天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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12 エマさんのイメージ

「あ、湊さん」

「優木さん」

 

 廊下を歩いていると、後ろから練習着に着替えた優木さんが声をかけてきた。

 

「今から部室?」

「はい。少し生徒会の仕事を片付けていて。湊さんも?」

「先生が楽譜整理するっていうから、手伝ってたんだ」

 

 音楽室横の部屋に、教材としての楽譜を並べて置いてあるのだが、ここ最近は忙しくて適当に突っ込んでいたらしい。

 まったく、困ってそうだから声を掛けたら、あんなにこきつかわれるとは思わなかった。

 

「ふふ」

 

 そんなつまらない話なのに、優木さんは小さく笑った。

 

「どうした?」

「湊さんらしいと思いますよ」

「僕らしい?」

「はい」

 

 にこりと微笑んでいるが、言葉の真意がわからない。

 天王寺湊らしいとは、どういうことだろう。人にこきつかわれてるのが、だろうか。うーむ。

 

 他愛のない話を続けてるうちに、あっという間に部室前に着く。

 中ではすでに着替えを済ませていることは、連絡を貰っているのでそのまま開ける。

 

「こんにちはー」

「遅いですよ、せつ菜先輩、湊先輩!」

 

 開口一番、迫力のない怒った口調で中須さんが指差してくる。

 

「もしかして、もう話始めてた?」

「いいえ。せっかくですから、全員揃ってからにしようと待っていたところです」

 

 今日は、宮下さんや璃奈が入部したこともあって、それなりに大事な話をする予定だった。

 まだそのことについては触れていなかったみたいで、ここまでは各々でわいわい喋っていたようだ。

 

「話って?」

「これからの活動について、です」

 

 エマさんの疑問に、優木さんが返す。

 

「まずは、これを見てください!」

 

 中須さんはPCを広げ、とある動画を再生した。

 そこには、我らスクールアイドル同好会の初動画として上げた、上原さんの自己紹介映像が映っていた。

 

「あ、歩夢の動画だ」

「ど。どうしてこれをみんなで?」

「実はこれ、最近再生数めちゃめちゃ伸びてるんですよ」

 

 中須さんが指差したところに書かれている数字は、2000ちょっと。

 自己紹介動画でこの数字は、立ち上げたばかりのスクールアイドルとしてはめちゃめちゃ大きい。

 あらゆるジャンルを含めて、再生数1000を取ると上位10%に入るってどこかで見たな。それを考えると、ずいぶんとヒットしている。

 

「元々有名だった優木さんが復活して、新曲披露したのはかなりでかい話題だったみたいだ」

「あ、アタシの友達もみんな、せっつーの動画見てるって!」

「そういう宮下さんも、かなり見られてるみたいだよ」

 

 優木さんには劣るものの、宮下さんのMVは新人とは思えないほどの再生数と高評価を叩きだしている。

 彼女自身の知名度が校内外問わず高いおかげでもあるだろう。同好会メンバーに自信をつけさせるために宮下さんを選んだが、思わぬ副産物だ。

 

 このおかげで、虹ヶ咲のスクールアイドル同好会自体がそれなりに注目され始めている。

 そこで、と僕は人差し指を立てて、みんなの目を集めた。

 

「知名度はかなり稼げたし、次はどんな動画を出そうか話し合ったんだ」

「私たちもソロアイドルとして、プロモーションビデオを作りませんか?」

 

 僕に続いた優木さんの言葉に、みんなが首をかしげる。

 

「いま、自己紹介動画があるのは上原さんと中須さんだけだから、この際一気に撮って出しするのもアリかなって」

「へえ、面白そうじゃん」

 

 宮下さんは乗り気だ。

 既に顔見せしている彼女の分は早めに出すとして、他にも目的はある。

 まだ出てないアイドルを先に紹介しておくことで、『この子はどんなパフォーマンスを見せてくれるのだろう』と期待を煽ることができる。人気が出てきて、アツい今こそやるべき作戦だ。

 

