「それじゃ、これが学内ライブのスケジュールと施設利用申請書」
「確かに」
生徒会室にて、せつ菜……中川さんに、同好会活動に必要な書類を渡す。
僕が生徒会長に渡したのは毎月生徒会に提出しているもので、既に侑も記載経験がある。これについては教えることもなくなったので、侑にはフェスティバルに注力してもらい、手が空いている僕が来たってわけだ。
「侑さんが来るかと」
「オープンキャンパスの事後処理してるよ。第二回スクールアイドルフェスティバルの参加希望校をまとめてる」
それだけじゃなく、オープンキャンパスで見せた動画をブラッシュアップ中だ。メイキングも動画サイトにアップしようかとしていたけれど、果林の強い拒否があってお蔵入り。
「お茶どうぞ。ちょうどお茶菓子も余ってたんです」
「どうも」
良ければ、と中川さんに勧められて座らされた僕の前に、急須で淹れたお茶と最中が置かれる。
「まるで応接室だね」
「当たらずとも遠からずというところでしょうか。生徒や先生との打ち合わせや交渉も行ったりしますので」
椅子も机も、生徒会長用の机も、それに書類棚に至るまでシックな雰囲気でまとめられており、どこかの大きめ会社の一室と言われても不思議じゃない。
学校の備品もあれば、OBOGからの寄付もあるらしく、生徒が使う部屋としては整いすぎている。
オープンキャンパスも終わって喫緊の用事は無くなったようで、生徒会のメンバーは中川さんしかいない。そのおかげでだいぶ気が楽だった。思わず『せつ菜』って言いそうになることが何度かあったから。
「反響はどうでした?」
「上々だよ。君らの作った動画も、Alpheccaの参戦決定も、あの場での鐘嵐珠も話題になってる」
「あれは衝撃でしたね」
フェスティバル告知動画を流そうとしたものの手違いがあって同好会が奔走している間、鐘嵐珠がその場で見せたパフォーマンスには驚嘆した。
その彼女が我が同行会に入ったとも、入るつもりがあるとも聞いていない。今後どうなっていくのか注視しておかなければならないだろう。面倒なことにならないといいけど。
お茶を啜っていると、こんこんと扉が叩かれる。振り向くと、果林が中に入ってきていた。
「湊くん、そろそろ行くわよ」
「了解」
もうそんな時間か、と僕は急いで最中を口に入れ、腰を上げる。
「練習ですか?」
「いいえ。今日はモデルの撮影があるの」
「湊さんもご一緒に?」
「必要なの」
そう。今日の放課後は果林に付き合う約束をしている。それが撮影だっていうのは今初めて知ったけど。
「果林さんも大変ですね。スクールアイドルとモデルを両立させるなんて」
学業も成り立たせられたら文句はないんだけどね。あと、生徒会長と兼任している君が言うんかいって気持ち。
ツッコみたかったけど、最中が邪魔してくる。お茶で流し込んで、口の中をすっきりさせた。
「せつ菜もやってみる? あなただったら話題性はあるし、スタイルもいいんだから。ねえ、湊くん」
「二重にセクハラすな」
△
「いいよいいよ果林ちゃん。すっごくいい!」
東京某所の撮影スタジオ。
真っ白の壁と床に、証明と発光を反射させる傘。モデルの撮影といえばの光景に、僕は少し圧倒されていた。
完全に仕事現場。プロがカメラを構えて、
僕はそこから少し離れたところから、ちょっと所在なさげに立っていた。
「あの、本当に僕がここにいても?」
「問題ない問題ない。機材に手を出したりしなければ」
果林がいつも載っている雑誌の担当編集さんが、軽く笑いながら手をひらひらさせる。
いやまあ、そんなことはもちろんしないけど。いやそもそも部外者がいていいのだろうかってつもりで聞いたんですけど。
「果林ちゃんから何か聞いてる?」
「お仕事の手伝いだと。その割には、立ってるだけでいいって聞きましたけど」
「その通り!」
果林と編集者さんに告げられた通り、僕は突っ立って果林の様子を見守るだけ。これって、手伝いと言わずに木偶の棒って言うんじゃないの。
てっきり小間使いとかちょっとした意見を言う的な役割を予想していたのだけど、拍子抜けだ。ここに来てからほとんど何の説明もなくこうしている。これで良いんだろうか。いや、大人の仕事に口出しするのは邪魔になってしまうか。
