天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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彼方編5 食卓

 今時の学校に七不思議なんてあるのかと聞かれれば、虹ヶ咲にはあると僕は答える。といっても、そういうのが噂されてきたのがごく最近らしくて、新聞部がネタに困った時に欄を埋めたのが発端なんだけど。

 オカルト研究会以外はほとんど興味を示さなかったそれに、ロッティとディアが食いついた。

 もう二月になるのでオーストリアに帰った彼女らだが、わざわざビデオ通話を繋いでまで七不思議探索へ行こうと言い出したのだ。

 依頼を受けたのはせつ菜。そこにちょうど居合わせたエマも加わり、引継ぎ資料を作っていた僕が巻き込まれた形だ。もう年度も変わるのに、というか僕ら三年生は受験もあるのにと言ったのだが、資料作ってて勉強してないじゃんと論破されてしまった。

 そういうわけで、この後の約束がある時間までは付き合うことにした。

 

「七不思議の二つ目、食堂の奥の席に座る人に悩みを打ち明けると解決する、ですね」

〈オー、フシギ!〉

 

 ちょうど食堂に入ったところでせつ菜が自分の手帳に書かれていることを読み上げると、ロッティが声を上げた。

 七不思議一覧を教えてくれたのは新聞部とオカルト研究会、それに超常現象解明部。被っていない不思議もあったせいで十二不思議となってしまったが、そこはまあよくあることだろう。

 

「奥の席?」

「窓に近い、一番奥か二番目のところらしいです」

 

 せつ菜が指差したのは、太陽照りつける窓際。あそこ、夏は暑くてほとんど人が寄りつかないけど、冬は暖かくて人気なんだよな。

 

「その噂、本当なのか? 僕、結構あの席使うけど、そんな人見たことないぞ」

「……それって」

「エマは?」

「私も果林ちゃんもよくあそこにいるけど、見てないなあ」

 

 そう、そんな相談受け付けてますよみたいな人を見たことがない。奥過ぎるせいか、座ってるのはたいてい同じ顔ばかりだが、まあ普通に知り合いと喋ってる。それだけのはずだ。

 

〈ちなみに、ミナトたちは座ってる時、誰かに話しかけられたりする?〉

「しょっちゅう。音楽科の子とか、文化系の部活の人とか。他にもまあ色々と」

「私は、同じ国際交流学科の人たちと。果林ちゃんも同じ科とか、服飾同好会の人たちと話したりしてるよ」

 

 僕らがそう言うと、画面の向こう側からむむむと唸りが返ってきた。

 

〈言わずもがなのミナトに、包容力のあるエマ〉

〈それニ、ズバッと言っテくれるカリン〉

「謎は全て解けました!」

 

 せつ菜がびしっと人差し指を立てる。

 

「つまり、エマさんたちがお話しして解決に導いてるのが伝わって、そうなったんですね!」

「導いてる? 私たちが?」

「そうかも。そうじゃないかも」

〈自覚なし〉

〈この二人ハそういうとこあルからナァ……〉

 

 しかしそれが本当なのだとすれば、随分尾ひれがついたものだ。都市伝説ってそういうものなのかもしれないけど。

 

〈これで同好会のうち、四人がフシギっテことだネ!〉

〈不思議ちゃん〉

「言い方が……」

 

  うちに不思議系アイドルいないよ。

 

「で、次は?」

〈エート、第三のウワサ。なぜか男子をマッタク見なイ〉

「次行こう、次。世の中には知らないで良いことっていうのが、二~三十万くらいあるんだよ」

〈多い〉

 

 そもそも、男子が全くいないってことはないだろう。女子が多すぎるだけ。年を経るごとに男子率も徐々に上がっていってるはずだ。ほんとに徐々に、だけど。

 

「おーい、湊くん。遅れてごめんよ~」

 

 さて次の七不思議は、と食堂を後にしようとした時、こちらに小走りで駆け寄ってくる人がいた。

 彼方だ。ホームルームが長引いたのはもう連絡を貰って知っていたけど、それでも彼女はしきりに謝ってくる。君のせいじゃないんだから、と気にしないよう言ってもあまり納得した様子はなかった。それだけ今日は特別なことがあるからなんだけど……特別な日だからこそ、笑っていてほしい。

 

「大丈夫だよ、彼方」

 

 手を取ってじっと目を見てそう言うと、ようやく彼女は柔らかく微笑んだ。

 

「それで、みんな何やってるの?」

〈ニジガクの七不思議調べてるノ〉

〈一つ目がタイトルだけで解決して、二つ目が今解決して、三つ目から目を背けたところ〉

 

