自殺を前提に付き合ってください!   作:―――――

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深夜なのに何やってんだろうね私


「彼氏に求める三つの条件」

 自分には間違いなく、才能があると思っていた。

 

 上には上がいるとは知ってはいるし、自分が一番なんてことは思わないが、間違いなく俺には演劇の才能があると確信していた。

 

 まあ、今となってはまさに黒歴史なのだが、その当時の俺は己の才能を少し高く見積り過ぎていた。

 

 どんな役だろうと演じ切れると信じていたし、周りの奴らもそれを否定しなかった。母さんがいなくなった後も、俳優の道を行くために専門知識を学ぼうと、かつて父親が通っていたと言う専門学校に入学を志望した。

 

 だから、ほんの気まぐれだった。

 母さんがいなくなって、擦り切れそうな心を少しでも癒すために、母さんの母校に足を運んだ程度の気まぐれだった。

 大して意味もなく時間を浪費する程度の出来事であるはずだった。

 

 多分、あのまま中学の頃の教師に勧められた高校に進学してれば、俺の人生は幾ばくかマシになったのであろう。

 実力がものを言う世界で生きていれば、ちょっとした経歴なんて少し足を引っ張るだけの足枷に過ぎない。

 実力が有れば、そんなもの簡単に引きちぎれるし、教師もそれを見越してそこに行けとアドバイスしてくれたのだろう。

 

 だから間違いなく、それは俺の人生が悪い方に転がった瞬間なのだ。

 一時の感情に流されて、人生の選択を誤った大ポカなのだ。

 

 それでも、きっと俺は何度でも同じ間違いを犯すであろう。

 俺の憧れた人は、今を煌めくような人気俳優でも、かつて一世を風靡した父親でも、伝説的な人間でもなく。

 

 

『綺麗だ……』

 

 

 学園祭の片隅の、小さな小さな舞台の上で。

 泣きなくなるくらい本気で『誰か』を演じられる、ただの学生の一人だった。

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

「……」

 

 

 図書室で本の整理をしながら、あいつのことを考える。

 本当は考えたくもないが、頭は勝手にあいつの言葉を思い浮かべる。

 

 

「理解できん」

 

 

 あの女が言っていることを、どうにか理解しようと頭を回す。

 そんなことをする意味があるかも分からないのに、勝手に思い出してしまう。

 

 

「正しいから?自分より優れているから?なんでそれで、堂々と相手を嫌う」

 

 

 正しいことも、優れていることも、素晴らしいことじゃないか。

 それが原因で相手を憎み、嫌うなんてこと、俺には全く理解できない。

 相手を正しいと認め、妬むならば、それを目標にこそすべきだろう。

 

 

「俺が異常なんかじゃなくて、あいつがおかしい」

 

 

 そう結論をつけているはずなのに、それでもまだ腑に落ちないのはなぜだろう。

 

 

『悪くないから嫌っちゃダメなんですか?』

 

「……」

 

 

 なんで、あの言葉がズシリとのしかかってくるんだろうか。

 俺にはそれが分からなかった。

 

 

「考え事?」

 

「うぇ」

 

 

 ピタリ、と頬に冷たい金属が押し付けられる。

 一瞬あいつか?と思い振り返り、そういやこんなことするような人がもう一人いたな、と少し久しぶりに思い出す。

 

 自販機で買ったであろう缶ジュースを手に持った、ミステリアスに笑う少し背の低い先輩は、俺の隣に座ってカシュッと良い音を立て缶ジュースを開ける。

 

 

「マナ先輩」

 

「やあ。久しぶりに顔を見たと思ったら、随分と深刻そうな」

 

「図書室は飲食禁止ですよ」

 

「……」

 

 

 無言でジュースを眺めて、カバンの中に隠す。

 それ、下手すればカバンの中水浸しになるけどいいんですか?

