「え゛、カリンと付き合ってないの!?」
「声がでかい」
「あんなに四六時中いちゃいちゃしてるのに!?」
「声がでかい」
「周りに堂々と見せつけてるのに!?」
「声が、でかい」
練習の前、ストレッチをしながら喋る愛に向かって人差し指を立てる。まずは走り込みから、と外に出て、しかもほとんどのメンバーは遅れて来るため他にはエマしかいないとは言え、叫んでいるくらいの声量でそんなことを言うのはやめてほしい。
「で、どーすんの?」
単なる質問。だけど核心をついた一言だ。
僕が始めたこの話は、この二人に聞いてほしかった。果林の一番の親友であるエマと、ユニットメンバーとなってからよく絡むようになった愛に。
これからどうするのか。果林に対してどう接するべきか。告白されてからずっと自分に問いかけてきた。
その問いに対して……
「どうしたらいいのか分からない」
これが率直な僕の答えだ。
「僕が果林と一緒になったとして、あの子を幸せに出来る自信がないんだ」
恋愛というものをほとんど知らずに育ってきた。そういった感情に蓋をしてきた。そういうものに構っている暇も資格もないと思っていたから。
だけど、自分の心を曝け出して、安心して落ち着ける居場所を見つけて、見て見ぬフリをしていたことが迫ってきている。精神的にも物理的にも。
それでもまだ自分を信じ切れていない。告白を受けて、積極的なアプローチを受けてまで、うだうだと悩んでしまっている。時間が経つごとに果林への罪悪感が湧いて、どんどんと正常な判断が出来なくなっていっている気がする。
「このままでいるより、果林の心を変えるほうが──」
「えい」
僕の額に、エマのチョップが飛んできた。
「湊くん、私は今すごく怒ってます」
むすっと眉にしわを寄せて、エマはもう一度叩いてきた。
「果林ちゃんの気持ちを知って、迷っちゃうのは分かるよ。でもそのままでいるのは果林ちゃんを馬鹿にしてる。諦めさせようなんて、もっと残酷だよ」
僕は固まった。エマに叩かれたことも驚きだけど、それ以上に彼女の言葉に度肝を抜かれた思いだった。
「カリンは飄々としてるけどさ、告白するのも、ああやってくっつくのもすごい勇気がいるもんなんだよ」
「果林ちゃんは待つって言ったんだろうけど、心の中はきっと荒れてると思う。半分は、湊くんと一緒にいられる大義名分があって嬉しいんだろうけど」
二人にそう言われて、僕は何も言えなかった。
どれだけ大人びているとはいえ、果林だって僕と同じ高校生。思春期真っ盛りだ。僕が躊躇ってしまうのと同じで、彼女だって怖いはず。そんなこと簡単に気付ける。
でも僕は何も理解してなかった。その恐怖がどれほどのものか。果林がどれだけ重く苦しい不安を抱えているか。
「果林ちゃんだってね、湊くんを幸せにする保証なんて出来てないよ。ううん、誰だってそう。絶対なんて軽々しく言えないよ。それでも告白したのは、二人でいたいからだよ。特別な二人に」
「特別……」
「うん。友達でも仲間でもない、たった一人だけに許された湊くんの隣」
その場所にいたいと、果林は言った。いつも周りを俯瞰して見ていて冷静な彼女とは違う、強い口調で。
「オッケーでもフるのでも、それはみーくんの自由だよ。でもちゃんとカリンを見て、決めて、伝えないと」
「果林ちゃんに向き合ってあげて」
向き合う。それはまた、難しい注文だ。今こうやって色々言ってくれていても、頭がこんがらがっているっていうのに。
「あと、あんまり女の子を待たせちゃダメだよ。いくらカリンが待ってるって言っても」
△
エマと愛にお叱りを受けた後、一週間ほど自分なりに色々と考えた。本当に色々と。
僕にとってはそれほど難しい問題だし、答えを出しづらいことだ。
「元気がないな、天王寺。オープンキャンパスは問題なく終わったんだろ」
「ああ、まあ、その……」
「珍しく歯切れが悪いな」
