魔法先生ネギま!~妖(あやかし)~   作:yua

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06千雨と剣丸の世界

理解者が居るというのは喜びである。

人間は否定の中で生きていける程に強くはない。

例えば、苦手なものがあったとしよう。

それは食べ物でもスポーツでも勉強でも何でもいい。

それが受け付けないものだったり、はなから出来ない、または他人よりも劣っていたり習得速度が遅いことに対してけなされたり、どうして出来ないのか理解されずに居続けるとしたならば、人間性というものは添え木の無い蔦植物が地を這う様にどうしようもなく卑屈に、際限無く歪んでいく。

たった一つの事であっても、人間というのは否定の言葉だけで自分の総てを否定されたように感じてしまうものである。

長谷川千雨の日常はまさにそれの連続であった。

 

だから、剣丸に無理矢理買わせた携帯へ毎晩の様に愚痴の電話を入れるのは仕方ない事なのだ。

 

「でさ~、私と同じ位の年でノーベル賞候補とか言う奴が居るんだけどツルギはどう思う?」

 

そう、全く持って仕方ない事だ。

電話の先から水をオールでかき回す様な重苦しい風切り音。何か巨大で超重量の物体を振り回す音だ。

何故、分かるか。実際にその現場を見たせいなのだが、現実として認めたくなかった麻帆良特有のアレだ。

その時に見た剣丸はザンバラ髪から覗く額は止まらない汗を流し、筋肉質な体を軋ませ、膝は地に潜りそうな程に深く折れていた。

それでも、その金錆びた声に震えは無い。最初は強がりとかやせ我慢を疑った千雨だが、違うらしい。凶悪無比な面相、堅城鉄壁を思わせる張り出した筋肉。その外見以上に、1日300kmを踏破してみせる強靭無双とすら言える心肺機能が剣丸の息を平静に保つ。

 

それが、妖(あやかし)、剣丸。

 

だからと言って、超重量、超巨大の妖刀・オモイを素振りしながら携帯で話すのが楽な訳ではない。実際、剣丸の呼吸がわずかに乱れ、空気を切り裂く音も心無しか鈍った気がする。

しかし、千雨の人間性がネジくれてしまう事に比べたら些事なのである。そうに違いない。

 

「……そもそもノーベル賞が何かよう判らん。切るぞ」

 

素っ気ない物言いにムッ、と顔を歪める。

余りにもつれないのではないか。こちらは悩みを相談(千雨的には)しているというのに。

 

「そんな事言って、息が苦しくなったから切りたいだけじゃないのか?」

 

からかい半分、挑発半分の純然たるイタズラ心の一言。

 

電話口の先から

 

ブォン

 

という風が吹き散らす音と爆音の様な吐息が漏れた。

 

ズン

 

超重量の物体が地面にめり込む音も続く。

アレ、と千雨は首を傾げた。タラリ、と冷や汗が背中を流れうっすらと寒気もする。

 

「おーい、ツルギ……怒った?」

 

数少ない愚痴を語れる相手である剣丸を千雨は大切にしているつもりである。軽口を叩くのも引き際は弁えているつもりだし、余計な地雷を踏むつもりもない。

だが、時々……

 

「そう、だな。今日は月が綺麗だ」

 

妖(あやかし)という者がよく判らない事がある。

 

「……告白?」

 

「何でそうなる。話のとっかかりには天気の話題が普遍的と聴いから実践してみたんだ」

 

訂正、剣丸は時々だが天然じゃないかと疑う。

 

「会話が苦手なお父さんじゃないんだからさぁ。もっと気のきいた話題がいいと思うぞ?」

 

「……普通の小学生に化けているのに話題なんぞない」

 

「その前提が間違ってるんだよ」

 

詳しい事情は知らないが、剣丸は『普通の小学生』として麻帆良に潜入しているらしい。

誰かにお前の様な小学生がいるか、とツッコミを入れて欲しいが良くも悪くもここは麻帆良である。

多少の異常はスルーされる上に、剣丸自身が操る『眉唾(まゆつば)』と呼んでいる認識阻害魔法の更に限定的な妖術で『化けて』いる。

 

