天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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103 少しだけ後のお話

「おはよう、お兄ちゃん」

 

 もう朝ご飯が出来上がるという時になって、ちょうどよく璃奈が挨拶する。

 顔も洗って制服にも着替えて、朝の用意はばっちりのようだ。

 

 出来上がったものを皿に盛って食卓へ。いただきますをして食べる。

 天王寺家の朝は毎日大して変わらず、けど結構進歩したっぽい。璃奈は特に。同好会に入って朝練をすることも増え、毎日きっちり朝ご飯を食べさせた甲斐がある。起こして食べさせて、ってやってた頃が懐かしい。

 ただ、いまだに夜更かしするときがあるのは、お兄ちゃん心配。とか言ったら、お兄ちゃんに言われたくないって返されるんだけど。

 

 食器を片付けて、ソファに座ってお茶を一杯。さらに天気予報をゆっくり見るくらいには余裕が出来る。

 そうしてようやく時間になると、二人して鞄を持って、一緒に玄関へ向かう。

 

「璃奈、弁当持った?」

「うん」

 

 僕ももう一度自分の忘れ物がないことを確認して、靴を履く。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 

 

 

 年を越して、三学期が始まって少し。

 三年生にとっては高校生活も終わりに近づき、大学進学を希望している者は受験のラストスパートにかかり、卒業後に働く者は大体行き先が決まっていて、卒業と内定に傷がつかないように残りを謳歌している。

 僕は前者。音楽大学に進学する予定で、筆記試験と実技試験の両方を対策中。

 

 部活動については、部によっては引退している者もいて後輩に後を託してすっきりしたり、不安がったり。

 軽音学部ベースのゆるふわウェーブちゃんは上がいなくなってやりやすくなった分、自分が一番上になって後輩の世話をしなくならなきゃいけないことを面倒くさがっていた。

 

 

 昼休み。

 雲一つない空から日差しが降っていても外は寒く、好んで出ようという者はほとんどいない。そのせいで、暖房が効いている教室も食堂も、この時期はより一層混む。

 逆に、ゆっくり食べようとなったら外のベンチは結構狙い目だったり。

 今日は今後の作曲のことなどを話し合うため、同好会の音楽科メンバーである僕と侑とミアで集まっていた。

 ミアはカロリーの高そうなパンを三つほど買って、満足そうに食べている。栄養偏りそうだな……少しは注意しておかないと。

 

「見て見て! 歩夢から写真が遅れられてきたんだ!」

 

 さて侑はといえば、歩夢がいなくなって何か変わるかと思ったら、見ての通り平常運転。

 トキメキを求めるのもいつも通り、作曲の早さもいつも通り。音楽科の授業もひいひい言いながら追っていたのが、今はかなり余裕が出来たみたいで補習を受けるなんて話はないみたい。これは彼女の担任の先生から仕入れた話だからまず信じていいだろう。

 ミアと顔を合わせて肩をすくめる。

 

「どうしたの、二人とも?」

「いや、元気そうでなによりって思って」

「幼馴染がいなくなって寂しがることも、今のところはないしね」

「それって歩夢の話? 私の話?」

 

 僕は顔を逸らした。

 

「そういえば、ミアはどうするんだ」

「しばらくは帰るつもりはないよ。せっかくこんなに楽しいことが見つかったのに」

 

 短期留学のはずだったミアもランジュも、三学期になっても虹ヶ咲にいることを決めた。

 本来はランジュとともに話題をかっさらっていなくなるつもりだったようだけど、同好会の引力からは逃げられなかった。

 来年度はどうなってるか分からないけど、とにかく今はまだ虹ヶ咲の生徒。

 

「離れてても出来るってことはAlpheccaを見て分かったけど、でもここにいたい」

 

 嬉しいことを言ってくれる。

 彼女の国では飛び級で大学に通っていたらしいが、大学というものに未練があるわけでもないそうで、とりあえず今年度は在籍。

 僕もミアにスクールアイドルとはなんたるかを叩き込む必要があるし、まだまだいてくれないと困る。

 音楽科としても、友人がいなくなるのは寂しいからね。

 

 

 

 

「生徒会長就任おめでとう」

「ありがとうございます」

 

 虹ヶ咲内の設備を使うために申請を出しに行った生徒会室で、会長机に座っている栞子が頭を下げる。

 

