「ん~っ! これすっごく美味しいよ、ね、璃奈さん!」
「うん」
一口頬張るごとに大げさに目を輝かせる遥さんと、言葉少なく夢中な璃奈。僕と彼方は、そんな彼女らの様子を対面から堪能している。
不定期開催で行われている僕と彼方の料理教室……まあ、僕が彼方に教えてもらっているのがほとんどだけど、それが夏くらいから頻繁に開催されるようになった。
諸々の事情によって、どの食品も値上がり続き。規格外で値段が落ちていたり、大量詰めで安くなっていたりするのを狙っているが、それらは一家族で消費しきれないほどの量が入っている。そういうわけで、天王寺家と近江家で分けることにした。そうなると自然とお互いの家で料理をする機会が増え、同じ食卓につくことが増え、週の半分ほどは同じご飯を食べるのが習慣となり、それがオープンキャンパスが過ぎた今まで続いている。
今日はこちらの家でご飯を作る番。彼方は勝手知ったるといった感じで器具も食器も取り出して使いこなした。まあ、僕も彼方の家に行ったら同じようなものだ。つまり、お互いのキッチンについては妹よりも知り尽くしている状況。
「喜んでもらえてなによりだよ~。これ自信作だったんだ、ね、湊くん」
「そうだね。下ごしらえは二人で、味付けは僕、盛り付けは彼方」
彼方が授業で作ったのを教えてもらってアレンジした料理は璃奈にも遥さんにも好評で、また作ってくれとせがまれた。
「これだけ喜んでくれて嬉しいね」
「うん。このために作ってると言っても過言じゃない」
買い物も料理も手間がかかるけど、食べる人の顔を思い浮かべると苦じゃなくなる。おおげさじゃなく、この二人の食べっぷりが良いのを見てると、疲れが吹き飛ぶ。
もはや当たり前に近くなったこの光景。慣れはしたけど飽きは来ない。来れるものなら来てみろって感じ。
食べ終わって片付けして少しゆっくりして、陽が落ちきってから数時間。まだ人通りがある時間帯のうちに外へ。璃奈に留守番をさせて、僕は近江姉妹と並んですっかり暗くなった道を歩く。
こうやって近江姉妹を送り届けるというのも、もはや定番になっている。買った食料も近江家に運ばなきゃならないしね。
「そろそろ暑さも抜けるかな」
「長袖引っ張り出してこなきゃな」
「寒くなったらご飯も体があったまるのにしなきゃね」
「生姜とか?」
「人参とかお芋とか」
「鍋」
「お鍋! 楽でいいよねえ」
「鍋用の食材は、旬がまだ先だけど」
「でもすぐだよ。冬用のレシピ考えておかないとだねぇ」
寒くなっても外で運動するのは変わらず。だから環境に負けないように免疫力や各種ビタミンを摂れるような物を選定しなきゃ。残暑厳しい中で考えるのは気が早すぎか。
「遥さんは、何か食べたいものある?」
「湊くんが何でも作ってくれるって」
「ええっ、何がいいかなあ」
遥さんはラブライブのための練習で今よりもっと疲れて帰ってくるだろうから、ほっと出来る食事がいいだろう。璃奈もスクールアイドルを始めてから体調を崩したことはないけど、季節の変わり目は特に気を付けておかないと。そこらへんはまた彼方と相談だな。
「服も買い替えておきたいなあ」
「僕もかな。璃奈も華の高校一年生だし、新しいの買ってやりたいな」
「璃奈ちゃんオシャレさんだもんねえ」
頭の中のやることリストに情報を追加していると、遥さんがおずおずと話しかけてきた。
「あの、私ってお邪魔ですか?」
「ん? 急に何を……」
「だってお姉ちゃんと湊さんって、付き合ってるんですよね? だったら次からは璃奈さんと私は外で食べたり、こっちでお料理の勉強したりとか……」
「待って待って待って。今すごいこと言われた気がするんだけど」
「え?」
「ん?」
はてなを浮かべる遥さんに、僕も同じく疑問符を浮かべる。
「僕と彼方が、なんだって?」
「……え、付き合ってるんですよね?」
「それって、誰から聞いたの?」
「聞くもなにも……見てたら分かりますよ」
「え?」
「へ?」
再びフリーズ。
「……えーと」
すごく色々と言っておきたいことがあるんだけど、とりあえず落ち着きを取り戻して、大事な部分だけ伝えておく。
「僕と彼方は付き合ってないよ。彼方からも否定してあげて」
「遥ちゃんは鋭いね~」
「彼方」
悪ノリすな。
「冗談冗談。付き合ってないよ。付き合ってないだけだけど、ね」
「今のも過激な冗談」
否定になってないような言葉にツッコむと、彼方はにへらと笑った。
「で、でもでも、すごく距離近いですよね?」
「そう?」
「そうですよっ。喋ってる時も、ご飯作る時も、あとあと……とにかく、一緒にいる時ずっと!」
「離れたほうが良いって話?」
「いえいえ。お姉ちゃんと湊さん、すっごくお似合いだと思います!」
鼻息荒く、目を輝かせて、遥さんは興奮してるかのようにそう言った。
