自殺を前提に付き合ってください!   作:―――――

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「あー……やっべぇ、油断したわ」

 よく熱を出すと悪夢を見るというが、なるほどそれは本当らしい。

 重い身体を起こしてシャワーを浴びている時に、身体が妙に重いことに気づいた。

 もしかすればと考え熱を測ってみれば見れば案の定、風邪だったというわけだ。

 出席日数は十分足りているはずだし、無理に登校する必要も無い。

 

 

「あ、もしもし。すいません、遠藤です。朝熱を測ってみたら風邪を引いちゃったみたいで……あ、大丈夫です。薬とかは置いているので、明日までには治ると思います。心配かけてすいません。ありがとうございました」

 

 

 幸いにも、担任の先生はそれほど性根が悪い人間でもない。

 ただしそれほど良い人間というわけでも無い。

 俺が周りの奴らに散々いびられているのは知っているはずだが、それを見て見ぬふりしているし、何ならそれを相談したとしても多分『面倒事を持ち込むな』みたいな反応をする奴だ。

 

 それでも、教師として最低限の仕事は果たす人間だし嫌いではない。

 相談すれば自分に害が及ばぬ範囲で協力してくれるだろうし、どちらかの味方に付くようなことも無いだろう。

 

 良い意味でも悪い意味でも、うちのクラスの担任は平等だ。

 一番自分が損をせず、巻き込まれないように振る舞う。

 そういう距離感が、俺にとっては一番ありがたい。

 

 

「結果的に、三連休みたいになっちまったなぁ。……あ」

 

 

 布団の中に潜り込みながら、今更ながらに気づく。

 そういえば、今日冷蔵庫に食材が殆ど入っていなかった。

 学校からの帰り道に、スーパーに行って補充するつもりだったのだが……。

 

 

「……とりあえず、昼はカップラーメンで済ませるか」

 

 

 健康に悪いのであまり好きではないのだが、こういう時の為に買っておいてよかった。

 とは言っても、それも買い置きしている一つしか残ってないので、夕飯は無いのだが。

 最悪、ピザや寿司のデリバリーを頼むという手もあるかもしれない。

 

 

「何にせよ、今日はゆっくりしとくしかないな」

 

 

 思えば、一日中あいつと顔を合わせずに過ごすのは久しぶりかもしれない。

 今はもう諦めがついたし、嫌ではないのだが、それはそれとして疲れるものだ。

 たまにはこうやって、一人で過ごすのも必要な時間なのかもしれない。

 

 

 ピンポーン

 

 

 そう思った矢先に鳴るインターホンの音。

 

 

「……あいつに伝えるの忘れてたな、そういや」

 

 

 マスクを付け、重い身体を引きずって玄関に向かう。

 毎度のようにわざわざ電車でここに来て、俺を迎えに来たのだろう。

 

 

「よくやるよ、ほんと」

 

 

 まあ今日は無駄足になってしまったが、事情は説明しておくべきだろう。

 あいつのことだし、もしかしたら自分の休んで世話をするなんてほざくかもしれない。

 普段なら勘弁してほしいところだが、もしそうなら今日ばかりはありがたい。

 

 

「キッカか?悪いけど、今日は俺風邪で──え?」

 

 

 玄関を開いて、まああいつだろうと決めつけて扉を開き。

 買い物袋を携えている、思わぬ人物の登場に、間抜けな声が出てしまう。

 そこに居たのは、自殺を前提に付き合っているあの女ではなく。

 

 

「何驚いてんのよ。ちょっと前までは、何度も来たでしょ」

 

「いや、流石に驚くが。なんでいるんだよ、お前」

 

 

 かつて俺が最低なことをしてしまった、幼馴染であり、演劇部の脚本担当であり。

 ついでに何故か風紀委員なんぞになっている、あいつの姿があったのだった。

 いやなんでここに居るなんだろう、というかなんで買い物袋持ってるんだろう?

 

 

「先生から連絡あったのよ。あんたが一人暮らしで、誰も看病できる人が居ないから、面倒見てくれる人を寄越してやれって」

 

「ならなんで猶更お前が……お前も学校あるだろ」

 

「母さんも父さんも夜まで仕事だし、他に面倒見れそうな人がいなかったから。しょうがないから、私が来てあげたのよ。ちゃんとパパとママには許可取ってるから安心しなさい。それとも、何?文句でもあるの?」

 

「そりゃまあ、ありがたいけどさ。料理美味いの知ってるし」

 

「……そう。それじゃあ上がるわね。病人はベッドでおとなしくしときなさい」

 

「……お、おう」

 

 

 そりゃあ、風邪で体が重い俺としては、彼女の存在はとてもありがたい。

 俺に料理を教えてくれたのはこいつだし、今でも俺の何倍も料理が上手いし。

 昔から両親が仕事で居ない家で育ってるから、家事だって一通りできるし。

 こいつが看病してくれるなら、多分すぐに治ると思う……思うけど。

 

