天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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100 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会ファーストライブ

「行ってくるわ、みんな!」

 

 ライブのスタートを担うのはランジュ。

 文化祭のオープニングアクトと同じ理由で相応しいと判断された彼女は、いつも通りの自信たっぷりの笑みを浮かべていた。

 本番である今日だってずっと、ほどよい緊張と恐れ知らずの度胸を失っていない。そんな彼女が先頭に立つことに、誰も異論は唱えなかった。

 

「ランジュ」

 

 僕はすっと手を挙げる。察したランジュが、ぱあっと顔を輝かせて、その手を叩いた。

 

 ハイタッチ。

 バチンと威勢のいい音が鳴って、それに満足した顔をして、ランジュはステージへ向かっていく。

 彼女が立ちライトが当たると、待ってましたと観客が声援を上げる。

 

「いっっっったぁ~。本気で叩いてきたな、ランジュのやつ……」

 

 一方、僕はじんじんと感触の残る手を抑えていた。手を合わせる程度かと思ったのに、思いっきり手を振ってくるんだもんな。

 

「でも、その分良いパフォーマンスしてるね。叩かれ損じゃなくて良かったねぇ」

「戻ってきたら思いっきり褒めてやるから覚悟してろよ、ランジュ」

「どういうやり返しなのよ」

 

 言われた通り、ランジュは練習以上の成果を披露している。

 スクールアイドル界に彗星の如く現れた彼女だが、歌と踊りだけで人を虜にする力は同好会に入っても健在どころか、ますます磨かれていた。

 これで、意外と子どもっぽいギャップがあるのはずるいよなあ。

 

 さて、いつまでも見ていたいところだが……そろそろ次の準備だ。

 

「かすみ」

 

 ネクストパフォーマーへ声をかける。

 我らが部長のかすみは、ランジュを見て闘志を燃やしているようで、今にも飛び出しそうにうずうずしていた。

 そんな彼女のずれた帽子の位置を戻す。

 

「これでよし」

「キマってますか?」

「これ以上ないくらいにね。非の打ち所がないよ」

「当然ですっ。なんてったって、かすみんは世界一可愛いですから!」

 

 僕は頷いた。

 

 ちょうど戻ってきたランジュとかすみが相対し、バトンタッチと、よくやったと、頑張ってこいの軽い音が響くハイタッチをかます。

 ダメージのないハイタッチ出来るなら僕にもそうしてくれ。 

 

「後は大丈夫かな。副会長たちのところに行ってくるよ」

「え~、彼方ちゃん、不安だなあ」

「私も」

「じゃあちょっとは不安そうな顔しなね」

 

 次の彼方もその次のエマも、言う割に楽しみ十割な顔をしていて、ちっとも心配そうじゃない。

 まったく、と小さくため息をつく。

 

「彼方、エマ、任せたよ」

「湊くんがそこまで言うなら」

「任されました」

 

 ふんす、と気合を入れる二人。こうしなくてもちゃんとやってくれるだろうに。

 

 

 

 

 観客席の後ろ、ずらりと機材が並べられているのを一瞥する。どれも正常に動いていて、置いてあるPCを見る限り生放送も止まったりはしてない。

 

「どう?」

「順調です。そちらは?」

 

 くるりと振り返った副会長へ返事を返そうとした瞬間──

 

〈みーくん、りなりーのボードが故障してて、直んないんだけど……〉

 

 控室で出番を待っている愛からのSOSだ。

 璃奈ちゃんボードに、映したいのとは別の表情が出てしまうらしい。ちょっとした故障ならともかくとして、すぐには原因が分からずに直りそうもないようだ。

 あれはただの装置じゃない。璃奈の気持ちを客へ繋げるための手段。それが使えないとなると……

 

〈ボクが先に行こうか?〉

 

 璃奈の後番であるミアが言う。

 それが出来れば、多少時間は稼げるだろう。だけど……

 

「璃奈、どうする?」

〈このままでやる。やらせて〉

「分かった。スケジュールはこのまま、璃奈のステージだ」

 

 即答した璃奈に、僕も即答する。

 ほんの少しだけひやりとしたが、調整のためにあれこれせずに済んだ。璃奈の、というかみんなのためなら走り回るのも嫌ではないが、トラブルがないに越したことはない。

 

