魔法先生ネギま!~妖(あやかし)~   作:yua

8 / 9
ひたすらに長いです。


08妖として人として

自分が周りと違うと感じたのは何時だったか。

物心ついた頃か、学校に通いだした時か、思春期か。

普通なら他人との違いに折り合いをつけ、個性と割りきり、自我とうそぶき、悪戯に不良じみた行為や悪徳を興ずるのが関の山だろう。

だが、彼は……『白波』と後に呼ばれる彼は少しだけ歯車をかけ違えた異物であった。始まりはなんの事もない喧嘩、街でナンパし遊んでいた時に絡まれた不良を片手の連打で打ちのめした時。

握りしめた手の内にジンワリと熱がこもり、肉を打った拳に張り付いたビリビリと震える様な衝撃の残し。

それまでは先の人生など考えない、目の前で欲し刹那で完結する快楽と、ヘラヘラと笑う軽すぎる性格に流され何となく生きてきた中で始めて感じた『確信』。ジグソーパズルのピースがピタリとはまった様な、カチリ、とした『正解』の感覚。自分というものに、何処かフワフワとした頼り無さを感じていた彼に初めて訪れた絶対の『信頼』。

そして、それら全てが自分の将来が見えずにさ迷っていた暗闇の中で不意に差した光の様な未来への展望に『白波』はすがりついた。

あるいは正しい師や良徳の先達に出会えれば違っただろう『白波』の人生には、『それ』が無き故に踏み外し、掛け違え、その隙間に『魔が』差した。

 

 

最初は喧嘩、ボクサーの真似事をした両手でのワンツーよりも片手での連打(ジャブ)が早かった。

一度に相手どる人数が増え始めた頃、武器として使う木刀も両手より片手で突く方が早い事に気付き違和感を覚える。

相手の持つ得物がナイフから銃に変わる頃、茶色の木刀が鈍い光を放つ鉄錆びた刀になっていた。

安い屑鉄を食えなくなって仕事を選ばなくなった鍛冶屋に打たせた二束三文のナマクラ刀。それが外は硬く中は弾力に富んだ人肉の間に滑り込み、血を噴き出させ、骨にガツンとぶつかって欠けた瞬間を白波は忘れない。

人を刺した嫌悪感、拒絶感よりも遥かに上回るドス黒く濁る様に猛る感情の燻り。

 

邪魔するんじゃねぇ

 

言葉にすればそんな感覚。

苛立ちと共にナマクラ刀が折れるのも構わず、悲鳴をあげのたうつ『ソレ』を滅多刺しに突きまくっていた。

体の中で骨に当たる度、刀が砕け、肉に内蔵に鉄のカケラが突き刺さり血を吐き出させる残酷な仕打ちに『ソレ』は奇妙に間延びした断末魔を断続的にあげて死ぬまで痙攣し続けた。

 

 

白波は表を歩ける身分ではなくなったが、その人並み外れた強さが裏街道を悠々と歩ませる。

金の為に人を刺し、上手く刺し通せない苛立ちが更に性根を歪ませ、尋常でない性情が刀の腕を鋭くさせていく。

 

言うなれば妖魅化生の類が持つ強さ。

 

人間が連綿と受け継ぐ技術の結晶ではなく、その人物が自分の為だけに生み出し、磨き抜き、鍛えあげた一本の刀の様なそれだけの存在。

それは人を刺し、積み上げた金の上に捧げられた青い刃紋が波打つ刀の打ち上がりと共に完成した。

人の血で購(あがな)った金で刀を打ち続け、白波と共に裏街道を歩き続けた鍛冶屋は落ち窪んた目の奥だけをヌラヌラと光らせ、黄色く欠けた歯を剥き出しにして笑った。

 

打てた、諦めた夢が打てた。

師匠の打っていた様な名刀が、俺にも打てた。

 

