果林編1 告白
「湊くん、好きよ」
きっかけは……なんて思い返す必要がないくらい、果林の言葉は衝撃的だった。
あれは、僕が正式に同好会に入ってからそれほど日が経ってないくらい。まだ二学期が始まったばかりの頃、暑さがまだ全然引かない中。
練習が始まるよりも前に呼び出された僕は、校舎の外へ連れられるがまま。誰も来ないような人気のない校舎裏に来た時点で、何か悩み事だろうかと身構えていたら、思っていたよりも別方向からの衝撃に固まってしまった。
「ああ、えっと……」
「違うの。あなたが思おうとしてるような、友情とか、仲間のそれとは。いえ、もちろんそれもあるけれど」
僕の言おうとしたことを先んじて潰して、果林は真っすぐに僕へ言葉を向ける。
「あなたが好きなの。愛してるの、湊くん」
いつものからかうような口調じゃない。だから僕も軽口で返せなかった。
暑いのとは違う汗が背中を流れる。僕は何か言おうとして、けど適当な言葉が思い浮かばなくて口ごもる。
愛してるとまで言われたら勘違いのしようもなく、僕はたじろいだまま。
「いきなり言われても困るわよね。他の男だったら飛び上がって喜ぶところだけど」
「僕もその衝動に駆られてるよ。ただ驚きのほうが大きくて」
朝香果林に告白されて舞い上がらないほうがおかしい。だけど、僕はただの知り合いじゃないし、何より彼女のことを受け止めるほどの器量のある男じゃない。
だからといって彼女の真剣な様子に、簡単に拒絶を返せることも出来なかった。気の利いた言葉が浮かばなかったってのが一番だけど。
「どうしていきなりそんなことを?」
「言わなきゃいけないって思ったの、後悔する前に」
「後悔?」
僕は首を傾げた。
「そう。夏休みに色々と考えたんだけどね。やっぱり、誰にも取られたくないの」
「とられる」
「あなたが誰かのものになることを想像すると、嫌な気持ちになるの。私が隣にいたいの」
なんともまあ熱烈。それ以上に驚いたのは、彼女がここまで欲を最短距離でぶつけてくることだ。
スクールアイドル活動については素直にやりたいことを言ってくるけど、それ以外では一歩引いているお姉さんだったのに。
「……そんな焦らなくても」
「焦らないといけないの。だって湊くん、あなたは素敵な人だもの」
「手放しで褒めてくれるのは嬉しいけど、僕は──」
「そう思ってるのはあなただけよ」
大した人間じゃないって言おうとしたけど、先回りして潰されてしまった。
正直なところ、それ以上言葉が思いつかなかった。果林に何を言うのが正解なのかが分からなくて……
「返事はまだでいいわよ」
「そうしてくれると助かる」
「そう言うと思って、この後の作戦もちゃんと考えてるの」
「作戦?」
ええ、と妖艶に微笑んで、彼女は頬に指を当てた。
「これから猛アピールする」
△
それからというもの。果林はそれまで以上に、熱のある視線をよく向けてくるようになった。
その目が、表情がすごく妖艶で、真正面から顔を合わせた時には心臓が跳ねてしまいそうなほど。
もちろん練習に手を抜くなんてことはせず、むしろこれまで以上に磨きがかかっている。明らかに表現の幅が広がって、僕も刺激を受けて作曲のインスピレーションが湧いてくる。
それに関しては良いことずくめだ。ただ……
「こんなところにいたのね」
学校の外、校舎の影となるところに置かれているベンチに座っていると、果林がやってきた。
第二回スクールアイドルフェスティバルの告知動画のためスーツ姿になっている彼女は、この歳なら着られているという感想が当たり前になるその衣装もばっちりと着こなしている。なんとも恐ろしいことだ、普通ならただの正装に過ぎないのに。
「似合ってる?」
「君専用って感じ」
