天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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 全ての曲が終了して、会場が壊れるんじゃないかというくらいの拍手も受けて、アンコールまでやって、同好会のファーストライブは大盛況で幕を閉じた。

 

 本当は出て行って、帰る人たち一人ひとりに直で感謝を伝えたいところだったけど、僕らが表に出ちゃうと人の流れが止まってしまう。それに、伝えたいことは音楽で、と豪語してしまったわけだしね。

 そういうわけで、僕らはステージの裏に集まって観客がいなくなるまで待機していた。

 出し切って満足したからか、頭が回っていないからか、細かいところを指して感想を言えるものはおらず、凄いだのやばいだのが興奮冷めやらぬ中で飛び交う。

 

 一人、一人と去って行って、やがて誰もいなくなって、しんと静まり返った舞台を後にして、夢見心地のまま廊下へ出る。

 控室に戻る途中で先ほどまでのライブを思い返す。誰も彼もが盛り上がって、たくさんの声援も送られ、その中には僕だけに向けたものもあった。

 やってよかったと心から思える瞬間だった。あーあ、あんまり出しゃばる気はなかったのに、これじゃ──

 

「ミ・ナ・トくーんっ」

「わあっ」

 

 後ろからがばっと誰かが抱き着いてきた。倒れそうになるがなんとかこらえて立ち止まる。

 この、この遠慮なく飛びついてくる感じは……

 

「すっかりいい男に育っちゃって、このこの~」

「こらこらアリエ。ミナトくんが困ってるよ」

 

 にこにこと底なしの笑顔を向けてくる女性を、傍らの金髪の男性が剥がす。

 その二人は……

 

「アリエさん、エリオットさん!」

 

 ロッティとディアの両親だ。

 どちらも音楽界では知らぬ者がいないと言われるほどのとんでも夫婦で、世界中から年がら年中お呼び出しがかかるほどの人物だ。その二人が、なんと揃って目の前にいる。

 

「来てくれてたなら、言ってくれればよかったじゃないですか」

「この人のコンサートが時間通りに終わるかどうかわからなかったからね。ギリに終わってダッシュで来てやったわ!」

「それはどうも……なんというか……」

 

 アリエさんは相変わらずの猪突猛進っぷりだ。

 昨日、エリオットさんが所属する楽団がヨーロッパで演奏をしていて、そこから即飛行機に乗らないと間に合わないはずなのに……

 二人ともこちらに見に来ると言っていたが、正直無理だろうと思っていた。まさか本当に来るなんて……いや、今さら驚くことはないのかもしれない。

 僕が留学している間も、市を出るような仕事は断って近くにいてくれたくらいだし。

 

「パパ、ママ!」

 

 さらにやってきた双子姉妹が両親を挟んで抱き合う。連絡は取り合っていても、実際に会うのは四か月ぶりくらい。親子仲が良い彼女らにとっては長すぎるくらいだ。

 

「よかったよ、ロッティ、ディア」

「忙しいはずなのに、来てくれたの?」

「それはもちろん。大切な娘たちと……大事な弟子の晴れ舞台だからね」

 

 エリオットさんは僕にウインクした。もう五十近いはずなのに爽やかに見えるのはずるいなあ。

 

「どうだっタ?」

「うん、立派になったね、三人とも」

「そうよ、もうプロみたいになっちゃって! 撫でてあげちゃう!」

 

 わしゃわしゃと、アリエさんは二人の頭を撫でる。ついでに、ちょっと距離を取っていたはずの僕もいつの間にか抱き寄せられていて、撫でられた。

 もうすぐで高校も卒業するっていうのに、なんというか、恥ずかしいより安心するほうが先に来る。こんなに近づいて、日本のものとは違う彼女らの匂いが感じられるせいだ。

 

「ミナト」

「は、はい」

 

 とてつもない力で拘束されている僕の頭に、エリオットさんもぽんと手を置いた。

 

「君の曲、心に響いた。成長したね」

 

 エリオットさんは、僕の音楽の師匠だ。

 学校で良い成績を修められる程度だった僕に、彼は持ちうるすべてを教えてくれた。文字通り、音を楽しむことを。

 それは今の僕の礎でもあり、Alpheccaや同好会のみんなの曲の中に息づいている。僕の行く道に残している……つもりだった。

 僕が作った曲は良い曲ばかりだ。だけど実際はちゃんとエリオットさんの教えを継げているか分からなくて、そこだけが気がかりだった。

 

 だって、世界最高峰のチェリストだもの。こんな若造があと十年二十年頑張っても追いつけないとは分かっていても、せっかく教えられたのだからちゃんと生かしたいじゃないか。

 そんなワールドクラスの音楽家に認められて、三人目の父親みたいな人に良い顔をさせてあげられることが出来て、感極まるなってほうが無理だ。

 

「あーあ、パパったら泣ーかせた泣ーかせた」

「パパひどイ!」

「パパ、息子泣かせ」

「ええ……」

 

 くそう、弁明しようにも涙が止まらなくて上手く喋れない。とは思いつつも、アリエさんもロッティもディアもにやにやとしていじってるだけみたいだ。

 

