「シュガー・ベイビー・ラヴ……」
星月が口にしたその言葉を、オレは復唱した。スタンドという未知なる存在、恐らくオレの指の羽根もそれと同じ類だろう。だが、その姿は明らかに違う。彼女が人型なのに対し、オレのは小さな羽根の集まりに過ぎない。
「なあ、口説いようだがオレの話を聞いてくれ。そもそもお前に姉がいたこと自体初耳出しよォ、第一そのスタンドって奴だ、オレはこの力に昨日目覚めたばっかで、使い方すら
「知らないだと?人の命を奪っておきながら、よくもまあそんなセリフが思い浮かぶなぁ!!」
まずい。これは、頭に血が昇って冷静な判断力を失っている質だ。こういう場合、一旦相手を落ち着かせるのが1番いいのだが、話が通じないとなると、残るは実力行使だ。
「こうなっちまった以上、戦って勝つしかねぇか。だが……。勝てるのか、これ?」
先程寸前で
「くっそォ、弱気になってるぞオレ!兎に角どうにかするしか無い訳だ。なら、やるきゃあ無いだろ!」
無力な自分に鞭を打ち、対面の星月へ向き直る。
「何の気合い入れか知んないけどさぁ、目障りだからとっとと終わらせちゃうね」
そう言うと、星月はブンッと拳を再び突き出した。空を斬る衝撃が頬スレスレで伝わってくる。寸前でしゃがみ、再び九死に一生を得る。勢い余った彼女の拳は止まることなく、オレの背後の石壁へと衝突した。ガアンッ!という轟音が頭上で鳴り響く。思わずそのまま腰を抜かしてしまうところだった。
「あ、危ねぇ……。冗談抜きで死ぬと思った――。なんだぁこれは?」
不意に頭上から何かが垂れてきた。ベチョっと不快な感覚が頭に張り付いた。拭ってみると、そこにはグレーのネバネバな物質があった。そういえば、さっきもこんなことがあった。
今も尚、左腕には溶けた学ランがベッタリと張り付いていて気分が悪い。だが、これはアイツの能力のヒントへと繋がるはずだ。試しに触れてみるが、この感触は思い出せそうで思い出せない。そんな微妙な感じだ。ゴムに近い気がするが、そうだと片付けるには何か取っ掛りを感じるのだ。
「チッ……。避けられたか。運が良かったのか、はたまた凄まじい見切りの才能があるのか。どっちにしろ、長くは持たないはずよね?」
対する星月は、攻撃の手を緩める気配は無かった。星月自体は大して動いてはいない。問題は、彼女の背後に佇む例のシュガー・ベイビー・ラヴの方だ。
奴から繰り出される拳は、速くそして破壊力バツグンだ。それが連続でやってくるのだ。オレは防戦一方、というより逃げ回る以外ほか無かった。
「逃げ足だけは速いみたいね。けど、分からないかしら?私がなんで攻撃を当てにいかないか」
意味深なことを口にする星月に、構っていられる余裕は無い。少しでも遠く、奴らから離れなければこの命長くは持たないだろう。
「しっかしなんだ。さっきから、走りずらくってしょうがねぇぜ。まるで足下がベタついているみたく――」
そう思い足下に目をやった瞬間、オレは初めて周囲の異変に気が付いた。溶けているのだ、オレの周りのもの全てが。否、正確には先程シュガー・ベイビー・ラヴが触れていた部分がネバーッと
「なっ、なにィィィィ!!これは一体、どういうことだァ!?」
辺り一面、ドロドロのトラップ地獄。そんな粘着質な空間を、星月は特段気にする素振りも見せずに着々とオレの元へと近付いてくる。
「私のスタンドはね、殴った物体全てをチューインガムに変えることが出来るの。この暑さだもの、ガムはたちまち溶けてしまうわ。けど、それが狙い。ほら、もうアンタはホイホイに引っかかったゴキブリみたいに、身動きひとつ取る事が出来ない」
星月の言う通り、オレの足下は既に溶けきったガム地面に取り込まれていた。一瞬でも足を止めた結果がコレだ。星月にとっては、この戦いは勝ったも同然だったのだ。オレが逃げるところから、攻撃を避けるところまで、全て計算のうちだったのだ。
「単に頭に血が昇っているだけかと思っていたがよォ、なんちゅう判断力してやがんだ。末恐ろしすぎるぜ、この女ァ…」
だが、こうなった以上は何としてでも反撃に出るしかない。退路を断たれてしまった以上は、無力だろうと抵抗に出るしか無いだろう。
「うおぉぉぉ!!やってやらァッ!かかってこいやァッ!」