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫」

 

 訊いてきた副会長に、頷く。

 そう、璃奈ちゃんボードは手段だ。璃奈のことが伝わるなら、無くたっていい。璃奈がそれを一番分かってる。あの子がやると言ったなら、きっとやれるんだ。それを、まず兄の僕が信じなきゃ。

 ほら、見てみなよ。出てきた璃奈の、なんと堂々としていることか。それを見るファンのなんと楽しそうなことか。

 

 ボードのない璃奈を見て何かを察したのか、ファンたちが協力してペンライトの光で璃奈ちゃんボードの顔を再現する。

 事前に打ち合わせでもしていたのだろうか、一糸乱れる連携に、どちらがパフォーマンスする側なんだか、と感心した。

 その顔は満面の笑みを浮かべていて……

 

「ほらやっぱり、伝わってるじゃないか」

 

 歓声の中で、誰にも聞こえないような声で僕は呟く。

 いつの間にか、僕も璃奈たちにつられて笑みが漏れていた。

 

 

 

 

 何事もなく、全てが思ったように進み、余裕をもって再びステージ裏に戻る。

 璃奈の曲が半分終わったところで、ミアが深呼吸していた。

 

「次、ミアか」

「うん」

 

 ミアにとっては初めてのでかいステージだ。怖い気持ちもあるだろう。さっき、璃奈の代わりに出ようとした時の声がちょっと震えていたし。

 でもここでいくな、とか、順番を下げられる、とかそんなことは一切言うつもりはない。

 いけるか? と訊こうとしたが、寸前で思い留まって、別の言葉に変える。

 

「いけるよな」

 

 ミアは自信満々に頷いた。

 

「璃奈がボクに勇気をくれた。もう怖くないよ」

「その意気だよ、ミア子!」

 

 かすみの声に押され、ミアは光へ向かう。

 入れ違いに戻ってきた璃奈がたたたっと駆けてきた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 そのままの勢いで、肩で息をしながら抱き着いてくる。

 長年璃奈と一緒にいるけど、こんな興奮冷めやらぬといった様子のは珍しい。それも仕方ない。あんなのを見せられちゃね。

「お兄ちゃん、みんな私を受け入れてくれた。私、スクールアイドルを始めて良かったって思って、それで……」

「分かってるよ、璃奈」

 

 まくしたててくる璃奈の頭を撫でる。

 ファンだけじゃない。仲間にも、璃奈の勇気は繋がっていっている。

 その証拠に普段クールなミアが、感動や痛快、満足に期待といった感情の全てをぶちまけている。

 正しい。ステージの上で自らの全て、衣装も歌もダンスも練習の成果も思っていることも見せつける。スクールアイドルとして、これ以上正しい姿はないだろう。

 ミアは同好会に入ってまだ日が浅い。スクールアイドルの理解もまだまだだ。

 だけど、ようやくスクールアイドルに成った。

 

「……」

 

 いつだって新しい星が生まれる瞬間は美しい。それが自分が育てたスクールアイドルならなおさら。

 

「綺麗、だな」

「あら、ミアにご執心?」

「ミアち頑張ってるもんね。でも、愛さんたちだって負けてないぞ~? なんてったって、みーくんをメロメロにしたユニットだもんね」

 

 両サイドから迫ってきた果林と愛に挟まれそうになって、すんでのところで回避。

 

「からかわないでくれよ」

「でも、アタシたちにメロメロになったのは本当でしょ?」

「メロメロって言葉、古いぞ」

「ごまかしてるわね。分かりやすいんだから」

 

 はいはい、と僕は流して、二人の背中を押す。

 

 果林、続いて愛、そしてDiver Divaによるステージが立て続けに行われる。

 直前まで軽いお喋りをしていたとは思えないくらい、心を込めた歌声ときりっとしたダンスが披露される。

 切ないほど綺麗でどこを切り取っても映える果林、自分だけでなく人を照らしてどこまでも笑顔な愛。

 これだから、あの子たちには文句を言えないのだ。最後に見たのよりもっと仕上げてやってくるんだから。

 

 そんな二人の終わり際、次のアイドルが、こつこつとブーツの音を鳴らしながら、僕の横を過ぎ去ろうとする。

 

