クリスマス。つまりラブライブ東京予選の日。
参加する各校を応援したいと集まった有志の人たちによって、冬の寒さも吹き飛ぶほどの熱のあるエールが届けられた。
その後のライブは、どの学校も甲乙つけがたいほどキラキラしていて、どこが本選に上がるか全く予想がつかない。
それも終わって、心が躍ったままみんな帰っていく。
勇気づけて、勇気づけられて、でもほとんどが本選に出られないけど……やってよかったと思ってくれたら、と思う。
「湊くん」
僕らも解散となって帰り支度をしている時に、彼方が寄ってきた。
「璃奈ちゃんはお泊りだっけ?」
「そう。かすみの家に、しずくと一緒にね」
そういうわけで、今日は家に帰っても僕一人。最近じゃそう珍しいことでもないけど、寂しいことには変わりない。
「ねえ湊くん、提案なんだけど」
「ん?」
彼方はにっこりと笑みを浮かべる。まずいぞ、こういう笑顔をするのは、ろくでもないことを考えている時だ。
退散しようと脳が発信した時にはもう遅く、がっしりと手を掴まれていた。
「泊まっていかない?」
一瞬、何を言われてるのか分からなかった。ゆっくり時間をかけて咀嚼しても、やっぱり理解できない。
「お母さんたち、お仕事で遅くなるって。だから一人でいるの寂しいな~」
「だからって、僕が君の家に泊まるのは、なんていうか……」
「お母さんも、よろしくって言ってたでしょ?」
「あれってそういう意味じゃないだろ」
「そういう意味だけど」
大事な娘のことだぞ。僕にそんなこと任せるつもりなんてないじゃないか。
ここは、はっきりと危険を伝えておかないと。
「僕、男だぞ」
「知ってる。それで?」
「僕が言いたいのは、男女が一晩同じところで過ごすのは良くないってこと」
「それって今さらじゃない?」
「合宿のことか、しずくの家に泊まりに行ったことを言ってるなら、あれは君たちが強引すぎたからだし、それに二人きりじゃなかった」
「二人きりだとダメ?」
可愛く首を傾げる様子を見ると揺らいでしまいそうだが、心を強く持たないと。
「駄目だよ。僕らはほら……そういうのじゃないし」
「むう」
彼方は唇を尖らせると、押し倒さんばかりの力で抱き着いてきた。なんとか踏ん張って耐えたけど、彼女はますます腕の力を強めてくる。
「か、彼方」
「困っちゃえ」
なんなら君が思ってるよりも困ってる。
心臓がバクバク言ってる。厚手のコートの上からでもはっきり分かってしまうだろう。
「湊くん、ドキドキしてる」
「そりゃそうだろう」
「そりゃそうなの?」
「そりゃそうなの」
答えると、彼方は満足げに顔を綻ばせた。
「……離してって言ったつもりなんだけど」
「このままがいいって聞こえたよ?」
△
「いらっしゃーい」
「うん、良い部屋だね相変わらず。それじゃ僕はこれで」
「いらっしゃーい」
「ちょ、引っ張らないでって……力強っ」
遠慮なんてものはなく、彼方はぐいぐいと僕の腕を引っ張る。そうして一分後には、コートを脱がされ、リビングのソファに座らされていた。
「送るだけで、入るつもりなかったのに……」
「まあまあ。あったかいお茶どうぞ」
「あったかいお茶どうも……」
根負けして近江家まで着いていって、結局は力負けしてしまうとは、心身ともに情けない。
僕のそんな心情を知ってか知らずか、彼方は僕の隣に腰を下ろした。
暖房を入れて、お茶を飲んで温まる。せめて二人だけじゃなければ、落ち着いてゆったり出来ただろうに。
湯呑の中を半分ほど飲んで、テーブルに置く。
このまま素直に帰してはくれなさそう。仕方なく観念して、気になったことを聞いてみる。
「家に一人だからって、そんな理由じゃないだろ」
今日、ここに来るまでの過程が強引すぎたのが気になった。時折それに近いことはあっても、こうやって無理やりに引っ張ってくることなんてなかったのに。
