もう年の瀬も近くなってきた、ということは同好会ファーストライブも迫ってきているということで、朝練や放課後だけでなく、休み時間も使って準備をしている。
だが別に追い込まれているってわけじゃなく、みんながみんなやりたいことをやろうとして、それが次々と出てきて、軌道修正の上に軌道修正が重なってるってだけ。
今日もまた、そんな可愛い我儘を聞くために食堂へと赴いていた。
時は昼休み。弁当を持って、少し遅れてやってきた三人……ランジュと栞子とミアと共にテーブル席に着く。
さてさてどんな話が飛び出してくるかと身構えていたが、栞子が言い出したことは僕が予想していたことだった。
「Alpheccaの番の後、そのまま勢いを削ぎたくないんです。ですが、私一人では荷が重く……」
栞子が懸念しているのは、全体の盛り上がりの話だ。ディアに続きロッティの出番が終わってその次が彼女。Alpheccaが会場のボルテージを上げた後に新人が出ることに、彼女は不安を感じているのだろう。
こういうこともあろうかと注視していたが、口を出すのは相談を受けてからと決めていた。これは侑も同意見だ。必要なら手を尽くすが、尊重すべきはスクールアイドル本人。
「だったらランジュに任せなさい! ファンのみんなを盛り上げてあげるわ!」
「あくまで栞子のターンだろ。メインは栞子じゃなきゃ」
目立ちたいのは分かるが、ランジュの番はちゃんとある。あるどころか、一番最初だ。しかしまあ、最初に出演して落ち着く女じゃない。それどころかうずいたままだろう。
「だったら、栞子センターで、ランジュとミアも混じって一曲やるか」
「ボクも?」
「ミアもスクールアイドルになって日が浅いからね。アピール出来る場は増やしておかないと」
それに、ミアも栞子と同じでそれなりの規模のライブすら経験してないのだ。ステージに慣れておかないと。
この案に三人は納得した。栞子はまだ少し不安そうだけど、練習を重ねることで大丈夫だと自分に言い聞かせるしかない。それでも足りないなら、ランジュが引っ張ってくれる。
「ねえ、三人でやるって隠しておかない?」
「どうして?」
「そのほうが面白そうだからよ!」
僕の問いに、ランジュは自信満々に答えた。
「そうですね。ファンのみなさんをドキドキさせられそうですし」
「ボクも、それでいいよ」
二人もやる気みたいだ。演者が良いというなら、当然言い出しっぺの僕は何も言うことは無い。
「決まりだな。内外問わずサプライズってことで」
「やったわ!」
ランジュは指をパチンと鳴らして、笑顔を弾けさせる。
「こんなに楽しそうなランジュは初めて見ました」
「だって、アタシが同好会に入って初めての大型ライブだもの」
第二回スクールアイドルフェスティバルのランジュはあくまで、虹ヶ咲学園にいる無所属のアイドルだった。それが今や、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のランジュだ。
それは、その輪の中にいるのは、彼女がずっと望んでいたことだ。日本に来るずっと前から。
「それに、ランジュとみんなの直接対決の場でもあるのよ。これで燃えないのはランジュじゃないわ!」
「燃え尽きなきゃいいけどね」
「あら、ミアはアタシが落ち着くと思ってるのかしら?」
「少しは落ち着いてほしいと思ってる」
ちなみに僕も思ってる。栞子とミアは大人しいほうだけど、それを補って余りある……ええと、賑やかさがあるから。
「栞子も大変だね。こんなのと幼馴染なんて」
「もう慣れました。ランジュも姉さんも大概なので」
「同情するよ」
僕の身内は手のかからない大人しくて可愛い璃奈だからね。羨ましいだろ。
さて、そうと決まればアイデアを詰めに詰めていく。といっても主であるのは栞子だ。彼女の意向により派手な演出は無しにして、あくまで二人はバックダンサーのような形で出演してもらうことにする。
侑の作った曲に合わせての振り付けはまだ少ししか決まってない。元から決まってるのに人を増やすよりか、元から三人のを考えたほうが楽なのかも。考えるの僕じゃないから今すごく責任感のないこと言ってる。
「あれ、湊、弁当箱変えたの?」
現段階で思いつくことは絞りつくして、少し休憩。夢中になっていたせいで食事も取れていなかったから、そちらを優先した矢先、ミアが訊いてきた。
最初の頃は昼休みにぱっと出ていっていた彼女は、最近教室でご飯を食べることも多くなってきた。当初は前の席の僕と、日を経るにつれてクラスメイトも一緒になって。おかげでミアは、音楽科クラスに馴染んでいる。僕の弁当箱が、いつものとは違う物だって気づくくらいには。
「いやこれは……」
顔を上げると、栞子もランジュもこちらを見ていた。それもなんだか興味津々な顔で。
「料理の彩りについて教えてほしいって彼方に言ったら、百聞は一見に如かずってことで作ってくれることになった。で、その成果を示すために、彼方の分は僕が作ってる」
「お弁当を作り合ってるってことですか? それって……」
「なんというか、なんて言ったらいいか……」
三人とも顔を見合わせ、ひそひそと話しだした。声量はそのままだから、ひそひそっていうのは間違いだな。
「友達ってそういうことするの?」
「いえ、普通の友達はおかず交換くらいかと」
「なんにしろ普通じゃないよな」