「いってくる」

 

 ディアだ。

 ソロは初だが、今や何の心配もないだろう。

 他のみんなと同じく、大層な言葉をかけるつもりはなかった。

 

「期待してる」

「ん。目を離さないでね」

「言われなくても」

 

 侑が作った曲は、彼女の綺麗な歌声で会場を包み込ませるようなバラードだった。

 音は静かで少なく、歌の上手い下手が如実に表れる。難易度の高い曲だが、練習に練習を重ねたディアは自分のものにした。

 喉からCD音源が流れてるんじゃないかと思わせるような澄み切った声に、観客はじっと聞き入っていた。

 この場の空気が完全に彼女によって支配され、一秒も聞き逃したくないと耳に神経が集う。

 歌い終わっても拍手がないのは、最大級の賛辞ととれるだろう。

 

 表も裏も静まり返る。そんな中で唯一、駆け出していく影があった。

 

「ヨーシ! ワタシの番!」

 

 ロッティだ。

 

 彼女の情熱を表すようなダンサブルなイントロが入り、先ほどはサイリウムを振るのも忘れていた観客は一気にボルテージを上げていく。

 ディアとは真反対の曲調で情緒がどうにかなってしまいそうだったが、彼女は無理やり引っ張り上げるように熱を放出する。

 ロッティにつられてノって声援を出すのは何千人といるのに、それに負けじと激しく声を発し、体を動かす。

 そのダンスを僕が真似れば、一分も経たずに倒れてしまいそうなステージ。それを彼女は最後まで手を抜くことなくやりきった。

 

 そこまでして盛り上げた観客を、リーデル姉妹が離すわけもなく……

 

「ミンナ! ワタシと──」

「わたしがステージをやったってことは……」

「トウゼン、次はワタシ()()!」

 

 間髪入れずAlpheccaとしてのステージへ塗り替える。

 このために僕が新しく拵えた曲は、今までのAlpheccaのよりも自信がある一品だ。

 

 『krone』

 最高、とか、冠、という意味をもつこの曲は、当然ファンに向けて作った。だがそれ以上に同好会のメンバーに向けてもいる。

 この時点での、僕が積み上げてきたものを全てぶちこんだつもりだ。僕が目指す『最高のスクールアイドル』をイメージした。

 そう、最高、だ。これを超えられるなら、超えてみせろという宣戦布告。

 

 たとえ素人でも、そのクオリティに目を奪われる。特に生放送のコメントが多く、海外の言語が目を滑るほど流れてくる。

 

「あ、あんなのの後に私……」

 

 ごくり、と栞子が喉を鳴らした。

 怖気づいてしまうのも無理はない。新人である彼女に、Alpheccaの後は荷が重い。

 本来ならば、だが。

 

「大丈夫よ、栞子」

 

 ランジュが、萎縮しきりそうな栞子の肩に手を添える。

 

「あの二人以上を見せつければいいんだから」

「そうは言っても……」

 

 ランジュは不安そうな幼馴染の頬をむにゅっとつまんだ。

 

「アナタなら出来るわ。だって……」

「ボクたちがついてるからね」

 

 もう一方をミアが掴む。

 

「そうでしょ、湊。こんな意地悪、栞子と私たちなら乗り越えられるって、信じてるんでしょ」

「意外とスパルタだからね、湊は」

「僕は言わないようにしてたのに」

「そうなんですか?」

 

 彼女は二人の手を掴んで離させて、僕の顔を見上げる。

 

「ここまで来たら分かるだろ」

「分かります。でも、聞かせてください。聞かなくても分かることを、あなたの口から聞きたいんです」

 

 しっかりしてるから忘れそうになるけどこの子はまだ一年生なんだよな。学年もそうだし、スクールアイドルとしてもそう。

 だから今回は……まあちょっと反省かな。始めたばかりの栞子を追い詰めすぎた。

 それでも僕は──

 

「栞子、君ならやれる。僕は栞子を信じてる」

「それは……三船薫子の妹だからですか?」

「栞子だからだよ。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の三船栞子だから」

 

