自殺を前提に付き合ってください!   作:―――――

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結構好みだったみたい

「尋問のお時間です、先輩」

 

 

 恐ろしい程にいい笑顔を浮かべた幼馴染は、そんなことを言いながらマナ先輩の方を見る。

 彼女は幼馴染としての贔屓目無しで顔がいい奴だし、大抵の場合そんな彼女の笑顔は殆どの男共や、場合によっては女性達すらも見惚れさせる場合があるのだが。

 

 

「え、えっと。何を言って──」

 

「私は好きですよ、こいつのこと」

 

「え」

 

 

 平然と、さも当たり前のようにその想いを口にする。

 どうしてか聞きたくはない、どうしてか心臓の鼓動が速くなる言葉。

 彼女は、危険で、されど美しさすら感じる肉食獣のような笑みを浮かべて。

 

 

「私、もう懲り懲りなんですよね。まどろっこしい待ちの姿勢って」

 

 

 その笑みに弱っていた彼女の、何かを待つしかなかった諦観なんて存在しない。

 今こいつにあるのは、ただただ勝利を求めるための、恐ろしい程の飢えだ。

 止まる気なんて微塵も無い、熱に当てられ目を覚ました、傲慢なまでの強者の佇まい。

 

 

「そいつは誰も選びませんよ。放って置いたらずっと一人で、誰も選ばずに、私たちと縁を切ってそれで終わりだったと思います。じゃなきゃ、死ぬほど分かりやすいあなたからの好意に気づかないわけないじゃないですか」

 

 

 こいつは。

 こいつは昔から、そう言うところがあったっけか。

 言い出しづらいことを、隠しておきたいことを遠慮なしに踏み抜いてくる。

 

 

「……私は、別に」

 

 

 マナ先輩は、圧倒されながら、ポツリと口を開いた。

 

 

「別に、彼と恋人になりたいわけじゃない」

 

「は?」

 

「こ、怖いからそのドスの効いた声はやめてくれないかな!?君からどう見えているかは知らないけれど。私と彼は、ただの先輩と後輩だ。それ以上の関係になろうなんて、思っていない。だから、君の邪推は……」

 

「そうですか」

 

 

 その声色に、怒りや呆れと言った感情は混じっていないように聞こえた。

 ただ、その言葉を最後にあいつは彼女から視線を外し、またかき氷に口を付けた。

 まるで、最初からその問答なんて無かったかのように。

 

 

「ならいいです。私の勘違いだったようで」

 

「あ、ああ。分かってくれたのなら、それでいい。歳の近い男女だし、そういう関係を勘繰るのも仕方のないことだろう。ただ、私としては彼とは恋愛というよりは友情や尊敬と言った、そういうプラトニックな関係を……」

 

「ねぇ、ライチ」

 

 

 ぐいっと、俺の手を掴んで、引っ張って。

 もうここには用はない、みたいな足取りで、あいつはさっさと店を出る。

 マナ先輩は、何処か何か言いたげな顔で立ち上がろうとして。

 

 

「ちょ、おい。失礼だろ、話の途中で」

 

「今日は。私とのデートでしょ」

 

 

 ぴしゃりと言って、有無を言わさず。

 一瞬だけマナ先輩の方を見やった。

 

 それだけだ。

 

 ただその程度の感情を先輩に向けた後、幼馴染は歩き去っていく。

 

 

「待てって!いくらなんでも失礼だろうが、色々勝手に誤解しといて、謝罪もせずに」

 

「失礼なのはどっちか、なんて。あんたのが分かってると思うんだけど」

 

 

 それに対して、何も言えずに。

 情けなくも言葉を詰まらせ、せめてと思い取り残された先輩の方に手を振って。

 

 

「あの、夏休みなのに会えてうれしかったです!またなんか、機会があれば遊びましょう!」

 

「……あ、うん。また、ね」

 

 

 ぎこちない笑顔のまま、手を振ることもせずに見送ってくれたマナ先輩に。

 俺のことを大切な後輩だと、そう呼んでくれた先輩に。

 普段通りの彼女に、俺は安心感を覚えながら、幼馴染と向き直った。

 

 

「おい、こら」

 

「なによ」

 

「なによ、じゃねぇだろ。せっかく先輩に会えたのに、変なこと言って朗らかな空気をぶち壊しやがって。どうしたんだよ一体、普段のお前ならもう少し──」

 

「その()()って。誰に言ってんの?」

 

「ッ……!?」

 

 

 威嚇するつもりが、ライオンもおっかなびっくりな威圧を向けられてしまい萎縮する。

 明らかに不機嫌そうに、俺の顔にぐいっと整った顔を近づけてくる。

 逃げようと顔を後ろに逸らしても、追ってくるように幼馴染も顔を近づけて。

 砂の上に倒れそうになって、慌てて後ずさる。

 

 

「……目の前にいる、お前のことだよ」

 

「何時からだっけ?名前、ちゃんと呼んでくれないようになったの」

 

 

 何時からだっただろうか、誰かの名前を呼ぶのが怖くなったのは?

