「わあ、きれ~い!」
クリスマスイヴ。三人に連れられる形でやってきたのは、近くの駅のショッピングモール。
ここらへんでは一番でかいそこの駅前には、装飾で飾られライトアップされているクリスマスツリーが立っていた。
凍えるような寒さの中にいてもたくさんの人々が見上げるほど豪華なそれに、僕らも思わず立ち止まって見惚れる。
「君のほうが綺麗だよ、って言ってくれないの?」
「今日のメインはイルミネーションのほうだから」
「答えになってないわよ」
そんなベタなこと言われて嬉しいか? ……まあ僕も、たとえそれが見え透いたお世辞だとしても本音だったとしても、おりふれた言葉だったとしても、ストレートに褒められたら喜ぶかも。素直に反応するかどうかは別にして。
「それじゃ、始めよっか」
「そうね」
見上げたままの僕を横目に、彼方と果林はじゃんけんを始める。エマは、それを見守っていた。
「これ、何?」
「うーんと……私からは言えない、かな」
少し困ったような表情で、エマはそう返してきた。
「いっちば~ん」
「二番ね」
△
じゃんけんで決めたのが何かというと、僕と二人でモールの中を回る順番だそうで、勝った彼方は僕の隣にいる。他の二人はあっさりと先へ行ってしまった。
「一緒に来ておいて、分かれるの?」
「今日はそういう日だから」
「どういう日?」
雑貨屋の前まで来て、彼女はむむむと考える素振りをして、小さく口を開いた。
「気持ちに整理をつける日」
「整理……?」
僕の問いには答えず、彼方は中へ入っていった。
小さくて安く、だがセンスの良いアクセサリーが並んでいる。男物もいくつかあって、大人に近づいている僕もこういうのを着けて、少しは飾り気のある男になったほうが良いのだろうか。
外見も見られる時代になった今、腕の良い音楽家という称号だけでやっていくのは難しいだろうし。
「明日、遥ちゃんを勇気づけられるよね」
「ああ」
「ありがとね。彼方ちゃんのわがままに付き合ってくれて」
「何回も聞いたよ」
明日、クリスマス、ラブライブが始まる。彼方の妹である遥さんは緊張して、躍起になっていることを彼女から聞いた。その対抗策は考えていて、準備も万端。その間、彼方はしきりに関係者に感謝を述べていた。僕には特に多めに。
「何回言っても言い足りないよ。湊くんは何回も私の願いを叶えてくれたもん。スクールアイドルを始めようってなった時から、ずっと」
「一回解散させちゃったけど」
「それでも、また始めてくれた」
いくつか目についた物をチェックした後で、特に何か買うわけでもなく店を後にする。
それまでの間も、彼方は心の半分がどこかに行ってしまったかのように浮ついて……というか、どこか所在なさげにしていた。落ち着いてないってのが一番近いか。
「気持ちの整理とやらはついたのか?」
「ん、ううん。それはこれから」
一度深呼吸して、彼女は辺りを見回す。平日とはいえ、人は多い。買い物する人もいれば、ただ中を通り過ぎるだけの人もいたり。僕らもその中の二人だった。ただ、店の外からウインドウショッピングするだけの二人。
だけど、僕は次の言葉で完全に足を止めた。
「好きだよ、湊くん」
「──」
「恋愛的な意味で、私は湊くんが好き」
「──……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。いや、正直に言って一瞬は短すぎる。十秒以上、突然の告白に、僕の体は止まった。いや止まったのは時のほうかも。僕をじっと見る彼方もその視線を逸らさず、真っすぐ。
落ち着かない。僕は目を合わせたまま、急に跳ね上がった心拍を抑える。
「あー……えっと、それは……」
「ごめんね。ライブが終わるまで言うつもりはなかったんだけど……私たちの気持ちだけは知っていてほしくて」
僕が戸惑っていると、彼方の時も動き出したようで、謝ってくる。その様子は告白した割には緊張してるわけではなく、どこか残念そうな、諦めた感じが出てる。
「返事は……」
「聞かなくても分かるよ」
