「お、これだ。しずく、あったよ」
レンタルビデオショップに並べられているDVDの中から、目当ての物を見つけて、少し離れていたしずくに声をかける。
「これが、湊先輩のご友人がオススメした映画ですか?」
「うん。かなり怖いらしいよ」
ホラーものはパッケージにメインとなる幽霊やら化け物やらがでかでかと描かれてるものだけど、これに関してはそういうのが一切ない。写ってるのは誰かの素足だけ。
なぜこんなものを探していたのかというと、しずくがいることで察しがつくと思うが、演劇関係だ。
演劇部で今度怖い劇をやるらしくて、しずくはそのヒロインに大抜擢されたのだと。
ホラーヒロインといえば、その肝となるのは絶叫の演技。それは昔から今に至るまで変わらない。しかし、しずくはそれほどそちら方面に詳しくなくて、色々な人に助言を求めた。
怖い演劇については、僕なんかよりも演劇部のほうが詳しい。そこで僕が友人に『なんかいいホラー映画ない?』と訊いたところ、これを推された。
△
「というわけで、鑑賞会するつもりだけど……」
「私は見たい」
翌日、放課後の部室にて。
練習のない日だからちょうどいい、と同好会の部屋を使うことにした僕らは、せっかくなのでと他の人も誘うことにした。
璃奈は賛成。後ここにいるのは、かすみとミアだが……
「無理には誘えないな」
「そうですね。私と璃奈さんと湊先輩だけで見ましょう」
明らかに嫌そうな顔をしているので、今回は三人でいいか。
同じクラスだから僕はミアを、一年生組はしずくが連れてきたが、ホラーと聞いて彼女たちの眉間にしわが寄る。
最初に映画を見るとしか説明してなかったから、みんなで見れるものだと勘違いしたみたいだ。しまったな。
嫌なら見なくていいよと言ったが、しずくが『だけ』を殊更強調するのが、二人の何かに触れたようだ。
「か、かすみんだってホラー映画くらい見れますけど!」
「ぼ、ボクだってそんなの全然へっちゃらさ!」
嘘つけ。
言ったそばから『ああ、言っちゃった』みたいな顔してるじゃないか。体も震えはじめている。
「いや、見たいものを見ればいいんじゃないかな。わざわざこれを──」
「二人が見れるように、今度は怖くない映画選んであげるからね」
おおっと、それはフォロー風煽りじゃないかしずくさん?
「はぁ? ボクが怖がるとでも思ってるの?」
「僕はそんなことは言って──」
「湊と同じ三年生なんだから、こんなの平気に決まってるだろ。全然大丈夫だから見せてみなよっ」
あーあ、乗せられちゃったな。
もうこうなったら意地でも見ることになるだろうから、何言っても無駄だろう。かすみも同じだ。
「カーテンも閉めて……」
「電気も消して……」
DVDは同好会の共有パソコンで見れる。画面は大きめのモニターに映すことにした。璃奈がその準備をしている間、僕としずくは部室の光を出来るだけシャットアウト。
「なんで暗くするんですか?」
「雰囲気出るから」
「え、えっと、目が悪くなっちゃうんじゃないかなーって」
「ちょっとくらい大丈夫だよ、かすみさん」
僕たちが準備するのをかすみたちが眺めている間、しずくはずっとにこにこしていた。今からホラー見る人の顔じゃないよ、それ。
ソファに座って再生ボタンぽち。
制作会社とか配給会社とかのロゴが出てくる。ここらへんで既にホラー特有の、何か来るという雰囲気が醸し出されている。
既にこの時点で、ミアとかすみは真ん中に座るしずくにひっついていた。
「こここ、これってもしかしてR15? だったらボクは見ちゃいけないよね?」
「いや、全年齢対象だよ。寝れなくなるくらい怖いって話だけど」
「うぅ……」
流石にR18を避けるためにパッケージは確認してる。
見ると言った手前、やっぱりナシと出ていくようなことはしない。でもその代わり、しずくの腕をめっちゃ掴んでる。ミアがこんな怯えてるの初めて見た。
映画の内容は、自分にしか見えない得体の知れない何かがどんどん近づいてくるというもの。
ホラー映画界隈では結構有名らしくて、そちらに明るくない僕は初見だ。もちろんしずくも。
あ、最初しずかーに始まったと思ったらすぐ、死体が出てきた。
「~~~~っ!!」
「っ、っ、っ!」
ホラー映画っていうのはかなりの大枠で、その中にはスプラッタとかいわゆるグロい系も含まれる(諸説あり)。
大体のもので、それらのメインとなるのはゾンビやら殺人鬼やら幽霊に悪魔とか。今回のやつは正体不明の何かであり、それがまた恐怖を駆り立ててくる。
