自殺を前提に付き合ってください!   作:―――――

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「予想外なんですが」

「何がだよ」

 

「幼馴染さんですよ。あの人、一回吹っ切れてからのバイタリティおかしくないです?」

 

「知るか。というかお前が何をしたかったか未だに分からねぇんだが」

 

 

 あの後、彼女は顔を真っ赤にしながらも、どこかすっきりした顔で帰路についた。

 ここまで来たら、流石に俺も理解しなきゃならないし、逃げるわけにもいかない。

 彼女は多分、俺のことが好きなのだろう。恋愛的に。見る眼がない。

 

 

「なにって、全部あの時言った通りですよ?」

 

「言った通りって……」

 

「勝負ができる土台に上げてやったんですよ。あれくらいのイベントがなければ、あなたがあの人に目を向けることなんてずっと無かったでしょう?」

 

 

 クスッと笑い声を洩らしながら、バカみたいな、いや元からバカだったなこいつ。

 まあバカがバカみたいなことを言うものだから、俺は思わず項垂れて。

 

 

「何の勝負だよ。喧嘩がしたいなら他所でやってくれ。病人の前でやることじゃねぇだろ」

 

「アハハ、またまた冗談を~。あなた抜きでできるわけないじゃないですか。今日から始まったのは、あなたを巡る競争ですよ?どっちが先にあなたを沈められるかの」

 

「怖ぇよ、なんだよそりゃ。というか、お前もさっさと帰れって」

 

「逃げ道塞がれてるんですから、今更そんな白けること言う必要無いでしょうに」

 

 

 グサリ。痛いところを指摘される。

 流石にさっきのやりとりを経た以上、こいつにも、己にも誤魔化しは効かなくなった。

 

 

「あの人、あなたのことが好きなんでしょう?恋愛的に」

 

「……あー。それを聞かれて、俺はどう答えりゃいいんだ?頷けばナルシスト。否定すりゃラノベの鈍感主人公?どっちも嫌なんだけど俺。というわけで、俺の答えは沈黙としておこう。分かったら諦めてくれ、もうなんか嫌な予感がプンプンと──」

 

「とりあえずあなたが肯定したものとして話を進めて行きましょう」

 

 

 ダメだ、こいつに話は通じない。

 

 

「あなたはなんとなくそれを気づいた上で、彼女の思いを無碍にしていました。あっちが直接的な好意を見せなかったのも原因ですが、気づいた上でそれを無視したあなたもあなたですね。私にわかる程度の恋を、当事者が気づかないわけも無いでしょう」

 

「説教でもしたいのか」

 

「いいえ?ただ、ふざけるなと思ったのです。そんな現状に満足して、私にあなたを取られかけている彼女に。どうしようもない、理不尽な怒りを覚えたのです」

 

 

 少し強い口調で返しても、こいつに俺の怒りは通じない。こいつの怒りで掻き消されていく。

 なんとなくではあるが、こいつの性格というか、生き方というものが分かってきた気がする。

 この女は、どこまでも。

 

 

「私の恋敵となる存在が。本気の本気で、ここにいる眼が死んだダメ男に想いを寄せた女の一人が。この程度の不意打ちで負ける?諦める?私にその程度の勝ちを認めろと?」

 

 

 どこまでも、どこまでも。

 

 

「その程度の勝利で。私が満足するとでも?」

 

 

 どうしようも無いほどに、彼女は傲慢なのであると。

 俺は今、ようやく気付かされたのだ。

 

 

「負けるなら、もっと派手に負けてほしいんですよ。劇的に、私の勝利を引き立てるために。一人で勝手に諦めて、勝負を譲った感出して。たらればの話をして、あの時ああしていれば勝てるだのなんだのと言い訳をして。そんなつまらない人を倒したところで何になります?」

 

「……」

 

「完膚無きまでに叩き潰します。私はもうすぐ死にますが。その死ぬまでの間であっても、あなたが私一人だけを見たのだと。お前らなんか眼中にないんだって証明してやるために、私は彼女を同じ舞台に立たせてあげました。言い訳なんて許しませんよ?」

 

 

 こいつはほんとに最低だ。

 

 

「そんなクソみてぇな理由で、あいつを巻き込むのか?」

 