僕の言葉の続きを聞かず、彼女は僕を制した。
「こういうのって、僕はちゃんと言うのがマナーなんじゃないかな」
「そうかも。でもはっきりと聞いたら、ここで泣いちゃうから」
彼方は恥ずかしそうに頬を掻く。
もう暖かい屋内なのに、白い息が出た……ような気がする。
「その言いぶりだと、結果は僕の反応を見るより前にとっくに分かってるって感じだけど」
「まあね~」
「なのに、泣くかもしれないって思いつつも僕に言ってきたわけだ。その……」
「好きだって?」
「そう。一体どういうつもりなんだか……」
「ほんとは気付いてるんでしょ?」
柔らかい口調で、しかし鋭く心を射抜いてくるような声。
「ほんとは、全部知ってる」
それは、彼方も同じなのだろう。僕の気持ち、考えてることを分かって、言ってきている。
そんな彼女の心情を鑑みるに、覚悟は本物のようだ。
「気持ちに整理をつけるって、そういうことか」
「うん」
なあなあに済ませる気はないのだ。だったら……僕も本音で返すべきだろう。
「からかってるだけじゃないって、本当は分かってた。でも自意識過剰じゃないかとか、下手なことすれば関係が壊れるんじゃないかとか考えて……」
「それに、エマちゃんが一番だったからでしょ?」
「隠せてると思ってたんだけど」
「バレバレ。彼方ちゃんが付け入る隙もないくらいだったもん」
そう、だったのか。言ってくれたらよかったのに。いや、やっぱりやめてくれてよかった。
「だから、こうやって諦められてよかった。彼方ちゃんに勇気があったら、希望を持ってもっと早く告白してたかもだけど」
「君がそうしてたら、僕は相当悩んだだろうね」
「むむ、えい」
「あいた」
頭チョップされた。
「そういうこと、もう女の子に言っちゃだめだよ」
「そういうことって?」
「その気にさせちゃうようなこと」
「その気……」
「素直なのは良いことだけど、湊くんのそれは刺激が強すぎるよ」
似たようなことはさんざん言われた。まさかそれがマジだったとは、少なくとも一学期のころは思ってもみなかった。
僕としては、伝えられる時に伝えるのは大事だと思って実行に移しただけだ。間近にいるファン代表として素直な感想を述べたらモチベーションアップになるとも。
だけど、好きな人がいるのに、他の人に可愛いだとか綺麗だとか言うのは……
「誠実じゃなかったかな」
「そうだね。それは……否定できないかも。でも、スクールアイドル同好会にいて、あなたと一緒にいた人たちはみんな、湊くんを悪い人だなんて思ってないよ……意地悪だけど」
「悪い人じゃないか、それ」
「だって、どうせこれからも同じことをみんなに言うんでしょ? それに、無防備なのも変わらないし、きっと甘えたら受け入れるよね」
やらないとは言えない。思ったことがすぐに口に出るのだ。印象通りか意外か、僕は結構感情的なんだ。
「でも関係が固まったら、ちゃんと控えること。いい?」
「善処するよ」
「今のところは信じてあげる」
△
悲しそうな、だけどどこかすっきりした顔をした彼方は僕を置いて、さっさと退場してしまった。
ここで待ってて、と残された僕はエスカレートの近くで飾られた大きなツリーを見上げながら、さっきの言葉を反芻していた。彼方の言ったことは全て、心に波を作った。
それでも、答えは変わらない。彼方の心がはっきりと分かったからこそ、彼女の気持ちに安易に頷いてはいけないんだ。
半ば言い聞かせるようにして、でもため息をついてしまう僕の肩を、誰かが叩いた。
「お待たせ」
果林だ。
彼女は微笑んで、固まっている僕を、その額をつつく。
「彼方の話はちゃんと聞いた? ……って、しっかり受け止めたみたいね」
「分かりやすい?」
「申し訳なさそうな顔してる」
そりゃ、彼方の気持ちに気づいた今はそんな顔してしまうのも無理はない。どうあっても、今の僕には彼女の想いに応えるなんて出来ないから。
「まあそうね。私たちを惑わせた分、悩んでほしい気持ちはあるわね」
「私たち、ときたか。たち、ね。確か彼方がそう言ってた」
