第二回スクールアイドルフェスティバル。同時に、五校合同文化祭。
紆余曲折あってなんとか開催できたこの催しも最終日、我が虹ヶ咲の学園祭で締めくくられることとなる。
元々、虹ヶ咲学園のお祭りというのは毎年相当に盛況。なのだが、今回は今まで以上に人が多い。
注目度急上昇の虹ヶ咲スクールアイドル同好会、そしてAlphecca、ならびに超大型の新星である鐘嵐珠がこの人気に一役も二役も買っているのは間違いない。
事実、先ほど行われたランジュのオープニングアクトも、その後講堂での僕たちのライブも、フェスかよとツッコみたくなるほどの人と熱だった。
その熱気は冷めることなく、各場所でのイベントも人でごった返している。このまま問題が起きなければ、大成功で幕は閉じることだろう。
「天王寺、食ってけ」
さて、大小なりともそんな問題を起こさせないために見回りをしている僕に、お声がかかった。
普通科の特進クラス、ラーメンを出しているそのクラスから、友人である男子が手招きしていた。
「タダにしておいてやる。合同文化祭お疲れ様ってやつだ」
「じゃあ……お言葉に甘えようかな」
僕は誘われるままに中に入り、誘導された席に座る。他にもいくつか席はあったが、どれも満杯。お客さんはステージを見るために大体午前中に食事をするケースが多く、昼時を少し越えたこの時間帯でこの客入りは中々。
「お疲れ様……って言っても本番はこれからなんだけどね」
「まあそうだろうな。午後はステージぎっしりだろ。裏方もてんやわんやってわけだ。そうなると、お前どうせ飯食うの後にするだろ」
まるで、第一回フェスティバルを見てきたかのような発言に、僕は首を横に振れなかった。今だって、見回り優先でご飯のことは頭から抜けてたくらいだ。そう自覚すると、充満する匂いも相まってお腹が空いてきた。
彼はクラスメイトに注文を伝えると、僕の前に座った。
「それにしても、見たぞ、お前のステージ」
「見てたの?」
「俺の仕事は仕込みでほとんど終わりだからな」
調理担当……というかメニュー開発担当である彼の仕事は、学園祭準備期間と早朝で終わっている。今はお手伝いといったところだろう。
「お前が作った曲をお前が演奏してるの久しぶりに見たけど、周りめっちゃ盛り上がってたな」
「Alpheccaの認知度のおかげだよ」
「半分自慢してるだろ」
「惜しい。三分の一自慢。今回は四人だったから四分の一自慢かな」
軽音部のゆるふわウェーブちゃんも巻き込んでの講堂ライブの後、同好会のメンバーからも、クラスメイトからも、顔の知らない人からも賛辞の声をいただいた。あまりにも集まりそうだったので逃げるようにしてここまで来たのだが、他の三人はまだもみくちゃにされてることだろう。
「楽しんでるみたいで良かったよ。一学期のお前は、それはもう見るに堪えない状態だったからな」
「言い過ぎ」
「言い過ぎじゃない」
「いや言い過ぎ」
まあでも一学期のころは精神が不安定だったことは、振り返ればよく分かる。察しが良いっていうのを遥かに凌駕する彼の観察力からしたら、ゾンビみたいに見えたのかもしれない。いや、やっぱり言い過ぎ。こんな、運ばれてきたラーメンを啜るような時間を作るような男じゃなかったのは認めるけど。
ああ、美味しい。野趣溢れるスープと太めの麺がマッチして、汗をかいていた体に沁みるようだ。
「君は?」
「楽しめてる。この後、彼女が来て一緒に回るしな。お前は?」
「今のところ問題なさそうだし、うん、この後誘おうかな……」
思案しかけたところで、教室の外から音を立てて見知った男子が駆け寄ってきた。
「天王寺ィ!」
「やかましいのが来たぞ」
頬杖をついて、正面の彼は苦笑する。
今来た男は、情報処理学科の三年生。当然とも言うべきか、僕らの友人。少し騒がしいところが玉に瑕だが、良い友人だ。
肩で息をしながら、その友人は僕を真っすぐ見た。
「人数が……人数が足りねえんだよぉ!」
「なんの」
「合コン! 藤黄の女子ナンパしちゃった」
僕と特進クラスの彼は、揃って呆れた顔をした。
虹ヶ咲は女子が多い、だから男子は囲まれることが多いっていうのは何度も言ったこと。だけど女子だって、当然男なら誰でもいいというわけではなく、学内に良いのがいなければ外に探しに行くこともまあ普通だ。
つまり手を出されず余ったまま、三年生にもなればこういう泣きながらしがみついてくる男も出てくるわけで。
「國枝、お前も来い。お前ら来たら女集められるんだからよぉ!」
「俺、彼女持ち。断る」
なんでカタコト?
