魔法先生ネギま!~妖(あやかし)~   作:yua

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07妖(あやかし)来たる

最初に気付いたのは、足元まで伸びる様な長い金髪を背に椅子へもたれていた少女だった。

 

「侵入者か、『西』の奴等もご苦労な事だ」

 

「ケケッ、ゴシュジン。ヤッチマウノカ、ミナゴロシカ、ジェノサイドカ、キリングフィールドカ?」

 

応えるのは四肢を力なく垂らした人形。目も手足も動かないのに、喋る姿は一種の不気味さがある。

 

「ふん、ただの小競り合いさ。私が出るまでもないだろう。私は学生らしく真面目に登校して勉学に勤しむさ」

 

「キョウハ、チョウリジッシュウデ、ケーキヲツクルッテイッテタノハ、カンケイネェヨナ?」

 

いそいそと鞄に教科書を詰め込んでいた少女の手が止まる。

 

「あ、当たり前だろう。べ、別に作り方を聞かれたり頼られたのが嬉しかったとかは絶対に無い。無いからな!」

 

誤魔化す様に足音を荒げて部屋を後にする少女を見送り、人形は

 

「……ウチノマスターハ、ジュウジツシタガクセイセイカツヲ、オクッテルミテェダナ」

 

と、呼吸が出来たら溜め息の一つでも吐く様にひとりごちた。

それに応える様に扉が開き、

 

「絶対に無いからな!」

 

五百年を生きる真祖の吸血鬼は今日も平和でした。

 

 

麻帆良には何かにつけて反発する『西』からの過激派による襲撃が絶えない。

流石に衆目の目に晒す様な暴挙は無いが、ゲリラ的な奇襲と脈絡の無いテロリズムから厄介なのは間違いが無い。

 

「ふむ、タカミチ君は後詰めで何かあればすぐ出れる様に頼む」

 

麻帆良最高責任者である近衛近右衛門は半ば日常化した襲撃に一通りの指示を出し終え、革製の椅子に深く体を埋め込ませた。最高級の革と低反発樹脂を使われた椅子は優しく、そのくたびれた老体を包み込んでくれたが、疲れまではとってくれない。

 

「『西』との和解を早く進めねばの。婿どのにも頑張って貰わねばな」

 

そう、ひとりごち新たな展開があるまで書類に決済の判を押す作業に戻る。

襲撃による被害や想定外の事態も有り得るが、何にせよ人の上に立つ人間にはやるべき義務が多すぎた。

足元に潜む『妖』を見逃してしまうほどには。

 

 

 

放課後、曇天の空の下を千雨と剣丸は特に面白みもない話を垂れ流しながら下校していた。

常識的な世間話に千雨は満足していたし、剣丸にしても『普通』を知るには必要で、馴染む為にも必須の感覚である。

微妙な温度差のある二人の会話は、ふと首を巡らせ閉じるまでに細くしていた眼を開けて、剣呑な雰囲気を漂わせ始めた剣丸によって中断された。

 

「どうした、ツルギ?」

 

剣丸の異常に千雨は疑問を呈し、自分も恐る恐る周りを窺(うかが)う。

通行人は学生が大半。スーツ姿の社会人は少なく、主婦らしき格好の女性がやや多い位か。

 

「臭ぇな」

 

ボソリ、と呟かれた言葉に千雨は反射的に自分の体の匂いを嗅いでしまう。

 

「確かに今日は体育があったけど、そんなに汗はかいてないはず……って、ツルギ?」

 

カチン、と留め金を外す音に鞘走る刀の駆け足。

スラリ、と抜かれた大刀がヌラリと曇天の下に鈍く光る。

 

「少し右に寄ってな、千雨」

 

小さい体の周りを大刀が滑らかな弧を描く。

鈍く光る刀が流麗に空中を滑り、銀鱗の大魚が泳ぐ様を思わせる幻想的な光景。

道端に小走りに駆け寄る千雨が、フード付きの服を翻して振り返った瞬間、紅が散った。

 

 

 

 

『西』からの襲撃。

大抵は妖魔を召喚する術師がそれらを率いて、数で押し込んで来る。麻帆良の外縁は森が多く、人は余り寄り付かない為に魔法の秘匿も容易く、麻帆良に所属する魔法使い達も気兼ねなく最大火力を持って迎え撃つ。