 中川菜々の生徒会長任期は二学期までで終わり、次の生徒会長はこの三船栞子となった。

 他に対抗馬がいなかったのもあるけど、今までの実績もあってすんなりと通った。僕は心配してなかったけど、当選した時の彼女の喜びっぷりといったらない。

 今でもたまーに思い出す。

 

「私に務まるかは、まだ心配ですが」

「大丈夫じゃないか。大抵のことは、大体何とかなるもんだよ。根拠はないけど」

 

 友人がよく言う言葉だ。

 早めに対処すれば大抵のトラブルは収まる。なぜと言われたら、僕がそうだったからとしか言いようがないんだけど。

 栞子はほんの少しの呆れと不安を見せて返してきた。

 

「そんなに怖がることはないさ。栞子ならやれる」

「それも根拠のない言葉ですか?」

「いや、これは栞子を見てきた先輩としての自信のあるお言葉」

 

 やれることとやるべきことをしっかり理解出来て、そのために真っすぐ行動出来る子だ。

 それに、前期から続投している経験のある副会長や会計・庶務もいるし、僕らだってお世話になった分、力になりたいと考えてる。

 これだけのメンツがいるのは、栞子が頑張ってきた結果だ。だからふんぞり返って指示を出すくらいになってほしい。ちょっと見てみたい。

 

「湊さんにそう言っていただけて、自信が湧いてきそうです」

 

 今はそれでいい。積み重ねて積み重ねていけば、来年には後輩に憧れられる存在になるさ。またスクールアイドル同好会から出馬したりして。生徒会長系スクールアイドル。

 

「今のところは順調?」

「侑さんがかなり強気な交渉をしてくるのが、生徒会としては少し悩みどころですね」

「彼女にアドバイスした人がいるからね。話を有利に進めるには、強引に行くのも一つの手だって」

「どこのどなたが……」

 

 訊きかけて、そんな人物は一人しかいないと気付いた彼女は僕にジト目を向けた。

 

「……湊さん」

「可愛い後輩のためだよ。君には苦労をかけるけど」

「私は、『可愛い後輩』に入ってないんですか?」

「入ってるよ。生徒会長としての君も、スクールアイドルの君も、一人の人としても、もちろんね」

「……そういうこと言うからですよ、湊さん」

 

 

 

 

「モデルだけじゃなくて、他の可能性も探してみようと思うの。将来、出来ることが大いに越したことはないでしょ?」

「それで、しずくに相談してたってわけか」

「果林さんのような綺麗な人だったら、きっと舞台で映えますよ!」

 

 食堂でたまたま見かけた果林としずくと相席になって話を聞く。

 

 果林は今の仕事を続けていくようで、それだけでは足りないと演劇に手を出そうとしている。

 僕もしずくと同意見。そんな簡単に行く世界でもないだろうけど、果林は補って余りあるほど存在感がある。

 それに、モデルやスクールアイドルとしての果林ファンが既についている状態は非常に強いアドバンテージとして働くだろう。

 

「湊先輩はお勉強ですか?」

 

 しずくが僕の手を指差す。鉛筆のせいで一部が黒く汚れていた。

 

「もう受験まで後がないからね。詰め込みに詰め込む段階に入ってる」

「大変そうね、湊くんは」

「そりゃもう。いくらやっても足りない感じがするよ。受験って恐ろしい。戦争って言われるだけはあるね」

 

 ファーストライブが終わって平和な日常が……なんてことはなく、もうあっという間に受験日がやってくる。

 全国有数の音楽大学を目指す僕にとっては、座学も実技も手が抜けず、ひたすらに机と楽器に向かい合う毎日だ。

 

「それなのに同好会に来てていいんですか?」

「君らの曲作ってる時が一番楽しいからね。息抜きだよ、息抜き」

 

 忙しい中でも同好会の活動は続けている。曲を作っていたり、練習を見ていたりするのがストレス発散として一番効率がいいのだ。時間を忘れてしまう時があるのが玉に瑕。

 

「音楽勉強の息抜きのために音楽するの、もう極まってる感じするわね」

「音楽馬鹿、いえ、音楽好きですからね、湊先輩は」

「全部言った後に訂正しても意味ないぞ」

 

 否定は出来ないけど。

 

「でも、無茶は駄目よ」

「そうです。湊先輩が倒れたってなったら、同好会に来るの禁止にしますからね」

「気を付けるよ。君たちに会えなくなると寂しいから」

 