「お兄ちゃん?」

 

 目を拭いながら振り返ると、璃奈がいた。僕たちがまだ控室に戻ってないことを不思議に思ったのだろう。

 璃奈は、僕を拘束に近い強さで抱いている男女を見て、首を傾げた。

 

「あなたがリナちゃんね!」

 

 ぎゅん、とアリエさんが距離を詰める。僕とロッティとディアを抱えたままなのに、一瞬で璃奈の目の前まで迫ったアリエさんは、ますます目を輝かせて璃奈の手を握った。どうやってるんだ全部。

 

「は。はい」

「聞いてたより可愛いわぁ! ね、あたしの娘にならない? 今ならミナトくんとロッティとディアがついてくるわよ」

「ごくり」

「こらこらアリエさん、うちの妹を勧誘しないでください。璃奈も乗り気にならないの」

 

 ようやく涙が止まったので、というか引っ込んだのでアリエさんの暴走を止める。ロッティと同じで、誰かがストップをかけないとどこまでも行くバイタリティと行動力があるのだ。

 やれやれ、と首を振って、エリオットさんがアリエさんを羽交い絞めにする。

 

「ここはボクが抑えておくから、逃げるんだ!」

「離してよー!」

 

 四、五十の夫婦のやり取りじゃない。あと飛行機で何時間も揺られてそのままライブに来た人のはしゃぎ方じゃない、と僕たちは苦笑して、ご厚意に甘えて離れる。

 

「まったく、相変わらずだな」

「あんな元気なお母さんとお父さんと、ロッティちゃんとディアちゃんと一緒に過ごしてたんだ。大変そう」

「大変だったよ、ほんと」

 

 慣れない土地での生活、学校、音楽の勉強、スクールアイドル活動に手伝い。

 あの元気すぎる家族と、たった数ヶ月しかない中でよくやったと思う。いや、あのリーデル一家だからこそ、上手くやれたんだろうな。

 

「ミナトの『大変だった』は、それだけ手間をかけてくれたってこと」

 

 それは否定しない。

 

「ミナトとリナのパパとママは来てくれてたノ?」

「うん。最初から最後まで見てたらしいよ」

「私が招待チケット渡して、呼んだ」

 

 ふんす、と璃奈が胸を逸らす。

 さっき、お父さんからメッセージが来てた。めちゃめちゃ長文だったから、後で見るとだけ返した。

 お父さんもお母さんも忙しいから、エリオットさんたちと同様来れないかと……

 

「お母さんたちが、私とお兄ちゃんが一緒にやってるのを見るのは、これが初めて」

「きっと会社の人たちに自慢するぞ」

 

 お父さんの会社には、スクールアイドルを知っている若い人がいるみたいだし。

 

「どうだっタって、聞かなくテいいノ?」

「いいよ、後で。言っただろ、僕は曲に全部込めたんだ。聞いたなら、全部分かってくれるはず」

 

 なにせ世界最高峰の音楽家に認められた僕の曲だからね。

 まあそうだな。泣いたかどうかくらいは、家に帰ったら問い詰めてやろうかな。

 

 

 

 

 一足先に会場から外へ出る。

 今日一日をかけてのライブも終わり、辺りはすっかり冷え込んでいた。

 もう会場の周りには誰もいない。けれど、みんなの歌声も、盛り上げてくれたファンの歓声も、僕への応援もまだ耳に残っている。

 あれだけの大きなライブをやった実感はまだあんまりなくて、あれはちゃんとした現実だよと余韻だけが教えてくれる。

 

 そう、僕らはやったんだ。自分たちのやりたいことを詰め込んだ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のファーストライブ。

 伝えたいことは伝えきった。それが聞いてくれたみんなに届いているかは……SNSや生放送のコメント欄に来ているであろう感想を見て判断するとしよう。

 とにかく今は無事に終わったことに安堵して、駆け抜けてきた足の速度を緩めるターンだ。なにせ、今日は今年最後の夜である。

 せっかくだから、このままみんなで一緒にご飯を食べて、それから初詣に行こうと話はつけている。

 もしライブが失敗してたら、どよんとした空気のまま年越してたことになったんだろうなあ、恐ろしい。

 

「おーい、湊くーん」

 

 白い息の行方を追っていると、一人だけでこちらに寄ってきた。

 コートに身を包んだエマが、マフラーを巻きながらやってくる。戯れに僕にちょんとぶつかった後、肩を触れ合わせたまま並んだ。

 

「終わったねー」

「そうだね」

 

 彼女もまだ夢見心地なのか、いつも以上にぽわぽわとした空気を纏わせている。

 二人して空を見上げる。今日は雲一つない。おかげで視界いっぱいに星を映すことが出来た。

 

「まさか僕らだけのライブが出来るなんて」

「これも、湊くんのおかげだね」

「十六分の一は僕のおかげだね」

「もうちょっと貰ってもいいんじゃない?」

「これが多すぎず少なすぎず、ちょうどいいんだよ。みんな同じくらい頑張ってて……誰が欠けても成り立たなかった」

 

