天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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彼方編2 胃袋と家と家族

「つ、疲れた……」

「りな子、乗らないでえ~」

「彼方ちゃんもげんか~い」

「げうっ」

 

 近江家のソファに、かすみがうつぶせになる。その上に璃奈、さらにその上に彼方が乗っかった。

 今日はQU4RTZの初ライブ。同好会から見ても初のユニットライブ大成功ということで、その労いを兼ねてお泊り会だ。

 急に決まったことなので、残念ながらエマは外泊届を出せず不参加。また日を改めて第二回お疲れ様会をかすみの家でやるそうだ。

 

 ひたすらに練習の日々で、今日もリハーサルから本番まで動きっぱなしだった彼女らに代わって、食事当番は僕。

 それじゃ、キッチンお借りしまーす。

 

「ロッティも、指導お疲れ様」

「楽しかっタ!」

 

 満面の笑みで、ロッティは返してくる。彼女は夜通しQU4RTZについて語るつもりだったらしく、僕の家に泊まるつもりで届け出を出していたらしい。僕、何も聞いてないんだけど。

 そういうわけで近江家にロッティも連れてくることになった。ユニット教官として、彼女にもお世話になったしね。ディアにもまた別でお礼をしないと。

 

「シャル子の練習、もうこりごりだよ~」

「そうは言っても、ユニット一回きりってわけじゃないんだから、まだまだ続くぞ」

「うっ……かすみんは満点のパフォーマンスだったからもういいとかは……」

「ぎりぎり及第点ってトコかナ」

「厳しすぎる!」

 

 潰されながらも声を張り上げるその姿勢、尊敬するよほんと。

 

「私、少しミスしたから明日から復習しなきゃ」

 

 流石、璃奈は偉い。料理してなければ撫でてるところだ。

 

「幾多の筋肉痛を乗り越えた彼方ちゃんも労わってよぉ」

「だからこうやってご飯作ってるんだろ」

 

 見た目はヘルシーめ。だけどその実態はそれなりのカロリーを備えた、食べ盛りには嬉しい食事だ。

 ここ最近は、筋肉になりつつ太らせず、なおかつ増えた運動量に合わせた食事を課していたせいで好きな物を摂取できずにいた彼女たち。ユニットライブが成功した今日は、がっつり食べても誰も文句は言わない。デザートもあるよ。

 

「湊先輩、人の家なのに手際いいですね」

「お互いの家で料理作ったりしてるから」

「そうなノ!?」

 

 璃奈の言葉に、ロッティが叫んだ。

 

「彼方先輩、普段はのほほんとしてるのにやりますねえ……」

「男の子を捕まえるなら、まずは胃袋と家を抑えるのが基本だよ、かすみちゃん」

「べ、勉強になります」

 

 家を抑えるのは違う。胃袋のほうは正解。

 

 数十分後、料理を並べ終える。先に鍋やフライパンを洗っておきたかった……んだけど、先に食べていいよって言ったのに、四人とも律儀に待ってくれていたから後にしよう。

 

 「いただきま~す」

 

 待ちきれないといった様子だったかすみとロッティが、ぱくりと一口食べる。

 

「コレ好キ!」

「くうぅ、美味しすぎるっ……」

「なんでそんなに悔しそうなんだ」

「だって、料理上手だなんて女子としては羨ましいですもんっ」

「今時、料理で女子力がどうとか言わんだろ」

 

 男子だって料理するし、化粧もする、日傘も差す。

 

「ミナトのゴハン、食べてルとほっとすル」

「ロッティちゃんもそう思うんだ。彼方ちゃんも、湊くんの味付け好きなんだ~」

「……もしかして、胃袋を抑えてるのって湊先輩のほうなんじゃ……」

「私と同意見だね、かすみちゃん」

 

 絶賛してるってことでいいんだよな、そのがっつき度合いを見るに。

 

「イエを抑えてルのもミナト」

「それも同じ意見」

「僕は別意見」

 

 他愛のない話をしていると、玄関が開く音が聞こえた。

 

「ただいま~」

 

 続いて、おっとりとした声。それを聞いて、彼方がそちらへ向かっていった。

 

「お帰り~」

 

 リビングに連れてきたのは遥さん。それに、声と違わないおしとやかさを纏っている女性。彼女らの様子を見るに、身内だということは分かる。

 

「お邪魔してます」

「あなたが湊くんね。そちらがロッティちゃん?」

「ハジメマシテ! ……カナタって三姉妹だったノ?」

「ううん。お母さんだよ」

「!!?? ワ、若ッ!」

 

 僕も固まるくらい驚いたけど、ロッティが仰け反るくらいびっくりしたせいでちょっと冷静になれた。

 

「ふふ、ありがとね、ロッティちゃん。お世辞でも嬉しいわ」

「オセージ? ウウン、ホントにカナタのお姉ちゃんだと思っタ!」

「あらあら。こんなおばさん褒めても何も出ないわよ、ねえ湊くん?」

「いえ、ロッティがリアクション大きいだけで、僕も同じこと思ってました」

「人妻まで口説いちゃだめですよ、湊先輩」

「口説いてない」

 

 ご本人を目の前にしてなんてことを。

 