 先輩として、同好会に誘った者として、栞子には目をかけてきた。当初そこには、薫子さんの妹だからというのもあったかもしれない。

 今は、そういうのはどんどんと隅に追いやられている。彼女自身のスクールアイドル像が形成されていったからだろう。誰かの何かというフィルターが取っ払われて彼女を見た時には、こんな大舞台でも晴れ晴れと踊る栞子の姿が浮かんだ。

 

 彼女はすう、と息を吸って、深く吐いた。

 もう一度顔を上げた時には、先ほどの固まった表情は消えていて、ちょっとだけ唇を尖らせていた。

 

「意地悪が過ぎます、湊さん」

「悪かったよ。だからそんなむくれてないで、笑顔で。いってらっしゃい」

 

 頷いて、栞子はランジュとミアを引っ張る。栞子だけ、から三人ステージへ移り変わる。

 こんな新人がいてたまるか、というような高いクオリティで見せつけてきて、栞子とミアはスクールアイドルとしてのファンが少ないはずなのに熱狂の渦を作り出している。

 経験でまだ足りないところは、ランジュがしっかり補って隙が無い。

 正式なユニットではないものの、これを機に正式に組ませてもいいと思えるくらいに息が合っている。

 最後まで連携が途切れることはなく、行ってきた時よりも良い表情で三人はステージを後にした。

 

「三人でやるなんて、聞いてないよ!」

「言ってないからね」

「凄かったでしょ?」

 

 得意げに胸を張る三人。

 

「湊先輩は知ってたんですか?」

「当然。サプライズだよ、サプライズ」

 

 驚かせたい一心で、ランジュが提案してきたのだ。練習量の凄さを見て、首を縦に振らざるを得なかった。

 そう言うとしずくはさっきの栞子みたいに、頬を膨らませた。

 

「むう。私たちも行きますよ!」

 

 振り返ってそこにいた歩夢とせつ菜は、えっ、と目を丸くした。

 

「しずくちゃんも負けず嫌いだよね」

「でも楽しそうです! やりましょう!」

 

 やりたいならやらせたいところだが……とは言ってもこんな直前で他の人がついてこれるか。

 僕はイヤホンマイクで向こうに確認してみる。

 

「演劇部部長。君の後輩が三人でステージやりたいって」

〈OK。予定通りだね〉

「予定通り?」

「お待たせしました、A・ZU・NAのみなさん! これに着替えてください!」

 

 僕が首を傾げるのと同時、スタッフがレインコート風の衣装を二つ持ってきた。しずく用の衣装の色違いだ。

 呆然としている僕をよそに、それを受け取ったのは侑だ。

 

「こんなこともあろうかと、ってね」

「あろうかと思うかな、普通」

「Alpheccaの後に栞子ちゃんだなんて、絶対何か企んでるんだろうなあって。それに、残念ながらこの同好会は普通じゃないんですよ。や、良いことかな?」

 

 栞子のことを僕が信じていたように、しずくがどう思うか先んじていたわけだ。なんと、ステージが始まるよりもずっと前、企画段階から。

 

 A・ZU・NAとして一緒にいる時間が多かったからか、せつ菜も歩夢もしずくのソロを彩るような絶妙な加減でお供する。

 僕らに見せつけるような、ようは対抗意識じみたものが混ざってて、多面的な要素をもつA・ZU・NAのスパイスになっている。負けず嫌いはしずく以外もってことだ。

 

 かと思えば、せつ菜のソロステージになると炎に赤色に、これでもかというほど熱さが前面に押し出される。

 と思っていたら、歩夢が王道の可愛さで締める。

 どのスクールアイドルもそれぞれの個性があるのに不思議とまとまりがあるのは、僕が近くで見てきて慣れたからか。いや、お客さんの反応を見るに贔屓目でもないらしい。

 誰もが、あの日侑が入部を決めた時のような輝いた目をしていたから。

 

 

 

 

 最後の曲を披露するためには準備が必要。その準備時間を埋めるための幕間映像が流れたのを確認して、控室まで戻る。

 みんな既に着替え終わっていた。

 白のジャケットとスカートには黒のラインが入っていて、胸にはそれぞれのメンバーカラーのリボンが添えられている。頭には八分音符の形をしたアクセサリーが付いていた。

 今のメンバーでお揃いの衣装というのは初めてだから、こうやって並ばれると壮観だ。

 

「あ、湊くん」

 