氷の矢が妖魔の体を氷付けにし、炎の矢が燃やし尽くし、風の矢が切り裂き、雷の矢が貫き滅する。魔法使い達は存分にその威力を振るい、妖魔を駆逐していく。

 

「何か何時もより調子が良いな」

 

「数は多いが、動きが鈍い。質を落とした数頼みとは舐められたもんだな」

 

持てる力を出し尽くして快調に撃退していく様を後方で見守るのは、麻帆良最大戦力、高畑・T・タカミチ。

かつて『紅き翼』と呼ばれた英雄達に師事した経歴の持ち主で、関西呪術協会の長、近衛詠春とも面識がある人物である。

 

(さて、数は多いが麻帆良全体を囲む様に進軍してくるのはどんな理由かな)

 

煙草に火を灯し、深く吸う。

広範囲から進軍して迎撃を困難にするのも戦術の一つではあるが、それは圧倒的な数の差があってこそ有効で、今現在は迎撃に対して明らかに戦力不足。大軍を無意味に散らし、各個撃破をされてしまっては意味がない。

 

(陽動か、しかし麻帆良中心には妖魔が居る気配は無いし……)

 

白い煙を吐き出し、高畑は頭を振る。

 

「何かがあればすぐ動ける様にするしかないか」

 

それが出来るだけの実力が彼にはある。

体内で魔力と気力を『同時』に練りながら、彼は白い煙を再び肺の奥一杯にまで吸い込んだ。

 

 

 

「ツルギッ!!」

 

千雨の悲鳴が響く。

剣丸が居た所には異様な塊があった。

白や青、赤などのバラバラな色彩がデコボコに連なり、真ん中はには白い枯れ枝が縦横無尽に張り巡らされている。そして、目だ。

意思の薄い白濁した無数の目が中心に向けられていた。

 

中心には剣丸が拘束されている。

薄い吐息が周りを覆い、湿った体温がじっとりと肌を汗ばませる。

丸みを帯びた異様な塊は人の群れ、剣丸を数十人からなる体重と腕で拘束する肉塊の重しだった。

ミシリ、と剣丸の丸太の様に張り出した筋肉がうねるが、枯れ木の様な細い腕を振りほどけない。

だが、剣丸の剛力に耐えきれず普通人の白い腕から紅が迸る。

 

「喪心術か。こりあゃまた、古臭い術を使う奴が居たもんだ」

 

数十人にのし掛かられながら、剣丸は思案する。

力任せに振りほどけない事はないが、一般人を傷付けるのは『退屈な日常』を送る事を考えると非常に具合が悪い。

数年前には思いもよらなかった自らの思考にニヤリとする剣丸。

 

(随分とまぁ、人間らしくなったんじゃねぇか、俺ぁ……)

 

体を堅く引き締める。

腰を深く落とし両手を突きだした体勢で体を固定しながら、後ろから覗き込む様な感覚で腕先に更に力を込める。

生々しい白木の拘束が両手を中心に重心を作った瞬間、剣丸は肩をほぐす様に軽く両腕を一回転させた。

たった其れだけの動作で、丸みを帯びた人塊はその形を抜き出した様に剣丸の前へストン、と移動する。

 

「ツルギッ!」

 

姿が見えた事で安心し、慌てて駆け寄る千雨。

その目の前で剣丸は再び腰を、今度は前傾姿勢で落としながら腰に差した刀の鯉口を切る。

 

キンッ

 

軽い金属の擦れ合う刃鳴り音。

千雨の頭上で刀が交差していた。

一つは剣丸の鈍く光る大刀。

一つは刃紋も滴る様に青く波打つ鮮やかな刀。

心配に歪めていた千雨の顔が蒼白にひきつる。

 

「つ、ツルギーー」

 

「動くなよ、千雨」

 

カカカカカカッ

 

音こそ軽く、千刃が閃き走る。

曇天の下ですら眩しい程に銀刃が走り、火花が空気を焦がす程に閃き散る。

右手一本で大刀を閃かせる剣丸が左手を腰のもう一本の大刀にかける。

その光景に千雨の頬が更にひきつる。

 

「おっとっと、もう一本はちょ~っと、しんどいなっと」

 

