天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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102 さよならまたね

 空港に来るのは一年ぶりだけど、まあ別に感慨深くなることもなかった。

 

 去年、あちらの空港ではリーデル家や留学先の学校で出来た友達が見送ってくれたけど、日本に帰ってきたら誰も出迎えてこなかったのが思い出される。

 あの時も両親は忙しかったし、まだ中学生の璃奈一人にここに来させるわけにはいかなかったし、日本の友達にはいつ帰るか知らせてなかったし。と、まあ、僕にとってはそれくらいの場所である。

 今年は来ないと思ってたのに、ランジュの帰国差し止めも数えると、今日で二回目。ただし、今度は見送る番である。

 

「いっぱイ楽しかっタ!」

「うん。アタシも楽しかったよ、ロッティ」

「アユムはこんな時までふわふわ」

「え、もしかしてお正月食べすぎたかな……」

 

 空港のエントランスにて、ロッティもディアも、圧し潰しそうなくらいの力で同好会のみんなに抱き着いている。

 今日、彼女たちはオーストリアに戻る。短期留学のため一学期しかいられなかったけど、もっといたようにも感じるくらい濃い日々を過ごしたし、もっと短かったようなくらい時の流れは早かった。

 そんな日常の中で、リーデル姉妹は駆け抜け続けた。その結果が、こうやって別れを惜しむ仲間たち。

 本当は音楽科の友人や他校のスクールアイドルも来たがっていたが、空港の迷惑になってしまうので前日までで済ませておいた。それを許してたら、今ごろ百人以上の大所帯となっていただろう。

 

「友達いっぱいでいいわね、さすが私の娘」

「来た瞬間から仲良くなってましたからね」

「ディアもあんなに楽しそうに……」

「いい仲間を持ったね」

 

 一緒に帰るアリエさんもエリオットさんも、娘たちの成長を喜んでいる。それは僕も同じ。

 最初、彼女たちが急に現れた時は僕を連れて帰ろうとしたからどうなることかと思ったけど、最終的には収まるところに収まった。

 二人が同好会の部員であることは卒業まで残り続ける。あっちに帰っても、どこに行っても。二人だって、同好会が大規模なライブをやる時にはまた日本にやってくるつもりらしい。

 最後に、というふうにこちらにやってきた二人に、僕は微笑む。

 

「お別れは済んだ?」

「うん、みんなからいろいろ貰った」

 

 二学期終業式から昨日まで、クラスメイトやファン、スクールアイドルたちから両手ではとても持ちきれない量の荷物を渡されていたのを覚えている。それに、こちらで買ったお土産とか思い出の品とかも。

 今はもうそれらは預けて手荷物だけ。その中にもぎっしりと様々な人からのものが詰められている。

 それだけじゃない。手元には残らず、しかし彼女たちの中に残るものもしっかり受け取っているはずだ。

 

「わたしたちも一緒に過ごして、ミナトが楽しくしてる理由が分かった。ニジガクは、ミナトにとって大事な居場所。だから、ついてきてって言えない」

「僕も、ずっとこっちに残って、とは言えないな」

「言ってくれたら残る」

 

 半分冗談半分本気の目だった。ここで僕がそう言ったら、きっと彼女たちは親にワガママを言ってでも日本にいることを選ぶだろう。それは素直に嬉しい。だけど……

 

「君たちには君たちの世界がある。君たちの生活や目標や夢がある。だから進め。いや違うな。僕たちなりのやり方で進もう、Alpheccaとして」

「うん」

「頑張ル!」

 

 よしよし、と二人の頭を撫でる。三学期の活動方針や、僕が高校生でなくなったらどうするかとかも考えないといけないし、まだまだ腰を落ち着けて引退は出来ないな。

 

「今年、わたし、もっと経験積んで成長する。あと二年生まれてくるのが遅かったらよかったのにって後悔させてあげる」

「それだと璃奈の兄じゃなくなる」

「シスコン」

「ありがとう」

「むう」

「それに、二年遅かったら、君たちがスクールアイドルになるのも遅れてた。そっちのほうが致命的じゃないのか」

 

 膨らませたディアの頬をつつく。すると、ぷしゅっと音を立てて空気が口から抜けた。

 

「ミナト、意地悪」

「よく言われる」

「ミナトはドンカンなトーヘンボクでボクネンジンだもんネ」

「後で日本語直さないとな」

 

 どうせ同じクラスの友達がまた変なこと教えたんだろう。エマも含めて、ちゃんと認識を正さないと。

 「間違ってないような……」というディアの呟きは無視。

 

「あ、そうだ。僕からも渡す物があるんだった」

 

 抱えていた小さな袋を一つずつ渡す。早速二人が開けて、中の物を取り出した。

 ブレスレットとしてもアンクレットとしても、チョーカーとしても使えるコードブレスレット。

 ゴテゴテした装飾はなく、小さく丸い銀色の宝石がアクセントとして映える。ロッティには赤色の紐のを、ディアには青を渡した。

 

「三つある。一つは僕の」

「じゃあコレ、お揃い?」

 

 僕は頷いて、ほら、と腕を見せる。僕のは白色。

 