「天王寺、お前は断らないよな、な?」
「他の誰よりもこいつが断るだろ」
「まあそうだね」
「いいじゃん、行こうぜ、合コン。来るだけでもいいからさ、頼むよ」
重ねて言っておくが、彼は良い友人だ。ただ、がっつきすぎるところが悪い。女性と見ると目移りしてしまうところも。女性が関わると落ち着きが無くなるところも……彼の名誉のためにも、ここまでにしておこうか。
「必死だな、お前」
「そりゃもう! こいつ来るだけでどんだけ女が来てくれるか変わるんだぜ!」
「ま、今や虹ヶ咲の中じゃAlpheccaに続いて認知度あるしな。そいつらの作曲もやってるってバレたから、なんなら一番か」
「そういうこと。頼む来てくれェ! なにとぞなにとぞォ!」
「嫌」
一番の理由としては、不義理になるから。
それにどうせAlpheccaのこととか、スクールアイドルのことで質問責めに遭うだけだ。紹介してくれ、なんてのも言われるかもしれない。面倒。
僕はスープを飲み干して、手を合わせる。ごちそうさまでした。
「やめとけやめとけ。スクールアイドル同好会の女子に睨まれて、そのファンにもこいつの友達にも睨まれて、最後にはこの学校の全員を敵に回すことになるぞお前」
「おっかなすぎる……!」
「この学校にいられなくなるかもな。天王寺の権力は生徒会にまで及んでるらしいから。噂では生徒会長も手籠めに……」
「してないっ」
手籠めってなんだ。中川菜々=優木せつ菜で、その彼女が同行会所属だからか? それにしても尾ひれがつきすぎてるだろ。
「どこでそんな噂流れてるのか知らないけど、そんなことならないから」
「だけど、少なくとも今睨まれてるぞ」
特進クラスのほうの彼が、教室の入り口を指差した。そこには果林がいて、半目で僕のことをじっと見ている。
「ラーメンごちそうさま。僕は行くよ」
「ああ。このバカは無視しとけ」
そうするよ。今も嘆いてるけど。
立って、脇目も振らずに果林のほうへ向かう。そうする間、彼女はじっと待ってていてくれた。
「果林」
「たまたま通りがかっただけなんだけど……友達はいいの?」
「いいの。それより、時間が空いたなら一緒に回らない?」
僕は腹が膨れたところだし、彼女も次のステージまではまだ時間があるはずだ。
「デートのお誘い? それとも迷子にさせないため?」
「両方」
正直、手を取りたい衝動に駆られているがなんとか抑える。二人きりならともかく、今は周りの目が多い。でも果林は付き合う前から、手……腕を絡めてきたからすっごい今さら。
特にどこかへというのは決めず、並んで歩く。普通科クラスで食事を出しているのは特進クラスくらいで、後は迷路やら射的とか。簡単に思いつくようなものはだいたい部活でやってるから、普通科はいつも大変そうだ。
「合コン、行くの?」
「行くわけないだろ。分かってて言ってる顔してる」
「あなた、あんな情熱的な告白したくらい、私のこと好きだものね」
「掘り返すの禁止」
こんな、誰が聞いてるかも分からないところで言うんじゃありません。
「禁止させられるほど言ってないわよ」
「言ってるよ毎日。部室の中でも外でも、一日三回は聞く」
「……それ本当?」
「自覚ないんだ……」
そのたびにやめてくれって言ってるはずなんだけど、いつも止まってくれない。むしろ嬉々として続けてくる。
「カリンが言ってるの、三回じゃ済まない」
「わっ!?」
僕も果林も飛び上がりそうになった。振り向けばディアがいて、僕らを見上げている。
「尾行してたけど、思わず口が」
「こんな近距離で尾行することあるんだ」
僕らが急停止すればぶつかるくらいの距離だ。こんな尾行があるか。全く気配感じなかったのが恐ろしい。
その後ろから、慌てて侑も現れた。
「ご、ごめんね二人とも。私はやめようって言ったんだけど」
「ユウ、面白そうってついてきたくせに」
「しーっ!」
今さら隠そうとしても遅いよ、侑。
本来、本日ラストを飾る曲を作ってたはずだけど、うんうん唸ってる侑を、気分転換のためにディアが外に引っ張り出してきたらしい。
せっかくのフェスティバルなのに籠ってるだけってのも面白くないだろうし、ディアナイス。