千雨の頭上から降ってきた声は緊張感の無い軽薄さを感じさせる声音をしていた。

 

 

耳に痛い剣戟は止み、千雨は剣丸の背中に隠れる様に逃げ込んだ。

剣丸は視線を正面に向けたまま、右手に握る大刀と交差させる様に左手でもう一本の大刀を鞘走らせる。

銀刃は弧を描き、両手に構えた姿は双角を生やした鬼の頭を思わせる凄みとズッシリとした重味があった。

それに相対する青年は千雨から見れば軽薄に感じられた。いや、軽薄さしか無かった。

真っ白なYシャツは一番上と二番目のボタンが外れ、筋肉の弛緩した首筋を晒している。

下半身を覆う黒いズボンはシワ一つないが、だらしなく曲げた片足が印象を台無しにしていた。

更に先程、剣丸の武骨な大刀と剣戟を交わした青澄んだ薄刃の刀は右手でプラプラと揺らしている。

不真面目さとか、ヤル気なさとかを絵にした様な姿格好。それだけでマイナスの印象を持つ人間は居るし、千雨もその例に漏れない。

街中でブラブラしている若者をイメージさせる姿だが、今この場では浮いていた。浮きすぎていた。

空は雨が振り出しそうな暗い曇り空、傍らには意識を失った人達が倒れている。剣丸を拘束していた人達だ。

大様にしかし油断なく構える剣丸は触れれば切れる様な鋭い気配と、細く突き刺す様な視線を浴びせている。

至近で行われた剣戟のせいで、魂も凍る様な気分を味あわせられた千雨は怯え、震えていた。

 

そんな中でその青年は軽薄な笑みを顔に張り付け、ヘラヘラとしている。

 

「な、なあツルギ。あいつ、少し変じゃないか?」

 

率直にいって場にそぐわない違和感しか青年から感じない。何処がどう、というより『おかしさ』しか感じないという違和感があるのだ、青年には。

バキリ、と剣丸が音をたてて歯噛みした。

 

「厄介だ、極めつけに厄介な奴輩(やつばら)だ」

 

吐き捨てる様に剣丸は言い捨て、ギョロリと片目を大きく開いた。

血走った白目の真ん中に黒々とした瞳が真ん丸に開く、相手を威圧し威嚇する猛禽の瞳だ。

強烈な印象を与える瞳を剣丸は日常で見せないように努力してきた。だが、それを開陳せざるを得ない状況だと、それだけ尋常でない事態だと嫌でも千雨には理解できた。

 

「うはっ、怖ぇ怖ぇ。流石は『妖』さんは半端ないですわ」

 

おどけた仕草で身を縮ませる青年にはやはり不自然な軽薄さしか感じない。

 

「でも、お仕事だし。逃げる訳にもいかないんだよねー」

 

はぁ、と溜め息をつき青年は面倒くさげに肩を落とす。

 

「あ、そうだ。自殺してくんない『妖』さん」

 

良いことを思い付いた様に顔を輝かす青年。

 

「俺ちゃんは楽だし、そこにいる女の子を巻き込まなくてすむよ。何より……」

 

無造作に刀を振り回す。

 

ガチン

 

刃が噛み合う不協和音。

剣丸が腕を軽く伸ばした何気ない体勢で、青年の刃先から未だ倒れ伏す人達をその鈍く光る大刀で守っていた。

 

「ありゃ、意外と素早い。まあ、いいや。こんな面倒もなくなるしさ。良い考えじゃないかな」

 

あっけらかんといい放つ青年に剣丸が片側だけ開けた瞳を剣呑に光らせる。

 

「俺を殺した後はどうせ皆殺しだろう?」

 

「人聞き悪いなぁ、飽きたら帰るよ」

 

百円のハンバーガーを食べる様な気軽さで青年は笑う。空っぽで底の見えない、最初から底が抜けきってしまった様な笑顔。

千雨はゾクリと背筋を震わせた。

あの顔を知っている。

麻帆良に来たばかりの剣丸がいつも張り付けていた笑顔だ。

ただ、それ以外に何もない。何もやる事がない人間がする笑み。他人ではなく、それしかない自分を笑うどうしようもなく空っぽな人間の証。

 

