天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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1 僕たちの終わりと始まり


優木(ゆうき)さん! 頼むから、戻ってきてくれ!」

 

 僕は一人の少女へ駆け寄る。

 情熱的で、かつクールな衣装に身を包んだ彼女は、とても綺麗だった。僕がイメージしたよりも、数倍輝きを放っていた。

 ライブが終わり、舞台裏にもよく聞こえてくる歓声と拍手がそれを証明している。

 ステージ上で完璧なパフォーマンスを見せつけた彼女は、アイドルとしてこれから大成していく……はずだった。

 

「いいえ、もうその必要はありません。私はスクールアイドルを辞めます」

「そんなこと言わないでくれ。お願いだから、もう一度話を……」

 

 辞める。

 衝撃的な一言を残して去ろうとする彼女を、僕は追いかけた。

 

 ここからのはずだった。

 今までのわだかまりも全部なくなって、再スタートするはずだった。

 なのに、どうして、どうして。

 

 もう二度と会えないような気がして、必死に追いすがる。

 がしっと、逃げる優木さんの腕を掴んだ。

 

「っ、離してください!」

 

 パシン。

 僕の手が弾かれる音が、空へこだました。

 

 

 

 

「はあ……」

 

 ため息をついて、目を揉む。

 今日はまったく集中できなかった。授業の内容もあまり覚えていない。

 がやがやと聞こえる話し声が、やたらと大きく聞こえた。

 

 ここ、虹ヶ咲(にじがさき)学園は東京のお台場にある私立中高一貫校だ。

 東京のお台場に位置し、全国から人が集まる人気校で、もれなく僕も一員。

 一学年で1000人ほどが在籍し、それらに学生生活を行わせるこの学校は、やたら広い。

 

 食堂でさえも、何百人と入れるくらいに大きい。その隅。窓際の席で、僕はぽつんと座っていた。

 頭が常に揺り動かされているようで、ぐわんぐわんと気持ち悪さが抜けない。

 自分のことを、決して強い人間だとは思っていなかったが、こんなにも脆いとも思わなかった。

 

 原因はわかりきっている。

 僕と五人の少女たちで立ち上げた同好会が、離れ離れになってしまったからだ。

 

 これから羽ばたくはずだったスクールアイドル同好会は、たった一年……いや半年ももたずに、解散してしまった。

 

「ここ、いいかな?」

 

 ほんわかした優しい声が耳に入ってくる。

 顔を上げると、赤毛三つ編みの少女がこちらを見ていた。

 ほんわかとした雰囲気は、こちらの警戒を瞬時に解いてしまうほどの魅力がある。

 純粋さと柔らかさを凝縮したような見た目とは裏腹に、意外と自己主張が強いところもある。

 

「エマさん」

 

 エマ・ヴェルデ。

 国際交流学科の三年生。

 スイスからやってきた留学生。僕と同じ同好会の一人だ。いや、元同好会。

 

 僕が頷くと、彼女は対面に座った。

 

「気分悪そうだね。大丈夫?」

 

 大丈夫そうに見えるか、という言葉を飲み込んだ。エマさんに当たってどうする。

 どうやら、睡眠不足で感情のコントロールも利かないらしい。

 

「ちょっと体調が悪いだけだよ。気にしないで」

 

 ふ、とガラス張りの壁を見る。

 外は晴れ。部活にいそしんでいる人たちも、今から下校するひとたちもちらほら。

 だけど、映っている僕の顔は、たしかにひどい顔だった。ずっと見ていたくなくて、顔を逸らした。

 視線がエマさんと会って、なんとなく気まずい。

 

「今日は来る?」

「……」

 

 僕の問いに、エマさんは否定の沈黙。

 最近は部室に顔を出す人すら少ない。少ないというか、僕含めて二人だけだ。

 目の前の彼女は、とある一件以来部室では見ない。こうやって顔を合わせるのは、たいがいここか、併設されているカフェくらいなものだ。

 

「……そうか」

 

 また沈黙。

 前までは、二人の間に会話がなくともなんとも思わなかったのに。

 どう場を繋げようかと思っていると、ポケットが震えた。そこからスマホを取り出して確認すると、ディスプレイには『中須(なかす)かすみ』と書かれていた。

 

「僕は行かないと。それじゃ」

「……うん」

 

 何か言いたげなエマさんを残して、僕は席を立った。

 

 

 スクールアイドル。

 明確な定義が決められているわけじゃないけど、主に高校生の、プロではないアイドルたちをそう呼ぶ。

 アマチュアではあるがみくびるなかれ、今やティーンの間では女優や歌手よりも有名なスクールアイドルがいるくらいだ。

 

「さて」

 

 虹ヶ咲は部活も盛んで、同好会だけでも百を超える。この部室棟はそんな多くの部・同好会の部室が集められている。

 三階以上あるうえに、一階分だけでも相当数の部室があるため、目的の場所を知らないと小一時間は迷う羽目になる。わざわざ案内板も設置されてるくらいだ。

 

 その一つ、スクールアイドル同好会に、僕は所属している。

 

「あっ、(みなと)先輩、こっちですこっち!」

 

 僕を呼ぶ声に振り向く。

 ショートボブを揺らしながら手を振る少女に、僕は手を振り返した。その子はたたたっ、と近づいてくる。

 

「中須さん」

「かすみんですっ」

 

 中須かすみ。

 一年生で、普通科。彼女もまた、スクールアイドル同好会に所属している。

 人懐っこい性格で、いじられやすく、ころころ変わる表情が魅力的な少女だ。

 今も、威嚇するリスのような可愛い顔でじっと見てくる。彼女としては、精いっぱい睨んでるつもりなんだろうけど。

 