聞こえてる。
△
話せば話すほどライブの演出や進行のアイデアを出してくれるみんなとはほとんど毎日打ち合わせをしている。しかも、ライバルでもある他のスクールアイドルには内緒にしてほしいと異口同音に頼まれる。
そういうわけで、三年生とAlphecca、そして新入りの計八人は僕が担当して、それ以外は侑がとりまとめ。ライブ直前までこの忙しい日が続くのだろう。とはいえ不満があるわけじゃない。同好会単独のファーストライブとなればそれはもうワクワクが何よりも勝ち、嬉しい悲鳴を上げに上げている。
さて次は彼方の番だ、と連絡を入れたのだが返ってこない。これは特に珍しくもないことだ。
おおよその場所の検討はついている。彼方のローテーションを考えて、一番に思いついたところへ行くと、ビンゴだった。
「彼方……」
「おやすみしてます」
見れば分かる。
部室棟から出てすぐ、暖かい日差しが降るベンチで、しずくに膝枕をされて寝息を立てている彼方がそこにいた。
「仕方ない。起きるまで待つか」
勉強、アルバイト、家事。スクールアイドル以外にも彼方のやっていることは大量にあり、それは変わってない。だから本当にどうしてもという時以外は、出来るだけ休んでいてほしいのだ。
「栞子さんたちと打ち合わせしてたんですよね? どうでしたか?」
「順調だよ。君、度肝抜かれるかも」
しずくの隣に腰かける。
順番を変えて果林を先に呼び出してもよかったんだけど、そう焦ることもない。二人の様子を見ていたら余計にそう思えてきた。
「しずくは? 担当の侑と詰めに詰めてるところだろ」
「問題ないですよ。湊先輩こそ感激しすぎて心臓止まっちゃうかも」
「それは望むところだね」
ファンとしては、それくらい衝撃のあるものを見たい心理がある。ただし、しずくのファン第一号であり、ずっと近くで見てきた僕を尊死させるのは容易じゃないぞ。
「彼方を探しに行ってもらうことあるけど、毎回こんなことしてるの?」
「たまにですよ。週に二回くらい」
「たまに、じゃないじゃないか」
もうほとんど習慣と化してるじゃないか。
「同好会が出来たばかりの時は、彼方先輩張り詰めてたじゃないですか」
僕らがスクールアイドル同好会を始めた時には、体力的にも精神的に追い詰められていた。個性のぶつかり合いが激しくて、まとまるものもまとまらなかったあの時を思うと、今こうやってのびのび出来るのが嘘みたい。
三年生である彼方もエマも必死にどうにかしようと頑張ってくれていたけど、結果は至らず。一度解散した時も相当胸を痛めていた。
「だから少しくらいは、気楽にしていてほしいんです」
彼方のさらさらとした髪を撫でて、しずくは言う。張り詰めていたという点では彼女も同じはずなのに、優しい子だ。
「良い後輩を持ったな、彼方は」
「良い同級生もいますしね」
その中に僕も入ってるだろうことは、聞かなくても分かった。
「湊先輩のおかげで肩に力が入らなくなって、のびのびとしている今の彼方先輩を見ていると、その、素敵だなって思うんです」
「素敵?」
「はい。理想の関係って、こういうのを言うんだって」
そう言われて、僕はなんとも言えない顔をした。しずくにもそんなこと言われるなんて。
遥さんにも、彼女らのお母さんにも、僕が抱いているものはきっとバレている。彼方本人にだってバレてるに違いない。
「分からないフリはダメですよ、湊先輩」
「したことない」
「誰でも分かるウソつかないでください」
いやほんと。これマジ。
「彼方先輩、意外と頑固ですから逃がしてくれませんよ。きっともう手遅れです」
「……」
「認めちゃったほうが楽ですよ」
「本人の目の前でする話じゃない」
「眠ってるから大丈夫です」
部室でも、愛のダジャレに爆笑する侑がいても起きないくらいだ。この会話程度じゃ目を覚まさない。狸寝入りでなければ、秘めていた心を打ち明けるにはいい機会だろう。少し気恥しいけど。
「誰にも言わない?」
「最低でも侑先輩とかすみさん、愛先輩と……ロッティさんとランジュ先輩には言いません」
それならまあ……許容できるかな。
僕は深く息を吐いて、ベンチの背もたれに体を預ける。
「一緒に過ごして一年も経ってないけど……」
それでも、彼方のことはよく知っている。それは彼女が見せてくれたもので、僕が知りたくて探したもので……同じくらい、僕は自分のことを見せた。
見てほしくて、知ってほしくて、情けないところもカッコ悪いところも含めて──僕を愛してほしくて。
「その子が望むならなんでも。そう思ったのは、他に璃奈だけだ」
共にいられるのなら、全てを懸けられる。そんな狂ってしまいそうなほどの、彼方への愛情が僕の中にある。顔を見るたび、話すたび、料理をするたび……二人での時間が増えるごとに、膨らんで止まらない。
よくもまあ僕の体に収まってるな、なんて大きさの情熱が、毎日身を焦がすほどに燃えている。燃え続けている。
「最大級の表現ですね。直接言えばいいのに。起こしたらよかったのかな……」
「起きてたら言わないよ、こんなこと」
「いつかは、言ってあげてくださいね」
「機会があれば」
蓋をしても漏れ出るくらいだ。その『機会』は、そう遠くないところまで来ている。願わくば、期待通りの結果になると嬉しいんだが。
「それはそうと、今度恋愛劇のセリフ書きませんか?」
「めちゃめちゃ断る」