「それは光栄。でも事実無根だよ」
「事実無根なの?」
なんでそこで彼方が訊いてくるのか。君が一番知ってるだろうに。
少なくとも僕はこれまでの人生の中で告白したこともされたこともないぞ。
だが、と僕はため息に近い息を吐く。
正直な話、それがお世辞でも、お似合いだと言われて嬉しい気持ちはある。料理上手で頑張り屋さんで気遣いが出来る美人とそういうふうに見られるなんて、男冥利に尽きるだろう。
そんな素晴らしい女性である彼方と会うたびに胸が高まるのも自覚している。しかも頻繁に会っているものだから、もう既に心臓が破けそうなくらいにまでボルテージが上がっているのも認めよう。
しかし、だからこそ、彼女には彼女のしたいことをしてほしい。頑張りたいなら頑張る、愛でたいなら愛でる。それを応援するって決めたんだから。
「……とにかく、変な気は遣わなくていいよ。僕らは君たちのために作ってる面もあるんだ。だから、二人がいなくなったら僕らだって外で食べるかも」
「それはそれで楽しそうかも」
「やっぱり私、いないほうがいい?」
「いてくれたほうが嬉しい。お互いシスコンだし。だろう、彼方」
「そうだね。遥ちゃんと璃奈ちゃんがいてくれるから楽しくお料理できてるんだよ」
そもそも、僕が料理をするきっかけになったのは、璃奈に良い物を食べさせてやりたかったからだ。いなくなられたら困る。
彼方だって料理と妹のこととなると普段よりスピードが三倍ほど増すくらい、好きなのだ。
僕たちにとって妹は、これから何があっても気にかける存在だ。当然だろう、家族なんだから。
「だから彼方ちゃんと湊くんが付き合っても、変わらずにいてくれると嬉しいなあ。ね、湊くん」
「今、もしもの話してる?」
「うん、もしもの話」
「……だったら、うん、そうだね。今まで通りで接してくれるほうがいい」
四人でご飯を食べる時が、最近では一番の癒しだ。だから変に気を遣ってその団欒をなくすようなことはしてほしくない。
「今のって、え、もうそういう関係になってるようなものってこと? あれ?」
弁明したつもりだったんだけど、遥さんはさっきよりすごく戸惑っているというか、とにかくおろおろしている。
「変な話したから変なことになってる。やっぱりたらればの話はしないほうが良かったかな」
「ん~、面白がってるのかも」
「面白がってるだけならいいけど。遥さん、その話は他でしないようにね」
「え、あ……あー……」
「してるんだね」
露骨に目を逸らしてその反応、がっくりと肩を落としてしまうくらいショックなんだけど。
「ちょっとだけです。東雲と藤黄とY.G.と紫苑女くらいで……」
「言うほどちょっとじゃない」
スクールアイドルの知り合いほとんどだ。話のかみ合わないメッセージが複数来てると思ったら、どうりで。
「訂正しておいてね」
「え~、それは面倒だよね、遥ちゃん?」
「えーと……」
「でも彼方だって他の子から変な連絡来て困ってるだろ」
「困ってはないかなあ」
そう言う彼方の顔は少し朱が差しているだけで、むしろ嬉しそう。
「切り口を変えようかな。遥さんを嘘つきにしたくないだろ」
「嘘じゃなくなったら訂正する必要もなくなるよね」
「話題が際どい」
「逃げた」
そりゃ逃げる。こういう会話、僕は勝てた試しがない。虹ヶ咲に入学してから女子との会話経験は増えたけど、そもそもの能力値が下の下なせいで躱しきれない。いや、彼方が上手すぎるのか。
とりあえず、弁明するなら僕のほうからするしかないみたいだ。
この時、ことごとく『照れなくていいよ』と返ってくるくらいに手遅れだなんてことはつゆ知らず、のんきな考えをしていたことを後悔するはめになるんだけど、それはまあ置いておいて。
ちょうど彼方たちが住んでるアパートが視界に入ってきたところだ。ここで話を切り上げさせてもらおう。
近江家の玄関に食材の入った袋を置いて、さっさと退散することにする。
「じゃあ次は……明後日とか?」
「君がいいならいいけど」
「誘ってるのは彼方ちゃんだよ?」
可愛らしく上目遣いで訴えてくる彼方に、少しだけ喉が詰まった。
「えっと、じゃあ……」
「決まりだね」
僕は頷いた。
お互いの家に行き来するのが毎日だったとしても悪いことはない。お互いの事情があってそれが出来ないだけで。……いやいや何を浮かれてるんだ。ただ彼方が誘ってくれたってだけなのに。こんなの先週も先々週もあっただろう。
とにかく、共に過ごせる時間が増えることになんの不満もないってだけだ。
いつも通り、普通に料理して、普通に食べられたら満足だ。
「遥さんも、来週ね」
「は、はい。ぜひ!」
結局この日最後まで遥さんの様子が普通ではなかったけど、まあそういう日もあっていい。たまになら。