見させる演出が多くてついつい見ちゃうんだよなあ。
苦手なんだけど、半分くらい冷静になっている僕がいた。それはなぜかと言うと、何度か驚かせてくる演出が入る度に……
「ひうっ」
「ううっ」
二人分の悲鳴が上がるからだ。自分より怖がってる人がいたらなんか落ち着く理論である。ほとんど同じこと前にも思ったな。
「ぼ、ボクは十四歳だぞ。もうちょっと手加減しろよぉ」
「よしよし」
ミアもかすみもしずくに抱き着いて撫でられている。元凶その子だぞ。
それはそれとして、物語が進むにつれてしずくだけでなく僕も鑑賞に真剣になる。
恐怖を煽るのはスクールアイドルには活かしづらいところだけど、感情を煽るための演出やカメラワークは参考になるからね。
ストーリーが序盤を越えると、脅かしてくるペースも早くなる。
急に音を出したりとか古典的なことをやりつつ、何の前触れもなく事が起きるみたいなのも見せられて、流石にびくついた。
「今の、あえて音を出さないことで、視聴者にも主人公が味わってる混乱や困惑を体験させる狙いがあると思う」
「はい。急に音を出すとびっくりしちゃいますけど、これはそれとは違うアプローチですね。演出を演出として気付かせずに恐怖を表してます」
「ぬるっと家に入ってくるのも面白いね」
「日常と非日常の境目をだんだん曖昧にしていってますね。家の中だから大丈夫だろうって視聴者にも思わせて裏切るとは……」
「冷静に分析しないでよ、しず子ぉ……」
いや、分析するのが目的なんですけど。
しかし、ホラー映画の怖がる女性の演技って凄いよなあ。本当にやばいものを目にした時の反応だもん。
しずくがこれをやるのか。叫んでるところとかあまり頭に浮かばないけど、映えるんだろうな、しずくだし。
ふむ。
僕たちがあれは良いこれは良いと話し合ってるせいか、ビビリが和らいできたらしい。相変わらず涙目の二人だが、震えは落ち着いてきた。
璃奈はと言うと、僕の腕に抱き着く家スタイルで、時折びくりとなるくらいだ。可愛い。
そういった反応ややりとりが合計百分続き、映画は不穏な余韻を残して終わった。
「この映画良かったね、璃奈さん」
「うん、すごく怖かった」
「これはしばらく頭に残りそうだなあ」
しゃっとカーテンを開く。放課後から大体百分経ってるから、もう陽は落ちかけ。思ったよりは眩しくなかった。
部室の照明も点けると、
「しず子の鬼!」
「怖いって言っても限度があるだろ!」
「あはははは」
かすみとミアは指差して非難する。対して、しずくは珍しく大笑い。僕は、二人に悪かったなとちょっと思ってるのに。
「しずくちゃん、演劇に活かせそうだった?」
「うん、演技の方向性が見えてきたかも」
「映画に演劇に……他に参考になるものと言えば、おばけ屋敷とか?」
自分が驚かされる体験をするという点では、もしかしたらそれが一番ためになるかも。
「おばけ屋敷といえば、湊先輩と私で行きましたね」
「ちょっとしず子、かすみんも一緒だったでしょ!」
「お兄ちゃん、行ったの?」
「東雲の学園祭でね。あれもなかなかだったな」
「もう湊先輩がおばけを口説いてたことしか覚えてないですけど」
「見境ないな、湊……」
遺憾の意。
口説いてなんかなく、ちゃんとおばけ屋敷を堪能してましたけど!
ひとしきり文句を垂れ流した後、かすみはうなだれた。
「今日寝られるかなあ」
ホラーを避けてきた人間にとっては、かなりショッキングだったからね。
一人でベッドの中にいたら、じわじわと恐怖がやってくること間違いなし。
夜寝られないってなって、授業中に寝てしまうことになったら、他はともかくかすみの点数がいよいよ一桁台に突入するところである。
「お兄ちゃん、いい?」
璃奈が僕を見上げる。
何を訊いているのかは、もちろんその一言だけで分かる。
まあ、意地張ったのは向こうとは言え、巻き込んでしまったのは悪いと思ってるし、仕方ない。
頷くと、璃奈は彼女たちのほうを向いた。
「みんな、うちに泊まる?」
「「泊まるっ!」」
食い気味に、かすみとミアは答えた。
「私も怖かったから、今日は一緒に寝よう」
「ありがと~、りな子~!」
「ほんと、璃奈は天才だよ!」
怖いの回避できるからって大げさな。家でバラエティでも流せば元に戻るだろうか。
「……湊先輩、私も怖いです」
「演技しなくても泊まっていっていいから」