 答えたのは、通話を繋いでいるリーデル姉妹。

 

「わあ、ロッティちゃん、ディアちゃん、久しぶり」

〈先週ミーティングしたばっかだけど〉

 

 オーストリアに帰っても虹ヶ咲の一員であるAlpheccaにも、当然毎週の打ち合わせには出てもらっている。時差があるから調整大変だけど、参加させないほうがむくれるから。

 

「そっちは……いま朝だっけ?」

〈ソウ! なんだケド、二月最初は休みだかラ、暇つぶしに付き合っテもらってル!〉

「ふんふん、ちなみに不思議の一つ目は?」

「どのクラスでも見かけない優木せつ菜という生徒」

〈置き解決してるやつ〉

 

 どの部に聞いても、まずこれが出てきた。それだけせつ菜が有名だったわけだ。まあこれはもう正体をばらしているので、ノーカウント。

 

「彼方ちゃんもやる?」

「ごめんねえ。彼方ちゃんと湊くん、今から買い物行かなきゃなんだ~」

 

 そうして腕を絡めてくる彼方に、せつ菜は顔を赤くした。そろそろ慣れてよ。エマなんてもうずっとニッコニコだぞ。

 

「放課後約束があるって、彼方ちゃんとだったんだ」

「そういうこと。じゃ、明日結果聞かせて」

「任せてください!」

〈ゼンブ解決しちゃウ!〉

〈乞うご期待〉

 

 

 

 

 年も越えたが、忙しない空気は続く。部活をやっている人は引き継ぎ、受験生は最後の追い込み。学校内のピリつき加減は中々のものだ。

 だがこうやって彼方と一緒にいると、そんな空気は霧散してしまう。

 

「ちゃんと良い食材選んでるねえ」

「ちゃんと目利きしないと彼女に怒られるからね」

「え~、彼女さん厳しい~」

「君だよ、彼女」

「そうでした」

 

 家の最寄りのスーパーで野菜とにらめっこしながら、彼方と軽口を交わす。たったこれだけで幸せを感じるほど僕は単純だったか。それとも彼方が特別過ぎるのか。

 

「えーと、鍋に入れる野菜はこれくらい?」

「あとネギ」

 

 必要な物をカートに載せていく。八人分の食材となれば量もそれなりで、カゴは二つ目に突入した。

 

「楽しみだね、天王寺家と近江家で鍋パーティ」

 

 今日の夕食は僕らと璃奈、遥さんだけじゃなく、両家の両親も参加する。両家にご挨拶……ってわけじゃないけど、お互いにお世話になってる者同士で一度交流する必要があると、親たちが提案してきたのだ。

 豪勢なご飯を用意することも考えたけど、うちのテーブルはそれほど多くのものを置くスペースはない。そのため、みんなが卓を囲んで食べられる鍋にすることにした。準備楽だし。

 

「僕はすっごい緊張してる」

「ええ~、なんで?」

「君と付き合ってから君んとこの親に会うのが初めてだから」

 

 場所は天王寺家(ホーム)だけど、近江父とは数えるほどしか話したことがない。表面上はすごく可愛がってくれるのだが、本心はどうだか……

 

「大丈夫大丈夫。お母さんは応援してくれてるし、お父さんも息子が出来たみたいって大喜びだから」

「それは……色々と段階飛ばしてる気がする」

 

 もうすぐ卒業とはいえ、まだ高校生の子どもだ。あまりにも将来を見据え過ぎたことを言われましても。

 言葉を濁しながら肉コーナーへ。今日はちょっと豪勢にするつもりだから、よく吟味しないと。量も必要だし。

 

「湊くんのお父さんとお母さん、いっぱい食べる?」

「普通。君のところは?」

「近江家も普通かなあ」

「じゃあ、これくらいで」

 

 とりあえず鍋の材料は確保。続いて、いつものように一週間分の食材集めのため、もう一周することにした。

 

「明日はチンジャオロースにしようかな」

「……」

「あ、ピーマン入ってるからやだって顔してる」

「元からピーマン入ってるからやだって顔で生まれてきたの、僕は」

「好き嫌いしちゃダメだよ?」

「嫌いなんじゃなくて、わざわざ苦いのを選ぶこともないという……」

「もー、それ嫌いって言うの」

 