他の子もまあそれなりなんだろうけど、多分一番サマになってるのは果林だろう。
かっこいいし、スタイルが良い。もしかしたら虹ヶ咲生徒の中でも一、二位を争うかもしれない。争ってる相手は演劇部部長。
「あ、他の女の子のこと考えてる顔」
鋭い。怖いよ。
僕の隣に座ってきて、腕を組んでくる。
弁明しておくと、その動きはあまりにも速かった。まさにあっという間。それよりも速いかも。気付いた時には腕も体も押しつけられて絡まれて、逃げ出せない状況に追い込まれていた。引こうとしても、がっちりとホールドされてびくともしない。
「そんなに慌てなくても、これくらいなら一度したでしょ?」
「されるがままだった記憶はあるけど」
「それは今もでしょ」
「それに訂正しておくと、一度だけじゃない」
彼女が告白してきてから、こうしたスキンシップは頻度を増している。言われて止まるような人じゃないから、僕は非常に困っているわけだけど。
「それで、しつこいくらいしてくるこれは?」
「猛アピールするって言ったじゃない」
「アピールって言うのか、これは」
「湊くんに私を意識させる作戦だから、そうね、アピールよ」
だったら効果ありだ。何度されても慣れない。果林のような美少女にこれだけ近づかれて、触れられて、しかもその度に真っすぐ見られちゃ、意識するなってほうが無理だ。
「それにこれは、牽制でもあるの」
「牽制?」
「周りの女の子にあなたを取られないように」
「……そんなに警戒する必要ある?」
「あるからやってるのよ。あと今の言葉で、あなたがいかに無防備で危ないかが分かったわ」
「無防備って言うなら君だろ。僕に理性が無かったら、何されても文句言えないぞ」
「一、あなたの理性が厄介なくらいっていうのを承知でしてるの。二、私は他の男に簡単に触らせないし触らないから、やっぱり無防備なのはあなたよ」
いや、君の攻撃が僕の防御を貫通してくるだけ。するりと近づいてきて避ける間もなく触れてきて、それで僕が無防備だなんて言われるのはすごく納得いかない。
「スクールアイドルフェスティバルが終わって、同好会に入って、余裕が出てきた湊くんを狙ってる人はいるんだから、もうちょっと気を引き締めてもらわないと」
「はは、そんな奇特な人が──」
「まず私が狙ってる。それでも説得力ない?」
「君が趣味悪いだけかも」
「だとしたら、この学校には趣味が悪いのが多いってことね」
ああ言えばこう言う合戦。僕、別に狙われてるなんて思ったことないんだけど。でも女性の彼女のほうがそういうの気づきやすいんだろうか。いやでも……
「……だとしても強引すぎる」
「そうね、すごく強引だと思ってるわ」
腕の力を強めて、彼女は言う。
「でもそれくらいしないと、あなたは私を見てくれないでしょ?」
「こうやって近づかれるほうが見づらいよ」
鼻どうしがついてしまいそうなくらい顔が近い。そこまでくると、綺麗で濁りの無い目しか映らない。
「興奮しちゃう?」
「恥ずかしい」
君みたいな人とこんなに近づくなんて、今にも心臓が爆発しそうなくらいだよ。
「あなたが返事をくれれば、今すぐにでもやめるけど」
「そういう聞き方はずるいぞ」
「あら、告白を保留するよりかは真摯だと思うけど」
それもずるい。
僕が何も言い返せないくらいの弱み握られたな。こういうの、だいたい惚れたほうが負けって漫画とかで言うんだけどな。
「疑ってなかったけど、本当に本気なんだね」
「そうよ。だからこうやって私以外を見ないようにしてるの」
「物理的すぎる」
ほぼ顔ゼロ距離。
「はねのけないってことは、まんざらでもないってことでいい?」
「ノーコメント」
「でも嫌ってわけじゃないのよね? 顔、赤いわよ」
「あのね、君にこんなことされて、平静でいられるわけないだろ」