放課後、普通科の男友達を誘って食堂へ。窓際の席に座って、周りを見る。近くに誰かいることはなく、話を聞かれることもないだろう。
「ちょっと相談に乗ってもらいたくて」
着席と同時にアイスコーヒーを一口飲んだ彼は、少しだけ居住まいを正した。
「君、彼女いるだろ。それで……」
どう切り出したものかと迷っていると、彼はふ、と笑った。
「朝香果林にどう答えようかって?」
「え、あ……」
図星を突かれて、僕はカップを落としそうになった。
「君に言ったことないと思うけど」
「驚くことでもない。あれだけ見せつけられたらな。噂になってるぞ」
噂って……スクールアイドルとしてそれはどうなんだろう。少々苦い顔をしてしまう。
「いいじゃないか。あの朝香に告白されたなら、男なら飛びつくのが一番普通の反応だろ」
「君も?」
「俺は例外。世界で一番可愛い彼女がいるからな」
「君はほんと、彼女さんのこと好きだね。中学の時からずっと、だっけ?」
「そうだ。中学三年生のバレンタインから」
僕が彼に相談しようと思ったのは、彼が恥ずかしげもなくそう言うからだ。
学生の恋人関係が容易く切れてしまうことは珍しくない。そんな中で、中学生の時からの彼女を持ち、違う高校に行っても大げさなほどに惚気るような彼だからこそ、僕の話を聞いてほしかった。
探してる答えを、彼が持ってる気がしたんだ。
「告白したのは君から?」
「まあ、そう言っていいかな」
「告白するの、迷わなかった?」
「悩んだよ、すごくな。が、見て見ぬふりするには遅すぎた。気づいた時には引き返せないくらい、夢中になってたんだ」
彼女さんのことを思い浮かべているのだろう。普段クールな彼の表情は、惚気ている時は喜色に満たされている顔は、これ以上ないほど穏やかになっていた。
それを見れば誰もが付け入る隙がないと分かる。だってのに、彼を狙う女子は多い。いやむしろ、そういう顔をするからかも。
「僕、さ。そういうの分からないんだ」
「色恋沙汰が、か」
「……そうだよ。そう。今まであんな真っすぐに好きだなんて言われたのは、妹以外では初めてなんだ。本気なのは分かってる。でも僕は果林に対して、どうしたらいいのか分からないんだ」
「分からないなんてことはないだろ」
まるで僕が何を言うのか分かっていたというように、彼は即答した。
「スクールアイドルだからとか、今は音楽に集中したいとか、去年までのお前なら、なにかと理由をつけて断ってた。それなのにこうやって迷ってること自体が、答えみたいなもんだ」
彼は賢いうえに、人の機微に敏い。それになにより、高校三年間を共にして、彼は僕のことをよく知っている。
その彼が、ずばりと僕に人差し指を向ける。
「天王寺、素直になるなら早めのほうがいい。なんだったらここで吐いていけ。他に誰が聞いてるわけでもない」
俺がここにいるのはそのためだ、と彼は続けて、その後は待った。待ってくれた。
エマと愛にお説教されて、彼に心を言い当てられて、朝香果林という人をもう一度考えてみる。初めて会った時からスクールアイドルになるまで、スクールアイドルになってからフェスティバルを成功させるまで、フェスティバルが終わってから告白されるまで、告白されてから今まで。
「僕は……」
素直に、と言われて白状する。
「嬉しいよ。そりゃ嬉しいさ。でも僕は──」
「『でも』はいらない。俺が聞きたいのは、お前が朝香と付き合いたいかどうか。他のことを考える必要があるか? お前が朝香のことを好きなら、答えは決まってるだろ。で、答えが決まってるなら、やることは一つだ」
矢継ぎ早に言葉を撃たれ、僕は反論出来なかった。
きっと彼の言っていることは正しいのだろう。エマや愛と似たようなことを言ってるから。
でも……いや、『でも』は無しか。
「……果林の心が変わって、駄目だった場合は慰めてくれる?」
「お前らの様子を見ると万が一にもそうはならないだろうが、まあ、骨は拾っておいてやるよ」