「ええ」

 

「お前が背中押した女を。お前自身で蹴落とすために?譲ろうとしてくれた勝利を突き返してまで?」

 

「ええ!」

 

「それで、あいつを自分の踏み台にして。ただお前が気持ちよくなるためだけに、お前はあんなことを言ったのか?」

 

「大正解!花丸をあげちゃいたいくらいです!」

 

「ゴミみてぇな性格してるなお前」

 

 

 どこまでも自分本位だ。

 自分勝手で我儘で、相手のことなんて一切考えていなくて。

 俺に対してそうしたように、彼女は己の都合だけで周りを振り回して。

 そして一人勝手に死んで、地獄の底で勝利宣言でもしちまうのだろう。

 

 クソだ。まぎれも無いクソ。

 どう言い繕っても性格が悪い、どうしてこんな自信満々に自分が勝つと言い切れるのか。

 見直したことなんて今までで一回も無かったが、逆に評価をこれ以上下げる日が来ようとは。

 

 

「けど、そもそもの話。あなたが真っ当にあの人と向き合えば、それで済んだ話です。あなた自身も彼女に対して、少なからず思いはあったのでしょう。なのにあなたは今の今まで、彼女のことを遠ざけてきた。彼女を立ち入らせなかった」

 

「……ああ、そうだな。合ってるよ、気色悪い」

 

「その理由は、私だからこそ理解できます。どこまでも自分勝手で、バカらしい理由」

 

 

 彼女はニコリと笑う。

 

 

「いなくなりたいんでしょう?辛い辛い、この世界から」

 

「……」

 

 

 自殺願望者は、知った風にそう言った。

 

 

「何も特別なことではないのです。生きていれば誰もが皆、一度はそう思うもの。ネットを見れば当たり前のように見かける愚痴の類。けどそれは、当人達にとっても冗談でもなんでもありません。本心からそう思っていることなのです」

 

「知った風に言うな、お前は」

 

「知っていますから。けど大抵の人は思いとどまる。死という簡単な逃げ道を通るには、全てを置いていなければならないと理解しているから。沢山の責任や些細な幸せに縋れる人は、停止線で踏みとどまれる。そうして今日も生きて行く」

 

「まあそれに関しては、概ね同意を示してやろう」

 

 

 実際のところ、自殺という逃げ道を取る人間など彼女以外にも沢山いる。

 別に己の死を望む彼女は特別でもなんでもなく、そんなこと考える人間など山ほど居るのだ。

 でなければこの日本に自殺者なんて溢れかえってはいない。

 

 

「その停止線を超えるには、全てを失う必要があるのです。実際に失っているかはともかくとして、本人がそう思い込む必要がある。私は沢山の物を失って、もう生きるのが面倒になって、自分にタイムリミットを定めました」

 

「タイムリミット」

 

「ちょうどよく、怖いおじさんが半年後という分かりやすい指標を持ってきてくれたので、決めるのは楽でしたね。後は未来のことなんて考えず、ただ我儘に生きればいいだけ。死ぬために、悔いのない半年を過ごすと決めました」

 

 

 それに対する最適解はきっと、別にあるのだろうと思いながらも。

 俺の口から出た言葉は、いつも通りに、こいつに対する罵倒だった。

 

 

「くっだらねぇ!」

 

「直球!?割と酷くないですか?こう、慰めてくれるか、深刻な顔で黙り込んでくれるのを期待したのですが」

 

「一人で思う分には同情しながら聞いてやったし慰めの言葉もかけただろうが、お前俺を巻き込んでるじゃねぇか。それどころかあいつまで。お前の訳わからん持論に付き合わされてるわけだ」

 

「ええ、まあ、そうなりますね?」

 

「じゃあ同情の余地ねえだろ。自業自得だ勝手に死んでろ、としか言えねぇな。つぅか何を思って俺をお前の同類だと妄想したよ。俺の答えは、最初にいった通りだ」

 

「そこだけは、私的にちゃんと確信がありますよ」

 

「確信だぁ?」

 

 

 ずずい、と彼女は俺の眼前まで近づいてくる。

 すごく癪なのだけど、いい匂いがする。

 

 