「誘ってるの?」
「そんなこと言ってない」
「言ってるわよ」
言ってない。
「か、果林さん?」
僕が中々に困っていると、歩夢が驚いたような様子で声をかけてきた。
まずいことに、ものすごーく密着した状態を見られている。それはもうガッツリと。それなのに果林は緩めるなんてことはせずに、顔だけを歩夢のほうに向けた。
「え、えーと……果林さんの出番だから、呼びに来たんですけど……」
「そうなの。ありがとう、歩夢」
流石に活動を優先してくれて、彼女はやっと離れてくれた。腕に感じていた圧迫感が消える。ああよかった、もうちょっとで痺れるところだった。
飄々と去っていく果林を見送って、ふう、と深い息を吐いた。
「助かったよ、歩夢」
「湊さん、もしかして……果林さんと付き合ってるんですか?」
助かってなかったわ。
まだ顔を赤くしている歩夢が、興味津々といった様子で先ほどまで果林がいた場所に座る。
「まだ付き合ってない」
「まだってことは……」
「ごめん、言葉を間違えた。付き合ってないよ」
僕はキラキラした目を向けてくる歩夢から目を逸らした。残念ながら、彼女が望むようなことは起きてないし、期待するような言葉を返すことは出来ない。
「でも今の二人、恋人みたいでした」
「恋人みたい、と恋人は全く違うものだよ」
「そうですか?」
「そうだろどう考えても」
目を細めて歩夢に返すと、どうやら冗談だったようで満面の笑みを浮かべていた。
「ふふ、でも本当にお似合いの雰囲気でしたよ」
「そう言われるのは嬉しいけどね」
あの美少女と一緒に居て違和感がないなら、男として誇りに思っていいだろう。それがお世辞でも。
「果林さんと何かあったんですか? あれだけくっついてるのは珍しい気が……そうでもないかも?」
そこは珍しいって言ってほしかったな。いやでも、告白されてから人前であろうがなかろうが、たとえ同好会のメンバーと一緒に居ようが、『猛アピール』が続けられていることを考えると……
「ああまあ……何かあったと言えばあったかな、特大のが」
「言いづらい事ですか?」
「そうだね。申し訳ないけど、口外出来ない」
と言っても、僕たちの様子を見れば察しはつくだろう。
僕はそういうのに疎いほうだけど、仮に他の誰かが同じ状況だったとしたらすぐさま気づく。言い切れるのは、そういう光景が珍しくないからだ。
虹ヶ咲は女子が多く、男子は少ない。それは何故かということを話そうとすると、この学校の歴史の話になるので割愛するとして、とにかく女子が多い。どれくらいの比率か詳細に調べたことはないが(多分パンフレットとかに載ってるんだろうけど)、体感ではおおよそ一対九あるいは二対八くらいだろうか。特に男子が少ない音楽科に所属しているからかもしれない。普通科なんかはもう少しいるはずだ。
どちらにせよ、数は圧倒的に女子のほうが上。それで何が起きるかというと、男子の取り合いである。
思春期真っ盛りの時分に恋愛をするなというのが無理な話で、もちろん女子にもそういった欲求はある。良い男はあっという間に囲まれて狙われるのがこの学校なのである。日々、合戦が繰り広げられていると言ってもいい。
まさかその渦中に、自分がいることになるなんて想像もしてなかったけど。
「深くは聞きませんけど、溜め込むのは禁物ですよ?」
「君に言われると説得力があるんだかないんだか」
「もうっ、せっかく心配してあげてるのに」
「ごめんごめん、今のは失言」
でも撤回はしないよ。我慢して暴発して幼馴染を押し倒した上原歩夢さん。
「でも本当に、無理と無茶はダメですからね」
「肝に銘じておくよ」
「もしまた大騒ぎになるようなことしたら、エマさんと果林さんと彼方さんを向かわせますから」
「そういう脅し、どこで覚えてきたの」