「てめぇも『妖』かい。殺人狂が」

 

「違うね、人なんか斬り飽きたよ。俺ちゃんが斬るのは、金のためさ」

 

ギン

 

と、刃が弾けた。

 

「シィィィィ!!」

 

下から擦り上がる様な呼気と、フェンシングの抜き打ちを思わせる半身での連撃。青くヌラヌラとした刃紋が波打ち、白く光る剣先が波頭となって無数に打ち寄せる。

 

「クハッ!」

 

大喝一閃、それらを右手上段からの無作為にも見える一刀で撫で斬りに打ち落とす剣丸。

一瞬、白い波が打ち散らされ

 

「シィィィィ!」

 

再び、先程より荒く打ち寄せる。

 

「カハッ!」

 

それを左手の一閃で更に打ち散らす。

 

「凄っ……」

 

目を真ん丸に見開き、千雨はその刃舞に見惚れる。目にも止まらぬ連撃は白く青い残像を残して、冷たい鳥肌立つ程に美しく。

それを掻き分ける様に、豪と大刀振るう様は見るだけで吹き飛ばされそうな圧巻の迫力だった。

 

「ふーん、やるねぇ。流石の『妖』剣丸。でもさーー」

 

フワリと青年の刃が不規則に揺らめいた。

 

「むっ、くっ……」

 

対して剣丸は戸惑いながら、豪と大刀を振るう。

 

キィン

 

軽い音を立てて、剣丸の大刀が宙を舞う。

細身の造りである青年の刃に武骨で大振りな剣丸のだが呆気なく飛ばされた事に千雨は呆然とする。

 

「軽い、軽いねぇ。神鳴流を震撼させた『妖』の豪剣にしては軽過ぎじゃねぇの、剣丸ちゃんよぉ!」

 

右手上段から叩き打つ様に放たれた連撃。

剣丸は遅れながらも、かろうじて振り上げだ右手の大刀で受けとめーーきれず、地面を抉りながら後ろへ滑る。

 

「ケハハッ、本当に軽すぎるぜ。剣丸ちゃーん」

 

千雨の近くまで吹き飛ばされた剣丸は荒い息を吐き、額に驚く程の汗を浮かべ、口角から泡混じりのツバをあふれさせていた。

 

「つ、ツルギ。大丈夫か?」

 

傍目に見ても消耗しきっている剣丸。

千雨はしらない。

1日中走っても息も切らさない剣丸。

馬鹿みたいにデカイ剣を素振りしても汗一つかかない剣丸。

剣丸は千雨の理解出来ない超人のはずなのに、今の剣丸は息も絶え絶えな子供だった。

 

グイ、と剣丸は額にの汗をぬぐい刀を両手に構え上段に振りかぶる。

ミシリ、と音を立てて張り出した腕の筋肉がうなる。大きい構えだ。

だが、プラプラと片手で突き出す様に刀を揺らす青年の方が千雨には得体の知れない大きさと恐さがあった。

 

「剣丸ちゃんってば体つきは脱がなくても凄いよねぇ」

 

ケラケラと軽薄に笑いながら青年は刀を左手に持ち変える。

 

「でぇ~も~、『力』自体はガキだよなぁ!」

 

グン、と体がいきなり大きくなった様に錯覚する怒涛の踏み込み。青く映える刃紋が泳ぐ様に波打ち、心臓を冷たくする鋭い剣先の波頭が眼前を真っ白に染める。

その白を紙を縦に裂く様に大刀降斬、力任せに引き裂かれた風の唸りが千雨の顔を打つ。

だが、

 

「ケハッ!」

 

なま温い、吐き気をもよおす様な風がそれを吹き散らす。

 

「ギィッ!」

 

剣丸の腕の筋肉が不自然なまでに盛り上がり、大刀が爆発的な勢いで跳ね上がる。

 

カツン

 

余りに軽い音だった。

青年の青い刃紋が走る刀の剣先で剣丸の鈍く光る大刀は簡単に押さえ込まれてしまった。

 

「ケハハッ、剣丸ちゃんの正体見たり。ってとこかなぁ、こりゃ」

 

片足で剣丸の膝を踏み、青年は愉快げに笑う。

剣丸の全身の筋肉がミシミシと唸りをあげるが、青年の手足はピクリとも動じない。黒く開ききった瞳の周りを赤く血走らせた片目だけを見開き、剣丸は青年を睨み付ける。

その後ろで千雨が失神せんばかりにひきつった顔を蒼白にしていた。

 

「怖い、こわぁ~い。そんな化け物を見る様な目で見られるのはアレだね、傷付くね」

 

「つ、ツルギのバカ力を越えてるだけで化け物だ!」

 

必死に叫ぶ千雨にキョトンとした顔で返した後、青年は空を仰いで高らかに嘲(あざけ)る。

 

「ケハハッ、本気で言っちゃってるの?