 好き嫌いを把握されてからというもの、彼方はわざと僕の嫌いなものを入れるようにしてくる。意地悪なんじゃなくて、何でも食べられるようになりましょうという食育だ。

 実際、彼方の手で調理味付けされた料理で食べられないものはなく、後になって入っていたと聞かされて驚くことも多い。

 それでも嫌な顔をしてしまうのは、幼いころからの苦手が沁みついてるせいで……

 

「出されたらちゃんと食べるし、璃奈たちの前じゃこんな顔してない」

「でも自分で作る時はピーマン使わないよね?」

「他で代用出来るから良くない?」

「良くありませ~ん」

 

 ああ、カゴに入れられた。

 

「あと卵と……」

「今日は特価だな。お一人様一パック限定。二人呼んでくればよかった」

「そうだねえ。最近高いし」

 

 二パックをカゴに入れる。ほぼ毎朝卵を食べていることを考えると、一パックあっても物足りないが、昨今の物価事情により、こういう安い時にしか手に取れないのが痛い。そろそろ、朝ご飯レパートリーを増やさなきゃ。

 そこでふと、いつもの朝、僕の作った朝食を美味しそうに食べる璃奈の顔が浮かぶ。

 

「またおめでとうって言われるんだろうな」

「湊くんも? 彼方ちゃんも遥ちゃんに何回も言われたよ~」

「合わせて百回くらいか?」

「百回で済むといいね」

 

 僕と彼方が付き合ってから、いろんな人が祝ってくれた。その中には当然璃奈と遥さんもいて……というか、彼女たちがお祝い部隊の隊長だった。毎日毎日よく飽きもせずに祝いの言葉を投げかけてくるもんだ。

 二人曰く、ずっと言いたかったんだけど我慢していた分を放出しているらしい。

 

「でも、誰が一番かって質問はしてくれるなよ。君と妹を天秤にはかけられないし、かけたくない」

「あれ不思議だね、彼方ちゃんが思ってたこと湊くんの口から出ちゃった」

 

 恋人になってからも、妹への愛は変わらない。それは当然だ。あれだけ可愛い妹を蔑ろにするなんて、選択肢にない。

 彼方と二人でいる時間は欲しい。だからといって、家族と過ごす時間が優先度低いってわけじゃない。どちらも尊く、同じくらい大事なんだ。そう思ってるのは彼方も同じ。

 

「お姉ちゃーん」

 

 会計を済ませ、エコバッグに買った物を詰めてスーパーを出ると、遥さんが声をかけてきた。その横には璃奈もいる。

 

「先に帰ってるって言ってなかったか?」

「ニジガク七不思議探索やってた」

「璃奈も巻き込まれたんだ……」

「私も練習が終わったところで、ちょうど璃奈さんと会えたから、じゃあ一緒に帰ろうってなったんだ。あ、袋持つよ」

「おぉ~、気遣いの出来る妹を持って、彼方ちゃん感激だよ~」

「私も持つ」

 

 大きめのエコバッグを持ってきていたとはいえ、入りきらなかった分はある。それを両手で持っていたのだが、一つを璃奈が受け取る。後でじっくり褒めてやらないと。

 

「前より練習量増えたって聞いたけど……」

「はい。次のラブライブに向けて、体力作りから何から鍛えなおさないとですから!」

「私たちも、ソロとユニットの練習欠かしてない」

 

 虹ヶ咲スクールアイドル同好会のファーストライブが終わってから、全員のやる気はますます上がっている。間近でライバルの成長を見たんだ、負けじとなるのは無理もない。

 やる気を出しているのはもう一人。ラブライブを終えて落ち着くかと思っていた遥さんは、既に次を見据えて練習量を増やした。となれば必要な食事量も増えて、いっぱい食べる彼女を彼方は微笑ましく見ている。

 

「あ、お母さんたちもうちょっとで着くって。私迎えに行ってくるね」

「じゃあ私も」

 

 遥さんと璃奈にお迎えを任せ、僕らはマンションの中へ。

 部屋に着いて、一息つきたいところだけど食材を冷蔵庫に入れておかないと。

 一旦、近江家の分も入れておくと、流石にでかいうちの冷蔵庫もパンパンになってしまった。

 

 今日使う食材は出しておいて、肉を皿に並べておく。僕は野菜を切って、鍋は彼方にお任せ。勝手知ったる天王寺家、という感じで調味料やら出汁やらを取り出していく彼女を横目に、僕は包丁とまな板を取り出した。

 半分くらい下ごしらえが終わったところで、玄関が開く音がした。やけに足音が多いなと思ったら、天王寺家と近江家が揃って帰ってきた。

 勢揃いなのは初めて。家の中が賑やかなのは久しぶりで、思わず口角が上がる。

 