そう問うと、彼方は頷いた。
「たまには、こうやって湊くんと二人でいる時間も欲しいなぁ~って」
「二人で?」
「うん、二人で」
彼方も湯呑を置いて、僕を見つめてくる。熱のある視線に射抜かれそうになって、思わず喉を鳴らしてしまった。
「ねえ湊くん」
吐息がかかるほどの至近距離で、彼女は口を開いた。
「好き。私ね、湊くんのこと好きだよ」
潤んだ眼を向けられて、そんなことを言われて、どきりと心臓が跳ねる。
「湊くんの優しいところも、ちょっと意地悪なところも、みんなのために頑張ってくれるところも、全部全部大好き」
顔が、声が、息が、僕の抵抗力を奪う。
「だから、私を選んでほしい」
トドメの一撃に、頭がぐらりと揺れる錯覚に陥った。倒れなかっただけ褒めてほしい。
だってこんな、夢みたいなことを言われるなんて。
頬をちぎれるくらい引っ張ろうとするのを我慢して、潤したばかりなのにカラカラになった喉から声を絞り出す。
「僕でいいの?」
「湊くんじゃなきゃダメ」
僕の言うことが分かっていたかのように、即答。
「信じられない?」
「自分に都合の良いことが起こりすぎてちょっとね」
好きな子に好きと言われて浮き足だってしまうところだけど、そういう時こそ冷静に、だ。
うーんと、と悩んで彼方は再び口を開いた。
「例えば……私が近江彼方じゃなかったとしたら、湊くんが私に作ってくれた曲、そのまま作った?」
「それが……」
「答えて」
有無を言わせない彼方に抗っても無意味だと悟り、従う。
「いいや」
「どうして?」
「彼方じゃないから」
彼女のために作った曲は、他の誰を表したものでもない。近江彼方にこそ歌ってほしいと願った曲。だから彼女がいなければ、あれは生まれてなかっただろう。
例えばちょっとしたコラボやイベントで他人が歌ったりというのを除けば、彼方以外が歌っても意味が無いのだ。
「同じだよ。どれだけ顔が良い人がいても、お金持ちだったとしても、すごく勉強が出来たとしても、料理がプロ級だったとしても……そんなの関係なく、私にとっては湊くんしかいないの。他の誰だろうが湊くんじゃない。湊くんじゃなきゃ意味ない」
一気に言い放った彼方は一呼吸おいて、そうでしょと目で訴えてきた。
「だから、か」
「そう。だから、だよ」
本気なんだな。
クリスマスだからってわけじゃなくて、本当の本当に彼方は僕のことが……
「ほら、湊くんも覚悟決めて」
「……笑わない?」
「笑わないよ」
「あと、早いとか重いとか思わない?」
「湊くん次第……うそうそ」
眉間にしわを寄せたとたん、ちょっと慌てた様子で訂正してくる。ちょっと出鼻を挫かれたけど……ここまで言ってくれた彼女に、ごまかしたりはぐらかすのは不義理だ。
だから、僕は顔が熱くなりきらないうちに、口を開く。
「君に一生を捧げる覚悟なら、とっくに決まってる」
いつからそう思ったのか分からない。どこでそう思ったのかも。でも共に過ごしているうちに、惹かれていったことは確かだ。
僕がここに誘われるまま断り切れずに来たのも、つまりは期待してたんだ。彼方が言う『二人の時間』を、僕も欲していた。
「っ」
「うおっ!?」
彼方に押され、僕は背中から倒れてしまう。ソファに横になった僕に、彼方の体が覆いかぶさった。
彼女は僕のことを息が止まってしまうくらいに強く抱きとめて、それからがばっと顔を上げる。
さっきまであった真剣そうな顔はなりを潜めて、いつものにんまりとした微笑みが迎えてくる。
「早いし、重いよ、湊くん」
「言ったな。それに笑ってる」
「だって嬉しいんだもん」
そう言って、顔を胸に埋める。
ばくばくと、心臓の音がうるさい。時計の針の音も聞こえなくなってしまうくらいだ。
「も~、湊くんは彼方ちゃんのこと大好きなんだから~」