 エマが一番に気づき、こちらに寄って来る。何か手に抱えていると思ったら、白色の花で作られたブーケを持っている。その中心には『天王寺湊様』と書かれたメッセージカードが置いてある。

 

「見てみて」

 

 彼女が言う通り、僕はそれを取って中身を見る。

 そこには、スクールアイドル宛てではなく、僕個人へ寄せられた言葉が所せましと並べられていた。

 頑張って、とか、これからもたくさんの曲を作ってください、とか……ただ一人の作曲家への純粋な激励と感謝の気持ちがずらりと書かれている。

 

「ほら、侑ちゃんも」

 

 歩夢が侑に渡したのも、同じくこの同好会の一員としてやってきた侑への言葉。

 僕らはお互いに目を丸くした表情を見合わせた。

 

「これ……」

「みんな、二人がしてくれたことを分かってるんだよ」

「ランジュに負けず劣らずファンが多いわね。こんな身近に強力なライバルがいたなんて」

 

 みんな誇らしげに僕たちを見る。

 

「湊先輩も侑先輩も、スクールアイドルしてますねえ」

「えっ」

「夢や元気を与えるのがスクールアイドルなら、ミナトもユウもスクールアイドル」

「否定しづらいタイミングで言ってくるのはずるいぞ」

 

 ファンレターまで貰っちゃって、こんなんじゃどんな言い訳をしても否定の材料にならないじゃないか。まったく……

 僕はこみ上げてくるものを一旦抑えて、カードをポケットにしまう。

 これだけ言ってくれる人たちが、僕にもいる。同好会じゃなくても、家族じゃなくても、友人じゃなくても、きっと世界中にたくさん。

 それだけのことを豪語できるだけの自信を、ファンがくれた。まさにそれは、スクールアイドルと応援するファンとの繋がりによく似てる。

 

「侑ちゃんも湊さんも、仲間でライバルだもんね」

 

 このライブだけでも、僕たちはみんなを助けて、みんなに支えられて、焚きつけて挑発して、笑い合って信じ合って、一つになってる。

 それが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の目指す姿で、きっとあるべき姿だ。

 その中に僕と侑はいる。歩夢の言う通りなのかも……いや、そうだね、君たちや見てくれる人がそう思うなら、きっとそうなんだろうな。

 

 

 

 

 映像も終わり、真っ暗になったステージにスポットライトが当たる。スクールアイドル十四人が並んでいて、いかにも『いよいよ』という空気が会場に広がった。

 照明がゆっくりと点き、やがて壇上を全て露わにすると、まずはかすみがぺこりと礼をする。

 

「みなさん、来てくれて、見てくれてありがとうございます」

 

 続けて、みんなも礼。

 

「私たちのことは知ってくれていると思います。知ってなかったとしても、このライブで知ってもらえたと思います」

「だけどもう二人、知ってほしい人がいます」

 

 ん?

 ステージ傍に設置されたピアノに座っていた僕と侑は顔を見合わせる。こんな台詞は台本になかったはずだけど……と疑問に思ったのも束の間、彼女たちはばっと手をこちらに向けた。

 

「天王寺湊さんと高咲侑さんです!」

 

 壇上のみんなを映していたステージ上のスクリーン映像が、ぱっと切り替わる。

 

「ええっ!?」

「やられた……」

 

 いま紹介にあずかった僕と侑が、音楽室で作曲しているところを撮った写真がでかでかと表示された。

 どうやって撮ったんだろうこれ。全然気づかなかった……

 

「裏方だからって、こうやって紹介されるのも嫌がってたんだけど、それでも私たちはこの人をみんなに知ってもらいたかった」

「同好会が始まってから、ずっと私たちを支えてきてくれたのが、この二人です」

「ここにいるメンバーがスクールアイドルになったのも、続けてこれたのも湊くんと侑ちゃんのおかげ。そのことを、よく知ってる人もこの中にはたくさんいると思います」

「アタシを、アタシたちを引っ張ってきて夢を叶えてくれた人、アナタたちファンにアタシたちを届けてくれた人なの」

 

