「ええ~!! 果林先輩もスクールアイドルに!?」
「うん、果林ちゃんがいれば、もっともっと楽しくなるよ」
サプライズで朝香さんの入部をみんなに伝えると、それはそれは非常に驚いてくれた。特に中須さんはいつもの通りオーバーリアクションで。
既に知らせていた優木さんと高咲さんは新人の手をぎゅっと握って歓迎する。
「ようこそ、スクールアイドル同好会へ!」
「ありがとう」
「でも、モデルもやってるのに同好会もやって大丈夫ですか~?」
「ええ、モデルでもスクールアイドルでも、トップを取ってみせるわ。支えてくれる人がいるしね」
朝香さんが僕にウインクする。
牽制のつもりだったのに軽く返された中須さんは、頬を膨らませて悔しがった。
「ぐぬぬ……湊先輩! 人数増えてもかすみんのことちゃんと見てくれますよね!? 最近なんか雑じゃないですか!?」
「そんなことないよ、かわいいかわいい」
「おざなりっ!」
迫ってくる彼女に背を向けて、机に置いたPCを操作する。
同好会のホームページから動画サイトに飛んで、一通り評価を確認。最後に一番最新の動画をチェック。
「エマさんの動画、再生数もコメントもすっごい伸びてる」
「ほんと?」
「すごい、エマさん!」
高咲さんもまるで自分のことのように喜ぶ。
今までの活動もあってまあまあ名の知れてきた虹ヶ咲スクールアイドル。投稿したばかりのエマさんのMVも、すでに再生数が千を超えている。
新しく出来たスクールアイドルにしては、驚異的といっていい。
「スイスの家族からも電話があってね。すごい喜んでくれてたの」
頬を緩ませて報告するエマさんは、抑えきれないといった感じでそわそわとしだす。
今が喜ばしいってだけじゃなく、これからのことも期待してうずうずしているようだ。
「大成功だね」
「当然よ。私が撮ったんだもの」
朝香さんが胸を張る。
うん、やっぱり、彼女にカメラを任せて、彼女を誘って正解だった。
足りなかった何かが、カチリと嵌った感じがする。
△
別の日の放課後。
だいぶ早めに授業が終わった僕は、食堂併設のカフェでコーヒーを飲んで時間を潰していた。
スクールアイドルたちが集まって着替えをするのも含めると、まだまだ時間はかかるだろう。
「ふふ、みーなとくんっ」
背もたれに体を預けて窓から外を眺めていると、優しい声が耳に入ってきた。
「やけに上機嫌だね、エマさん」
「うん!」
授業が終わったばかりなのか、鞄を肩にかけたままのエマさんが駆け寄ってきた。
いつも機嫌がいい彼女だが、今日はことさらにこにこしていて、ほんわかした空気が増している。
僕は時間をちらっと確認する。まだ練習が始まるまではまだ余裕がありそうだ。
向かいに座るエマさんはフレンチトーストを注文して、一息ついた。
「ありがとね。果林ちゃんから聞いたよ。湊くんも説得してくれたって」
「説得というか……まあちょっと話しただけ」
「湊くんの『ちょっと』が、みんなにとっては大きな力になってるよ、間違いなく。私も、そう思ったうちの一人だもん」
「……」
「本当だよ。あんなに楽しそうな果林ちゃん、初めて」
朝香さんの親友である彼女がそう言ってくれるならそうなんだろう。楽しんでくれているのは見て分かってたけど、証言を貰ってようやく納得した。
同時にエマさんも元気になっていいことずくめ。新しく撮ったMVも、癒されると評判だ。
本来の彼女の力を発揮することができたということだな。
「でも、無理はしないでね」
「大丈夫だよ」
「湊くんを信頼してるけど、その言葉だけは信じられないなあ」
そんな無理してるように見えるなら改善しないと。いや~な顔を表に出してると、他のモチベ―ションにも係わってくるだろうし。
あと、信じられないってのも心外。
「果林ちゃんの『掃除する』くらい信用できないかな」
「そんなに?」
雑誌は読んだら置きっぱなし、服も脱ぎっぱなしってことも多いということをよく聞く。
ただ、愚痴ではなく、しょうがないなあという感じで言ってくるあたり、エマさんはお世話好きみたいだ。
故郷に弟や妹がいるらしく、そのお世話ができなくなって寂しいみたいな話も聞いたことがある。近江さんを膝枕するのも、それが原因っぽい。
「だって、頼られたら断らないよね」
「そんなことは……ない、と思う」
僕だってちゃんと断る時は断ってる。たぶん、きっと、おそらく、たしか。