しかたないなあみたいな口調で言われる。否定できないから言い返せない。
彼方が望むならなんでも。僕はしずくにそう漏らした。家族である璃奈と同じくらいに、何でもしてやりたいほどに、彼女を愛しているのだと。
こうやって抱きしめられるがままなのは、それが良いと僕自身が求めているからだ。
「みんなといる湊くんもいいけど、こうやって独り占めにするのもいいねえ」
「そんないいもの?」
「そうだねぇ。がっしりしてる……なーんてお世辞でも言えないけど、でも安心するよ」
「僕は全く落ち着かないけど」
彼女の家で、彼女に押し倒されて安心出来るほど胆力はない。
「んー、んへへ、彼方ちゃんにドキドキしちゃってるんだ」
「そりゃあ、君とこんなにくっついてたらね」
どうにかなってしまう前に、なんとか彼方を引き剝がして座りなおす。
「ってこら。素直な湊くんへのご褒美なのに」
「僕の理性が残ってる間に言うけど、そういうことしてると何されても文句言えないぞ」
「それ聞いて、彼方ちゃんが躊躇すると思う?」
「してほしいから言ってる」
拳一つ分だけ距離を開けて、すぐさまそれを埋めてきた彼方をどうどうと鎮める。
「君のことを大切に思ってる。だから、タガが外れたとかで変なことはしたくないんだ」
「わーお、彼方ちゃん愛されてるぅ~」
「そうだよ。だから、浮かれるのはいいけどそれ以上はなし」
今、僕の手を握ってるのが今日のピーク。それから先をしようとすると、ほんとに僕がもたないから。
天王寺湊の安寧のためにも、理性の糸を張りなおす時間が欲しい。
「じゃあ復唱。『彼方ちゃんが魅力的すぎて我慢できなくなるからやめてください』」
「同じようなこと言っただろ、さっき」
「同じような、じゃ意味ないんだよ~。はい、『彼方ちゃんが可愛くて魅力的過ぎて我慢が抑えきれずに襲っちゃうからやめてください』」
「増えてる」
△
翌朝、まんまと近江家で一夜を過ごしてしまった僕は、キッチンでフライパンを転がしていた。
「お皿どこ?」
「ちょっと待ってて」
いつもより綺麗な形に仕上げることが出来た卵焼きを、彼方が並べてくれた皿に乗せる。
「上手いね、ふっくらしてる」
「朝食は一番大事だからね。璃奈のためにそれはもう特訓したもんだよ」
「さっすが~」
しかしこれでも彼方には及ばないんだから、いかに彼女の調理スキルが凄まじいか理解する。料理専攻に勝とうとは思ってないけど、追いつくくらいはしてみたいものだ。
「ただいまー」
玄関が開いて、ぱたぱたとリビングに誰かがやってくる。見るまでもない、遥さんだ。
かなりお疲れの様子で、それと同時にラブライブステージが終わった解放感で力が抜けていた。
「遥ちゃん、おかえりー」
「おかえり。ラブライブのステージ、良かったよ」
遥さんはきょとんとして、目を見開いた。
「おはよう、お姉ちゃん……と、湊さん? こんな朝からどうしたんですか?」
「朝ごはん作ってもらってたんだー」
「へーぇ?」
可愛く首を傾げて、彼女は僕と彼方を交互に見る。
気づくな気づくな。僕の着替えが無いからって制服のままなの気づくな。
「制服……」
気づくな気づくな。休日なのに制服でいる意味に気づくな。
「……もしかして、湊さんお泊りしました?」
「……」
「お姉ちゃんと一緒のベッドで寝ました?」
「……遥さんもご飯食べる?」
「沈黙は肯定だよ、湊くん」
沈黙してなかっただろ。話題を逸らそうとしただけ。いや、それも答えだな。
「ええと……それって、つまり、お姉ちゃんと湊さんは……」
事に気が付いて、遥さんの目が開かれていく。
彼方はにやりと笑った。
「湊くん、大胆だったよ」
「ひゃあ!」
「僕何もしてない! 意義あり! 冤罪をかけられてます!」
「却下します」
するな!