 多分、どうしようも無くくだらない切っ掛けはあったのだろう。

 けれど、今更それを思い出したくなんて無かった。

 

 

「知らねぇよ。覚えてない。どうでもいい。昔から、名前を覚えるのは苦手だったんだよ」

 

「分かりやすいわね、ほんと。あんたのお母さん関係なんでしょ?何があったかまでは知らないけど、あの日からだったもの。私の名前を呼ぶ時に、いちいち一呼吸置くようになったのは。今じゃ、呼んでくれさえしないけど」

 

 

 おかしそうに笑う彼女の声に、神経を逆なでするように踏み込もうとする幼馴染に。

 懐かしくて忌まわしい、俺が初めて怒りに我を忘れてしまった日を思い出す。

 あの日もこうやって、こいつは隠したかった過去を掘り返して。

 

 

「ねぇ。あんたはなんで、私の名前を呼んでくれないようになったの?」

 

「二度も言わせるな。知らねぇんだよ」

 

「そ。ね、一緒に泳ぎましょうか?今度は、もう少し遠くまで」

 

「……」

 

 

 嫌な予感はした。

 これ以上踏み込めば、一度は逃げたものと向き合わないといけないんじゃないかって。

 それでも、俺は手を握って先を歩くあいつよりも歩幅を広げて、あいつの手を引いて歩いた。

 

 

「約束を破るのが嫌いなのは、今のあんたも前のあんたもおんなじね?」

 

「……かもな。お前は、前と全然違うけど」

 

「だって、変わろうとしてるから。前と同じじゃダメだって、忌まわしいけどあいつに教えられたから。けどまあ、少し悔しいけど。あいつのようにはいかなかったわね。マナ先輩への挑戦状は、あえなく破り捨てられたみたいだから」

 

「むしろ、あんなのに乗っかるお前が特殊なだけだと思うんだが?」

 

「そりゃそうでしょ。あんたの好みも、あんたを本気で好きになるような人も。皆あんたが言うような、特殊でおかしな、平凡とは程遠い奴ばっかりじゃない」

 

 

 そんなことは、と一瞬口に出しかけて。

 よくよく考えてみれば、マナ先輩もキッカの奴も、まあ確かに変人だなと考え直す。

 好みと言われるのは少し癪だが、多分こればっかりはもう、認めるしかない。

 

 

「あんた。あいつのこと、もう無視できなくなってるんでしょ?」

 

「……ハァ、クソ。そうだよ。悪いか。ずっと訳の分からない奴だと思ってるし、まかり間違ってもマナ先輩やお前よりいい奴、だなんて言えない奴だけど」

 

 

 酷く癪だし、俺史上最悪の屈辱だと内心思っている事実ではあるが。

 これが果たして、どのような感情で、どういう風に向けるべきものかは分からないが。

 それでも、これだけは断言できる。

 

 

「多分、俺はあいつから目を離せないでいる。知った事かと突き放すことも、やろうと思えば誰かに押し付けることも出来たかもしれないけど。それでも俺は、あいつのことを、もっと知りたくなったから」

 

「……あーあ、悔しいわね。そっちに関しては、あいつに先を越された形になっちゃうのか。あいつみたいな手段を使うのは絶対に嫌だけど、もう少し強引に迫ってあげた方がよかったかも」

 

「あんな奴が二人いると思うとぞっとするわ……一人で十分だよ、キッカは」

 

 

 潮水の中に足を漬け、夏の日差しで出来た熱を急激に冷ましていく。

 俺もこいつも泳ぎはそこそこに得意だ。

 足がつかないところに行かない限りは溺れる心配もない。

 

 

「正直に言うとね」

 

 

 ぽつりと、浅瀬を歩きながら、彼女は口を開いた。

 

 

「私はずっと、怖かった。これ以上踏み込んだら、あんたは私の手の届かない所に行っちゃうんじゃないかって。本気で拒絶されて、もう会ってくれなくもなるんじゃないかって。だからあの時のことを忘れて、また前みたいな関係に戻ろうとしてた。少し前までは」