 

 

「やあ。久しぶりに顔を見たと思ったら、随分と深刻そうな顔をしているね」

 

「続けるんですね」

 

「演劇部たるもの、どんな時でも話の流れを組むように」

 

「あ、はい」

 

 

 これは演劇というか漫才の気もするが。

 ショートしかけていた頭が、少しだけ冷えていく。

 

 

「それで?最近噂になってるじゃないか、君」

 

「先輩でも噂聞けるだけの交友関係はあるんですね」

 

「殴るよ?立ち聞きした」

 

「ああ、通りで」

 

 

 美人で凄いのに残念な人だ。

 

 

「で?本当なのかな、あの噂」

 

「ノーコメントで。強いて言うなら、不本意な真実です」

 

「曖昧な受け答えだね。すごーく気になってるんだけどね、私は。かわいい後輩が部活休止の間に校内一の美人彼女を作ったなんて聞かされて、いても立ってもいられなかったんだけど」

 

「嫉妬ですか?先輩ならその気になれば彼氏なんてすぐ作れますよ」

 

「アハハ、ぶちのめすよ?」

 

 

 残念な人だからこそ、話していて癒される。

 久しぶりに不気味さが無い、真っ当な人と話している気分になる。

 しかし、彼女はこう見えて俺の尊敬する演劇部の先輩だ。

 何せ、俺をこの高校を選ばせた元凶であるのだから。

 

 

「それで、不本意な真実ってのはどういうことかな。もしかして、何か事情があって付き合ってるフリをしてるとか?ほら、どっかの漫画とかでもあった気がするし」

 

「懐かしい恋愛漫画ですね。まあフリ、ではないと思います」

 

「……君から告白した感じ?」

 

「それだけは無いです」

 

 

 誰があんな奴に告白などするものか。

 今の性格を知る前だとしても、俺から彼女にラブレターなど渡せるはずもないだろう。

 そんなことして噂にでもなれば、他の生徒から癇癪を買うだろう。

 

 まあ今よりはマシなんだろうが。

 

 

「嘘、あっちから?」

 

「あっちからですね」

 

「それで、君はOKを出しちゃったわけか。まあそりゃしょうがないよね。相手が相手だ」

 

「先輩も負けていないと思いますが」

 

「お世辞はやめてってば。まったく、もう」

 

 

 深いため息を吐くマナ先輩。

 なんだかいつにも増して、気苦労があるようだ。

 

 

「ところで、部活の再開って明日からですよね」

 

「そうみたいだね」

 

「先輩は来るんですか?」

 

「行かない。行っても喜ぶような人いないでしょ?」

 

「俺がいますよ。俺はマナ先輩の劇をまた見たいです」

 

「いつか、機会があったら見せてあげる。そんなことより今は君のこと」

 

「部活をサボることがそんなこと扱いでいいんですか?それに、今は多分マシだと思いますよ」

 

「だから嫌なんだ。君の悪口を言ってるような奴らと一緒の空間で過ごしたくない」

 

「難儀な性格ですね」

 

 

 まあ、部活のメンバーの大半から嫌われている以上仕方はない。

 俺も似たようなものだし、なんなら今は先輩以上に嫌われ者なので、普段よりはマシな対応になると思うのだが、先輩は俺をスケープゴートにするのはあんまりよろしくないらしい。

 

 

「彼女のこと、どれくらい好きなの?」

 

「嫌いです」

 

「え」

 

 

 つい反射的に言ってしまったが、もう少し言い繕った方がよかったかもしれない。

 先輩だからよかったが、次からは聞かれた場合は嘘をつくことにしておこう。

 

 

「嫌いなの?付き合ってるのに。じゃあますます分からない」

 

「まあ、色々事情があるんです。それより、ちょっと相談したいことあるんですけど」

 

「相談?いいけど、急だね」

 

「ずっと先輩のターンだったので、切り出せなかっただけですよ」

 

 

 なんとなく息を吸って、眼を閉じ。

 なんでこんなに緊張しなきゃならないんだと思いながら、それを口に出す。

 

 

「嫌いな人にはどう接すればいいでしょうか?」

 

「初めて聞いたねそんな相談事」

 

「割と真剣です」

 

 

 つまりは、あいつとどう接するか、という相談だ。

 