「出歯亀ついでに、あなたたちも一緒に回りましょ」
「いいの?」
「ええ。せっかくの文化祭で二人だけっていうのも味気ないし」
そうだね。恋人同士だけってのも悪くはないけど、僕らは他の人を蔑ろにしたくない。友達も仲間も家族も、今まで当たり前のように一緒にいて共にあったものを壊したくない。
「さっきの話だけど」
と果林は切り出した。
「私、そんなに惚気てないわよね?」
「いやー、あはは……」
「カリン、隙あらばミナトの話してる」
「ちょ、ちょっとディアちゃん! こういう時は濁してごまかすのが正解なんだよ!」
ってことは、僕のいないところで散々僕のことがばらされてるってことか。初めて恋人が出来て浮かれてる中高生じゃあるまいし。初めて恋人が出来て浮かれてる中高生だったわ、僕ら。
「そ、そうなの……反省しないと……」
これには流石の果林も俯いて顔を真っ赤にしている。指摘されて恥ずかしいなら、言いふらさなきゃいいのに。
「ちなみに、どれくらい浮かれてた?」
「ディアちゃん、ここは控えめに表現してね」
「こうやってユウに気を遣われるくらい」
それは、なかなか、結構、相当みたいだな。
「で、でも湊さんの話をする果林さん、とっても幸せそうですよ」
「フォローになってないよ、侑」
「だだ漏れってことじゃない……」
ついに手で顔覆っちゃった。
それにしても、まさか果林がそんなバカップルの片割れみたいなことするとは。黙ってるか、せいぜい匂わせ程度にするかと思ったのに。
「興味ありそうなわりに僕らのことを聞いてこないのは、そういうことか」
「カリンが四六時中スピーカーになってる」
「みんなが僕を見る時、たまに顔を赤くするのは……」
「果林さんが湊さんの大胆な言動を事細かに言ってるからだね」
どんなこと言ってんのよ。まだ付き合って日が浅いんだから、そんな細かく描写するようなこと言ってないし、してないぞ。
「それは、なんというか……ごめん」
「いやいや。その話を聞くのが楽しみで楽しみで、しずくちゃんなんて前のめりになって聞いてるよ」
「セツナも毎回赤面しながら最後まで聞いてる。アイが面白がって深掘りしようとする」
「せめて僕のいるところで……いや、やっぱいい」
僕がその空間にいたら耐えられない。果林を黙らせるか、自分の耳を塞ぐかしてしまう。その場から出て行ってしまうかも。
「何よ、惚気ちゃ悪い? 湊くんと付き合えたなら、みんなだってそうするでしょ?」
「開き直った」
「だって湊くんよ。ねえ」
「わかる」
「わかります」
「そこで頷くと止まらないぞ」
同好会以外にも惚気てしまう前に、僕がストップをかけないと。それで止まるようならいいんだけど。聞く限り、今の果林は暴走列車みたいなものだから。
「止まってないせいで、エマとかカナタが逆に燃えてる」
燃えてる?
「仲良く分け合おうって言ってたよね。それ、どうするんですか果林さん?」
「私の取り分は多くしてって返したわ」
「僕の意見……」
またもや知らないところで僕に関することが決まっていく。いい加減ルール決めたほうがいいんだろうか。そうしたら、晴れて同好会に初めて決まり事が出来るわけだ。不名誉。
「これから修羅場起きそう……しずくちゃんとか興味持ちそうだね」
「シズクは修羅場に参加する側」
ああもう、全く。もしかして、正常なのは僕だけか。
言いふらす果林が悪いのか、恋人がいると知っててもからかおうとしてくるみんなが悪いのか。僕、もしかして、これからもめちゃめちゃ大変なんじゃないかな。
「残念だけど、誰も湊くんのものにはならないわよ。湊くんは私に夢中なんだから。そうよね」
自信満々に、果林は僕へウインクする。
それに関しては全く、自分でも疑いようのないくらい、答えが決まってる。決して変わることのない答え。
その言葉は後で伝えることにする。きっと、またみんなに伝わるんだろう。それは頭が痛い問題なんだけど……本気で怒る気になれないのは、惚れた男の弱みだ。
そう思って、微笑むだけにする。
ここで言ってやってもいいんだけど、流石に後輩の前だと……
そうだよ。そう。僕は君を愛してる。ずっと、これからもずっと──だなんて、後輩も僕たちも悶えてしまうだろうから。