そもそもどういった趣旨の撮影なのかも知らない、と思って僕はきょろきょろと周りを見る。と、傍らの机に答えがあった。
「デートコーデ特集……」
編集者さんが担当しているであろう雑誌の数か月前の号。その表紙にはでかでかと『夏』と『これで決まり! デートコーデ』と書いてある。おそらくは参考資料だろう。つまり、今撮ってるのは秋用の特集用ってわけだ。
「うんうん、先週とは大違いだねえ」
ふと、編集さんがそんな言葉を漏らす。
「先週?」
「うん。同じ撮影してたんだけど、そん時はあんまりだったんだよ」
「あんまり」
「果林ちゃんの顔というか雰囲気が、どうにもね」
「悪いんですか?」
「悪いって言うかねえ……これ、見てみ」
編集者さんは既に撮られている何枚かの写真を取り出して、僕に見せてくる。
……ああ、なるほど。
「どう思う?」
「良い写真です。コーディネートの写真としては」
「お」
続けて、という顔をしてくるので、僕は口を開く。
「もし、デートとしてこの果林が来たとしたら……」
「来たとしたら?」
「気後れしちゃうでしょうね。あまりにもかっこよすぎて」
写真の中の果林はまさにモデルだ。遠目から見てもすごく綺麗な人だって分かるだろう。
でも、あまりにもモデルすぎるのだ。かっこよすぎ、キメすぎ。果林のようなスタイルと美貌があってそんな顔をしたら、逆に寄り付きがたくて、これじゃ世の女子の参考にはならない。
「そ。それが先週くらいに撮ったやつなんだけど、果林ちゃんも悩んでてね。いっぱい考えて、辿り着いた答えが君ってわけ」
「……僕?」
「君の言う通り。これだとまさにモデルって感じだけど、デートって感じじゃないでしょ? で、どーしよっかってなって、それだったら果林ちゃんが最終手段使うって言って……」
「言って?」
「君を連れてきたわけ。そしたら、まーあんな満点な表情してくれてるんだから、天王寺くん様様だねえ」
今日の果林は顔の良さはそのままに、しかし楽しそうな嬉しそうな……視線の先に意中の相手が現れたような、年齢相応の笑みを見せてくれている。
その目は基本的にカメラへ向かっているけど、時折こちらへ向けられる。そのたびにドキリと心臓が跳ねる。僕が知ってる普段、練習やライブ、プライベートとも違う姿の新鮮さに、目がつられてしまう。
「……つまり、解決ってことでよろしいですか?」
「今日の果林ちゃん、良い表情してるでしょ?」
「ええ」
「つまり、そういうこと」
「そういうこと、ですか」
この場では一番オシャレについて分かっていないけれど、しかし、手元にあるカッチリした様子の彼女より、今のほうが隣にいて嬉しいだろう。
カメラマンさんもさっきから絶賛しながらシャッターを切っていて、編集さんも満足げに頷いている。僕もお役に立てたようで何より。プロの仕事見れて勉強にもなったし。
「……え、終わり? ねえちゃんと分かってる?」
「言いたいことは分かってますよ」
「なのにそんなうっすい反応なの? え~、最近の高校生って……」
「湊くんが特別なんですよ」
話していると、いつの間にか果林がこちらへやってきていた。
「どうでした?」
「うん、すっごくナイスだよ。どれにしようか悩んじゃうくらい」
ノートパソコンに取り込まれた写真を見て、顎に指を当てる。様々なポーズを取っている写真が数十枚並べられているが、確かにどれも捨てがたい。
流石モデル。素人目に見ても素晴らしいという感想がするりと出てくる。
「君だったらどれにする?」
参考程度に、という感じだろう。今表示しているのから二つ戻って、目当ての写真を指差す。
「これ、ですかね」
僕が選んだのは、こちらを向いて、はにかみながら軽く髪をかき上げている写真。日常と色香が程よく混ざり、なおかつ美人な果林に可愛いという印象も抱かせる一枚。
そういうのを僕が撮ろうとしても、一日がかりでも無理だろう。このカメラマンさんにお願いしたらホームページ用の写真とか、動画サムネイル用の写真とか撮ってくれないかな。お金払いますので、マジで。