「エマさん、家族に見せるのにもいいじゃない? どんなPVにしよっか」

「家族に?」

「湊さんが来る前、ちょうどエマさんの故郷についてお話を聞いていたところなんです」

 

 ああ、そうか。

 エマさんはスイスから来た留学生だ。家族にも、元気でスクールアイドルやれてるところを見せておきたいだろう。

 できればとびっきり良いのを作り上げたいところだが……

 

「どんな……かぁ」

 

 肝心のエマさんは、ふわふわした雰囲気のままだった。

 結局結論は出ず、参考のために過去に投稿した動画をじっと眺めることにした。

 

「やっぱりかっこいいね、せつ菜ちゃん」

 

 うんうん、と全員頷く。

 男女両方から見ても、文句なし。誰もが憧れるほどだ。人気あるのもわかるなあ。

 

「編集はみーくんだっけ?」

「……と、高咲さん」

「と言っても、私は横から口出ししてただけなんだけどね」

 

 謙遜しているが、高咲さんのアドバイスが無ければここまでのものは出来なかった。

 優木さんに合うような映像のイメージを具体化したのは誰であろう彼女なのだから。

 応えるのは骨だったけど、どんどん完成していく動画を見て手が止まらなかった。

 

「優木さんのは、テーマが決められてて作りやすかったよ。本人がやりたいこともはっきりしてるしね。中須さんも同じで、自分のことをわかってるとスムーズにアイデア出しができるから、曲も作りやすい」

「うんうん、かすみちゃんはやっぱり可愛い、だよね」

「さすが先輩! わかってくれてますね!」

 

 上原さんだって、彼女を良く知る高咲さんのおかげでそんなに難しくなかった。

 テーマ、イメージ、特徴……それらを先に決めておくと、サポーターであるこちらとしてもかなりやりやすくなる。

 

「イメージ。みんなのイメージ……か」

「お二人はこんなところでしょうか」

 

 ホワイトボードにそれぞれのぱっと思いつく特徴を書いていく。

 

 彼方先パイ

 ・パジャマ

 ・子守唄

 

 愛先パイ

 ・ダジャレ

 ・スポーツ

 

 深く突っ込みはせず、あくまで代表的な印象。

 初めから深堀りしても視聴者はついてこれないだろうし。

 

「エマさんはPVのイメージってありますか? 目指すアイドル像とか」

「私ね、人の心をぽかぽかさせちゃうアイドルになりたいと思ってて」

「エマさんぽいかも」

「でも、それがどんなアイドルなのかよくわからなくって」

 

 う~ん、と唸る。

 ぽかぽか、というのが抽象的すぎて、わかりづらい。高咲さんの言う通り、エマさんぽいといえばそうなんだが……

 

「演劇だったら、衣装を着るとイメージが湧いたりするんですけどね」

「なるほど」

 

 桜坂さんの案はなかなか良いかもしれない。まずは形から、なんて言葉もあるくらいだし。

 

「だったら……」

 

 

 

 

「これ良さそう」

「こっちも可愛いですよ」

 

 みんなが煌びやかな服を手に取るのを尻目に、僕もハンガーにかけられた衣装を吟味する。

 

 やってきたのは服飾同好会の部室。生徒作とは思えないほどの質の服が所狭しと並んでいる一室だ。

 

「こんな快く貸してくれるなんて」

「ここに優木さんのファンがいるから、これくらいなら交渉できるかなって」

 

 校内で優木せつ菜のファンは多い。服飾同好会の部長もそうで、以前から会わせてくれとせっつかれていたのだ。

 当の彼女は、数人に囲まれて握手を求められている。

 

「朝香さんも連れてきて正解だったよ」

 

 隣に並ぶ朝香さんに声をかける。

 彼女のクラスメイトがこの同好会に所属してたから、協力依頼してもらったのだ。

 僕もこの同好会とは、衣装を貸してもらったり作ってもらったりで交流はあるが、味方は多いほうがいい。

 