「ええ、そう。私もよ、湊くん。まさか、今までのは本当にからかってるだけだって思った?」
ああ、もう、なんてこった。自惚れかも、なんて思ってたことが現実だったなんて。
そりゃ簡単にくっついてきたりするような女性じゃないって分かってたけど。
「すっぱり、この場で言うわ」
「果林……」
「心配しないで。ライブまでにはちゃんと整えるわ、身も心も。とはいえ、今夜寝る前には、泣くでしょうけど」
それってすごく罪悪感が生まれるんだけど。
「言いたくないなら、言わなくていいんだぞ」
「いえ、言わなくちゃいけないの。聞いて、湊くん。私のために」
彼女は足を止めて、同じく止まった僕の目を正面から見る。
「あなたが自分のことを話してくれた時、私はどうすればいいかわからなくなった。体が固まってしまったの」
第一回のスクールアイドルフェスティバルが終わった後、僕は自分が抱える自罰的な心情を吐露した。あの時、あの場に居た全員が口を閉じた。そして、僕はそのまま逃げた。
「エマもあの時どうすればいいか分からなかったと思う。けど、あなたを一人にしたらいけないって、その気持ちがあるから追いかけた」
僕が独りになることを、ただ一人、エマは許さなかった。僕にかける言葉もまとまっていなかっただろう。でも、それでも彼女は僕の手を掴んで引っ張った。
同好会に、僕が必要だってあの時みんな思ってくれていた。だけど、誰よりも早く動いたのはエマだった。
「その時悟ったのよ。敵わないって」
「果林……」
「その目が私のことだけを見ることを夢見てたけど、特に学園祭の時からあなたの心は、もう決まってたのよね」
虹ヶ咲で一緒に学園祭を回った時、僕はエマとの関係が偶然によってもたらされたものじゃなく、奇跡だなんて他人事みたいなものじゃなく、必然だなんて堅苦しいものでもないと自覚した。
揺れていた僕の想いは、あの時に固まったんだと思う。だから申し訳ないけど、果林に対する答えは彼方へのものと一緒だ。
それが分かっていて、果林は珍しく寂しそうな弱気な顔を見せた。
「悔いが残ってないって言ったら嘘になるわ。諦めずにもう少し、いえ、もっと積極的になっていたら良かったって、結構悔やんでるのよ」
「……謝るのは、違うかな」
「ええ。でも、私たちを本気にさせるくらいにしちゃったのは反省してほしいわね」
どの言葉が、どの行動が彼女たちを本気にさせたのかは分からないけど……でも確かに、スクールアイドルに恋心を抱かせてしまったのは、悪いかも。
散々、意地悪だって言われてきたけど……そうか、そういうことか。
「君はもっと男らしい男が好きなんだと思ってたけど」
「私ももっと背が高くて筋肉がある人のほうが好みだと思ってたわ。でも実際は、その逆だったみたい。あなたが言う通り、私って意外と趣味悪いのかも」
「そうだね。趣味悪い」
「彼方も?」
「彼方も」
僕自身は、自分に自信が無い。技術はともかく、こういった……なんというかな、人間力的な面で言えば、平均以下だって思ってる。
それが事実かどうかは置いておいて、そんな自己評価の低いうじうじした男を好きになるなんて、センスを褒めることは出来ない。
「諦めろって、もっと早く僕のほうから言うべきだったかな」
「あなたがそんなこと言うなんて、想像できないけど……まあそうね」
「君たちがそう思ってる可能性がもしかしたらあるかもって、気づいたのは今月くらいだったから」
「それ、気づいたって言わない。ほとんど直接的なことまで言ってたんだから」
思い返してみれば、アピールだったという言動はいくらでもあった。僕の心が決まってることを彼女たちは知った上で色々と仕掛けてきたことを、今さら理解する。
「でも、じゃあようやく、十五の矢印があなたに向いてるって理解したわけね」
「十五……?」
「分かってないじゃない」
はあ、と果林は深いため息をついた。
え、なあ、十五ってどういうことなん?
「あなたが深い関係を望んでいるなら、ちゃんとあなたの口から言ってあげてね。その子はあなたが思ってるよりも長い間待ってるはずよ」