まだ四十の坂を越えかけただけの男は片時も鍛冶場所から離れなかったせいで、焼け、形を保つ事すらできなくなった頬を崩しながら笑った。

髪の毛が抜け落ち、皮膚が滑り落ち、目玉がボトリと落ちた。

骨だけの脚が崩れ落ち、枯れ葉が地面に落ちた様な乾いた音を立てて、一世一代の業物を打ち上げた鍛冶屋は体の中から炭化して灰になった。

火元から離れず肺の中にまで火種を吸い込み、焼けた鉄を半裸で打ち続けたわずか五年の間に彼が打った刀が人の血を吸った数は千を越えるだろう。

白波はそれを振り返って眺め、相応しい末路だと思った。

夢砕け、志汚し、それでも離れられなかった鍛冶屋としての道。

身一つでは購い切れない人の血の河と骨の山の上に積み上げた金で捧げられた一本の刀。

それだけの為に文字通り身を灰にしてまで辿り着いた人世(ひとよ)の最終行路がこの男の望んだ末路なのだ。

例え、それが研ぎ澄ました精神と緻密に紡ぎあげた技術による清廉な名刀ではなく、歪み抜いた妄執が外道秘術で形だけ整えた張りぼての妖刀であっても男にとってはキラキラと輝く夢の果てだったのだ。

 

白波はそんな男を少しだけ羨ましく思った。

自分はそんな執念も執着もなく、ある日ポツリと気付いた自分の才能を磨いただけだったから。この才能を磨き抜いた先に何を求めるかは未だ見出だせない。

ただ、今あるのは

 

「まだまだ『金』がいる。もっと上手く、もっと滑らかに、『刺し通したい』」

 

だから、

 

「次は名刀がいいなぁ。こんな紛い物じゃなくて、鉄でも人でも『化け物』でもスィッと『刺し通せる』刀が欲しいなぁ」

 

キラキラと無垢な子供の様に目を輝かせる白波。

 

つまり、『妖(あやかし)』とはそんな類の連中を言うのだ。白波の左半身は力任せに叩き砕かれた骨が血と肉をグズグズにかき混ぜてミンチになった酷い有り様だ。

直視すれば吐き気を催す姿は再起不能だと言う事実を嫌でも押し付ける。なのに、

 

「ケハッ、ケハハッ、見えてきた、見えてキタじゃねぇの。俺が俺ちゃんが欲しかったモノが今、ようやくここにあるじゃねぇの!!」

 

笑う、笑って右手一本で青い刃紋の走る細身の刀を構える。フラフラと泳がせていた今までとは違う、ピタリと剣丸に焦点を合わせた姿は天に向かって伸びる若竹の様に真っ直ぐな剣士の構えだった。

 

(何で、『妖(あやかし)』ってのはどいつもコイツも『こう』なのかねぇ)

 

剣丸は大刀の剣先をピタリと白波に合わせて構える。大岩から削り出した様な荒々しく重厚な構え。

 

異形なる才能を並々ならぬ鍛練と殺戮によって研ぎ澄ました二人の『妖』が最期に選んだのは、真っ当な剣士の様な正道の構え。

 

外見からして瀕死の白波、久方ぶりの妖気解放に体が着いていかず内側から崩れ始めている剣丸。

 

相対する二人に残された時間は『本来なら』少ないはすだ。だが、

 

「ゲバァッ!!」

 

血ヘドを吐き散らし、左半身から肉を撒き散らし、滑空する様に踏み込んだ白波は先程までは眼前を覆う程度でしか無かった刀の弾幕を、剣丸の全身を包む程の荒波として突き放つ。

 

「カバァッ!」

 

剣丸も口角から血泡を噴き出させ、大刀を一閃して波を打ち散らす。が、叩き落とせない無数の突きが柔らかな頬を盛り上がった肩を太い足を打ち抜き、更に血を噴き出させる。

 

(重いっ!)

 

先程までは早く鋭い、鉄板すら貫く流麗な技巧で放たれていた突きが、どれも全身の体重を乗せた様な必殺一刀の突きになっている。

尋常では有り得ない鍛練と人では辿り着けない異形の精神が研ぎ澄ました『妖』が持つ奇跡の技には『先がある』。

人外の技を越えた業。

ただそれだけにある概念的な存在。

人は大昔、それを恐れ敬い『神』とも『妖』とも呼んだ魑魅魍魎の発生根源足る事象。

つまりは白波はもう、

 

「ケハハッ、ゲババッ、ゲグゲバゲゲゲゲッ!!」

 