 

「まったく理解できない上に、俺が一番嫌いなことをほざく奴がいるんです」

 

「え、どんなこと?」

 

「悪くない人を嫌う人間です」

 

 

 何故そんな人間が嫌いなのかは自分でもよくわかっていない。

 ただ、そんな人間が嫌いなのだろう、とあいつと話をしてよく分かった。

 正しいことをした人間は好かれ、悪いことをした人間は嫌われる。

 そんな当たり前に反する人間がいるという事実が、なんとも癪に障るのだ。

 

 

「ふむ。それは、例えばどんな?」

 

「自分より優れているだとか、自分の悪い行いを注意されたりだとか。そういう自分に非がある癖に、さもその人に責任があるように言って不当に貶める。そういう人間が大嫌いです」

 

「あ、ならもしかして私を嫌ってる演劇部の部員嫌いだったりするのかな?」

 

「あなたを嫌うのは割と正当性ありますし……。幽霊部員じゃないですか先輩」

 

「凄く傷ついた」

 

「なら早く戻ってきてくださいよ。一部の部員はもう先輩のこと忘れてますよ」

 

「私に戻ってきてとかいうやつはもう君だけだろうね」

 

「先輩の凄さが分かったら、みんなも先輩に戻ってきて欲しくなりますよ」

 

「君の言う凄さを理解できるのも君だけなのに?」

 

「いつかきっと理解されます」

 

「だといいね」

 

 

 まるで期待していない様子の先輩の様子に歯噛みする。

 こんな先輩だけど、本当に演技は凄いのに。

 

 

「私のことなんてどうでもいいから、相談の続き。まあ、そういう人に出会ったってことだね?」

 

「はい。生まれて二回目です。本気で人を嫌いになったのは」

 

「一回目の時はどう接したの?」

 

「相手の方も俺を嫌ってたので特に接し方を考えないで済みました。けど今回の相手は、やたら俺に絡んでくるので……」

 

「なら、今回もそれでいいんじゃない?」

 

「え?」

 

「だから、特に何もする必要ないんじゃないかな。だって、君はそいつのこと嫌いなわけでしょ?」

 

「……あー」

 

 

 一瞬考えて、そういえば先輩はこちらの事情を知らないんだったな、と思い出す。

 もしそんなことをすれば、あいつがどんなことをしでかすか分からない。

 何せ、『目の前で自殺されたくないなら付き合え』などと脅しをかけてくる女だ。

 放置してどうにかなった、なんて甘い考えは通用しそうにもない。

 

 

「多分君が嫌いな相手ってのは、例の彼女のことだろう?」

 

「ええ、まあ」

 

「なら、とっとと別れてしまえばいい。嫌いな相手に合わせるのはつらいでしょ?」

 

「……そうですね」

 

 

 そういうわけにもいかないのだが、それを言うわけにもいくまい。

 今更だが、あいつのやったこと大体全部嫌われて当たり前のことだ。

 むしろなんで俺は、今まであいつのことを嫌いだと自覚できなかったのか。

 

 

「やっぱりさ、付き合うなら身分相応の相手がいいって」

 

「身分相応、ですか?」

 

「そうそう。勉強や容姿や才能や……そこらへんが対等な相手で、気遣う必要がないような仲のが、きっと恋愛もうまくいくはずだよ」

 

「そういうものですかね」

 

「そういうものだよ!」

 

 

 今日はいつにも増して先輩のテンションが高い。

 まあポンコツなのはいつも通りなのだが。

 

 

「そうかもしれないですね。身分相応、か」

 

「言っちゃあなんだけど、君が彼女と付き合うなんてちょっと分相応じゃないんじゃない?なんて思ったり。友達いないし、嫌われてるし、彼女もいたこと無いんでしょ?」

 

「酷い言われようですね。事実ですけど」

 

「なら、ほら。同じような境遇な人と一緒にいた方が、きっとどっちも幸せになれるよ。君もそう思わない?」

 

「そうですね、俺もそう思います」

 

 

 実際、あいつと俺では考え方も境遇も違いすぎる。

 そして間違いなく、俺とあいつは一緒になっても幸せにはなれないだろう。

 さっさと別れて、またいつも通りの生活に……ができればどれほど良かったか。

 

 ……いや、案外と説得できたりしないだろうか?

