「――どうして、こんなコトになっちまったんだ……」
静寂に包まれたリビングの中で響くのは、己の呟きとひぐらしの鳴き声だけだった。無意識のうちに握りしめていた手紙を、もう一度視界に入れた。何度読んでも、その内容が変化するなんてことは無かった。
『
俺には、やらなければならない事ができてしまった
お前を置いていくのは心苦しいさ
だが、このことにお前を巻き込む訳には行かない
それこそ、心苦しいなんてことじゃあ済まない
必ず戻ってくる、とは保証できない
無力な兄を許してくれ、仗露
――
すっかりクシャクシャになってしまった手紙には、何度読んでもアニキの突然の失踪という内容意外は書かれてはいない。
アニキは、オレにとって唯一の肉親だった。物心着く前に両親を事故で亡くした俺にとって、アニキは親代わりでもある。高校を中退し、工事現場で働いては日銭を稼いでくれていた。自分の貴重な青春を棒に降ってだ。
「アニキ、一体何をするつもりなんだよ……」
もしかしたら、アニキは俺の面倒を見るのが嫌になって、何処かへ行ってしまったのではないだろうか。自分の人生を他人の為に台無しにする事に嫌気がさし、自由を求めて旅立ったのではなかろうか。
――なんてシナリオならば、どんなに気がラクだっただろう。
「分かっちまってるんだ。アニキは、途中で責任放り出すような弱い男じゃないってな。一体、どんな事をする気かは分からない。だがよォ、アニキはバカみたいに真っ直ぐな人間だ。これの理由も、きっと誰かのためにやっていることなんだろうな」
炎のように、暑苦しい熱血漢。マグマのように
「――ただ憧れて、ただ頼って、ただ守れて。ヒーローがオレを助けてくれるってんならよォ、だれがヒーローを助けるんだよ……。ピンチのヒーローを助けるのは、いつだってみんなの声援ってヤツだ。だったらよォ、
天に掲げた両手と、伸ばした背筋、全身の血管の流動を感じながら、己を叱咤激励する。頼るだけの自分には、今この瞬間サヨナラだ。
「――だが、助けるつっても何をすればいいのやらだ。せめて、なんかしら情報があればいいんだが……。そういやぁ、アニキの部屋には普段絶対に開けるなって言われている引き出しがあったな。もしかしたら、何かしらの手掛かりが掴めるかもしれねぇ。――行ってみるか」
オレはリビングを後にし、2階へ続く階段へと足を運んだ。階段を上る度、僅かにミシミシという音が響く。全部で12回鳴ったところで、2階へと辿り着いた。
アニキの部屋は、オレの部屋のすぐとなりだ。普段滅多に入らないせいか、不思議と手のひらは汗ばみ、心臓の鼓動は僅かに速くなっていた。
「――入るぞーアニキ」
誰もいないにも関わらず、ノックをした後に部屋に入ることをことわった。ガラン、とした部屋の中は机とベッドと戸棚があるだけの非常にシンプルな内装だ。
開けるな、と言われている引き出しは机に備え付けられている引き出しのことだ。机に近付き、意を決して引き出しを開ける。一瞬鍵が掛かっていないか心配になったが、その必要は無いみたいだ。
「――なんだぁこれは?もっとこう、重要なメモリや日記みたいなモンが入っていると思っていたんだが、こいつは一体……?」
机の中にあったのは、そのスペースに似つかわしく無い小さめな先の尖った金色の物体だ。触れた相手の皮膚を切り裂く気満々な程、よく尖っていて危なそうな代物だ。
「だが、ここに入っている以上何かしらのヒントになるかもしれねぇ。ちょっと手に取って――」
そう思い、その物体に触れようと右手を伸ばした。瞬間、激しい痛みが人差し指を侵食した。まだほんの僅かに摘もうとした程度にも過ぎない。触れるか触れないか、ギリギリの位置で痛みは生じた。まるでソイツの方から襲いに来たかのように。
激痛の荒波が皮膚の上を滑り、瞬間赤い水飛沫が吹き荒れた。
「いっだぁぁぁぁぁ!なっ、なんだよォこれはァ!」
思いもよならない激痛に、オレは傷付いた指を押えながら激しく悶絶した。指を切ったなんて生易しいものでは無い。文字通りコイツに食いちぎられるかと思ったくらいだ。指が繋がっているだけ奇跡と言えよう。
「くっそォ……。なっ、なんだったんだ一体。血は、もう止まって――」
そう思い、傷付いた指を見ようとした瞬間、またしても信じられないことが起きた。
「なにィィィィ!!」
指の血は、確かに止まっていた。いや、これじゃあ止まっていることを確認しようがない。何故なら、人差し指は今、小さな漆黒の羽根で覆われているからだ。それは明らかに俺の体毛でも無ければ、変色した皮膚でも無い。まるで、カラスの羽根のようだ。
「と、突然変異ってやつか?いや、何かの毒に当たったのか?そもそもどうなっていやがる。俺の指から直接生えているのか?」
次から次へと溢れる疑問を胸に、俺は羽根へと触れた。羽根は特に硬いわけでも柔らかいわけでもない、至って普通の羽根といった感じだ。また、その感覚は確かに俺の身体へ繋がっているようだ。だが、何か妙だ。羽に触れられている感覚、というよりもその下の皮膚へと直接触れられているかのような感覚に近い気がしてならない。
試しに、指先にグッっと力を込めてみた。やはり、どうにも羽根に力を込めているような感覚は直接は伝わってこない。その状態のまま、再び羽根へと触れた。
「なに!?今度は硬いだと?そりゃ確かに力を込めはしたが、いくらなんでもこんなガチガチに固まるなんてこと、ありゃしねぇだろ。まるで鉄みてぇじゃあねぇか」
興味をそそられたオレは、今度は逆にダランッっと力を抜いた状態で羽根に触れた。
「やっぱりだ、今度は柔らかくなっている。だが、尋常じゃあ無いくらいに柔らかすぎる。まるでゴムみたいだ」
俺はその状態のまま、人差し指をぶらぶらと振った。するとどうだろう、いくら羽根が柔らかいとはいえ、硬度が変わらないはずの俺の指までゴムのようにベラベラと有り得ない揺れ方をしているでは無いか。
「何だか、大方予想が着いてきたな。にわかには信じられないが、この金色の物体は、触れた者に何らかの特殊な力を与えるみてぇだな。で、オレの場合は指の硬さを操る能力か……?なんか、パッとしねぇ能力だな。まあいい。きっとコイツはアニキの失踪に関わっているに違いねぇ。コイツが何なのか分かりさえすれば、アニキの行方も掴めるはずだ」
それが、いつになるのかは分からない。未だ情報は無いに等しい。暗闇の中の手探り状態で、少しづつ真実に向かうということだ。だが逆に言えば、諦めずに続ければ、いつかは辿り着ける。
「絶対不変の意思――。変わらない、唯一無二の信念が続く限り、暗闇の中だろうと道は必ず開けるんだ」
次回以降、後書きにスタンドアイキャッチ的なのを書く予定です。