曇天の空に頬まで裂けた口を突き出して、ダランと下げた両手を振り回し、ブシュッブシュッと鯨の吐く潮吹きの様に血を噴き出させる白波は耳障りな笑い声を上げる。

人としての面影を失い、白い波頭の剣撃を放つだけの化け物、妖魔になり尽くしてしまったのだ。

 

カフッ、と血泡混じりの息を吐きながら、剣丸は大刀を懐深く大きく真っ直ぐに構え、『妖魔』白波に向き合う。

最早、先読みや呼吸の取り合いなどの小手先の技術的な要素は必要ない。ただ、相手より早く強く自分の存在をぶつけ合う段階になっている。

本来ならば妖魔の退治は神鳴流などの退魔を職業を生業にする者が請け負うべき仕事だが、厄介な事に『妖』上がりの妖魔は退魔の業では滅し切れずに何処かで人知れずに復活して災いを振り撒く。

数十、数百の人間の信仰や迷信が生み出した妖魔と違い、個人だけでそれらに匹敵する妄執を生み出した『妖』はその存在を完全に消し去るのが非常に難しい。熟練の退魔士や天才的な神鳴流の剣士ならばいざ知らず、普通にその怨念を払おうとするとそれらが相対する者の精神を侵し破壊し、乗っ取る事すらある。

だから、正面切って受け止め切れる者が必要となる。妄執全てを真っ正面から立ち向かい、妄念を出し尽くさせ、その怨念を絶滅し尽くす無情無慈悲な悪鬼が必要となる。

 

だから、少年は、剣丸は、ただ一人『妖(あやかし)』と呼ばれるのだ。

 

 

剣丸は回想する。

物思う前から振っていた刀は重く、身体中から汗は止まらず、足は常に震えていた。

妖怪の隠れ里には鬼や天狗、河童に大蛇、蜘蛛や覚りなど様々な妖魔が居た。

彼等に共通していたのは他者への無関心。

ただただ、昔年の自分を想い、技を磨く変わり者の里。

だからこそ剣丸は妖魔に喰われる事も、玩(もてあそ)ばれて弄り殺される事も無かった。

忍者の始祖と嘯(うそぶ)く烏天狗に弟子として育てられ、古めかしい礼儀作法と剣術の基礎を学んだ。

長生きの烏天狗はかの源義経に剣術を教えた鞍馬天狗の師は自分だと言っていた。何事につけ、何かの師になる烏天狗に剣丸は素直に感心し、尊敬していた。

片腕を失った鬼に力の引き出し方を習ったり、河童に身を守る術をねだったり、大蛇に滑らかに動くコツを聞き、蜘蛛に空中で身を踊らせる秘密を伝授され、覚りに情念の恐ろしさを伝えられた。

それらは剣丸に異変異端な才能があったからこその奇跡の様な日々。人間が変わり者の妖怪達が生み出した千年の結晶を受け継ぐ嘘みたいなお伽噺。人間が人間のまま妖気を孕むという矛盾の果実を実らせる課程。

だか、その日々は奪われた。

『妖怪退治』という古式ゆかしい大義名分の元に奪われた。

片腕を失った鬼は千切れかけた己の首を傾け、残っていたさ最後の腕で山を砕き、笑いながら死んだ。剣丸はその豪快過ぎる退路から逃げ出した。

河童は斬りつけられるままに神鳴流の剣士の刀を受け、逆に全て砕き散らしたが、雷の術を落とされ黒焦げになって絶命した。剣丸はその間に逃げ出した。

大蛇と烏天狗、蜘蛛は空を泳ぎ、大半の剣士と術者を引き付け、刀と術を滅多打ちに受けて夜空に自らの血で大輪の華を咲かせた。剣丸は反対側に逃げ出した。

覚りは最後まで剣丸に説き続けた。

 

「人間が妖怪退治を行うのは当然の事なのだ。水が高き所から低い所に流れるように、その水が天に昇り、また降り落ちて来る様に。妖怪は退治され、人間は『また』妖怪を生み出す。それは当たり前の繰り返しだ」

 

だから、だからと言って自分は逃げ出したくない。

 

「逃げ出す訳じゃない。帰るだけだ。私もお前もあるべき場所に。だから、忘れれば良い。お前は所詮、人間なのだから」

 

