天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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10 笑顔の君なら

「お待たせしました」

「ん」

 

 着替えの終わったみんなが部室から出てくる。

 疲れた様子の璃奈がてててと寄ってきて、僕を見上げた。

 

「僕は優木さんと中須さんと話があるから、先に帰ってて」

「うん、わかった」

「あ、璃奈」

 

 去りかけた背中に声をかける。

 

「スクールアイドル同好会、どうだった」

「楽しい」

「そっか、良かった」

 

 もう嫌だと言われるのも覚悟していたが、楽しんでくれてるのならなんだっていい。

 熱中することが出来るのは良いことだ。特にこういう共通した夢を追う仲間と一緒にいられるのは、璃奈の人生にとっても良いことずくめ。

 僕としては、このまま続けてくれることを祈るばかりだ。

 

「でも、お兄ちゃんは……」

「湊さん、もう話し合い始めますが……」

 

 璃奈が何か言いかけたが、優木さんに遮られた。

 

「あ、うん。行くよ。じゃあ璃奈、また後で」

「……うん」

 

 

 

 

「ソロアイドルですか」

 

 人がいなくなって寂しい空気になった部室で、中須さんが呟く。

 同好会の今後の方針をどうするか、一番にデビューした中須さんと経験がある優木さんとでの話し合い。

 

「私たちだからできる、新しい一歩です。それぞれがソロアイドルとして、ステージに立つ。その選択肢は、みなさんの頭の中にもあるはずです」

 

 この前のごたごたを経て、優木さんの中で出した結論が、ソロアイドルだ。

 みんな同好会として活動するが、あくまでそれぞれが独立したスクールアイドルとして歌って踊る。

 何もかもバラバラな彼女たちにはそれが合ってる、とは僕も賛同したことだ。

 

「でもそれって……簡単には決められないですよね」

 

 一人でステージに立つとなると、そのぶん不安がのしかかってくる。ステージ上で味方のいないたった一人に、客の目は集中し、ともすれば圧迫感となって襲ってくる。

 スクールアイドルはグループでやるものという昔からの価値観もある。

 今までやってきたことを覆す難しさに立ち向かえるか。それだって気がかりだ。

 

「湊先輩……」

 

 助けを求めるように、中須さんが僕を見る。

 

「難しいだろうね。でも、伝えたいことがあるなら、やりたいことがあるなら、僕は全力で手伝うよ。それが僕のやるべきことだから」

 

 みんなに言ってきたことだ。

 今度こそ、みんながスクールアイドルになるまで逃げない。

 

「だから、君たちにはほんの少し、勇気を出してほしい」

 

 一瞬、しんと静まる。

 きょとんとした二人は、やがて口を押さえて笑い出すと、得意げな顔で胸を張った。

 

「ふふ、そう言われたら、やるしかありませんね」

「仕方ないですねえ。ここはスクールアイドルの先輩として、かすみんがみなさんを引っ張っていってあげますよ!」

 

 さて、じゃあ……このあとデビューさせるなら……

 

 

 

 土曜日。朝の八時。全員揃っての練習日。

 集合場所の公園に到着した僕は、よいしょ、とリュックサックとクーラーボックスを置く。

 複数人分ともなればなかなかの量だが、僕は運動しないわけだし、これくらいはやらないと。

 

「ちーす! おはよー、みーくん!」

 

 元気よく挨拶してきたのは、宮下さんだ。

 少し汗ばんで上気していて、健康的な彼女の印象をより一層元気そうに見させてくる。

 

「おはよう。早いね」

「みーくんこそ。まだ一時間前だよ?」

「ん、まあ色々準備があるからね」

 

 僕はそう言って、クーラーボックスから何本ものペットボトルを取り出す。

 2Lの容器に入っているのは、全てスポーツドリンクだ。

 

「わ、すごいいっぱい……これ全部ひとりで飲むの?」

「んなわけなかろう。全員分のだよ。ただ、あまり冷えすぎたのは良くないから、ちょっとぬるめに調整中」

 

 こんな暑い日に運動したらキンキンに冷えた飲み物が欲しくなるが、体調不良になったり食欲なくなったりするから適度な温度にしないと。

 地面にタオルを敷いて、その上にずらりと並べると、かなり多めに見えるが、僕も含めて十人いるからこれでも足りないくらいだ。

 

「りなりーは?」

「起こしてきたから、時間には来るはずだよ。で、君は?」

「あはは、なーんかいてもたってもいられなくてさ」

 

 大したことないように振舞っている。が、運動好きな彼女が、いまさら朝練くらいで緊張したりはしないだろう。

 なんとなくそわそわしているのは昨日から。なら……

 

「ソロアイドルで、って話で悩んでるとか?」

 

 僕がそう言うと、宮下さんは固まった。

 

「すご。よくわかんね」

「見てたらわかるよ」

 

 スクールアイドルが楽しいという彼女の言葉に嘘はないだろう。しかしどうにも、昨日の帰宅直前くらいから、珍しくお悩みの様子だった。

 

「少し話さないか? 言うだけでもすっきりするかもよ」

 

 紙コップに注いだドリンクを手渡して、石段に座る。

 照りつける太陽のせいで尻が熱いが、まあ許容範囲だ。

 

「ソロアイドルでいくって話、どう思った?」

「うーん、なんていうか……」

 

 一口飲み、足をパタパタさせる彼女の表情は、さっきよりも一層険しい。

 

「せっつーみたいに、きらきら輝いてるアイドルになりたいけど、どうやったらおんなじようにできるかなーって。考えても考えても、答えが見つからないんだよね」

 