オレは右手で握り拳を作り、近付くシュガー・ベイビー・ラヴに、それを思いっきりぶち当てた。
はずだった。だが、どういう訳かオレの拳は奴をすり抜け、何も無い虚空へと放り出されてしまった。
「スタンドに攻撃できるのはスタンドだけ。どうやら、アンタがスタンド使いとして未熟なのは事実な様ね。こんな奴に姉さんは殺されたなんて、ホント反吐が出るわッ!」
再び取り繕ったクールさを、星月はかなぐり捨てて憤怒の表情でオレを睨み付けた。今にもオレを殺しにかかる気迫だ。
「アンタに、一つ質問がある。“穢れなき魂”とは何のことだ。なんで、なんで……。私の姉さんが選ばれなきゃいけなかったんだッ!!」
瞳に涙を浮かべ、悲しみと怒りが混ざったような声音で彼女はオレに聞いた。どうすることも出来なかった。アイツは一体、何を抱えているのだろうか。
不意に、アニキの顔が浮かぶ。そういえば、オレと星月の境遇は少しだけ似ている気がする。最愛の兄弟との、突然の別れ。だが、オレが僅かにでも再開の可能性があるのに対し、死に別れてしまった彼女は、もう二度姉に会うことは叶わない。失った命は、過ぎ去った過去は、どれだけ悲願しようと戻りはしない。
「オレには分からねぇよ。オレには、両親がいない。親代わりだったアニキも、昨日突如として行方知らずだ。そんなオレには、分かりっこねぇよ。――ヒトの大切なモン奪おうとする、外道の気持ちはよォッ!!」
「――そう、だったら死にな」
氷のように冷たい声音と表情で、星月はそう呟いた。シュガー・ベイビー・ラヴの拳が、オレの顔面目掛けて飛んでくる。何かがおかしい。復讐心に囚われているとはいえ、ナニかが、アイツの心に巣食っている気がしてならない。
「こんだけ言ってわっかんねぇってんならよォ……。目ェ、覚まさしてやんよォ!!」
スタンドに攻撃できるのが、スタンドだけならば、羽根がもっと沢山あればいい話だ。指だけじゃあない。拳、腕、いっその事、両腕が羽根に覆われりゃあいい話だ。
「もっと、もっと、行けんだろ?限界突破ってヤツだァアァァッ!!」
オレの声に応えるように、人差し指だけに留まっていた漆黒の羽は、その勢力を拡大して行った。ファアンッ、ファアンッ、ファアンッ、と指、拳、腕、と羽根が生え広がって行く。右だけでなく、左も同じようにファアンッ、ファアンッ、ファアンッと、羽根が生えてくる。
その姿は、何処か鳥と化したハウルを彷彿とさせる。仕上げに、
「うそッ……」
硬く硬化した羽根が、シュガー・ベイビー・ラブの攻撃を防いだ。ガム化すらも関係ない。何故なら、例えガムのように溶けだしたところで、再度羽根を硬くすれば何ら関係は無いのだから。
「オメーが自分のスタンドに名前をつけてるみてぇによォ、オレも、この腕に名前を付けるとすんなら、そうだな。時に宝石よりも硬く、時に絹よりも柔らかいオレの絶対不変の意思の象徴――ガーネット・シルク。オレは今、コイツをそう名付けた。さて、目覚めの時間だ、星月ッ!」
瞬間、オレも意識せぬうちに、ガーネット・シルクは突き進んだ。まるで、己の意志を持っているかのように、漆黒の拳が、シュガー・ベイビー・ラヴへと襲い掛かる。
「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウルアァァッ!!!」
左右両方から繰り出される、ガーネット・シルクの怒涛のラッシュ。硬化した拳から繰り出される一撃一撃は重く、それでいて速く、何より破壊力バツグンだ。
スタンドへの攻撃は、その持ち主へと還元されるのか。自身のスタンドが殴られている星月も、同じように身体中に痣ができ、オレの拳が止まる頃にはすっかり伸び切っていた。
「やれやれ、気絶してどーすんだよ……」
泡を吹く星月から、オレは自身の腕へと視線を移した。
機械の電源を切るように、腕から力を抜けばガーネット・シルクは消え、オレの生腕が露となった。
「ともかく、落ち着いたらアイツと話さねぇとな。それに、気になることがあるしな」
再度星月へと視線を向け直し、オレは彼女の目覚めを待ったのだった。
スタンドネーム:『ガーネット・シルク』
破壊力:C(常人の1.5倍)
スピード:C(常人の2倍)
射程距離:E
持続力:D(羽根の硬度を変化可能な時間)
精密動作性:E
成長性:A