 いったん中須さんを落ち着かせて、部室へと歩を進める。

 

「ほら、これ!」

 

 途中の道すがら、中須さんは鞄から板状の物を取り出した。

 

「生徒会長に取られましたが、取り返してやりました!」

 

 得意げに胸を逸らして、中須さんは言う。

 それは昨日、生徒会長が僕らの部室から外した同好会のネームプレートだ。

 どういう経緯でというのは、僕は昨日いなかったからわからないけれど、何かの間違いであろうと、中須さんは踏んでいた。

 

「そんなことして、生徒会長に何されても知らないぞ」

「いいんですっ。元はと言えばめちゃくちゃしたのは生徒会長のほうなんですから。かすみんは同好会が元に戻ればそれで……」

 

 ふふん、と殊勝だった中須さんの顔が固まった。その視線はある一点に集中している。

 扉、である。

 スクールアイドル同好会の部室の扉、その上。

 

「ワンダーフォーゲル部?」

 

 思わず口をついて出た。

 場所は間違っていないはず。なのに、外されたスクールアイドル同好会のネームプレートの代わりに、別の部のものが取りつけられていた。

 

「これはいったい……」

「ちょうど、よかったです。三年音楽科、天王寺(てんのうじ)湊さん」

 

 落ち着いた声が背中にかかる。

 

 エマさんよりも長い三つ編み。一見すると冷たさを感じる目。年相応よりも落ち着いた雰囲気。 

 生徒会長の中川菜々(なかがわなな)が、眼鏡を光らせながら近づいてきた。

 

「これはどういうことかな、生徒会長」

「中須さんには言いましたが、これは優木せつ()さんとの話し合いをした、合意のもとの結果です」

 

 有無を言わせない口調で、彼女は告げる。

 

「スクールアイドル同好会は、廃部となりました」

 

 

 

 

「あんの意地悪生徒会長~!」

 

 場所は再び食堂。

 コッペパンをやけ食いしながら、中須さんが恨めしそうにこちらを睨む。

 

「怖かったね。でも生徒会室に忍び込んだりするからだよ」

 

 そんな中須さんの頭を撫でるのは、一年生の桜坂(おうさか)しずく。

 儚げで年齢よりも大人びた空気を纏う彼女もまた、同好会の一員だ。掛け持ちで演劇部にも所属している。

 

「部室、なくなったんだ」

「やっぱり、桜坂さんのところにも連絡はいってないか」

「はい。寝耳に水です」

「てことは、本当に優木さんと生徒会長だけで決められた話らしいな」

 

 即廃部、なんて横暴すぎるけど……優木さんと生徒会長……ねえ。

 

 ともかく、彼女がそう言う以上、廃部は決定事項のようだ。部室も奪われたし。

 

「せつ菜先輩に問いただしたいところですけど……」

「どこの科かもわからないもんね」

 

 そう。スクールアイドル同好会の一員であり、部長だった優木せつ菜は、この虹ヶ咲の誰もが正体を知らない、神出鬼没の生徒なのだ。

 本人に正体に繋がることを訊いたことがあるが、いつも誤魔化されてうやむやになった。

 

「湊先輩は、連絡先とか知らないんですか?」

 

 僕は首を横に振った。

 優木さんは徹底して、自分の存在を隠している。このマンモス校の中で探そうとしても、大して収穫は得られないだろう。

 

「ごめんなさい、演劇部のほうにいかなくちゃ」

 

 考え込んでると、桜坂さんが席を立ちあがる。

 いってらっしゃい、と手を振る横で、中須さんは恨めしそうに彼女を睨んでいた。

 

 

 

 

「しず子の薄情者!」

「仕方ないよ。同好会がなくなったいま、演劇部に専念しろって先輩から言われてるんだろ」

 

 所変わって、学校の中庭。

 ベンチに座ってまたまたコッペパンをやけ食いする中須さんを、どうどうと宥める。

 

 桜坂さんの夢は女優。演劇部と掛け持ちしていて、潰れたスクールアイドル同好会にばかり構っている暇はない。

 あちらの部長とも何度もお話したことがあるが、桜坂さんに相当期待してるみたいだし。

 

「エマ先輩や彼方(かなた)先輩はどうしたんですか」

「今のところ、戻ってくるつもりはないってさ」

 

 同好会の残り二人からの返答もそっけなかった。

 つまり、六人いた同好会は、今やたった二人。しかも否認可。

 

「むむむ……!」

 

 他の反応と、状況のまずさに唸る中須さん。

 同好会解散を止められなかった僕を睨むのも仕方ないが……僕だってこのままで終わるつもりはない。

 

「廃部になったんなら、もう一度スクールアイドル同好会を立ち上げるしかないか……」

「! そうしましょう! すぐしましょう!」

「とはいえ、二人だけじゃなあ……」

 

 自由な校風を謳っている虹ヶ咲ゆえ、同好会設立の条件はそう難しくない。必要なのは人数だ。

 だが、問題のその人数が、なあ。五人要るのに、前向きなのは僕と中須さんの二人だけなのだ。

 どうしたものか……

 

「とりあえずは、一人のスクールアイドルとして活動するしか……」

「あ、あの」

 

 仕方ない、とため息交じりで口を開いたその瞬間である。おずおずといった様子で声をかけられ、振り返る。

 二人の美少女が、そこにいた。

 

「いま、スクールアイドルって言いました?」

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