1 僕たちの終わりと始まり
「
僕は一人の少女へ駆け寄る。
情熱的で、かつクールな衣装に身を包んだ彼女は、とても綺麗だった。僕がイメージしたよりも、数倍輝きを放っていた。
ライブが終わり、舞台裏にもよく聞こえてくる歓声と拍手がそれを証明している。
ステージ上で完璧なパフォーマンスを見せつけた彼女は、アイドルとしてこれから大成していく……はずだった。
「いいえ、もうその必要はありません。私はスクールアイドルを辞めます」
「そんなこと言わないでくれ。お願いだから、もう一度話を……」
辞める。
衝撃的な一言を残して去ろうとする彼女を、僕は追いかけた。
ここからのはずだった。
今までのわだかまりも全部なくなって、再スタートするはずだった。
なのに、どうして、どうして。
もう二度と会えないような気がして、必死に追いすがる。
がしっと、逃げる優木さんの腕を掴んだ。
「っ、離してください!」
パシン。
僕の手が弾かれる音が、空へこだました。
△
「はあ……」
ため息をついて、目を揉む。
今日はまったく集中できなかった。授業の内容もあまり覚えていない。
がやがやと聞こえる話し声が、やたらと大きく聞こえた。
ここ、
東京のお台場に位置し、全国から人が集まる人気校で、もれなく僕も一員。
一学年で1000人ほどが在籍し、それらに学生生活を行わせるこの学校は、やたら広い。
食堂でさえも、何百人と入れるくらいに大きい。その隅。窓際の席で、僕はぽつんと座っていた。
頭が常に揺り動かされているようで、ぐわんぐわんと気持ち悪さが抜けない。
自分のことを、決して強い人間だとは思っていなかったが、こんなにも脆いとも思わなかった。
原因はわかりきっている。
僕と五人の少女たちで立ち上げた同好会が、離れ離れになってしまったからだ。
これから羽ばたくはずだったスクールアイドル同好会は、たった一年……いや半年ももたずに、解散してしまった。
「ここ、いいかな?」
ほんわかした優しい声が耳に入ってくる。
顔を上げると、赤毛三つ編みの少女がこちらを見ていた。
ほんわかとした雰囲気は、こちらの警戒を瞬時に解いてしまうほどの魅力がある。
純粋さと柔らかさを凝縮したような見た目とは裏腹に、意外と自己主張が強いところもある。
「エマさん」
エマ・ヴェルデ。
国際交流学科の三年生。
スイスからやってきた留学生。僕と同じ同好会の一人だ。いや、元同好会。
僕が頷くと、彼女は対面に座った。
「気分悪そうだね。大丈夫?」
大丈夫そうに見えるか、という言葉を飲み込んだ。エマさんに当たってどうする。
どうやら、睡眠不足で感情のコントロールも利かないらしい。
「ちょっと体調が悪いだけだよ。気にしないで」
ふ、とガラス張りの壁を見る。
外は晴れ。部活にいそしんでいる人たちも、今から下校するひとたちもちらほら。
だけど、映っている僕の顔は、たしかにひどい顔だった。ずっと見ていたくなくて、顔を逸らした。
視線がエマさんと会って、なんとなく気まずい。
「今日は来る?」
「……」
僕の問いに、エマさんは否定の沈黙。
最近は部室に顔を出す人すら少ない。少ないというか、僕含めて二人だけだ。
目の前の彼女は、とある一件以来部室では見ない。こうやって顔を合わせるのは、たいがいここか、併設されているカフェくらいなものだ。
「……そうか」
また沈黙。
前までは、二人の間に会話がなくともなんとも思わなかったのに。
どう場を繋げようかと思っていると、ポケットが震えた。そこからスマホを取り出して確認すると、ディスプレイには『
「僕は行かないと。それじゃ」
「……うん」
何か言いたげなエマさんを残して、僕は席を立った。
△
スクールアイドル。
明確な定義が決められているわけじゃないけど、主に高校生の、プロではないアイドルたちをそう呼ぶ。
アマチュアではあるがみくびるなかれ、今やティーンの間では女優や歌手よりも有名なスクールアイドルがいるくらいだ。
「さて」
虹ヶ咲は部活も盛んで、同好会だけでも百を超える。この部室棟はそんな多くの部・同好会の部室が集められている。
三階以上あるうえに、一階分だけでも相当数の部室があるため、目的の場所を知らないと小一時間は迷う羽目になる。わざわざ案内板も設置されてるくらいだ。
その一つ、スクールアイドル同好会に、僕は所属している。
「あっ、
僕を呼ぶ声に振り向く。
ショートボブを揺らしながら手を振る少女に、僕は手を振り返した。その子はたたたっ、と近づいてくる。
「中須さん」
「かすみんですっ」
中須かすみ。
一年生で、普通科。彼女もまた、スクールアイドル同好会に所属している。
人懐っこい性格で、いじられやすく、ころころ変わる表情が魅力的な少女だ。