「こういうの、持ってたほうがいいかと思って。この三人だけの、Alpheccaだけの物。まあそんな大した物じゃないけどね」

「……っ、ミナト!」

 

 止まれ、と言う暇もなく、二人が左右から腕を抱いてくる。

 うっ血しそうなくらい容赦なく締めてくるけど、また長らく会えないことになるのだ。我慢我慢。

 

「大事にすル!」

「一生持っておく」

 

 いや一生は長いよ。そんな高い物でもないし。でも、うん、ここまで喜ばれるのは嬉しいかな。せっかく日本に来てくれたわけだし、僕も何か渡さないとと思ってオーダーメイドしてもらった甲斐があった。

 よしよし、と頭を撫でるとより一層力を強めてくる。アリエさん、エリオットさん、微笑んでないで助けてくれないかな。

 

「ミナトくん。いつだって来てくれていいんだからね。今度はみんなも連れてきて!」

「その時が来るのを待ってるよ。仕事も無しにして一緒に過ごそう」

「世界飛び回ってるオペラ歌手とチェリスト相手にそんな贅沢な……」

 

 留学してた時はあんまり意識してなかったけど、結構羨ましい環境にいたんだな、僕って。

 

「なーに言ってんの! 息子のために時間作るなんて当然でしょ?」

「そうかな?」

「そうだよ。そうなの」

 

 僕を諭すように言って、エリオットさんはようやく双子を引き剥がした。

 ちょっと名残惜しい気もするけど、というか二人ともめっちゃ抵抗してるけど、まあ続きはまた今度。彼らの言うように、また一緒になった時にでも。

 

 さて、もう一人、日本から飛び立とうとしている人物がいる。

 その人……歩夢は侑と手を重ねて、握り合っていた。

 

「歩夢、気を付けてね」

「侑ちゃんも、夜更かししすぎはだめだよ」

 

 歩夢に憧れてスクールアイドルを始めたというメールをくれた子のために、ロンドンへの留学を決めた歩夢の旅立ちの日も今日だ。

 二週間という長くはない期間ではあるが、あの二人にとってはどうだか。

 忙しすぎて短く感じるか、会えない時間を意識してしまって長く感じるか。ちなみに僕の時はそれらが混在して、自分の中で時空が歪んでた。これマジね。

 

「どっちが先に寂しくなって電話するか賭ける?」

「歩夢にベット」

「いやー、ゆうゆなんじゃない?」

「いーえ、侑先輩は大丈夫ですよっ。可愛い可愛いかすみんが満たしてあげますから!」

「歩夢、あんまり寂しい思いをさせてると侑が取られるわよ」

「それか、あっちの子に歩夢が取られるか」

「歩夢ちゃんにべったりじゃない侑ちゃんか、侑ちゃんにべったりじゃない歩夢ちゃんになるのかなあ」

「いまいち想像がつかないかな」

 

 見送るメンバーは僕を含めて好き勝手言う。

 この二週間を無駄に浪費するだけのことは、二人ともしないだろう。男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ。女子なら一日半で大変貌を遂げる。

 

「ううぅ、侑ちゃん、帰るまで変わらないでね?」

「大丈夫だよ、私の傍は歩夢以外考えられないもん」

 

 まるで数年離れるみたいなシチュエーションだな。いなくなるのたった二週間でしょうが。

 

「侑さん、やっぱり人たらし」

「まあ、湊の後輩だからね」

 

 それずっと言われてるけど、依然として遺憾の意です。

 

「そんな顔しないで、歩夢。アナタなら大丈夫よ!」

「まあ、歩夢がいなくなって侑にべったりする人の筆頭がランジュなんだけどね」

「幼馴染として、あまりにも行き過ぎたら止めます」

 

 その時は二人で止めよう、栞子。止められたらだけど。

 ここぞとばかりに侑とスキンシップを取る子に心当たりが多すぎる。で、歩夢が嫉妬したりして、湿度の高いすれ違いが起きてしまうのだ。

 二週間、バランスが崩れないように見ておかないと。

 

「そろそろ行くね。これ以上いると遅れちゃう」

 

 歩夢は侑から手を離して、床に下ろしていた荷を肩に掛けた。

 

「あたしたちも行こっか。湊くん、本当に来なくていいの?」

「まだやり残したことがたくさんあるので」 

「そっか」

 

 アリエさんはすんなりと引っ込んだ。って言っても、この数日でめちゃめちゃ連れて行かれそうになったんだけど。

 

「それじゃ、また」

「また来ル! ミンナも来てネ!」

 

 ぶんぶんと手を振って、歩夢もリーデル一家も去っていく。

 行ってしまえば、すぐ会うことは出来なくなる。でも、このご時世、離れていても顔を見て話す手段はいくらでもある。歩夢は二週間くらいなら耐えられるだろうし、ロッティとディアも僕が卒業するくらいまでは待っていてくれるだろう。

 だからその歩みを止めるわけにはいかない。突き進むなら、それを応援するまでだ。

 

「またいつか」

 

 そう呟いて、彼女たちの姿が消えるまで、僕たちは手を振り続けた。

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