「ただいま」

「お帰り、お父さん、お母さん」

 

 くたびれた様子の両親に声をかけて、冷蔵庫からビールを出す。近江家両親にもご挨拶して、テーブルに取り皿とビールを置いた。

 

「もう少しで出来るから、飲んでて」

 

 冷やしておいたグラスも忘れずに置いておいた。まだ注ぐのは慣れていないので、ご本人たちにお任せしよう。

 

「では、先にいただきますか」

「ええ」

 

 ぷしゅ、と缶を開ける音。景気がいいね。

 

「お父さんたち、固いね」

「初対面だからな」

 

 まな板やら包丁やら、もう使わないものは先に洗ってしまう。その間、父たちの様子を見てこっそり笑う。酒なかったらもっとぎこちないかも。

 

「それで、湊くん、いつも食後の片づけまでしてくれて助かってます」

「あら、それで言ったら、彼方ちゃんと付き合ってから湊が張り切るようになって、こちらも嬉しく思ってますよ」

 

 対してお母さんたちのほうは和気あいあいとしていた。

 

「あっちはもう打ち解けてるね」

「僕をダシにするのはやめてほしいけど」

 

 さて、鍋も煮込まれてきたことだし、待ちに待った晩ご飯といきますか。僕は鍋掴みを使って鍋を運ぶ。

 

「湊くん、隣に来てくれるかい?」

 

 彼方のお父さんにそう言われて、彼の右隣に腰を下ろす。

 

「湊くんのような良い子が息子になってくれて嬉しいよ」

「まだ早いですよ。その話も、酔うのも」

 

 見れば、もう顔が赤い。まだ一缶目ですよ。恋人の親にそう言われて悪い気はしないけど。

 

「ほら、ね、言ったでしょ?」

 

 正面に座る彼方がウインクしてきた。天王寺湊包囲網って感じ。

 

「ふふ、この人、湊くんに会うの楽しみにしてたのよ」

「だって、良い子じゃないか、湊くん」

 

 にっこにこな近江母と、同じく上機嫌の近江父に対して恥ずかしさを誤魔化す笑みを浮かべて、鍋の蓋を取る。食欲を刺激する良い匂いが鼻孔をくすぐってきた。

 醤油と出汁で取った簡単なスープだが、いやむしろ簡単だからこそそこらの人が作ったものより差が際立つ。実際、僕が作ろうとしたらこんな、匂いだけで美味しいって分かるようなものは出来ないだろう。

 

「いただきます」

 

 野菜に肉にきのこに……具沢山の中からどれを取ろうかと悩むことなく、箸を潜らせればそれらが混ざって取れる。

 出汁がしみてて美味しい。外が寒い分、ほっとする。みんなも同じようで、食べ始めてからすぐは舌鼓を打つのに夢中だった。

 

「家で鍋なんて久しぶりだな」

「去年まで、あまり早い時間に帰ってあげられなかったものね」

 

 暖房と鍋で温まって血色が良くなった両親が言う。今年に入って、お父さんたちは以前より仕事量を減らした……というより、部下に任せる量を増やしたらしい。それまでは抱え込む量も多く、部下たちも心配していたようで、周りの人は快く協力してくれているそうだ。

 年度が変わればさらに適切な仕事量の割り振りをするみたいで、定時に帰れることも増えるんだって。つまり、こうやって一緒にご飯を食べる機会も増えるということ。それが楽しみで、今も楽しくて、思わず口角が上がってしまう。

 

「湊くんは、まだ受験が終わってないんだろう?」

「今月が勝負ですね。滑り止めも受けますけど」

「大学も東京?」

「第一志望が受かれば」

「じゃあかなちゃんと同じね」

「第一志望なら、ですよ。それ以外なら……遠くなってしまいますけど」

 

 第二志望は京都だ。そうなれば毎日どころか毎週帰ってくるのも難しくなる。

 

「そうならないために毎日勉強頑張ってるもんねー?」

「彼方にはお世話になってます、ほんと」

「大丈夫だよ、湊くんは。彼方ちゃんと一緒にいるために受かる。でしょ?」

「近江家の人々はみんな、話が早いって言われない?」

 

 そう言いつつ、それを夢見ている自分もいることは否定できない。

 彼方とはこうやって毎週のようにご飯を食べてて、もう家族みたいなものだけど。いつかは本当の家族として食卓を囲める日が来ると良いな。

 

 ──なんて、気が早すぎるけど。

 

 それでも望まずにはいられないほど、僕の心は彼方のそばにある。

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