天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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果林編3 迷い

「え゛、カリンと付き合ってないの!?」

「声がでかい」

「あんなに四六時中いちゃいちゃしてるのに!?」

「声がでかい」

「周りに堂々と見せつけてるのに!?」

「声が、でかい」

 

 練習の前、ストレッチをしながら喋る愛に向かって人差し指を立てる。まずは走り込みから、と外に出て、しかもほとんどのメンバーは遅れて来るため他にはエマしかいないとは言え、叫んでいるくらいの声量でそんなことを言うのはやめてほしい。

 

「で、どーすんの?」

 

 単なる質問。だけど核心をついた一言だ。

 僕が始めたこの話は、この二人に聞いてほしかった。果林の一番の親友であるエマと、ユニットメンバーとなってからよく絡むようになった愛に。

 これからどうするのか。果林に対してどう接するべきか。告白されてからずっと自分に問いかけてきた。

 その問いに対して……

 

「どうしたらいいのか分からない」

 

 これが率直な僕の答えだ。

 

「僕が果林と一緒になったとして、あの子を幸せに出来る自信がないんだ」

 

 恋愛というものをほとんど知らずに育ってきた。そういった感情に蓋をしてきた。そういうものに構っている暇も資格もないと思っていたから。

 だけど、自分の心を曝け出して、安心して落ち着ける居場所を見つけて、見て見ぬフリをしていたことが迫ってきている。精神的にも物理的にも。

 それでもまだ自分を信じ切れていない。告白を受けて、積極的なアプローチを受けてまで、うだうだと悩んでしまっている。時間が経つごとに果林への罪悪感が湧いて、どんどんと正常な判断が出来なくなっていっている気がする。

 

「このままでいるより、果林の心を変えるほうが──」

「えい」

 

 僕の額に、エマのチョップが飛んできた。

 

「湊くん、私は今すごく怒ってます」

 

 むすっと眉にしわを寄せて、エマはもう一度叩いてきた。

 

「果林ちゃんの気持ちを知って、迷っちゃうのは分かるよ。でもそのままでいるのは果林ちゃんを馬鹿にしてる。諦めさせようなんて、もっと残酷だよ」

 

 僕は固まった。エマに叩かれたことも驚きだけど、それ以上に彼女の言葉に度肝を抜かれた思いだった。

 

「カリンは飄々としてるけどさ、告白するのも、ああやってくっつくのもすごい勇気がいるもんなんだよ」

「果林ちゃんは待つって言ったんだろうけど、心の中はきっと荒れてると思う。半分は、湊くんと一緒にいられる大義名分があって嬉しいんだろうけど」

 

 二人にそう言われて、僕は何も言えなかった。

 どれだけ大人びているとはいえ、果林だって僕と同じ高校生。思春期真っ盛りだ。僕が躊躇ってしまうのと同じで、彼女だって怖いはず。そんなこと簡単に気付ける。

 でも僕は何も理解してなかった。その恐怖がどれほどのものか。果林がどれだけ重く苦しい不安を抱えているか。

 

「果林ちゃんだってね、湊くんを幸せにする保証なんて出来てないよ。ううん、誰だってそう。絶対なんて軽々しく言えないよ。それでも告白したのは、二人でいたいからだよ。特別な二人に」

「特別……」

「うん。友達でも仲間でもない、たった一人だけに許された湊くんの隣」

 

 その場所にいたいと、果林は言った。いつも周りを俯瞰して見ていて冷静な彼女とは違う、強い口調で。

 

「オッケーでもフるのでも、それはみーくんの自由だよ。でもちゃんとカリンを見て、決めて、伝えないと」

「果林ちゃんに向き合ってあげて」

 

 向き合う。それはまた、難しい注文だ。今こうやって色々言ってくれていても、頭がこんがらがっているっていうのに。

 

「あと、あんまり女の子を待たせちゃダメだよ。いくらカリンが待ってるって言っても」

 

 

 

 

 エマと愛にお叱りを受けた後、一週間ほど自分なりに色々と考えた。本当に色々と。

 僕にとってはそれほど難しい問題だし、答えを出しづらいことだ。

 

「元気がないな、天王寺。オープンキャンパスは問題なく終わったんだろ」

「ああ、まあ、その……」

「珍しく歯切れが悪いな」

 