麻帆良に張られた認識阻害魔法は都市一つを丸々包む巨大かつ強力な強制力を持つ魔法だが、千雨の様に耐性があったり魔法使いの様に対処に馴れた者には弱い面がある。

剣丸の使う『眉唾』は素人にも解除出来る術で、単純に自分の眉を湿らせれば解けてしまう。

狐は人間を化かす時に眉の数を数えている。だから、狐に化かされないようにするには眉に唾をぬり、数えられないようにすればいい、という迷信を元に作られた術だという。

特別な才能や経験が無くとも解除出来る分、認識阻害の効力は強烈で目の前で人を殺されても、それを認識出来ないとか。

 

本当にやったのか、と千雨が剣丸に聴いた時。

 

「見たのは千雨が初めてだな」

 

と、底の見えない穴のような空っぽな笑い方をしていた。

あの日、千雨と剣丸が初めて出会った日に剣丸が斬った大きな赤い流滴を飛ばした何かは、気付けば跡形もなく消えていた。

赤い血の様な流滴すら一切残さず。

 

人を斬ったのか、人を殺したのか。

 

それを確かめたら、この気軽な関係が、本当は一皮剥けば殺伐とした裏側を確かめてしまいそうで千雨は未だ剣丸に聴けずにいた。

 

ぶんぶん、と首を振り千雨は嫌な考えを払う。

剣丸は変わった所もあるが、常識的な感覚を持つ貴重な友達だ。

それを失ったら千雨は気が狂う様な孤独な世界に逆戻りしてしまう。それだけは嫌だった。

 

「話題なんかは私が考えてやるよ。そうだ、最近始まったアニメなんだけどさ……」

 

千雨が語る日常的な会話の内容に剣丸は興味深げに相槌を打ち、当たり前のはずの常識に質問を差し挟む。

 

長谷川千雨にとって非常識な感覚の人間を、自分の常識的な感覚に馴らしていく事は快感でもあった。

話す端から否定され、拒絶を持って答えとされるのは目の前が真っ暗に成る程の絶望感があったからだ。

だが、剣丸は話を聞いてくれる。

自分を肯定し、同じ世界を共有してくれる。

それだけで千雨は狭く押し潰す様な閉塞感から解放された。

 

だから、千雨にとって剣丸は大事な幼馴染みになったし、常識を共有する仲間になった。

 

それは千雨にとって大切な思い出で、長谷川千雨という人格を形成する大事な基盤となった。

 

「なあ、千雨」

 

「なんだよ、ツルギ」

 

「友達ってな、口うるさくてやかましいもんだな」

 

「悪かったな、口うるさくて」

 

電話口で口を尖らせる千雨の雰囲気を感じ取ったのか、剣丸は首を振り少し笑った。

 

「人と話すのは……嬉しいもんだ」

 

「本当に話し下手なお父さんみたいだな、お前は」

 

どちらかと言うと手のかかる弟みたいだけど。

と、心の中で付けたして千雨は苦笑した。

何気なく窓辺から空を見上げると、薄く雲のかかった月が見事な円を描いていた。

 

「なあ、ツルギ」

 

「んぅ……なんだ」

 

「月が綺麗だ」

 

「……そうだな」

 

同じ物を見て、同じ事を感じる。

そして、言葉でそれを共有する事の嬉しさを千雨は深呼吸する様に、たっぷりと味わうのだった。

 

「お前も会話下手なお母さんか」

 

「残念、女の子ならロマンチストって言葉が用意されているんだな、これが」

 

「……理不尽というものが良く判ったよ」

 

疲れた様に言葉を吐き出す剣丸に千雨は弾ける様に笑うのだった。

 

 

 

 

 

その日は朝から湿った空気がジトジトと肌に張り付く陰鬱な気分になる日だった。

 

かつては学校と家の往復すら憂鬱な千雨であったが、今は密かな楽しみになりつつある。

始業時間まで一時間は余裕があり、道を歩くのは教師や仕事につく社会人が多く、石畳の道は広く感じる。

 

チン

 

陶器を指で弾いた様な澄んだ音がした。

 