それでも残る。あの日々の残し。異変異端のあの日々は剣丸の中にあり続けた。記憶だけなら思い出に出来た。妖怪に育てられた日々は異端なれど思い出に過ぎない。

だが、残ったモノがある。

妖怪が練り上げた千年の技。

その身に宿る人ならざる妖気の陰。

記憶だけでは、思い出だけでは人は生きていけない。

自らを表すモノがなければ人は自分を自分足り得ない。

剣丸には妖怪の気配が色濃く残った。他人とは隔絶したそれを剣丸は自分の全てだと、自分を表すモノだと思い込まねば心が持たなかった。

異変異端の日々とは言え、剣丸の記憶は思い出はそれだけしかなかったのだから。

 

つまり今の剣丸とは、『妖』の技だけを受け継ぐ『だけ』の存在。伝えた側にも伝えられた側にも、『その先』を必要とされなかった、ただそれだけしか見つけられなかった迷い子。人間に復讐しようと思えたら、それで良かった。返り討ちがせいぜいだが、それで終わるなら楽だった。

妖怪達は剣丸を人間としか扱わなかった。人間からは剣丸は異端過ぎて扱いに困った。

剣丸は宙ぶらりんの有り様、心も体も妖怪にも人間にも成りきれなかったはみ出し者でいるしかなかった。

それでも、奇跡の様な技はその身に刻まれている。

だから、剣丸は動くのだ。血を吐き、体を引き千切らせ、断末魔を上げながらその身に刻まれた技を放つのだ。『妖』の『その先』に行ってしまったモノを羨みながら、哀しみながら、泣きながら、果ての無い闇路に送るのだ。

 

それしか知らないから、それしか思い付かないから、それしか出来ないから、それしか……やる事がないから剣丸は刀を振るうのだ。向かい合うは妖魔と妖。鋭き切っ先突きつけ合いて重なり合うは狂気に揺れる血眼相貌。箍(たが)の外れた理性に正気はなく、それでも小手先尋常に、ピタリと据える剣先は互いに誘う絶死の招待状。

相手を捕らえ、自らも逸れる事など露とも考えぬ戦う鬼の如き純然たる戦意。互いを滅す以外に進む方法を知らない愚かな戦闘狂が、互いに相手を相手だけを見つめ意識し想い狂う舞踏会。刀を狭間に手に手にとっての冥府魔道への一直線。

白波と剣丸はそこに立っていた。

先は無く前も無く退く時期はもはや無く戻る場所すら無い。

周りは白く染まり、横も上も下も無く、互いが互いの一直線にしか行く場所は無い。

真っ正面から阿呆の様に激突し、砕けあうしか頭になく、勝つも負けるも生きるも死ぬも全くない。

互いに互いが全てを投げ打ち、ぶつかり合い、砕け散るしか答えはなく、それ以外は何も無い。

だからこそ

 

「ああ、『俺』はいきているんだなぁ」

 

初めて。

産まれて初めて呼吸したかの様に白波は屈託なく笑った。

 

「そして、死ぬ」

 

剣丸は慣れた顔で呼吸した。

 

白波は『妖』の先に行った。

もう、戻っては来れないし妖怪として退治されるだけの未来しか残っていない。

ならばこそ、ここでその命脈を完全に絶たねばならない。

昔から在る妖怪と違い、『妖』上がりの妖怪は人間に寄り添えない。強すぎる個人の情念から成った妖怪は人間に対して血管に入った異物の様な拒絶反応を起こし、人間社会に破壊と殺戮だけを撒き散らす。

多数の人間の願いや想い、情や欲から生まれた妖怪は『人間』を知っている。だが、『妖』はその人間を理解出来ない逸脱者が成る。『普通』の人間とは軋轢しか生み出さない。

だから、『退治』されなければならないのだ。

剣丸が、妖が、その全てを、人間という枠に納めきれなかったその激情を正面から受け止め、粉砕し、一欠片残さず呑み込まなければ『収まり』がつかないのだ。

 

それが出来てしまうから、

 

他に出来る者が居ないから、

 

剣丸は、

 

少年は、

 

ただ一人、

 

『妖』と、

 