 ぶっ倒れて入院したりなんかしたら、せっかくの残り少ない学校生活が台無しになってしまう。

 みんなの姿を間近で見られるのはあとちょっとだけなのに、潰してしまうのはもったいない。それは至極まっとうな気持ちのはず。だけど、二人とも非難するような目で見てきた。

 

「どう思います、果林先輩?」

「絶対わざとね」

「一回わからせたほうがいいと思うんです」

 

 怖いこと言うな。

 

 

 

 

 三学期が始まって、まだちょっと。三年生になってからと考えると、だいたい九か月。その間にどれだけ進めただろうかと考える。

 自分では結構な進歩をしたと自負している。

 自覚していることもしていないことも、きっとたくさん変わった。悪くなったこともあるかもしれない。それでも、今の僕は、今の僕に大した不満はない。

 

「あれ、エマだけ?」

 

 部室に入ると、その中にはたった一人、ソファに座るエマだけがいた。

 他のメンバーは勉強や遊びに行っていたりして、ここにはいない。

 

「湊くん、こっち」

 

 エマは自分の隣をぽんぽんと叩く。

 彼女の示す通り、僕はそこに座る。ちょっと空けたスペースは、すぐさまエマによって埋められた。

 ファーストライブ以来、厳密に言えばその夜以降、元々近かった彼女との距離はさらに近くなった。具体的には、彼女のスタイルの良さが直に感じられる程度に。

 所在なさげにしていた手をきゅっと握られる。

 

「エマ、こういうのは……」

「でも今は二人きりだよ」

 

 いや二人だけじゃなくてもこういうことしてきますよね? 前、ここに同好会のメンバーが揃ってた時も同じようなことしましたよね?

 彼女曰く牽制のためらしいけど、必要かどうかはともかくとして、もう我慢の限界いっぱいいっぱいになってるんだから一度落ち着かせてほしい。この前だって……いや、この話はよそう。

 

「嫌だったら離したらいいのに」

「出来たらやってる」

 

 離そうとしたら毎回力込めて抵抗してくるじゃないか。

 それに、触れられた時点で放す気力がごっそり削がれる。エマみたいな子に手を握られると、無理やりにでも引き剥がしてやろうなんてしたくないって気持ちが大きくなる。

 エマを含めてみんな、僕のことを散々言ってくるけど、君たちのほうが魔性だと思う。

 

「練習は?」

「ちょっと体動かしたよ。今日はそれだけ。みんないないし」

「じゃあ君ももう帰る?」

「うーん……」

 

 小指を優しくさすられたり、ゆっくりと指を絡ませてきたり。僕の指を弄ぶようにしながら、エマは思案する。

 長……長い。帰るかどうかだけなのに、そんなに考え込まなくても。

 

「もうちょっとこうしていたいな。湊くんは、いや?」

「……今日、璃奈は愛の家に泊まるらしいから、時間あるよ」

「それ、私の質問に答えてないよ」

 

 気づくよね、知ってた。

 

「僕もこうしていたいです」

「よくできました。湊くんがそんなに言うなら、あとちょっとだけ」

 

 ……エマには一生敵わない気がする。

 

「ね、これからどうしよっか」

「今日のこと?」

「今日のことも、今後のことも」

 

 エマは、虹ヶ咲を卒業した後どうするかをまだ決めかねている。

 夢を叶えたのだから、スクールアイドルがどうという話はない。ただ、故郷のこと、こっちで出来た関係のこと、僕のこと。色んなことが絡まりあって、このまま日本で過ごそうかとも考えている。

 人生を左右するくらい大切なことだ。自分だけじゃない。僕や、彼女の弟妹にも関係してくる。

 ここ一、二週間ずっと相談されていることだが、その短い期間では結論は出せない。

 しかし、日本に住むにしても、すぐに決めなければいけないことではない。ややこしい手続きがあるから早めに決断したほうがいいのはそうなんだけど。

 だから……

 

「ゆっくり考えよう。君と、君の家族と……僕とで」

 

 急いてもいいことはない。

 僕がそっちに行く話だってないわけではないのだし。

 この話は、みんなが納得できるように着地させよう。

 

 僕としては、彼女が傍にいてくれるならどうなってもいい。なんて、欲張りすぎかな。

 

「じゃあ、今日はどうしたらいいと思う?」

「そうだな、今日はとりあえず、さっき言ったように……」

 

 僕はエマの手を握り返した。

 

「一緒にいよう。あと少しだけ」

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