 

「俺、お前殴った男なんだけど……?」

 

 

 さっさとキッチンに行ってしまった幼馴染にバレないよう、ボソリと呟く。

 自分を殴った奴の世話を焼きに学校まで休むのは、お人好しが過ぎだろう。

 俺の困惑など知る由もなく、幼馴染は手慣れた手つきで食材を取り出す。

 

 鮭に長葱、海苔、レンジで炊けるパック米に、調味料の醤油。

 他にも色々あるが、それらの食材を見ただけで何を作るつもりなのかは予想できた。

 まだ小さかった頃に、何度か作った風邪のお供。

 

 

「鮭雑炊か。懐かしいな」

 

「いいから、早くベッドで寝ておきなさいって。明日までに治さないと怒るわよ」

 

「すまん」

 

 

 のぞき見していたのがバレ、若干の気まずさを感じながら寝室に戻る。

 色々と言いたいことはあるけれど、自分の身体を治さなければ考えも纏まらない。

 熱を下げる薬を飲んで、冷却シートを額に乗せ、そのまま寝転がる。

 

 

「……なんで俺なんかに構うのやら」

 

 

 小さい頃は仲が良かったかもしれないが、今じゃ碌に話をしないくらい険悪だ。

 荒んでいた時期に喧嘩をして、彼女を殴って、それで騒ぎになって。

 全面的に悪い俺が他の奴らから嫌われて、爪弾きになったというだけの話だが。

 

 

「多分嘘だろ、親のこと」

 

 

 あの事件から、彼女の両親は娘のことを心配し、家にいる時間が多くなったと聞く。

 多分彼女がそのことを親に伝えれば、どちらかが代わりになんとかしてくれた。

 まあそもそも、二人からしても俺は娘に近づいてほしくない危険人物だろうけど。

 

 

「泣いてたもんな、あいつ」

 

 

 人前で涙なんて殆ど見せない幼馴染が、俺に殴られて泣いていた。

 その時初めて、やったことの取り返しのつかなさに気が付いて、自分が屑だと自覚した。

 どんなに言い繕ったところで、あの父親の血が己に流れているのだと理解した。

 

 

「悲しんでたもんな、あいつ」

 

 

 なんで殴られたか分からない、と言った様子で俺を見上げていた。

 訳の分からない理由で傷つけられ、友達だと思っていた男に裏切られた。

 その先ずっと付き纏う、トラウマになるかもしれないことを俺はやってしまった。

 

 

「何やってんだか。ほんとに」

 

 

 考えても分からないから、そのまま眠ることにした。

 今度こそは、悪夢を見ないように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お昼ご飯、できたわよ。起きなさい」

 

 

 身体を揺さぶられて、思ったより快適だった眠りから目を覚ます。

 幸いにも夢を見ることなんて無く、気が付いたらお昼を過ぎていた。

 目の前に幼馴染が居ることを認識し、急いでマスクを付ける。

 

 

「あんまり近づくなって。風邪が移るだろ」

 

「声かけても起きなかったんだからしょうがないじゃない。ほら、鮭雑炊。好きだったでしょ、これ。わざわざレシピを調べてあげたんだから、感謝しなさいよね」

 

「おー……。思ったより本格的。相変わらず凝ったの作るなぁ」

 

「……はいはい。一人で食べれる?」

 

「流石に食べられるよ。そこまでしんどいわけじゃないし」

 

 

 小さい頃、体調が悪かった時に母さんに作ってもらった、病気の時限定の料理。

 母さんは鮭フレークを入れた程度だったけど、彼女は鮭を一口サイズ程度に切り分けて乗っけて、しっかりと味付けもしてる、少し本格的な鮭雑炊だ。

 スプーンで米と鮭を掬い、口に入れ、鮭の油と米の美味さに思わず舌鼓を打つ。

 

 

「美味い」

 

「当然でしょ?お茶はペットボトル買って来たら、飲み終わったら言いなさいよ」

 

 

 やっぱり、彼女の料理は下手な店の料理よりもおいしい。

 演劇じゃなくて料理研究部とかに入っても、多分彼女は活躍したと思う。

 だからこそ、やっぱり疑問は尽きないわけで。

 

 

「……その、食べ終わったら皿は運んどくぞ?ここに居たら風邪移るって」

 

「何かあったら危ないでしょ。いいから早く、味わって食べなさい」

 

「……ほんとに移っても知らないからな?」

 

 

 何故かずっと寝室にいる幼馴染に少し居心地の悪さを感じつつも、雑炊を食べ進める。

 思わず笑みが零れるくらい美味い、俺には勿体ない幼馴染の手料理。

 彼女はただじっと、俺が食事している所を眺めるだけだった。

 

 

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