呼ばれるのだ。

 

 

白波の波打つ青い切っ先が腹に引き込まれ、やや下を向く。

体の中心に全身の筋肉を引き付け、バネ仕掛けの様に収斂された筋肉で刀を弾き出す算段だ。

軽薄さが消えた構えは、潮が引き、地平線まで渇いた海岸線を思わせる。不気味なまでに静かで、しかし肉眼では見えぬ先にゴウゴウと波打つ荒浪が逆巻く気配を人間大の形に押し込めた姿は壁を思わせた。先程までの瞬きすら切り刻む白波を越える大波は、巨壁が前のめりに倒れ込む様なただ押し潰されるイメージしか湧かない圧迫感があった。

対する剣丸は一塊の石くれだ。

ただ小さく硬く身を縮こまらせた一握の石。

だがそれは激流を弾き返し、壁をぶち抜き、投げれば何処までも何物をも飛び貫き帰って来ない無敵の石ころ。

 

 

ッタ、と白波が一歩前に出た。

ふらつく様に出した右足が、更に一歩を踏む。

左足の送り足は知覚出来ない。だから、その突きは知覚出来ない左足と共に白波を生み出し、右足が更に一歩を踏み出した瞬間、剣先の白波の後ろから青い刃模様が青い大波を形作って大気を喰らい、剣丸に圧倒的質量で覆い被さっていく。

例え、一閃を持って白波を斬っても更なる波が押し込め、押し流し、貫き通す連突きの極技。

ズルリ、と剣丸が足を引きずり前に出る。

牛が歩む様に鈍重に、しかし一歩に込められた重みは荒波すら震わせる激流を掻き分ける大岩の一歩。

素人目にも気だるげに剣先が持ち上がり、頭上を越えて振りかぶられ、傍目にはゆっくりと、しかし数年、数百年の時間が乗せられたその軌跡が、激流逆巻く水流を穏やかな二つの流れへと別ける大岩の様な重みを乗せて、滑らかに振り降ろされ、白波を斬り退ける。

そして、青い大波が全てを覆い流した。

 

 

轟音が猛り、衝撃が風を渦巻かせ、大気が斬り分けられて悲鳴を上げた。

白波は滑空状態から軽い音を立てて地面に降り立ち、肩の力を抜いて刀をダランとうち下げる。

剣丸は刀を振り抜いた態勢から、少し後退った。

次の瞬間、剣丸の肩や顔、足に水面から餌をねだる鯉の口の様な切っ先三寸の刀傷がパクリと口を開け、剣丸の岩石を思わせる体から力が抜け、紙をこよる様に螺旋を描き、血の渦巻きが逆巻き、力尽きた独楽の様にねじれ倒れる。

ケハッ、と白波は口角が裂けんばかりの嗜虐的な笑みを浮かべ

 

その笑みごと上半身が捻り切れながら吹き飛んだ。

 

 

奇妙に静かな灰色の空の下、剣丸はよろめきながら立ち上がり倒れ込む様に一歩一歩を刻む。

白波は上半身だけで地面に仰向けになっている。

先程まで竜巻がぶつかり合っていた様な殺気は霧散し、雨の降る前の湿っぽく生温い風がゆるく舞っていた。

 

「満足したか、よ」

 

空を仰ぐ白波を剣丸は分厚い刀を杖に覗き込む。

 

「ああ、満足。満足ってなこんな感じなのか」

 

狂気が渦を巻き、歓喜が奔流して荒れ狂っていた瞳は灰色の空を写して静かに揺らめいていた。

奇妙な落ち着いた雰囲気が二人にはあった。

ついさっきまでの相手の存在を斬り滅ぼそうとした業火の劣情は霧散し、お互いをお互いがお互いにそこにあるべきだと許し合う様な静かな空気がそこにはあった。

 

「力一杯出し尽くせたか」

 

剣丸は白波の横に座り込みぶっきらぼうに、だが少し羨ましそうに白波へ流し目を送る。

白波は口を動かそうとして、声が最早出せなくなっている事に気付いて首だけを地面にこすらせながら剣丸に傾け、目を細く歪め口角をわずかに吊り上げて

 

ニィ

 

と意地悪げに笑った。

 

