただほら、ちょ~っと性根が歪んでるだけで!」

 

「自覚があるならさっさと死んでくれ。お前みたいな奴とはもう顔も合わせたくないんだよ」

 

「ハハハ、それは嫌だね。何も残さないまま死ぬなんてまっぴらごめんだ。今を謳歌するだけしか無い星屑共とは違う。俺はすぐに消えるような星なんかじゃ終わりたくない」

 

「散々残してきたろうが。いろんな人を蹴落として、いろんな人に傷をつけた」

 

「すぐに忘れるような傷だろう?そう騒ぐ程のことでも無い」

 

 

 悪びれもせず最悪なことを口にする。

 なんで母さんは、こんな奴と結婚したんだろうか。

 

 

「今思ってること、当ててやろうか?『なんで母さんはこんな奴を』だろ?」

 

「……気色悪い」

 

「ワハハ、図星だ!けどまあ、それは間違いだ最愛の息子よ。彼女は俺を選んだわけじゃないさ。消去法なんだよ、消去法」

 

「はぁ?」

 

「学生の頃、優しくした男が俺しかいなかったから俺に靡いたんだよ。他にも彼女狙いの奴がいたなら、あいつはきっとそっちに流れた。耳障りの良いことを並べてもな、世間一般の恋愛なんて所詮そんなもんだ。ちょうどよく物にできそうな奴がいたから物にした、単純だろ?」

 

 

 思わず手が出た。似合わないサングラスが吹き飛ばされる。

 ドブ川みたいな濁った瞳が、俺を見て細く歪んだ。

 

 

「いきなり顔を殴るなんて酷いじゃないか。まったく、誰に似たんだ?」

 

「これはお前似だよ。母さんはこんなことしない。お前の腐った血のせいだ」

 

「決めつけは良くないぜ?あいつだって、案外と気が短い可能性もあるじゃないか。安心しろよ、お前は悲しいくらいに母さん似だ。俺から継いだ物は才能だけさ」

 

「継ぎたくねぇよ、そんなもん」

 

「継いだんだから諦めな。お前は間違いなく天才だとも。この俺が保証する。だからこそ惜しいんだ。お前はあんな平凡な学校で、おままごとして満足するような奴じゃないだろう?」

 

 

 割れたサングラスをポケットに入れて、懐から名刺のようなものを出す。

 

 

「お前の才能に相応しい、最高の舞台を用意してやるくらいの親心は俺にもある。これに書いてある番号に連絡すれば、お前はすぐにスターへの道を歩むことができる」

 

「断る。お前の決めた道なんぞ歩んでたまるか」

 

「だろうな。ま、それは捨てずに取っておけ。未来の選択肢は多い方がいい」

 

 

 強引に押し付けられ、俺の鞄にそれを入れられる。

 相変わらず無駄に力が強い。

 

 

「世の中には親から望まれた道を、歩みたくても歩めない子もいるんだぞ?歩む力があるなら、それを選択肢に入れることくらいはしてやらなきゃ可哀想だとは思わないか」

 

「母さんの幸せをぶち壊したお前が何を言ってるんだよ」

 

「マザコンだねぇ。俺に似たかな?」

 

 

 再び手が出たが、次は対応されて躱された。

 

 

「誤解するなって。俺は母さんのことが大好きだよ。本気で愛していたさ。底抜けの善人だし、ちょっと間抜けで可愛いし。犬みたいに俺についてきてくれるし、愛想も良いし。天使みたいな、俺には勿体ないくらいの奥さんだったとも」

 

「じゃあなんで捨てたんだよ!!」

 

「違うね。捨てられたのは俺さ」

 

 

 けらけらと、父は笑った。

 

 

「本気で愛してくれていたなら、本気で引き留めればよかった。殺す気で殴りかかってくれればよかった。俺ならそうした。けど彼女はそうはしなかった。『あなたが決めた事なら』なんて笑って、当たり前のように手放した。彼女に愛なんて無かったのさ」

 

「ふざけるな!母さんがどれだけ、悲しんだと思ってるんだよ!!」

 

「ふざけてなんかないさ。彼女は俺を手放したんだ。俺は本気で愛してほしかったんだよ、彼女に。俺が居なきゃどうしようも無いくらいに愛してほしかったんだ。そして試した。その結果があれさ、お前も見たろ?」