 

「俺のことなんて、とっとと嫌ってくれりゃよかったのに。俺ずっと、お前は俺のことを嫌ってるって思ってたし、それが当然だって思ってたぞ?女に手を挙げる奴なんて、お前が一番嫌いなタイプだろうしさ」

 

「私は、弱い奴相手なら何してもいいと思ってるクズと。弱さを武器にして、それをさも誇れる物のように自慢してるバカが嫌いなだけ。あの時の私は、後者だった」

 

 

 そんなことはない、そう言葉にしようとする俺の口を、掌が覆い隠す。

 彼女は己の言葉を遮ることを許さず、する必要もない懺悔を吐き出していた。

 俺の方が、よほどそれをしなきゃならない立場だってのに。

 

 

「未練があるはずだって、そう思ってた。私が優秀で、皆から尊敬されれば、あんたの方から手を差し出してくれるって信じてた。何の根拠もなく、ただ自分からあんたに話しかけるのが怖くて。また、あんたにあんな目をさせるのが怖くて」

 

 

 俺はあの時、どんな目をしていたんだろうか。

 気丈な彼女を、強く美しい幼馴染に、どれだけの恐怖を与えてしまったんだろうか。

 考えるだけで嫌になるし、最低な行いだって、相も変わらず勝手に自嘲する。

 

 

「けど、あんたに彼女が出来たって噂を聞いて。あんたとあの女のことを知って。ようやく私は、自分の弱さに気が付けた。あの女が、沙華橘花が。私が欲しかった強さを、とっくに手にしてるって気づけた。嫌気がするような長い時間、遅れをとってしまったけれど」

 

 

 そんなに気に病む必要も、俺のことを気に掛ける必要も無いのに。

 なのに彼女は勝手に吹っ切れて、勝手に立ち上がって、それでもと手を伸ばす。

 キッカのような暗闇でも、マナ先輩のような心地のよい微かな光でもない。

 

 

「私は、今でも。あの言葉を覆さない。悪いのは、あんたのお母さんだ。息子を捨てて、最後に逃げた弱虫だ。あんたが罪悪感を背負う理由なんてない。悪いのは全部、周りの大人たちだった」

 

 

 繰り返される言葉に、性懲りもなく頭に血が上る。

 誰よりも愛していた、誰よりも愛を返してほしかった家族を悪く入れて、拳を握り締める。

 またあの時のように、咄嗟に手を出すことは無かったけれど。

 それでも、俺の目はきっと、あの時とそっくりそのままで。

 

 

「この言葉が。どれだけ、あんたの心を踏みにじったか。どれだけ、あんたの努力を否定したか。それがどれだけあんたを傷つけたを、嫌われたかを。どれだけ私が最悪な奴だったかを、あんたの顔を見る度に思い返した。それでも、私の答えは変わらなかった」

 

 

 彼女は。俺の幼馴染は。

 

 

「ねぇ、ライチ。私、あの時はただ、怖がってるだけだったけど」

 

 

 手を掴まれて、あの時俺が傷つけた、彼女の頬に触らされた。

 突然のことに固まって、思わず後ずさろうとした俺の腰に手を回し、体を密着させられた。

 俺の脚は地面に着く。けれど、彼女の脚は着かないような。

 そんな、彼女にとっては危険な淵で、彼女は俺に体の全てを預けてきて。

 

 

「今こうして見てみると。あんたの怒った顔も。結構私好みだったみたい」

 

 

 ああ。まったく。

 

 

「──なんだそりゃ」

 

 

 自然と耳元でささやかれる声に、俺は思わず吹き出してしまって。

 ずっと心の奥底に残ってた、彼女との間に立てていたはずの壁を、その言葉だけで壊されて。

 俺の幼馴染は、やっぱりバカみたいに強いのだと、また俺は思い知らされて。

 

 

「ねぇ。私の名前、ちゃんと覚えてるんでしょうね?」

 

「はいはい。忘れてねぇよ」

 

 

 ずっと、目を向けないように、照明を消してたはずなのに。

 彼女は自らの力で光り輝いて、スポットライトなんて関係無しに、俺の目に焼き付いた。

 

 

「けど、ちょっと胸が当たってるんで浅瀬に戻っていい?ヒナタ

 

「……!フフン、ダーメ!」

 

 

 俺の幼馴染、もとい椿日向(つばきひなた)は。

 俺が思っているよりずっと繊細な奴で。

 そして、ずっと強い奴である。




半年間も空いてしまった……
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