 『なんていうか』という割には悩みはすらすら出てきた。さては昨日話が出てからずっと考えてたな。

 

「今日早かったのは、それでもやもやしてるからじゃないのか?」

「そーかも」

 

 コップを置いて、宮下さんは空を見上げた。

 

「スポーツってルールがあって、ゴールがあって、点取ったらいいじゃん。勉強も答えがあって、解けばいいじゃん」

 

 実際は、そう簡単に言えるほどのことじゃないけど、理屈としてはそうだ。僕は頷く。

 

「かすかすは、『ファンを喜ばせられるものなら、何でも正解』って教えてくれたんだけど、その正解がわかんないんだよねー。みんなその答えをもう持ってるのかもって思ったら、焦っちゃって……愛さん、こんなに悩んだの初めてかも」

 

 なるほど、ねえ。

 優木さんに憧れて同好会に入ったはいいが、その先が見えなくて不安なのか。

 

「楽しくやりたいってだけでスクールアイドルやるの、考えが浅いのかな」

 

 そうだろうか。

 少なくとも僕は、ずっと悩んで、なおも残っている『楽しく』っていう宮下さんの想いは、決して浅くも軽くもないと思う。

 きっと、彼女の根底にあるからこそ、変えられないものなんだ。

 

「いいんじゃないかな。中須さんの『可愛い』も、優木さんの『大好き』も、元は、ただ好きだから、やりたいからやってるってところから始まってるんだろうし。エマさんだってスクールアイドルになりたいって気持ちだけで始まって、上原さんもピンクのフリフリに憧れて、だからね」

 

 僕だって最初にこの世界に手を出したきっかけなんて大したものじゃないけど、その理由に貴賤はないはずだ。

 

「何かをやるのに、崇高な理由なんていらないよ。続けていくなら、やる気とかモチベーションとか、成長していくにはどうしたら~とか考えなくちゃいけないけどね」

 

 でも今は、一歩踏み出した今は……

 

「最初は、『好きなことをやる』、それだけでいいんじゃないかな」

 

 自信を持って、そう言える。

 後先考えてまごついてるよりも、一度飛び出してみたほうが話は早い。

 短絡的ではあるけど、長く悩めば偉いってわけでも、正しいわけでもない。

 

「正解がないなら、悔いのないように楽しくやる。君にはそれが合ってると思う。中須さんに言わせれば、それもまた正解だよ」

「正解……」

「楽しそうにしてる君を見てさ、同好会のみんなも楽しそうにしてた。それは、宮下さんが心から笑って、みんなを楽しませようとしてるからなんだ」

 

 楽しみたい、楽しませたいと思って、それが出来る宮下さんは凄い。そんな彼女の作る世界はきっと、愛と情熱と笑顔に満ちていることだろう。

 

「ほ、ほんとにそれでいいの?」

「もちろん」

 

 楽しんで、楽しませる。それがよくないわけがない。

 誰にも、宮下さんを否定できはしないのだ。どうしても怖いなら、支える人も同好会にたくさんいる。友だちや、家族だって。

 それに、これからはファンも出来てくる。宮下さんに共感し、好きになってくれるファンは、それ自体が彼女を肯定する存在だ。

 

「……うん」

 

 強く頷いて、宮下さんはばっと立ち上がった。

 

「アタシ、スクールアイドルやる。楽しんで、楽しませるようなスクールアイドルになる!」

 

 宮下愛の本領はこれだ。遠くからでも人目を引く太陽にも負けないような輝き。

 勉強ができるとかスポーツが上手いとか関係ない大きな引力。

 彼女自身の魅力。

 

 見惚れていると、彼女は、あ、と何かに気が付いた。目線の先には高咲さんと上原さん。

 

「おーい、こっちこっち!」

 

 宮下さんが手を振ると、二人はたたたっと駆け寄ってきた。

 

「おはよう、愛ちゃん」

「今日も元気だね!」

 

 宮下さんは強く頷くと、とびっきりの笑顔を輝かせて、ピースした。

 

「みーくんに話聞いてもらって、スッキリ!」

「何の話?」

「次のMVは宮下さんの番って話」

「え……ええ!?」

 

 宮下さんが一番のけ反った。その横で、高咲さんがぽんと手を打つ。

 

「ああ、昨日連絡もらった話ですか?」

「そう」

「え、ちょ、ちょっと! 聞いてない!」

「今言ったから」

 

 次に誰をデビューさせるかってのは、さっきまで決めてなかったからね。

 

「でででも、他の子たちのほうが先に同好会いるんだから……」

「その子たちのためにも、君に歌ってほしいんだ」

 

 狼狽える彼女を真っすぐ見て、僕は告げる。

 

「宮下さんと同じように、みんな不安を持ってる。一人でやることが怖くて、上手くいくか悩んで……」

 

 それは、すでにデビューを果たしている中須さんも上原さんも、優木さんだってそうだ。

 新たな一歩を踏み出すのは誰だって怖い。だけど……

 

「そんなこと考えなくていいよって、君が示してほしいんだ」

 

 ただ楽しむ。その気持ちさえあればいい。

 仲間も含めて、あらゆる人に勇気を与え、元気を湧かせるなら、宮下さん以上の適任はいない。

 

 後から同好会に入ったから遠慮していたようだが、どうやら納得してくれたみたいだ。

 あわあわしていた様子から一変、僕を見る目は情熱に燃えていた。

 

「うん! 気合入れていくよ! 『あい』だけに!」

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