「ほんほん、良いセンスしてる。君、卒業したらうちに来ない?」
「音楽の道が上手くいかなかったら、ぜひ」
お世辞をさっと躱す。今の延長で果林のプロデュースとかマネージャーとかやるのも良いなとか思ったのは、言わないでおこう。
「もう終わりですか?」
「予定よりも早めに良い写真撮れたしね。外で撮るのも残ってるけど、それは来週。今日のお仕事は終わり! 果林ちゃんも天王寺くんも後の時間は二人でいたいでしょ?」
「…………」
「え、なにその反応。付き合ってるんじゃないの?」
「それが、まだ捕まえられてないんですよ」
「ええっ、なんでさ。果林ちゃんこんなに美人なのに」
「そういうのは僕がいない時、僕のいないほうを向いて言うものですよ」
△
「で、この後は?」
「そうね……寮に戻ってもやることはないし……せっかくならデートする?」
案外すんなりと終わったおかげで、まだ日が落ちるには早い時間だ。僕も、帰っても微妙な時間だし、と考えて頷く。
「そうだね。今日一日は、君に付き添うって約束だし」
「あら、デートを否定しないなんて。私の努力は実ってるってわけね」
「その努力を勉強に生かしてくれたら嬉しいんだけど。掃除でもいいぞ」
そう言ってやると、そっぽを向かれる。留年するほど酷い点数は取らないけど、褒められた点数でもないのは知ってる。それは元々らしいけど、同好会に入ってるからだって言われたら嫌だし。
僕たち三年生は進路云々の前にまず卒業するのが第一。成績向上の勉強会とか開くべきかな。気になるの何人かいるし。
「勉強は、その、大丈夫よきっと」
「……まあ今さら高得点を取れなんて言うつもりはないけど、少しは──」
「今日はお説教はなし。せっかく二人きりなんだから」
僕は少し悩んで頷いた。今日は上手くいった日だ。お小言は明日にしてやろう。
「今日、どうだった?」
「仕事のこと?」
果林は頷く。
「良い経験になったよ。普段とは違う君も見れたしね。仕事モード、モデルの朝香果林」
「見惚れちゃった?」
「それは君がスクールアイドルを始めてからずっと。君に会ってからずっと」
最初に会った時はあっさりしたものだったけど、綺麗な人だって思ったのは印象に残ってる。それからもちょいちょい話したりして、同好会に入って、何度も何度もライブして、その間彼女に見惚れなかった時なんてない。
美人は三日で飽きると言うけど、そんなことは一切ない。むしろ、知れば知るほど魅力が伝わってきて、飽きるどころか嵌まっていくように感じる。こうやって街の中を歩くだけでも、落ち着くような落ち着かないような不思議な気分。
「ふふ。後は、湊くんの勇気が出るの待ちかしら」
心底嬉しそうに彼女は言った。
「今のは……」
「分かってるわよ。いつもの湊くんの悪い癖。でも本音でしょ?」
「嘘つくのが上手に見える?」
「一学期の間、同好会に入ってなかったのを隠し通したのは誰だったかしら?」
「……」
「弱いところ突いちゃったみたいね」
「固まっちゃったよ」
突かれると弱い部分だ。色々と拗らせていたせいで迷惑と心配をかけた苦い過去。こうやって冗談交じりにいじられるのにも慣れるくらいになったのは、前進と言っていいだろう。
してやったり、という顔をする彼女に、僕は肩をすくめた。
駅近くを軽口を叩き合いながらウインドウショッピング。目的があるわけじゃなく、見て回るだけ。
普段も体型を気にした食事を心がけている果林だが、撮影があり、しかもそれが上手くいっていなかったこともあって制限の日が続いていたようだ。今日ばかりはファッションじゃなく、甘い物を見て目を輝かせている。
クレープ、シュークリームにソフトクリーム。東京じゃ食べ歩くにも選びたい放題だ。せっかくなので、躊躇いがちになる果林の手を引っ張って付き合う。そうしていくうちに段々と遠慮が無くなってきて、あれもこれもと試していくことになった。
歳相応に顔を綻ばせる彼女は、撮影の時のような妖艶な女性じゃない。そういう多面性を見ていると無性に楽しくなる。
それが友達だからなのか、同好会の仲間だからなのか、それとも……なのかは、自分でもまだ分からなかった。