 

 

 

剣丸が腰砕けになり立ち上がれない体で、地面を手で掻きながら千雨に近付く。

口元に手をやれば呼吸は感じられた。

剣丸の鬼を思わせる表情がフワリと緩み、幼い顔が覗く。

 

「隙あり」

 

三ツ又の槍がギラリと光り、灰色の空に巨躯が舞う。剣丸は脇に置いた刀を腕だけで振り上げた。間に合わない、岩から切り出された様な厳つい風貌の男は、一見しただけで判る『慣れた』手つきで槍を構え空から一直線に剣丸を狙っている。

白波の様にフラフラとした頼り無い自ままな構えではない、何年も積み重ねた身のこなしが体に染み付いた重味がその動きにはあった。

今の剣丸は元より、万全であったとしてもその積み重ねたものの果てに妖足り得る狂気を孕んだ男を満足させられるかは剣丸には判らなかった、一生。

 

「魔法の射手(サギタ・マギカ)!」

 

一斉射撃の光の矢が剣丸の顔を白く照らす。

横合いからの面制圧に男は肉を串削られ、真っ白な骨をさらしながらも一雇だにせず、一線に剣丸へギラリと光る穂先を差し出す。

 

ゴン

 

分厚い鉄板をぶち抜いた様な重い劇音が男の顔をぶれさせ、槍はあらぬ方向へ放り出された。

カラカラと軽い音を立てて槍が転がり、地面に落ちた男の首は前と後ろが順逆となって鼻と口から血を垂れ流している。

男は死んでいた。白波と違い、呆気なく、簡単に、羽虫の様にアッサリと叩き潰された。

危なかったね、大丈夫かい、と言った周りの声も聞かず、剣丸は男をアッサリと殺した青年の前に立つ。大学生か社会人に成り立てか、新品のシャツとローファーにまだ世間擦れしてない年齢を感じさせる割りに、少しくたびれた印象が強い青年だった。

若さに合わず、正面に立つだけで背筋の毛が逆立つ様な感覚が強者であると剣丸に告げていた。

先程まで立てずに居た少年が事も無げに立っている事実に誰も気づかない。

 

「強いな、あんた俺が一生追い付けない位に強い」

 

剣丸はまとっていた。

人間にあらざる気配を。

 

「だけど……」

 

魔法使い達は初めて知った。

こんなものが、ここ(日本)には居るのだと。

こんな恐ろしく妖しげで不気味な存在が居るのだと。

 

「妖怪退治は素人だ」

 

ぶわり、と周囲が何かに覆われた様に暗くなる。

実際は曇り空の下とは言え、まだ昼間だ。視界は容易に利く。

知っている者ならば、この気配を表現する言葉を持っていた。

 

妖しげな怪しい者が産まれる瞬間。

逢魔ヶ刻が現れたのだ、と。

 

それは一瞬にして去り、周囲はザワめく魔法使い達の喧騒が残るだけだった。

 

強く、ただひたすら強く在ろうとした青年。高畑・T・高道はこの日初めて妖を知り、魔法使いだけではこの国は成り立たないと思い知らされる。

この数日後に妖生まれの妖怪が、実に数十人の一般人を惨殺する事件を伝えられた事が彼の心に長く残る葛藤となるのだった。

 

 

誰かが自分を覗き込んでいる。

揺らめく水の中に居る様な視界とくぐもった声。

長谷川千雨は意識を遠くしながらそれらを見て聞いていた。

 

「条件は……だから、千雨は……」

 

「儂等に依存は……これからよろしく……」

 

遠い遠い自分には届かない場所で決まっていくそれらが、千雨には悲しくて悔しくて目からポロリと涙がこぼれた。

 

「千雨には普通の生活をさせたい。麻帆良とは関係無い場所で普通に生活していけるようにして頂けないだろうか」

 

剣丸が要求する条件に学園都市麻帆良のトップである近衛近右衛門は深く頷く。

 

「その条件は儂の名を持って保障しよう。じゃが……」

 

「……ああ、もしも千雨が自分から麻帆良に戻ってくるなら、それは千雨の責任だ。そんなとこまでは要求しようもない」

 

そして、剣丸は千雨を覗き込み

 