「まったく、私も暇じゃないのよ?」

「エマさんの活動のためって言ったらすっ飛んできたのは誰なんでしょうねえ」

「わあ、果林ちゃん、ありがとう!」

「あ、当たり前じゃない。エマにはいつもお世話になってるもの」

 

 エマさんの素直なお礼には弱いらしく、朝香さんは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 初対面の時には食わせ者だと思ったが、それなりにわかりやすい人でもあるみたいだ。

 

 さて、メインはエマさんのイメージ模索。

 彼女の印象からのではなく、逆に形から入って思い描いてみようという作戦だ。

 

「お嬢様、おかえりなさいませ……なんて」

「ぐぬぬ、かわいい……」

 

 早速、メイド服でポーズをとるエマさん。嫉妬する中須さん。

 うーん、無限。無限に可愛い。

 

 続けて浴衣、チアリーダー、熊のきぐるみなどなど。どれも似合っていて甲乙つけがたい。きぐるみでもそれっぽいってなかなか反則級だな。

 普段はほんわかしているのに、いざとなったらきびきびしてるし、意外と聡かったり、快闊だったり……案外オールラウンダーなのかも。

 

「ねえエマさん。次の衣装に着替える前に、一緒に写真撮らせて」

「もちろん」

 

 高咲さんがうきうきとスマホを構える。

 これだけ良い姿を見せられて、写真を撮るなと言われるほうが厳しい。

 

「じゃ、僕が撮るよ」

「え~、湊先輩も写りましょうよ」

「写真撮られたら魂抜かれるからやだ」

「どんだけ昔の迷信ですか……」

「とにかく、僕はいいから。はい並んで並んで」

 

 半ば強引にスマホを受け取って構える。せっかく協力してくれてる服飾同好会の人たちも画角に入れて、ピントを合わせる。

 

「朝香さんは?」

「私もパス」

「入ったらいいじゃないか」

「私は、同好会の人間じゃないもの」

 

 そんなの別に気にしないでいいのに。親友のエマさんの隣に並ぶくらいの権利はあるのに。

 前に話した時より、少し冷たいような気がする。

 

「宮下さん、もうちょい寄って。ん、よし。はい、チーズ」

 

 同好会のみんなと、他の同好会の人たち。うん、()()()()アイドルって感じ。

 二、三枚続けて撮っていると、横から朝香さんが手を伸ばしてきた。

 

「やっぱり、あなたも入ってきたら? 私が撮るわよ」

「わざわざ朝香さんの手を煩わせるほどじゃないよ。それに、同好会の活動写真として使うつもりだから、僕が入ったら邪魔になる」

「邪魔だなんて、そんな……」

「いやいや、スクールアイドルの写真に男が写ってるって、それだけで炎上もの……らしいから」

「難儀ね」

「君もそうじゃないの?」

 

 プロのモデルとなれば、男性関係は特に気を付けなければいけないことだ。

 朝香さんもけっこう言い寄られてると聞く。断りの文句もなかなかパターン持ってそう。

 

「それに、僕も、だから」

「……?」

「はい、高咲さん。あとでその写真送ってくれる?」

「了解ですっ」

 

 スマホを持ち主に返すと、そのまま慣れた手つきで操作する。どうやらいま送ってくれているようだ。

 

「あら」

 

 隣を見ると、朝香さんもまたスマホを手にしていた。

 誰かから、たぶん恐らくお仕事関係で連絡が来たのだろう。

 

「悪いけど行くわね」

「ん、今日はありがとう。いや、今日も、かな」

「エマのためならいつだって」

 

 

 

 

 陽は傾いて、もう空は真っ赤に染まっている。

 部室棟外のベンチに身体を預けて、僕はぼーっと上を眺めていた。

 

「ごめんね、残ってもらっちゃって」

「いや、いいよ」

 

 衣装合わせのあと、僕を呼び出した張本人であるエマさんがやってきた。ベンチの端に身を寄せて、彼女が座るのに十分なスペースを空ける。

 彼女は縮こまるようにして、遠慮がちに腰かけた。

 

「で、相談って?」

 

