自殺を前提に付き合ってください! 作:―――――
唐突に挟まれる新キャラの回。
モブ視点を書くだけのつもりが、どうしてこうなった?
彼女は高嶺の花だった。
「おはようございます」
たった一度、挨拶されただけ。
たったそれだけのことで、自分の初恋は彼女に奪われた。
陳腐な表現ではあるけれど、一目惚れだった。
きっと自分の他にも、そうやって彼女に惹かれた男は何十人もいる。
多くを語らぬミステリアスな雰囲気も。
毎回のごとく、当然のようにテストで満点を取る非常識さも。
現実感の無い、どこか浮世離れした性格も。
まるで、現実にはいない、どこか遠い世界に生きているかのような。
手を伸ばしても決して届きはしない、決して汚せぬ宝石のような。
そんな、汚れなき聖域のような彼女に。
ある日、男子達の想いなど素知らぬ女子達がいつものように絡んでいた。
「
去年も、そのまた去年も、この話題が出たことはあった。
彼女の答えはいつだって同じもののはずだった。
「いませんよ」
一年目はホッとした。
もしかしたら自分にもチャンスがあるかも、なんておこがましくも考えた。
「いませんよ」
二年目は嘲笑った。
彼女と釣り合う人間など、この学校にいるはずもないだろうと。
もうその頃には、ほんの一欠片の希望も無くなっていた。
彼女はきっと、誰とも愛し合わずにこの学校を出るのだろう。
告白し、玉砕する男共を何人も見てきた。
運動部のエース、生徒会長、大企業の御曹司、学校一の美男子。
その誰も彼もが、彼女にとっては興味の無いものだった。
男共は次第に、ある種の共通認識が生まれつつあった。
『
それは男共の負け惜しみでもあったのだろう。
自分がダメだから振られたわけじゃない。
誰が行ってもダメなのだ、と。
自分が惨めなのではなく、あいつが異常なのであると。
変なプライドから出た噂ではあるけれど、実際今まではその通りだったのだ。
彼女にはどんな男も寄り付かず、すり寄ろうとしてもはたき落される。
多分、石油王が求婚しても、彼女は袖に振るだろう。
彼女にとって、才覚や資金は大した価値もないらしい。
では彼女にとって何が価値あるものかと聞かれれば、誰もが首を傾げるだろう。
沙華橘花に、凡人が考えるような常識は通用しない。
だから、愚かな女子の質問に対する答えも、いつも通りのはずだった。
「いますよ」
その日、我らが母校に核爆弾が投下された。
★★★
「ふざけんなよ」
多分それは、この学校にいる全ての男子、そして一部女子達の総意であろう。
「なんでお前なんだよ!」
去年沙華橘花に告白し、そして玉砕したテニス部の部長。
彼がまず真っ先に、沙華橘花の彼氏であると男に殴りかかった。
「……いや、だから。知らねぇって」
「このっ……!!」
鍛え抜かれた右腕が、そいつの腹に突き刺さる。
大きく咳き込み、苦しそうに呻いている癖に、そいつは笑みを絶やさない。
「なんでお前なんかが、あいつと付き合ってんだよ。何がいいんだよ、お前の」
「あー……誰でもよかったんじゃねぇの?」
「はぁ?」
「俺でなくても、誰でもよかったんじゃねぇの?だって俺、別にあいつから好かれてるわけじゃないし」
「……なんで好きでも無い相手と付き合ってるんだよじゃあ」
「知らん」
「ふざけんな!!」
次は顔を殴られた。
痛そうにしている癖に、全然態度を変える気が無いそいつに、皆苛立ち始めている。
自分達が届かなった花を、易々と手に取った、大してやる気も人気も無い男が。
自分はあまり暴力沙汰に関わりたく無いので参加はしないが、もし今行っている行動が正当化され罪に問われないなら、自分も今すぐに参加していることだろう。
何せ、自分達が手に入らないものを手に入れておいてあの態度だ。
そりゃ怒りもたまるというものだ。
「何やってるんですか?」
凛とした声が、彼の拳をピタリと静止させた。
おそるおそる振り返った先にいるのは、事の発端でもある彼女。
「いや、これは」
「喧嘩ですか?」
沙華橘花が自分から誰かに話しかける。
それ自体初めて見るが、何より驚いたのはその顔だ。
鉄仮面のように無表情でいた彼女の顔が、まるで普通の女の子のように、心配そうな……或いは、どこか楽しそうな顔をしていた。
「大丈夫ですか、図書委員さん」
「もとはと言えばお前が原因なんだが?」
「そうなんですね。ほら、保健室行きますよ」
彼の手を握りしめ、彼を引きずりながら保健室に向かう彼女。
今までの印象とは180度異なった、なんともまあ珍妙な光景。
それを見て、自分は確信した。
彼は、沙華橘花にとって唯一の人間なのだ、と。
★★★
「『
保健室から出て、楽しそうに話をしている二人を見て、ひとり思う。
何故彼は、彼女に認められたのだろうかと。
「負けているのは百も承知だが、敗者にも敗因を知る権利はあるだろう」
彼女の目に、自分など初めから映り込んではいない。
それどころか、彼を除く他全ての人間は、彼女の目には映らない。
最初からそこにいなかったかのように、最初からそれが存在しないように。
まるで幽霊でも見るかのように、まるで自分には関係の無いものかのように。
そんな彼女がたった一人、唯一関心を持つ男。
「気にならないわけがないだろう」
恋愛で彼に負けたのにショックを受ける心はある。
だがそれ以上に、あれほど謎に包まれた彼女の心を溶かした彼を、自分は知りたくなったのだ。
一人の女に恋をしてしまった男として。
そして何より、将来の夢である新聞記者、真実を探求する志が燃えるのだ。
「覚悟するがいい、遠藤雷知。新聞クラブ会長、茄子の名において。必ずお前が何者なのかを探求しよう」
こうして、自分という一人の記者の戦いが始まったのだ。