 

「不倫してたクソ野郎が、母さん捨ててそいつと再婚したゴミが、自分の都合で自分のことを正当化してんじゃねぇよ!!お前はクズだ、どうしようも無いくらいの悪党だ!!」

 

 

 胸倉を掴んで吼える俺を、クソ野郎は憐れむような目で見下げる。

 

 

「そうとも、俺はクソ人間だ。お前と違ってな。忌々しいぜ本当に、なんで俺の血を引いてるやつがお前みたいな奴なんだ?出来の悪い鏡を見ているみたいで吐き気がするぜ」

 

「俺は母さんの息子だ。お前の息子じゃねぇ」

 

「そうだな。出来の良い息子だよ。ま、話はそれだけさ。悪かったな、邪魔して。せいぜい頑張れ最愛の息子君。応援してるぜ、心から」

 

「さっさと死んでくれ。俺はもうお前に会いたくないし、母さんをお前と会わせたくない」

 

「それを決めるのはあいつだとも。まあ、俺は俺で新しい家庭で上手くやってるから安心しろよ。飛び切り美人な奥さんがいるから、今度会いに来てみるかい?きっとお前のことも気に入るぜ、面食いだし」

 

「殺されたくなかったらさっさと行ってくれ。本気で道を踏み外しそうになる」

 

「そりゃ残念だ。じゃ、楽しみにしてるよ」

 

 

 

 けらけら、けらけら。

 あいつはバカみたいに笑いながら、俺の前から去っていった。

 軽薄に笑いながら、なんでもできるあいつは、自分の幸せを謳歌してるらしい。

 クソ野郎だ。地獄に落ちろ。もう二度と俺の前に現れるんじゃねぇ。

 

 

 けらけら、けらけら。

 今日はサッカーの試合の助っ人だ、俺は当たり前のようにそれをこなす。 

 あいつもそれが出来たんだから、俺ができるのは当然だ。

 

 

 けらけら、けらけら。

 テストなんて、当たり前のようにクラスで一番だ。

 授業さえ聞いて、多少勉強すれば、このくらいのレベルなら問題なくクリアできる。

 あいつが出来たんだから、俺もそうしなきゃダメなんだ。

 

 

 けらけら、けらけら。

 明るく見えるらしい笑みを浮かべながら、俺は今日も学校の人気者だ。

 みんな俺を慕ってくれて、みんな俺を持ち上げて。

 

 

 

「ただいま、母さん!」

 

 

 

 代わりになれているはずだ。

 あいつと同じような顔をして、あいつと同じような笑みを浮かべて。

 あいつと同じように才能があって、あいつと同じように人気者で。

 あいつの嫌なところ以外、全部完璧に再現した、最高のスター。

 

 

 

「今日はな、学校でサッカーの助っ人したんだ!何本もシュートを決めて、大盛り上がりだったんだぜ!それに、中間テストで学年トップになったんだ!一教科だけ凡ミスあったけど、それ以外はパーフェクト!凄いだろ?」

 

 

 

 だから、その扉を開けてくれ。

 一人で閉じ籠らないで、俺の声を聴いてくれ。

 俺はきっと代わりになれるから。俺はあいつみたいに、あなたを捨てたりしないから。

 あいつよりも完璧な、あなたの愛したあいつになって見せるから。

 

 

 

「友達も沢山いるんだ。部活でもずっとエースでさ。皆の憧れなんだよ。特に頑張らなくても、そうなれてるんだ。だからさ、だから──」

 

 

 

 ノックの音が虚しく響く。

 それに返してくれる言葉は無い。

 

 

 

「褒めてよ、母さん」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 目を覚ます。

 今回は、あいつの顔は見えなかった。

 

 

「クソが」

 

 

 嫌な夢を見た。

 なんで今更。

 

 夜食でも食べようかと台所に出て、母さんが使っていたマグカップが目に入った。

 俺が初めて、自分で買った誕生日プレゼント。ずっと使ってくれていた。

 

 その横にある、何度も直した跡が残るクソ親父が気まぐれに買ったコップ。

 俺が買ったものに比べても安売りな、子供が使う用の古臭いプレゼント。

 それが母さんの宝物。

 

 

「……なんで。あんな奴なんか」

 

 

 その言葉を返してくれる人は、もういない。

 

 

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