クケケケ、可哀想な剣丸ちゃーん。俺ちゃんが慰めたげよっか?」

 

「黙れ、黙れよ。血狂いの亡者が、喋ればナマスに斬り刻むぞ」

 

ギシリ、と歯軋りをする剣丸。

感情表現が薄い世離れした印象を剣丸に抱いていた千雨は激しい言葉を放つ姿に目を丸くしている。

 

「一生懸命に格好つけちゃって、まあ年相応って感じ?

え~、少女Aちゃん。剣丸ちゃんはね、凄い筋肉してるけど、『普通』の筋肉な訳よ」

 

急に毒気が抜けたしゃべり方になる青年に千雨は面食らい、唖然とした顔をする。

 

「でぇ~もぉ、神鳴流では……知らないか、日本一の剣術集団だと思いねぇ。神鳴流では一目置かれてるのよ、『普通』の剣丸ちゃんがね。」

 

「そ、それはツルギが普通じゃないからだろ?

化け物みたいな体力してたり、腕力だって凄いし……」

 

「あ~、ダメダメな少女Aちゃん。剣丸ちゃんが凄いのはね、バカデカイ刀ぶん回せる『鬼』みたいな腕力じゃなくて、それと見せちゃう技術な訳よ。遠心力とか、運動エネルギーの伝達とか?

俺ちゃん、理科は苦手だから説明出来ないけどねぇ」

 

そう薄ら笑い、青年は剣丸の刀を開いた方の片手の指先で叩く。

 

「今も、俺ちゃんと『技』較べしてるけど、単純に『力』が無いと弾けないよなぁ、つぅるぎちゃ~ん」

 

嘲笑い生暖かい息を吐きかける青年に眉をしかめ、ギシリと奥歯をかむ剣丸。

それを愉快げに見下ろした青年は急に顔色を変え、真面目な顔で剣丸を正面から見据える。

 

「さっさと『妖』の方を出せよ糞ガキが!」

 

怒りにも見える顔色。手先はフラフラと定まらないのに、剣丸をガッシリと押さえ付けているのは青年の言う『技』なのか。

 

千雨は身を引きつつも、前から気になっていた剣丸の『裏側』を知りたい好奇心には負けた。

 

「『妖』って何だよ」

 

千雨の言葉に青年は心底、愉快そうにケヒヒ、といやらしく笑った。

慣れた動作だ。

罠にかかる獲物を見つけた猟師の様に、網にかかった魚を見る漁師の様に。

喜びと日常の当然が入り交じった慣れた動作だった。

 

「狂人、社会不適各者、化け物。まあ、あれだ悪役?

神鳴流って、まあ剣丸ちゃんを保護してる組織はね、妖怪とか悪魔とかね退治してる正義の味方なんだけど、目ぼしい奴等は退治するか封印しちゃってね。暇な訳だし、仕事も少ないから敵が欲しい訳。あれだよ、悪役がいないと正義の味方は出来ないってやつ?

流行ってるよねぇ、最近はそういうやつ。で、その流れで俺ちゃんみたいな『人間』相手に狭苦しい業界で四苦八苦してた『悪役』にまで手を伸ばして来たのよ。迷惑だよねぇ、人間相手は人間専門の人達に任せて欲しいよねぇ」

 

シクシク、と泣き真似までする青年。

 

「信じるなよ、千雨。誰も手出し出来なかった、知る事すらなかったどす黒いヘドロも吐き気をもよおす様な世界の住人の言葉だ。耳が穢(けが)れる」

 

剣丸が細く閉じていた左目を徐々に開けていく。

真っ黒な瞳は見る者を射抜く鋭さに光り、血走った白目から水が引く様に赤が消える。

猛禽を思わせる目だ。

 