 放課後、普通科の男友達を誘って食堂へ。窓際の席に座って、周りを見る。近くに誰かいることはなく、話を聞かれることもないだろう。

 

「ちょっと相談に乗ってもらいたくて」

 

 着席と同時にアイスコーヒーを一口飲んだ彼は、少しだけ居住まいを正した。

 

「君、彼女いるだろ。それで……」

 

 どう切り出したものかと迷っていると、彼はふ、と笑った。

 

「朝香果林にどう答えようかって?」

「え、あ……」

 

 図星を突かれて、僕はカップを落としそうになった。

 

「君に言ったことないと思うけど」

「驚くことでもない。あれだけ見せつけられたらな。噂になってるぞ」

 

 噂って……スクールアイドルとしてそれはどうなんだろう。少々苦い顔をしてしまう。

 

「いいじゃないか。あの朝香に告白されたなら、男なら飛びつくのが一番普通の反応だろ」

「君も?」

「俺は例外。世界で一番可愛い彼女がいるからな」

「君はほんと、彼女さんのこと好きだね。中学の時からずっと、だっけ?」

「そうだ。中学三年生のバレンタインから」

 

 僕が彼に相談しようと思ったのは、彼が恥ずかしげもなくそう言うからだ。

 学生の恋人関係が容易く切れてしまうことは珍しくない。そんな中で、中学生の時からの彼女を持ち、違う高校に行っても大げさなほどに惚気るような彼だからこそ、僕の話を聞いてほしかった。

 探してる答えを、彼が持ってる気がしたんだ。

 

「告白したのは君から?」

「まあ、そう言っていいかな」

「告白するの、迷わなかった?」

「悩んだよ、すごくな。が、見て見ぬふりするには遅すぎた。気づいた時には引き返せないくらい、夢中になってたんだ」

 

 彼女さんのことを思い浮かべているのだろう。普段クールな彼の表情は、惚気ている時は喜色に満たされている顔は、これ以上ないほど穏やかになっていた。

 それを見れば誰もが付け入る隙がないと分かる。だってのに、彼を狙う女子は多い。いやむしろ、そういう顔をするからかも。

 

「僕、さ。そういうの分からないんだ」

「色恋沙汰が、か」

「……そうだよ。そう。今まであんな真っすぐに好きだなんて言われたのは、妹以外では初めてなんだ。本気なのは分かってる。でも僕は果林に対して、どうしたらいいのか分からないんだ」

「分からないなんてことはないだろ」

 

 まるで僕が何を言うのか分かっていたというように、彼は即答した。

 

「スクールアイドルだからとか、今は音楽に集中したいとか、去年までのお前なら、なにかと理由をつけて断ってた。それなのにこうやって迷ってること自体が、答えみたいなもんだ」

 

 彼は賢いうえに、人の機微に敏い。それになにより、高校三年間を共にして、彼は僕のことをよく知っている。

 その彼が、ずばりと僕に人差し指を向ける。

 

「天王寺、素直になるなら早めのほうがいい。なんだったらここで吐いていけ。他に誰が聞いてるわけでもない」

 

 俺がここにいるのはそのためだ、と彼は続けて、その後は待った。待ってくれた。

 エマと愛にお説教されて、彼に心を言い当てられて、朝香果林という人をもう一度考えてみる。初めて会った時からスクールアイドルになるまで、スクールアイドルになってからフェスティバルを成功させるまで、フェスティバルが終わってから告白されるまで、告白されてから今まで。

 

「僕は……」

 

 素直に、と言われて白状する。

 

「嬉しいよ。そりゃ嬉しいさ。でも僕は──」

「『でも』はいらない。俺が聞きたいのは、お前が朝香と付き合いたいかどうか。他のことを考える必要があるか? お前が朝香のことを好きなら、答えは決まってるだろ。で、答えが決まってるなら、やることは一つだ」

 

 矢継ぎ早に言葉を撃たれ、僕は反論出来なかった。 

 きっと彼の言っていることは正しいのだろう。エマや愛と似たようなことを言ってるから。

 

 でも……いや、『でも』は無しか。

 

「……果林の心が変わって、駄目だった場合は慰めてくれる?」

「お前らの様子を見ると万が一にもそうはならないだろうが、まあ、骨は拾っておいてやるよ」

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