今も、威嚇するリスのような可愛い顔でじっと見てくる。彼女としては、精いっぱい睨んでるつもりなんだろうけど。
いったん中須さんを落ち着かせて、部室へと歩を進める。
「ほら、これ!」
途中の道すがら、中須さんは鞄から板状の物を取り出した。
「生徒会長に取られましたが、取り返してやりました!」
得意げに胸を逸らして、中須さんは言う。
それは昨日、生徒会長が僕らの部室から外した同好会のネームプレートだ。
どういう経緯でというのは、僕は昨日いなかったからわからないけれど、何かの間違いであろうと、中須さんは踏んでいた。
「そんなことして、生徒会長に何されても知らないぞ」
「いいんですっ。元はと言えばめちゃくちゃしたのは生徒会長のほうなんですから。かすみんは同好会が元に戻ればそれで……」
ふふん、と殊勝だった中須さんの顔が固まった。その視線はある一点に集中している。
扉、である。
スクールアイドル同好会の部室の扉、その上。
「ワンダーフォーゲル部?」
思わず口をついて出た。
場所は間違っていないはず。なのに、外されたスクールアイドル同好会のネームプレートの代わりに、別の部のものが取りつけられていた。
「これはいったい……」
「ちょうど、よかったです。三年音楽科、
落ち着いた声が背中にかかる。
エマさんよりも長い三つ編み。一見すると冷たさを感じる目。年相応よりも落ち着いた雰囲気。
生徒会長の
「これはどういうことかな、生徒会長」
「中須さんには言いましたが、これは優木せつ
有無を言わせない口調で、彼女は告げる。
「スクールアイドル同好会は、廃部となりました」
△
「あんの意地悪生徒会長~!」
場所は再び食堂。
コッペパンをやけ食いしながら、中須さんが恨めしそうにこちらを睨む。
「怖かったね。でも生徒会室に忍び込んだりするからだよ」
そんな中須さんの頭を撫でるのは、一年生の
儚げで年齢よりも大人びた空気を纏う彼女もまた、同好会の一員だ。掛け持ちで演劇部にも所属している。
「部室、なくなったんだ」
「やっぱり、桜坂さんのところにも連絡はいってないか」
「はい。寝耳に水です」
「てことは、本当に優木さんと生徒会長だけで決められた話らしいな」
即廃部、なんて横暴すぎるけど……優木さんと生徒会長……ねえ。
ともかく、彼女がそう言う以上、廃部は決定事項のようだ。部室も奪われたし。
「せつ菜先輩に問いただしたいところですけど……」
「どこの科かもわからないもんね」
そう。スクールアイドル同好会の一員であり、部長だった優木せつ菜は、この虹ヶ咲の誰もが正体を知らない、神出鬼没の生徒なのだ。
本人に正体に繋がることを訊いたことがあるが、いつも誤魔化されてうやむやになった。
「湊先輩は、連絡先とか知らないんですか?」
僕は首を横に振った。
優木さんは徹底して、自分の存在を隠している。このマンモス校の中で探そうとしても、大して収穫は得られないだろう。
「ごめんなさい、演劇部のほうにいかなくちゃ」
考え込んでると、桜坂さんが席を立ちあがる。
いってらっしゃい、と手を振る横で、中須さんは恨めしそうに彼女を睨んでいた。
△
「しず子の薄情者!」
「仕方ないよ。同好会がなくなったいま、演劇部に専念しろって先輩から言われてるんだろ」
所変わって、学校の中庭。
ベンチに座ってまたまたコッペパンをやけ食いする中須さんを、どうどうと宥める。
桜坂さんの夢は女優。演劇部と掛け持ちしていて、潰れたスクールアイドル同好会にばかり構っている暇はない。
あちらの部長とも何度もお話したことがあるが、桜坂さんに相当期待してるみたいだし。
「エマ先輩や
「今のところ、戻ってくるつもりはないってさ」
同好会の残り二人からの返答もそっけなかった。
つまり、六人いた同好会は、今やたった二人。しかも否認可。
「むむむ……!」
他の反応と、状況のまずさに唸る中須さん。
同好会解散を止められなかった僕を睨むのも仕方ないが……僕だってこのままで終わるつもりはない。
「廃部になったんなら、もう一度スクールアイドル同好会を立ち上げるしかないか……」
「! そうしましょう! すぐしましょう!」
「とはいえ、二人だけじゃなあ……」
自由な校風を謳っている虹ヶ咲ゆえ、同好会設立の条件はそう難しくない。必要なのは人数だ。
だが、問題のその人数が、なあ。五人要るのに、前向きなのは僕と中須さんの二人だけなのだ。
どうしたものか……
「とりあえずは、一人のスクールアイドルとして活動するしか……」
「あ、あの」
仕方ない、とため息交じりで口を開いたその瞬間である。おずおずといった様子で声をかけられ、振り返る。
二人の美少女が、そこにいた。
「いま、スクールアイドルって言いました?」