「目です。初めて会ったときからずっと、あなたは死にたい側の目をしてました。希望なんて一切持たない、死んだ魚みたいな目。大事なところを吹き消された、灯りを失った瞳」

 

「抽象的だなバカじゃねぇの?」

 

「流れるような罵倒ですね。けど、あなたが死にたがってるって仮定すると、あの二人を遠ざけている理由はわかるでしょう?あなたはあの二人を悲しませたくないから、まだ死んでいない」

 

 

 ああ、いやだ。

 本当に嫌だ、こいつとこうやって、面を向かって話すのは。

 だが同時に、こいつが全部を全部見抜けるわけではないと知ることができた。

 

 

「あの二人は、あなたが踏みとどまる理由そのものだ。けれど本心では死にたいから、離れてほしいと、忘れてほしいと願ってる。だから曖昧な対応で、遠ざけようとしていたのです」

 

「雑な考察だな、おい」

 

「けど、図星だって顔してますよ?だから、私があの二人への未練を断ち切ってあげようと思ったのです。これはあなたへの宣戦布告でもあるのですから」

 

 

 楽しそうに、彼女は笑う。

 

 

「彼女達との『もしも』なんて考えられないくらい、あなたを夢中にさせたいのです。踏みとどまる理由ごと、あなたに地獄までついてきてほしいのです」

 

「クソみてぇな性格してるなぁ、ほんと」

 

「ええ、クソみたいな性格してますよ、自分でも呆れるほどに。けど、仕方ないでしょう?前までの私なら自制が効いてたのに、あなたがあんなことを言うからです」

 

「あー。そりゃ、俺の責任か?」

 

「ええ。あなたの責任です。責任取ってくださいな」

 

 

 花が咲くような、どうしようも無く明るい笑顔を浮かべたままに、彼女は宣うのだ。

 

 

「私が幸せに死ねるような、そんな思い出をくださいな」

 

 

 ……ああ、なるほど。たしかに自分が蒔いた種かもしれない。

 俺が責任を取ってやって、このクソ女を制御する必要があるのかもしれない。

 けれどそれはそれとして、言っておかなければならないこともある。

 

 

「まあそれに関しちゃ前々から理解してたしいいんだけどさ。悪いが、それだけじゃ一緒に地獄にゃ行けねぇなぁ。まだ生きなきゃならん理由が、もう一つある」

 

「……ああ、友達とかですか?あんまり交友関係は深くありませんけど、たしか一緒の部活に時々話してる人がいましたね。ああそうですか、あの人が──」

 

「いや、お前のことなんだけど」

 

 

 コツン、とキッカの額を指で突いた。

 ポカンとした顔が面白くして、少しだけ笑ってしまう。

 それはそうとなんで俺の交友関係知ってるんだよ、怖いんだが。

 

 

「……えっと、その。何故私が?」

 

「俺はお前と一緒に死ぬよりも、お前と一緒に生きたいからだよ。それ以外に何があるんだよ。お前と一緒に死ぬ気も、お前を一人で死なせる気もねぇ」

 

 

 最後まで思い通りになるような奴とでも思ったのだろうか?

 だとしたら笑っちまう、俺がそんな諦観主義者だとでも思ったか。

 

 

「好きになった奴が、幸せに生きてほしいと。そう願うのは普通だろうが」

 

 

 辛そうだから死なせてやろう?

 全部を諦めさせてやろう?

 馬鹿が、それは俺の地雷だぞ、クソ女。

 

 

「俺からも宣戦布告をしてやろう」

 

 

 お前が自分勝手に俺を死に誘うと言うのなら、俺も自分勝手にやってやる。

 

 

「お前の過去も、お前の正体も、お前の真意も全部分からないけれど。それでもお前にこう言ってやるよ、性悪女」

 

 

 売られた喧嘩は買う主義だ。

 

 

「お前がもっと生きたいと願うくらいに、幸せな思い出をくれてやる」

 

「……ップ、アハハ!結局やること同じじゃないですか」

 

 

 そうかもしれない、というかたしかにそうだったな。

 ああ、けれどまあ、なんだ。

 

 

「「じゃあ、これからもよろしく」」

 

 

 一言一句同じことを言って、二人で一緒に噴出した。

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