「歩夢、さいっこうに可愛いね! 高二だけに!」
宮下愛。
虹ヶ咲学園情報処理学科の二年生。
最近同好会に加わった、金髪ギャル。
成績優秀スポーツ万能。体育系の部活に引っ張りだこの、学内では超有名人。
また、実家はもんじゃ焼きであり……
「走るのってらんらんするよね! ランだけに!」
「あははははは!」
誰とでも打ち解けて、すぐ友達になれる。
体育系部活の助っ人として活躍してることから、『部室棟のヒーロー』の二つ名を持つ。
ダジャレが好き。
あとは……
「次は同好会で、どうこういこうかい!」
「も、もうゆるしてぇ……!」
高咲さんの笑い声に、キーボードを叩く手がぴたりと止まった。
「気が散る……」
「あはは、まあまあ、愛ちゃんも侑ちゃんも楽しそうだから、許してあげて」
エマさんに宥められる。いやまあ怒ってるわけじゃない。というか練習行きなさい、君たち。
「すごくウケてますね」
「侑ちゃんは、笑いのレベルが赤ちゃんだから」
優木さんと上原さんも苦笑いだ。
不意にならともかく、こんな真正面でダジャレを言われて笑うのは……感受性が豊かな証拠だろう。たぶん。おそらく。
「じゃあさ、んふふ、みーくんあれやってよあれ」
「あれ? ……ああ、あれ」
「あれって?」
「みーくんのさ、ふふっ、とっておきのヤツ、ふふふ、ふ……んふふふふふふ」
思い出し笑いがこらえられない宮下さんに、他のみんながきょとんとする。
「あれでしょ。安全ピンの物まね」
「くふふふふふ、ちょ、ちょっと待って。タイトル聞くと思い出しちゃうから」
「私もあれ大好き」
璃奈も頷く。
「そんなに面白いんですか?」
「そうでもない」
「いやいや、あれやった後、バスケ部みんな笑い過ぎて練習にならなかったんだから! あれがあるから、みーくんの頼みを断れないって人もたくさんいるしねー」
ごくり、と唾をのむ音が聞こえる。
PCから目を離すと、獲物を狙う鷹のような眼光を放つ桜坂さんと目が合った。
「わ、私も見たいです! あくまで演劇の参考として!」
「何の参考にもならんよ、あれ」
「見せてください!」
「やだ」
だって安全ピンぞ。習得しても、桜坂さんの今後の演劇人生で役に立つ機会が訪れるとは思わない。
それに、別にとっておきの一発芸というわけでもない。その場の雰囲気で仕方なく、で生まれたものだ。やらずに済むならそれに越したことはない。
「それより、宮下さんのMVも好評だよ」
「あ、逃げた」
「逃げましたね」
逃げてない。むしろこっちのほうが君たちにとって本題です。
うわ、桜坂さん諦めきれずにめっちゃ見てくる。
「ほんと、昨日投稿されててびっくりしたよ」
「昨日上げるって言ったじゃないか」
「でも、自分が歌って踊ってる動画が上がってるなんて、今までなかったもん」
一億総発信者時代と言われているが、実際本当に歌って踊る動画を作って出すのは一割もいないと思っている。
宮下さんだってそうで、練習から本番までの何から何まで新鮮だと楽しんでいた。
外でMVを撮影したからか、宮下さんがスクールアイドルを始めたという話はすでに回っていて、再生数が上がっている。
校内のスポーツ部員に元からファンがいたのも大きな要因だ。つられてさらに全体の認知度が上がってきているのは、良い予想外。
「そういえば、愛さんってもともと湊先輩の知り合いなんでしたっけ?」
「そーそー。てか、みーくんは色んな人と仲良いよ」
「参考になりそうなこと、他の部活に聞き込みしてたからね。体育系の部活なら練習方法とかアイシングの仕方とか。そこで、部室棟のヒーロー様にもご意見いただいてたってわけ」
「はあ、どうりで演劇部の部長も湊先輩を知ってたんですね」
クール&シニカル。圧倒的な演技力で知られる、演劇部の部長。
あの人には演出面でお世話になりっぱなしだな。高校生とは思えないほど造詣が深くて、頼りにさせてもらっている。
「まさかみーくんと一緒の部活するなんてねー」
「嫌なら出てく」
「ちょちょちょ、なんでそうなるのさ! 冗談キツいよ、みーくん!」