 その後、遥さんと二人のお母さんも僕の料理を食べた。彼女らにも褒められたのはなんだかむず痒かったが、当然悪い気はしない。

 これだけの人数が満足できる量と味を作るのは大変だったけど、僕も満足だ。

 

 食事を終えて、みんなに温かいお茶を出す。テーブルやソファに座って交流するのを見ながら、僕と彼方は片づけ。皿洗いまでが料理です。

 

「はい彼方」

「ん」

 

 洗ったものを、彼方がふきんで拭く。お母さまや遥さんがやると言ったが、作るだけ作って食べるだけ食べて片付けよろしくなんて口が裂けても言えない。遥さんはラブライブ前の追い込みで、彼女らの母はお仕事帰りだし、少しはゆっくりしてほしい。

 

「これで終わり」

「はーい」

 

 最後の一枚を洗い終えて、僕らはエプロンを外す。

 

「手伝ってくれてありがとう、彼方」

「いえいえ、これくらいはしなきゃ」

「任せてくれてよかったのに」

「これは譲れないなぁ。彼方ちゃんは食べるだけの女じゃないのです」

「あの三人は?」

「三人はいいの」

 

 近江家と談笑する三人、それに遥さんも、僕たちから見れば妹と妹のようなものだ。どうにも甘やかしてしまう。

 ま、いいだろう。彼女たちはまだ一年生。年長者ぶるのは来年以降で出来る。卒業までは、僕らが世話を焼く番。

 君のお母さんがめちゃめちゃ生暖かい目で見てくるのが気になるけど。

 

 夜もどっぷりと更けた頃、忘れ物が無いかをチェック。鞄の中やポケットを探って……うんよし、問題なし。

 今日は僕以外はお泊り。誰かを送っていく必要はないから、このまま直帰だ。

 

「それじゃ、僕はそろそろお暇するよ」

 

 みんなに告げて玄関へ向かう。その後ろから、ぱたぱたと彼方がやってきた。

 

「湊くんをお見送りしなきゃ」

「いいよ、そこまでしなくて。ほら、おやすみ」

「む~」

 

 ついてこようとする彼方を手で制すと、むくれた顔をされた。

 もうすっかり外は寒い。女の子一人を出歩かせるわけにはいかない。許せるのはこの家の玄関まで。

 コートを羽織って靴を履いていると、お母さんまで来た。

 

「何から何までありがとうね」

「元から今日は全部やるつもりだったので、お気になさらず。それでは」

「泊まっていかないの?」

「ははは、ご冗談を」

 

 まさかこんな女の子だらけの空間に僕も混じるだなんて恐れ多いことしませんよ。

 

「湊くん、帰っちゃう前に一つだけ聞きたいことがあるの」

「何でしょう?」

「かなちゃんと付き合ってるの?」

「ズッ」

「やっぱりそう思うよね、お母さん!」

「うん。だって二人ともすっごく仲良しさんだもの」

 

 遥さんまで来ちゃったよ。

 

「仲良しだからってそういう関係とは……」

「でも二人でお皿を洗ってるのを見ると、そう思っちゃうくらいだったわ」

「それだけじゃなくてね、一緒にご飯を作ってる時も、食べてる時も、お姉ちゃんたち幸せそうなんだよ!」

 

 楽しいのはそうなんだけど、え、傍から見て分かるほどなの?

 

「あの……」

「かなちゃんは頑張り屋さんで、でも頑張りすぎる時もあるから湊くんが支えてくれると嬉しいな」

「えっと……」

 

 なんだこれ。僕、今帰るところだったよね? なんでこんなご家族にご挨拶みたいなことになってるの?

 彼方に助けを求めて目配せすると、手を頬に当ててにこにこと上機嫌状態。君が否定しなかったら多勢に無勢だぞ。

 

「ね、湊くん?」

 

 ゆったりしている雰囲気の割に勢いがあるの、彼方そっくり。いや、彼方のほうがそっくりなのか。

 こうなると躱すのは難しい。満足した回答が返ってくるまで引き留めてくるだろう。

 

「……彼方が望むなら」

 

 僕がそう言うと、近江家三人の上がっていた口角がさらに上がった。

 

「かなちゃん、押せ押せで行きなさい」

「うん。押せ押せ押せ押せだよ」

 

 二人とも引くことを知らないらしい。押して押して押しまくるのが近江家の家訓なのか? 少しは下がってくれると僕も面白い反応を返せるんだけど。

 とにかく言えることは、味方、いない。

 

「湊くん、また来てね」

「今日みたいなお話をしないのであれば、ぜひ」

「そうね。これ以上は余計なお世話になっちゃう。そうよね?」

 

 お母さまは言ってきた。そうよねって言われても、とは返せなかった。明らかに、全部分かってる顔だからだ。

 見透かされて、僕は急激に恥ずかしくなってきた。遥さんはともかく、親御さんにまで生暖かい目を向けられるなんて。

 どうやら、僕のほうもかなり表情や態度を出していたことにようやく気付いてしまった。ごまかしは通用しないみたいだ。

 

「湊くん、かなちゃんのことよろしくね」

「……どこまで察してます?」

「ふふ、親っていうのは子どものことよく見てるものよ」

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