 

 十中八九無理だと思うが、あいつ曰く誰でもいいらしいし、俺に代わる生贄の合意さえあれば、適当なやつをあいつに擦りつけたりできるのではなかろうか。

 

 性格はクソだが顔はいいし外面も完璧だし、性根を知った上で付き合うような物好きも一定数いるかもしれない。

 そいつに押し付けて、俺はさっさと退散。

 そんな未来もあり得るのでは?

 

 

「一回話し合ってみます。その方がお互いのためになるでしょうし」

 

「うんうん。嫌いな人と付き合うなんて、そんなの苦痛でしか無いからね。もし別れたら連絡してよ。色々話聞いてあげる」

 

「あんまり話の種になるようなこと無いでしょうけどね。今日はありがとうございました、多少気が楽になりました。明日の部活、ちゃんときてくださいね」

 

「気が向いたらね」

 

 

 ヒラヒラと手を振って、図書室を出て駅に向かおうとして。

 校門前でつっ立ってる渦中の女を見つけてしまう。

 

 

「うげ」

 

「斬新な挨拶ですね。遅かったですが、何してたんですか?」

 

「図書室に行って、本読んでたんだよ。というか遅いと思ったんならさっさと駅に行って帰ればいいだろうに」

 

「せっかくの恋人同士なんだし、一分一秒でも一緒に居たいじゃないですか」

 

「あーそう」

 

 

 全くもって信用できない言葉だった。

 面だけは文句無しなのが余計にムカつく。

 

 

「あなたに仲のいい女性なんていたんですね」

 

「……え、なに。お前見てたの?」

 

「知らないんですか?私の視力は2.0ですよ」

 

「知らねぇよそんなもん。というか怖いわ、何で見てんだよ」

 

「恋人の顔はいつまでも見ていたいものでしょう」

 

「誰でもいい癖によく言いやがる」

 

「酷いことを言いますね!?私そんな尻軽に見えますか?」

 

「消去法で恋人選んだ奴が尻軽じゃなくて何になる」

 

「……割と普通だと思いますよ?消去法」

 

「嘘言え」

 

 

 もしそうなら、俺の母さんがあの男を愛すわけが無いだろう。

 

 

「めんどくさいですね」

 

「どっちがだ。まあ、安心しろ。俺は素晴らしい策を思いついた」

 

「はい?」

 

「要はお前、条件を満たせば誰でもいいんだろ?恋人役」

 

「……まあ、そうですね」

 

「なら、俺以上にお前に都合のいい男がいるなら、俺はお前から解放されるわけだ」

 

「そうかもしれませんね」

 

「じゃあやることは簡単だ。俺がそいつを連れてきてやればいい」

 

「バカみたいな考えですね」

 

「なんだと」

 

 

 まあ自分でもそう思うが、案外と効果的ではなかろうか。

 代わりの奴は外面がいいこいつを彼女にできて、こいつは俺より良い彼氏を手に入れ、そして俺は解放される。

 

 うん、素晴らしいじゃないか。

 

 

「けどそれを実行するためには、お前の言う条件を知る必要がある」

 

「なるほど。つまりそれを教えろと?」

 

「そういうことだ。完璧に探し当ててやるよ」

 

「では、三つだけ」

 

 

 彼女は、指を三本立てて言う。

 

 

「第一に、あなたみたいなバカな人」

 

 

 人差し指を下ろす。

 

 

「第二に、あなたみたいな性根の人」

 

 

 中指を下ろす。

 

 

「第三に、あなたみたいな人生の人」

 

 

 最後に、薬指を下ろして。

 

 

「じゃあ、見つけてくるの楽しみにしてますね」

 

「もう少し難易度下げようぜ?」

 

 

 石油王連れてくるより難題である。




なんか長くなりそうなので短編から連載にします
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