「とにかく」
話を遮って、僕は向き直る。
「みんなもソロアイドルとしてやっていくことに不安はなくなってきたと思う。あっても、先にデビューした組が助けてくれる」
メンバーたちは頷いてくれる。その目にはまだ少々の怯えがあるけど、闘志のほうが勝っていた。
「ここからはどんどん君たちを出していこうと思う。そのためには練習と……」
「私たちのサポート、ですね!」
その通り、と僕は高咲さんに頷く。
曲作りに演出に動画編集に……こちら側もまた一段と気合を入れなければ。
△
「ゴール!」
「速っ」
一番にランニングを終えた宮下さんに驚く。ストップウォッチを見ると、想定よりもかなり速い。
やはり基礎的な体力は出来ているみたいだ。汗はかいているが、まだまだ余裕そう。校舎一周はけっこう距離があるはずなのに。
「一気に飲み干さないで」
「わかってるわかってる」
僕からドリンクを受け取り、喉を潤す彼女から視線を移す。
「他はまだかかりそうだな」
他のメンバー(と一緒に走ってる高咲さん)はまだ影も形も見えない。とは言っても、まだ悲観するようなタイムじゃない。
毎日続けてるおかげで、着実にタイムは早まっている。走り終えた後に息切れを起こすなんてこともなくなってきた。
ただし、それでも宮下さんはずば抜けている。
運動だけでいえば、同好会の中で文句なくトップ。柔軟をするまでもなくすでに十分なほど体は柔らかい。
アイドルをやるためにまず必要で、本来時間のかかる体づくりをクリアできているのは大きなアドバンテージだ。
「ね、みーくんってさ、どうしてそこまで頑張ってくれるの?」
「タイム計測してるだけだけど」
「そーじゃなくって、ほら、曲作りだけでもしんどいはずなのに、練習メニュー作りとか……アタシの悩みも聞いてくれたりとか」
「さあ。人に良く見られたいとか、そういう理由じゃないか」
「もー、真剣に答えてよ」
そんなこと言われても、別に僕の話なんてどうでもいいし、そんなことに脳のリソースを割かせる必要もない。
「実はさ、みーくんのこと、りなりーから色々聞いてたんだ」
「僕の話?」
「優しくて、人のことよく見てて、いろんなことが出来る自慢のお兄ちゃんだって」
「身内の評価甘いな、璃奈は」
と言いつつ顔がにやけてしまうのは、身内の評価だからだろう。
「アタシは、りなりーの言う通りだと思うよ。ほら、他の部の人に効率的な練習方法とかさ、協力依頼とかで頭下げてるの見て、なんかすごく一生懸命な人だなあって思ってたの。みんなのために、あんなに一途に頑張れる人、いないよ」
真剣な顔で言ってみせる彼女の言葉。嬉しいけど……即座に頭の中で否定する。
買いかぶり。僕はそんな……
「もっと自信持ちなって! みーくんカッコいいんだからさ!」
背中を叩いてこようとする手を避け、ストップウォッチと前を見る。
まだ誰かが来ようとする気配はない。
「『カッコいい』ねえ……君に言われたら嫌みに聞こえるよ」
「え゛」
「一生懸命ってことなら、君のほうが上だよ。いろんな部の助けになって、ムードメーカーでもある。こっちのみんなの刺激にもなってるしね」
「褒めてもなんにも出ないよ?」
「同好会にいてくれるなら十分。いてくれるだけで、僕は嬉しいよ」
彼女の雰囲気に引っ張られて、みんなのやる気も上がっている。璃奈だってつらい練習を毎日こなせている。MVの出来と反応に、誰もが抱いていた不安が吹き飛ばされた。
宮下さんがいてくれて、楽しんでくれているだけで刺激を貰っている。
走った熱がいまさら上がってきたみたいで、宮下さんは顔がほんのりと赤くなってきた。
「ねえもしかして、そういうこと、みんなに言ってるの?」
「そういうこと?」
やっとエマさんと中須さんの姿が見えてきた。ストップウォッチと交互に目比べながら返すと、宮下さんはやれやれ、とため息をついた。
「それどういう意味?」
「……やー、刺されないように祈っておくよ、みーくん」
「それどういう意味!?」