 そう訊いても、エマさんは口を開かない。

 

「朝香さんのこと?」

 

 エマさんの肩がぴくりと動いた。

 

「今日ずっと、朝香さんのことを気にしてたみたいだから」

「あはは、湊くんには敵わないなあ」

 

 気づこうとしなければ本当に気づかないレベルだったけど、今日、エマさんはちらちらと朝香さんの反応をうかがっていた。

 この様子だと、この問題は今日だけじゃないみたい。

 

「私は、果林ちゃんとも一緒にスクールアイドルやれたらなって思ってるんだ」

 

 僕は目を丸くした。

 

「最近スクールアイドルの話もしてくれたりして、手伝ってくれたりもして……でもなんだか興味がないフリをしてるんだ」

「なるほど……」

 

 良い人なのは知ってる。彼女がやりたいなら歓迎もする。みんなだって拒否はしない。

 問題はやはり、本人の意志だ。どこまでいってもそれが壁になってくる。どこまでいっても。

 

「でも、私が訊いてもはぐらかされるばっかりで、どうしたらいいのかわからなくて……」

 

 そういうことか。

 エマさんのアイドル像がいまいち見えなかった理由がわかった。

 

「エマさん自身が、『ぽかぽか』になってないからだ。朝香さんをぽかぽかにできないからって、君自身も曇ってるんじゃないのかな」

「そう、かも」

 

 エマさんが顔を伏せる。

 

 写真を断った時に感じた朝香さんのそっけなさは、それが原因か。

 どういった心境かはともかく、スクールアイドルに対する何らかの憧れがあるのだろう。それを無理矢理抑えている、と。

 言葉と態度のちぐはぐさは、僕みたいな他人が違和感を覚えるくらいだ。当人であるエマさんはどれほどのもやもやを募らせて、悩んでいることだろうか。

 

「一番近い人を笑顔にできないで、私にアイドルなんてできるのかな……」

「できるよ」

 

 そんな暗い顔を見たくなくて、浮かんだ言葉をぱっと出す。

 

「根拠とか方法とか、そんなのは知らないけどさ。でもエマさんならできるって、信じてる」

 

 口から出るに任せているが、偽りのない純度百パーセントの本音だ。

 

「抑え込んでたり、恥ずかしいとかで言えないことはたくさんあると思う。朝香さんだって、普通の女子高生だしね。でもきっと、真正面から話したら、ちゃんと答えてくれるよ」

 

 きっと、誰であっても彼女の包容力には逆らえない。良くも悪くも純粋なエマ・ヴェルデの前では、素直に話してしまう気持ちになってしまう。

 親友である朝香さんでも、いやだからこそ、何度も何度も話を重ねれば、隠し事をすることに耐えられなくなる。

 反則だ。

 話を聞いてもらいたい。甘えたくなる。全てを曝け出したくなる。

 それは、受け入れてくれるだろうという安心感が、エマさんにはあるからだ。

 

「エマさんにはその力がある」

「……ふふ、ふ、あははっ」

 

 少しの沈黙のあと、エマさんは噴き出した。

 抑えられない、といったように大きく口を開けて大仰に笑っている。

 変なこと言ったか、と少し面食らったが、収まるまで待つ。

 

「なぁにそれ。全然、なんの証明にもなってないよ」

「いやいや、君ができたら証明完了だよ」

「えー、それ、私任せってこと?」

「結局、最後を左右するのは君の行動だよ。僕にできるのは、ちょっとした後押しだけ」

 

 そう。エマさんがどう動くのか、朝香さんがどういう決断をするのか、決めるのは彼女たち自身だ。

 僕は、せめて彼女たちが後悔しないように見守るくらいのことしかできない。全力で微力を尽くさせていただくだけだ。

 

「ありがとう、湊くん。元気出たよ」

「礼は、全部が上手くいってから」

「うん。その時は、果林ちゃんも一緒にね」

 

 差し込む夕日にエマさんの顔が照らされる。

 その姿はまるで、おとぎ話にでてくる女神様のようだった。

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