赤茶色の石煉瓦が積まれた壁に背を預け、小さい体から大刀二本をはみ出させた少年。

開けているかどうかも判らない細い目に、肩の力が抜けきった緩んだ雰囲気を醸し出すのは、

 

「おはよう、ツルギ。嫌な天気の朝だな」

 

手を上げて挨拶する千雨に壁から背を放し、軽く頷く顔は微笑を浮かべていた。

 

「おはよう、千雨。湿っぽいが雨は降らないらしいぜ」

 

「おっ、天気予報も見る様になったか。順調に普通人生を送ってるじゃないか」

 

バンバン、と剣丸の小さいが硬い背中を叩く。

 

「やる事ばっかり増えていくよ。体鍛えて、刀振ってばかりいた頃の方が気楽だったな」

 

「それを辛いと感じる所までいけば、ようやくお前も普通の小学生だ。頑張れよ」

 

「そいつは、難しそうだ」

 

と、困った様に笑う剣丸に千雨は

 

「『長』さんに恩返ししたいんだろ。いや、娘さんのためにだっけか?」

 

「『長』の娘さんが『普通』に生きていけるように、だな。俺が『普通』に生活出来るなら、まあ大体の奴は大丈夫なんだろうよ」

 

「ツルギは見た目も中身も普通じゃないもんなぁ」

 

深く頷く千雨にツルギは然もありなん、と頷き返す。

関西呪術協会の長である近衛詠春の娘は生まれつき、膨大な魔力を持っているという。剣丸自身には魔力や妖力などの区別はよく判らないが、強大な力には常に厄介事が絡むのは身に染みて理解している。

そんな、尋常ならざる人生は他人から見れば起伏に富んだ充実した人生かも知れないが、身内から見れば何時も心配して心を痛めなければならない大変でトンでも無い人生だ。

例え、平凡でも変わらない今日が昨日になり、当たり前の明日が今日になる。そんな起伏の無い平和な人生を、自分の娘に望むのは決して愚かな希望とは言えない。

そう、剣丸は考えて自分の望みである神鳴流との決戦を用立て、その後の生活のケアまでしてくれた詠春の恩に報いるべく、麻帆良で『普通』の学生生活を四苦八苦しながらも営んでいるのだ。

 

最も、

 

「刀二本も持ってる小学生が居るのに警察が来ない街って時点で、その娘も余裕で馴染めそうだけどな」

 

「そこら辺は全面的に同意する。ちょっとユル過ぎじゃないか、麻帆良」

 

そんな言葉が出る位には剣丸も常識的な人間にはなっていた。

 

だからこそ、それが勘違いだったと思い知らされるのは誰あろう剣丸自身と、何よりも普通の常識的な世界を望む長谷川千雨だったのだ。

 

 

 

雨が降り出しそうで降らない曇天の空の下。

麻帆良の外周にて、人をならざる姿を持つ者達が中を窺っていた。

そんな中、ヒョロリとした長身の青年がカラカラと朗らかに笑う。

 

「ここにあの『妖』が居るってなぁ、ちょっとしたギャグじゃねぇか。なあ、旦那もそう思うだろ?」

 

軽い口調で話しかけられた岩から切り出した様な風貌の中年の男は三ツ又の槍をしごき、軽く振るう。

 

「油断するなよ、『妖』は妖魔すら知らぬ妖術を使う。『化かされる』と痛い目を見るのはこちらとなる」

 

甲高い口笛を吹き、青年は腰に差した刀を叩く。

 

「そりゃあ、怖い。そんな怖いもんは俺ちゃんが切って捨てちゃってくれようぞ」

 

おどけた口調の青年は笑い顔を保ったままである。だが、その目をもし千雨が見たならば少し前に常に感じていた恐怖を思い出しただろう。

黒く淀んだ目の光、底が抜けてしまった様に感情が抜け落ちた表情。

それは剣丸が決まって千雨の知りたくない話しに関わる時にする空っぽな笑い。

楽しいのでも悲しいのでもない、そんな作り方しか知らない者がする『道を外れた者』がする顔を青年はしていた。

 

「さぁて、お仕事を初めましょうか」

 

初めは日常的ないさかいの一つ。しかし麻帆良に、西洋魔術師に初めての『妖』による『怪異』が迫っていた。

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