「で、剣丸ちゃんはその『妖』の筆頭格な訳よ。妖魔に育てられて、神鳴流に故郷を滅ぼされ、妖怪の『術』を振るう悲劇の剣士。キャー、格好いいねぇ、剣丸ちゃんってば、ケハハッ!」

 

笑う青年と話半分しか理解出来ない千雨。

だが、剣丸に聞きたい事は一つだけあった。

前から聞きたくて、聞きたくて仕方無い事。

でも、それを聞いたら儚い糸の様に繋がった剣丸との結び付きがほどけてしまいそうで、どうしても聞けなかった一言。

 

「ツルギは人殺しなのか?」

 

千雨は後退っていた。意識しての事ではない。

さっきまで青年に感じていた得体の知れない不気味さと恐ろしさ。

それ以上の『何か』が剣丸の体から染み出していたからだ。

 

「ケハハッ、剣丸ちゃんの本気モード解禁ってね。それかよ、それが『妖』剣丸かよ。隠してるなんて人が悪いんじゃあないか!!」

 

フワリ、と剣丸の小さい体が宙を舞う。

柔らかく、羽が風に巻き上がる様な不思議な浮遊感。青年に抑えられた膝は角度がずれ、刀も引き摺られて宙に跳ねる。

 

「はっ、くあっ!?」

 

カガキィ

 

不規則な軌道を描く剣丸の大刀が青年の体を這う様に斬撃を擦り付ける。

剣丸の背中に浮いた異様な筋肉の盛り上がりが、その斬撃の特異さを物語る。

 

「大蛇の妖怪が失った尻尾に思いを馳せて編んだ技だ。絞め折られたみたいにキクだろう?」

 

青年と千雨に背を向けたまま、剣丸は後ろ手にしていた刀を持つ腕をギチギチとねじ曲げながら、上段に構える。

青年は初めて腰をどっしりと落とし、両手で刀を構えた。

同時にその細い体から得体の知れない気配が増大する。背中越しにすら千雨が目眩を起こしそうな気持ち悪い、肌を直接叩かれる様な空気の震え。

だが、

 

「それが、今の剣丸ちゃんが『妖』の本性か。ケ、ケハハッ」

 

それが今は小さく見える。

 

青年より遠く、青年より小さいはずの剣丸が目の前に居る様な圧迫感。

感覚がなくなった足がすくみ、胸が重石を入れた様に苦しい。額が壁に押し付けられた時みたいな忌避感、目が押し潰される様に痛く、歯がガチガチと鳴り噛み合わない。

怖い、訳の判らないまま、ただ怖い。

夜の暗さが怖いように、正体の分からない音が怖いように、心臓を鷲掴みにされた様な恐怖。

それが、

 

「ああ、本当に久し振りだ。『人』を斬るのは」

 

千雨のたった一人の友達、剣丸の知りたくなかった本性だった。

 

「ケハハッ、『人』扱いされたのなんか久々だぜぁ!

嬉しいねぇ、悲しいねぇ、苦しいぜ、頭にくるぜ、俺を『人』扱い出来るテメェが、愛しい位にムカつくんだよ!」

 

赤く煙(けぶ)いた口泡を吐き、青年は壊れた玩具の様に笑う。

常人なら近付く事すらためらう異様な感情の発露。尋常ならざる強烈な激情は、『人』ならば達する前に狂い死にする深すぎる深淵。思考し、自我を持つ『人』だからこそ、その感情の深さは耐え難い苦痛と焦燥の業火。

それが、『妖』と呼ばれる異形の存在。

それこそが、明確な正と負、闇と光が曖昧になった平和の時代にポツンと染みだした黒一点。

『妖』剣丸の居る世界。

 

「較べ合おうじゃないか、『妖』剣丸よぉ。

どっちがより気狂いか。どっちがよりぶっ壊れてるか、較べ合って死に合おうじゃねぇか!!」

 

「較べる気は無いが、死に合うのは善い。存分に……」

 

かはぁ、と剣丸は息を吐き出した。

 

「狂おうじゃないか」

 