 ずっとやってきた子たち、Alpheccaや二学期に入って新しく入った三人も含めて、十六人のうち誰がいなくなってもこのライブは同じようなものにならなかった。

 それがより良いものになったのかどうかは分からないけれど、僕はこれで満足している。だからこれ以上はきっとなかったんだと、そう信じている。

 

「うん。私もそう思う」

 

 ふふ、と笑いながらエマも同意する。

 

「湊くん、変わったね」

「変わった?」

「だって、前までの湊くんだったら、自分を『みんな』に入れてなかったもん」

 

 まあそりゃ、みんなが強引なほどに輪に入れてくるもんだから。

 

「自意識過剰だって笑う?」

「ううん。そうやって変わって、『みんな』の一人になっていくのって、素敵だと思う」

 

 たった独りじゃなく、人たちの中の一人であり続ける。人とはそうやって、貰って受けて大切にして、そして渡して託して残していくのだろう。

 卒業して大学に行っても、大人になっても、もっと歳を取っても、僕は誰かに残り続ける何かを託すことが出来るだろうか。

 

「そうやって誰かの一部になって……一緒に居続けるって、僕に出来るかな」

「出来るよ、湊くんなら」

 

 エマは僕の目の前に立って、逃がさないように目を覗き込んできた。

 

「前に、湊くんは、置いていかれても仕方ないなんて言ってたけど……きっと、湊くんが湊くんじゃなくならない限り、みんな放っておかないと思う。あなたがこんなにも素敵な人だから、つらい時には手を伸ばしたくなっちゃう。みんな、あなたの周りに集まっていく」

 

 彼女は僕の手をきゅっと握る。お互いの手が冷たい。でも離したくはなかった。

 

「一人じゃない。それが、湊くんの人生」

 

 自分を孤独にしていたのは自分自身で、でもそんな思いはもう欠片もない。

 みんなが、エマが、こうやって僕の傍にいてくれて、僕の足りない部分を埋めてくれた。それがこれからも続くなら……

 

「そうだったら嬉しいな」

「そうだよ。だってほら、まず私がいるもん」

 

 そう言われたところでやっと、僕ははっとした。

 その、友人や仲間だったとしても、男女としては近すぎるんじゃないだろうか。

 スキンシップしてくる子もいて、最近多少は慣れてきたけれど、これって慣れていいものなんだろうか。もしかしたら僕自身の教育に悪いかも……

 でも、そう思っても、離れられない。手を握られてるからじゃない。僕自身が、退きたくないと思ってる。

 

 これって、今、もしかしてそういう時間なのだろうか。ほら、お互いの気持ちを知る時間、みたいな。

 

「エマ」

 

 こほん、と気を整えるための咳払いをして、彼女に向き直り、名前を呼びかける。

 

「君は僕の願いを叶えてくれた。最高のスクールアイドルを見たいっていう、僕の願いを」

「湊くんも私の願いを叶えてくれた。色んな人に私の歌を届けたいっていう、私の願い」

 

 エマの手の力が増す。それだけで、冷えかかっていた僕の体が燃え上がるように熱くなった。

 

「その、一年間一緒に過ごしてきて、そういうこともあって……僕らはそれほど相性は悪くないんじゃないかと思ってる」

 

 しどろもどろになりながら、ちょいちょい目を逸らしながらではキマらないが、それでもここでやっぱりやめなんて出来ない。もうブレーキは壊れてしまった。

 

「だから……少し考えてみてほしい。僕と君との関係について」

「私と湊くんの関係?」

 

 エマはいたずらっぽく笑って返してくる。絶対、僕が何を言いたいのか分かってる顔だ。

 

「私と湊くんって、どんな関係なのかなあ?」

 

 そんな意地悪なことも言ってよこす。僕はその手に、もう一方の手を添えた。

 

「だから、その……認めるよ、世界中にエマを届けられたのが、僕らにとっての四度目だって」

「…………ほんと? 湊くん、何を言ってるかちゃんと分かってる?」

「もちろん」

 

 いつか一緒に見つけようと言われた、偶然も奇跡も必然も超えたもの。それはとっくに目の当たりにしていた。だからこれは実際には四度目なんかじゃなく、千度目くらいなんだけど……とにかく、離そうとするには手遅れなくらい、エマに惹かれていたのだ。

 

「エマ、君は僕の(stella)

 

 届かないと思っていたけど諦められなくて、焦がれて、追いかけて、ようやく掴めた星。僕にとってのエマは、それだけ光っていて眩しく、大きい存在。

 エマの体も熱を持ったのが伝わってくる。

 彼女は数秒固まって、僕の言葉を反芻するように目を細めた。言ってやったと心臓が飛び出しそうなほど鳴って正気じゃいられないほどだけど、急かすことはしない。

 僕のほうが、エマをずいぶん待たせてしまったから。

 

 長いこと息を止めていたエマが、はあ、と僕の胸に向かって息を吐く。肌にかかったわけでもないのに、異様に熱く感じられた。

 そうして顔を上げたエマは、初めて会った時よりも、スクールアイドルが好きだと知った時よりも、僕が作曲できると知った時よりも、嬉しそうに口角を上げていた。

 

「湊くん……あなたは私の太陽(la mio sole)

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