「さよならだ千雨。お前だけは普通の中に生きてくれよ。俺はやっぱり無理だから」

 

別れを惜しむ女々しさはある。普通の生活は剣丸には新鮮で優しくて楽しかった。

だが、それを一生続けられるかと言えば無理なのだ。妖怪が怪異が妖が居る限り、やっぱり無理なのだ。だから、剣丸は千雨に

 

「ありがとう、それで、さよならだ」

 

感謝の言葉の後に別れの言葉を告げるしかなかったのだ。それが千雨には悲しくて悔しくて涙がこぼれたのだ。

 

そして、時は流れる。

 

 

全寮制の学園都市麻帆良に入学したお祝いはパソコンで、生活費も学費も問題なくホームページに貼り付けた広告の収入で趣味に使う小遣いも充分稼げる。

問題なんてない。そのはずだったのに。

 

「畜生、あいつら絶対おかしいだろう」

 

常識はずれのクラスメイトに、常識はずれの学園都市。普通の日常生活は脆くも崩れ、長谷川千雨は嘆いていた。

外とは余りに違う麻帆良の常識に頭は混乱しっ放し、心は千々に乱れっ放し。怒りとも焦燥とも取れるそれらを不思議と何処か懐かしさすら感じる心持ち。

その自分でも理解できない心の有り様に、長谷川千雨は頭が爆発しそうだった。

 

「お前らもおかしいと思うだろ、と」

 

パソコンでチャットに打ち込み送信すると、数秒も経たずに返信を告げる電子音がなる。

 

「おっ、反応早いな。どれどれ……」

 

パソコンの画面に表示された数行づつに別れた文章の羅列。その一番下に

 

『今日は月が綺麗だ』

 

そう書かれていた。

 

何となく千雨は窓越しに空を眺める。

月が真ん丸で指で摘まめそうな位に大きくくっきりと黒の空に浮かんでいた。

 

その少年はパソコンに短い文章を打ち込み、テーブルに立て掛けていた分厚い刀を二本とも手に取り、慣れた動作で腰に差した。

胸元でぶっちがいになる様に差した刀に両肘をのせ、胸元に手を突っ込む。

だらしなく見えるその姿に部屋の外で待っていた少女は眉をしかめた。

 

「もっとキチンとした格好をして下さい。剣さん」

 

片方の髪を結い上げたサイドテール、つり上がった目と一文字に引き締めた口が真面目な性格を表している。

 

「そんな堅い事言わんといてぇな、せっちゃん」

 

剣と呼ばれた少年が顔をツルリと撫でた瞬間、黒髪を腰まで伸ばした少女に変わり、声までカン高い少女のものになる。

せっちゃん、と呼ばれた少女は眉ひとつ動かさず、柄頭に鈴を結わえた背丈に見合わぬ野太刀を揺らすと鈴がリィンと涼やかに転げた。

 

パチン

 

と風船が弾ける様な音を立てて少女は少年に戻る。

 

「ひどいな、退魔術まで使うなんてさ」

 

ヒリヒリと痛む顔を撫でながら、剣はニヤニヤと少女に笑いかける。

 

「悪趣味です。人のプライベートに踏み込むのは感心しませんよ」

 

再びリィンと鈴が転がる。犬の鳴き声や鈴や錫杖などの音を媒介にした霊的な波動は人間には安心感を、少年の様な妖には肌を打つ様な痛みを与える。

 

「くはっ、幼馴染みにもそれ位にものをはっきり言える様になれば止めてやるよ」

 

カラカラと笑いながら少年は歩き出す。

脂っけの少ない黒髪を後ろに撫で付け、開いた両目は猛禽の、胸元にぶっちがいにした厚刃の刀に肘をのせ、両手は胸元に差し込んで、群青色の着流しに一本下駄も高らかに、やや太目の体はしなやかな筋肉が張り出している。

妖、剣丸。

旧友との再会は月の綺麗な夜だった。




ようやくプロローグ終了。
原作時間軸へと入ります。
色々あって開き直って化け物ライフを楽しむ剣丸をようやく書けそうです。
いや、待ってた人とか居なさそうですが書いてて楽しい文章なんで思い出した様に更新するかと思います。
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