「たまには嫌なものは嫌ですって言わないと、潰れちゃうよ。断ることも覚えようよ」
「嫌です」
「もう」
ぷんすこ怒るエマさん。
「とにかく、無理しないでね。ちゃんと分かってる? つもり、じゃだめだよ?」
肝に銘じておくと同時に、前向きに善処いたします。と曖昧に頷く。
いや、待てよ。エマさんだって……とこれまでのことを振り返る。
「そんなこと言ったら、君もそうじゃないか。嫌とかダメとか本気で言ってるところ見たことないけど」
「ええ、そうかなあ?」
「そうだよ。近江さんに膝枕してあげる時とか」
「でも彼方ちゃんの寝顔、幸せそうだからこっちも癒されるんだもん。わかるでしょ?」
首を横に振る。やったことないからわかんない。人の寝顔をじろじろ見るなんてこともしないし。
「湊くんにだったら、いつだってしてあげるよ?」
「しちゃダメだって。そうやって男にほいほい膝枕するもんじゃありません」
「だから、湊くんにだったらって言ってるのに……」
「はいはい。どうもありがとう」
「むう、湊くんのそういうところはキライ」
口を尖らせて唸りはじめたところで頼んだものが届く。
フレンチトーストのはちみつがけ、生クリーム乗せ。ここの人気メニューだ。
早速、エマさんは甘さたっぷりのそれを口いっぱいに頬張る。
「う~ん、ボーノ!」
練習前にそんなものを……と思ったが、よく食べるのは今に始まったことじゃないし、動けなくなるわけじゃないならいいか。
美味しそうに食べるところ見ると、止めるのが悪いことのように思えるし。
「幸せ、だなあ」
ふと漏らしたような言葉に、目を瞬かせる。
「こんなに幸せでいいのかな」
「デザートくらいでそう思うのは、君くらいだよ」
「そうじゃなくて、こうやってスクールアイドルとしてデビュー出来て、楽しくやれて、家族にも見てもらえて、美味しいものいっぱい食べて、みんなもいるのが本当に幸せなの」
エマさんは、スクールアイドルに憧れてスイスからはるばるここまでやってきた。親元を離れて遠い日本で、不安もあって心細い時もあったに違いない。
だけどこうやって屈託のない笑顔を見せてくれれば、こちらとしても心が休まる。
彼女の夢を叶える一助になれて、少し誇りすら感じられる。
「君が幸せになることで、みんなだって嬉しくなる。だから楽しめばいいんだよ。誰に遠慮する必要もない」
かつてエマさんが焦がれたように、誰かの憧れの存在になれたら……それが一つの到達点だ。
そのためには、今の気持ちを忘れないことが大切だ。見る人を暖めるような彼女が変わらなければ、誰にとっても望んだ未来が待っているだろう。
「そんなこと言われると、わたし、もっと周りのこと見えなくなっちゃうよ」
もう一口を乗せたフォークを持ち上げた手を止めて、エマさんが笑う。
「もっと? あれだけみんなのお世話してる君が、視野が狭くなるなんて考えられないけど」
「そんなことないよ。こうしてると、他のこと考えられないくらい、頭がいっぱいになっちゃう。湊くんにもこの幸せ、分けてあげたいくらい」
ぱくり、と大きなかけらを食べて、満足そうなため息をつく。
「Le gioie più grandi vanno sempre divise con chi si ama……って言うしね」
「なんて?」
「ふふ、なんて言ったんだろうね~」
「イタリア語勉強するべきかな……」
ドイツ語ならちょっとだけ話せるんだけど。
いたずらっぽく微笑むエマさんが、こんないたずらっぽいこと言うなんて……と頬を掻く。
なんとなく恥ずかしいことを言われた気がして黙っている間も、彼女はぱくぱくと食べ進める。あっという間に食べつくした時には、周りも賑やかになっていて、どの学年も学科も放課後になったらしいことがわかる。
「時間だ。もう着替えに行かないと、遅れるよ」
「湊くんは?」
「みんなが着替え終わるまで、もう少しいるよ」
コーヒーもまだ飲み終えてないし。
「……私ももうちょっとここにいていい?」
「嬉しいお誘いだけど、これ以上は名残惜しくなるから」
エマさんじゃなく、僕が。
許されるなら、いつまでだってこうしていたい気持ちも無きにしも非ず。が、そうも言ってられない。エマさんのスクールアイドル活動はまだ始まったばかりなんだから。
「いじわる」
「なんとでも言ってくれ」
じゃあ、後でね。エマさんはそう告げると、お皿を持って立ち上がる。
その後ろ姿が見えなくなるまで、僕は見送った。