 僕らは別に、称賛されたいわけじゃない。ただ応援して、手を貸して、共に歩んできただけだ。そう思ってた。

 だけどみんなは思ってたよりももっともっと僕らに感謝してて……もし彼女たちの言うように、僕らもスクールアイドルなら、仲間でライバルなら、ただの裏方で終わってほしくないと思ったのだろう。

 

「湊先輩、侑先輩」

「どうもありがとう!」

 

 揃って、こちらに礼をする。

 たった二人へ向けられた『ありがとう』が、お客さんに広がり、世界中の人たちへ繋がる。

 気づけば、万雷の拍手が僕たちの身を打っていた。感謝や激励がコメントで流れる。他の誰でもない、天王寺湊と高咲侑へ、抱えきれないほどのメッセージが届いてくる。

 男子である僕が表に出すぎるのはよくないと避けてきた。でも今、そんなこと気にしなくていいんだよと認められてる気がした。

 

 まったくもう、盗撮した写真を使うなんて、って怒ろうとしたのにこれじゃ……

 

「え、えーと……あはは、泣いちゃいそうだよ」

 

 僕だって侑と同じ気持ちだ。潤んで前がぼやけそうになる。

 目元を拭ってもう一度アイドルたちがを見ると、彼女たちはまだ目線をこっちに向けている。そして歩夢は、迎えるように手を差し出してきた。

 それの意味するところは、侑は分かってる。でもそうしていいのかと僕に目で訴えかけてきた。

 

「行っておいで」

 

 ぽん、と背中を押す。

 一歩、一歩。ためらいがちに進む。

 

「副会長、侑のマイクを繋げて」

〈分かりました〉

 

 半ばよろけていると言ってもいい足取りの侑を歩夢が支える。そうして、拍手の止んだ静寂の中でようやく中央に立つ。

 会場のスピーカーと繋がれたマイクは、彼女の落ち着こうとする息も拾った。

 

「えーと……急に出てきちゃってごめんね。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の高咲侑です。って、わあ!」

 

 自己紹介すると同時に、まるでアイドルが登場したかのような拍手を受けて、侑が驚く。

 その様子にアイドルからも観客からも笑いが漏れ、侑は恥ずかしそうにごほんと咳払いをしてごまかした。

 

「私は……」

 

 言葉を紡ごうとして、侑は一度止まり、考え、また口を動かす。

 

「スクールアイドルに関わるようになったのも今年から、音楽に携わるようになったのもつい最近で、私はまだまだ未熟なんだ。そんな私がここまでやってこれたのは、みんながいてくれたから。みんなを支えたいって思ったから。それも元々は、歩夢の応援が出来たらいいなっていうのが始まり。最初はたったそれだけ。その一があったから、今の私がある」

 

「私は今までずっと支えられ続けてきた。今度はみんなのためになることをしたい」

 

 侑は差し出すように、手を前に突き出す。

 

「まずは一歩。その一歩が難しいかもしれないけど、踏み出してみて。私たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、あなたが進むことを応援するから」

 

 言葉を一気に吐き出した侑へ、観客からの拍手が再び起こる。

 彼女は、逃げるようにして僕のもとへ戻ってきた。

 

「湊さんはお客さんに何か言わないの?」

「僕は、自分の言いたいことは全部曲に込めたから」

「ずるい! そっちのほうがなんかかっこいいじゃん」

「次にやるとき真似していいよ」

「ちょっと、そこで言い合いしないの」

 

 どっと観客が笑う。

 侑のマイクがONになったままのせいで、いつものようなお喋りが流出してしまった。

 しまった、と僕と侑は口を口を噤み、身振り手振りで早く次の台詞を言うように促した。

 生暖かい視線をこっちに向けるんじゃない。

 

「それではみなさん。最後の曲は、私たちスクールアイドル十四人のパフォーマンスと二人の演奏による、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会全員で魅せるステージです」

「見逃したら、後悔するヨ!」

 

 音楽科のみんなで作曲し、十六人全員で作詞を手掛けた一曲。

 これは、このみんなじゃないと出来ない曲だ。十六人より多くても少なくても意味がない。他の誰かが代わりに入っても崩れる。

 この曲で、聞いてくれた人たちが僕からのメッセージに気付いてくれたなら、喜ばしい限りだ。

 

 さあ、始めよう。

 僕と侑は鍵盤に手を置き、ゆっくりと指に力を込めた。

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