開いた目は猛禽の、前倒しに伸ばした首は虎の様。振り上げた大刀は猛獣の牙、踏み込んだ右足と引いた左足は獲物を捉えんと伏せる獣の如く。

体全ての全身で、人らしさを放棄した四つ足怪異の有り様が『妖』の証明か。

 

「カハァッ!」

 

「ケハッ!」

 

同時の踏み込み。

10が一気にゼロへと至る危険度外視のぶつかり合い。引けば斬られ、避けられればやはり斬られる。だからぶつかり合う、吹き飛ぶ事もなく密着した身体がギシギシと唸りをあげ、内臓まで響く衝撃を喰らいながら、剣丸は感情の読み取れない真っ黒な瞳とまっさらな白目を開ききった猛禽の目で見上げ、青年はヘラヘラとしたあざけ笑いで見下し、同時に刀を抜いた。

 

鮮血が飛沫(しぶ)く。

互いに抜いた刀は近すぎるが故に、相手ではなく自分を傷付けながらカン高い音を立て噛み合う。

体をぶつけ合いながら血飛沫き、己の牙を相手に叩き込むのは肉食獣同士の闘いにも似て激しく猛々しい。

 

「ケハハッ、『力』もらしくなってきたじゃあないか剣ちゃんよぉ」

 

ジリジリと剣丸に押され初めた青年が額に玉のような汗を浮かべ、それでも笑う。

 

「ああ、久し振りだ。本当に久し振りだ『妖気』を出すのは何年振りか。悪くない、こいつはやはり悪くないなぁ、『本気』を出せるのは胸がスカッとする」

 

剣丸も笑う。朗らかにではなく、剣呑に。花開く様にではなく、閉じ込めるように。

それしかないと、それしか出来ないと、他人ではなく自分を嘲笑う様に空っぽに。

 

 

ガリガリと互いの体を串削りながら、刀が鍔迫り合い、汗が飛沫く替わりに血が飛び散る。

 

先に均衡を崩したのは剣丸。

フワリ、とその場で逆さに飛び上がる様は不可思議な浮遊感を伴って現実感がなく、青年も驚愕に目を見張る。

 

「瞬動みたいな『真っ直ぐ』な動きに見慣れると追いにくいだろう?」

 

先程までの青年に取っ手代わり嘲笑う様は悪役そのもの。

しかし、青年はそれすら上回る、口が三日月の様に裂けた凶猛な笑みを浮かべる。

 

「確かにビックリネタだけどよっ、遅すぎるんだよっ!」

 

まるでいきなりそこに噴水が現れたかと見紛う青い柱の軌跡に泡立つ無数の白い剣先。

ただ早いだけでは無い、余りに流麗な連続した刺突の連打はひたすらに美しく噴き上がる。

 

「クハッ!」

 

足場の無い空中で刀に振り回される様に剣丸の身体が横滑りに回転し、無数の金属音が弾けて響く。

 

「有り得ねぇ、全部いなすかよ」

 

それに合わせて青い刀身の波と泡立つ白い剣先が左右に別れ、青年の身体は驚愕と共に潮流に流されるが如く無防備に泳いだ。

それを眼下に収めながら、

 

(やはり、『妖』は侮れねぇなぁ)

 

剣丸は心中で感嘆の息を吐き、緑色に硬化した河童の甲羅の様な皮膚を肌色に戻す。同時に赤く血が飛沫き、青年へと血の雨が降り注ぐ。

元は天界の役人であった河童の柔い体を守る甲羅は、苛烈な地上での生を憐れむ神仏の慈悲が形。

それを模した妖術すらも切り刻む青年の刺突は神鳴流の奥義にも劣らぬ絶技、無惨に穴が開いた腹から血をばらまく剣丸の身体を染みでる黒い妖気が大蛇の様に体を締め付ける。

剣丸の身体がギシギシと悲鳴を上げ、空中で不自然に反り返る。

常人なら肉を割かれ、骨まで砕ける大蛇の抱擁。

武芸者すら痛みに正気を失う無理無茶な身体操作法。それが、翼を失った天狗が編み出した空中遊泳術『天蛇泳(てんにへびおよぐ)』の法。

全身を苛む苦痛に頭の中か真っ白になり、正気を失う剣丸の体から更なる妖気が溢れ出す。

背中から腕に手首から指先まで黒く充実していく妖気が鍛え上げられた筋肉を更に強化していく。

鬼がその象徴たる膂力を失い、鬼の力を再現するために編み出したのは流麗にして重厚な型。

人間が何百年、何千年と何代にも渡り伝える理論的な型ではなく、たった一匹の鬼が己のためだけに練り上げ練磨した型。鬼の力で腕を振る、たったそれだけの動作の為に数百年を費やして完結した武術『鬼の腕(かいな)』。

その二つを10年にも満たぬ生で身につけた少年、剣丸の体から繰り出される。

 

「カハッ!」

 

千雨は理解した。

剣丸のあの声は断末魔の声だ。

鍛えに鍛えた体でも耐えられない無茶な動きと、人間には扱えない怖くて恐くて堪らない妖気に正気を失う自分を繋ぎ止める足掻きの絶叫。

気が遠くなる様な反復動作は正気を失っても体を動かし、忠実に型を再現する為のもの。

 

「体鍛えて、刀振ってばかりいた頃の方が気楽だったな」

 

ツルギは確かにそう言った。

その言葉は嘘で、でもやっぱり本当だった。

何も考えずに、本当の意味で何も考えられなくなるまで至るツルギだからこその言葉。

常人ならそんな事は出来ないと切り捨ててしまう非常識を常識にしてしまう快感。

自分が特別だと理解してしまう優越感。

それが快感として正気を失う者を普通は狂人と呼ぶ。

だが、一定の線を越えて奇跡の様な技を振るう者を神鳴流は関西呪術協会は一人の少年を例えにこう呼んだのだ

 

『妖(あやかし)』

 

と。

 

 

その一振りは見る者に息をするのを忘れさせる豪腕の一撃であった。

風を切り、大気を割り断ち、鋼の刀身を軋ませる剛剣の太刀。 

空中で人間の身体構造を完全に無視して海老ぞりにされた体から、弾ける様に打ち出された刀は投石機の様に右腕を更に大きくしならせ、これでもかと言わんばかりの勢いで青年に叩きつけられる。

 

ズドン

 

千雨には大砲なぞという兵器を目の前に見る人生を送っては来なかったが、それでもその轟音はソレに匹敵すると確信出来た。

 

実際、青年の体は肩口から腹まで爆弾に内側から破裂させられた様に『めくれ上がって』いる。

 

「ケ、ケハッ、ケハハ!」

 

それでも笑う。

それしか知らない、それしかやる事が無いと自分を嘲笑う青年はギシギシと音をたてながら、内側から反り返った骨を無事な右腕で抑え体内に収める。

 

「くひひ、死にかけだよ。ほとんど死んでるよ、剣丸ちゃんよぉ~。でも、まだだよな。まだ、死んでる場合じゃねぇよなぁ、ようやくみえて来た。見えて来たんだよ『俺』が『何なのか』ってのがよぉ」

 

青年の目には軽薄さは失われ、ギラギラとした『脂ぎった』光が灯り初めていた。

 

千雨はその人外魔境の光景を前に恐怖で意識を失えない自分に泣きそうになる。

 

(ああ、知っている。『私』は知っている。あの顔をあの表情を、あの感情を)

 

ここ数ヵ月、家族よりも身近に、血よりも濃い感情で接していた親友が徐々に浮かべる様になった表情。

普通の小学生の様に遊び、普通の小学生の様に宿題を嫌がり、普通の小学生の様に新しい自分を見出だしていたった少年の顔が青年に重なる。

 

「ああ、そうだ。お前の『妖』が見えて来たぜ」

 

その少年は千雨の初めて見る狂猛な笑みを浮かべている。肉食獣が舌なめずりして獲物を見定める様な笑みだ。情け容赦の一片も無い狩猟者の目だ。

ここから先は知ってはならない、理解してはいけない人外の世界になるのだろう。

千雨は本能でそれを察知し、そしてようやく意識を手放した。

 

安寧の暗闇の中で千雨は剣丸からの嬉しい言葉と哀しい声を聞いた気がした。

気がしただけだったのだ。




終わっていない、だと(戦慄)

次回でシリアスは終わる(確信)

この物語は次々回からは学園コメディになります。
本当です。妖(あやかし)嘘つかない。
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