天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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16 璃奈、頑張る

「ええ!? ライブ!?」

「うん」

 

 東京ジョイポリスで、ライブをやりたい。

 部室に入るなり、璃奈が急に発した言葉に、中須さんが大きく驚く。

 

「どうしてそんな話になったんだ?」

 

 僕もすっかり困惑する。

 昨日、璃奈と宮下さん、高咲さん、上原さんはジョイポリスに遊びに行っただけのはずなのに。

 

「いろいろ足りないのはわかってる。でも、みんなに見てほしくなって……」

「みんな?」

「昨日、クラスの子たちに偶然会って、その……」

 

 言葉を濁した。

 璃奈は変わりたいと願って、同好会に入った。自分から行動を起こして、一生懸命練習して、頑張っている。その姿を、先ほど言った通り『見てほしい』のだろう。

 

「それに、PVはキャラに頼っちゃったから。クラスの子たちは良いって言ってくれたけど。あれは、本当の私じゃないから」

 

 その通り、璃奈の自己紹介動画はイラストを動かして、声だけ当てて一切姿を出さずにプロモーションを行ったのだ。

 そういったアイドルがいないことはないが、珍しく、一般的ではない。

 ファンはつかみやすいが、実際の姿と乖離していたら期待を裏切ってしまって、ファンが離れてしまう。

 PVのキャラに負けないくらい可愛いけどね、うちの妹は。

 

「ダメ、かな」

 

 不安げに呟く璃奈に、みんなは首を横に振る。

 

「いいんじゃない?」

「決めるのは璃奈ちゃんだよ?」

「私は、璃奈さんの決めたことを応援しますよ」

「そうです。チャレンジしたいという気持ちは大事なものだと思います」

 

 みんなが次々に賛成していくうちに、璃奈の表情が明るくなっていく。

 傍目にはわからないだろうけど、僕から見れば明らかに輝いている。

 

「お兄ちゃんは、どう思う?」

「璃奈がやりたいなら、僕は止めないよ」

 

 人のやりたいことを応援する。それは妹だからといって変わらない。むしろ妹だからこそ、よりいっそう腕によりをかけたいと思うのは自然だろう。

 

「ありがとう」

「それで、いつやる予定なの?」

「たまたま空きが出たから、来週の土曜」

「ほんとに急じゃん!」

 

 中須さんが仰け反る。

 その場でスケジュールを確認して、すぐさま予約したらしい。思ったよりも時間がないな。

 

「まあまあ。私も手伝うよ」

 

 少し考えこんだ僕の代わりに、高咲さんが手を挙げる。

 そう、だ。璃奈がせっかくやると、やりたいと言ったんだ。今できる全力で叶えてあげるのが、僕らの役目だ。

 

「いいの?」

「愛さんも手伝う!」

「わ、私も!」

「もちろん私もです」

「結局みんな応援するんじゃーん」

 

 宮下さんだけじゃなく、上原さん、優木さん、近江さんも……いやみんなが頷いて返す。

 

「ありがとう」

 

 

 そんなわけで、早速作戦会議。

 ホワイトボードに【ソロライブ 璃奈ちゃんステージ大作戦!!】と書かれる。

 

「ステージ演出はある程度希望に沿ってくれるみたいだけど」

 

 会場は東京ジョイポリス。

 高咲さんの言う通り、こちらから音源や映像、照明の動かし方を決めておけば、おおよそその通りにしてくれるらしい。

 

 高咲さんは璃奈を見る。

 

「映像は自分で作れる」

「りなりー、得意だもんね」

「うん」

 

 情報処理学科だから……というわけではないが、璃奈はPCでの映像作成が得意。MVだって、高咲さんのアイデアと璃奈の技術によるところが大きい。

 自分の中にあるイメージを出力するのだから、ある程度は璃奈自身に任せるほうがいいだろう。面倒で時間のかかるところは僕や高咲さんが担当することにする。

 

「曲は?」

「ほとんど出来てる」

 

 僕は曲データが入ったUSBを璃奈に渡す。

 

「このデモで練習してくれ。あとちょっと音を足して調整したいから、最終調整は今週末くらいからになるけど」

「早いですね」

「元々ある程度は出来てたからね」

 

 驚く桜坂さんに返す。

 身内だから、メロディを連想するのはそう難しくなかった。彼女の想いはこれから作詞するときに詰めていこうと思う。

 

「でも、パフォーマンスは自信ない。だから、教えてほしい!」

 

 ぎゅっと拳を握って、璃奈は見上げる。

 もちろん断る人なんていない。優木さんと中須さん、宮下さん主導で基礎練習とダンスは進めることに決定した。

 僕と高咲さんは曲の調整と歌詞作り・会場演出に専念。他は各々サポートに回る。

 

 ステージが迫ってるのもあるけど、こうやってみんなで一丸となって協力するって、やっぱり良いなあ。

 璃奈ももう、一人じゃない。

 願わくば、この瞬間がずっと続けばいいのにと思う。

 

 

 

 

 照りつける太陽の光が降り注ぐ中、璃奈はガラスに映った自分の姿を見ながら、ダンスの動きを確認していた。

 毎日続けてるおかげで少しずつ体は柔らかくなってきてるし、体力もついてきてる。

 一曲だけなら、なんとか踊りきれるはずだ。そこに不安はない。

 

 結局練習風景を見に来た僕に、近江さんはやれやれといった様子で近づいてきた。

 

「今回は曲作りのほうに専念するんじゃなかったの?」

「そのつもり、だったけど」

「心配?」

 

 見透かしたような目で、顔を覗いてくる。

 僕は小さく頷いた。

 

「正直、毎日ハラハラしてるよ。怪我しないかとか、挫折してしまわないかとか」

 

 共にいた時間が長いせいか、実際よりも小さく見えてしまう。今の璃奈に、幼い姿を重ねてしまう。

 もう子どもじゃないとは頭では理解できているが、どうしても心配になってしまう。

 

「ずっと一緒にいられるわけじゃないって分かってるんだけど、でもやっぱり、大事な家族だから」

 

 兄離れしないと、とは思うんだけど……いつかは、『お兄ちゃんうざい』とか言われるんだろうか。

 

「いいお兄ちゃんだねえ」

 

 にやにやと笑って、近江さんが言う。

 

「からかわないでくれよ。これでも真剣なんだ」

「いやいや、からかうなんてそんな」

 

 そんなにやにやされても、説得力がない。

 

「璃奈が自分から一歩踏み出すのは珍しいことだから、兄としては応援しなきゃなって」

「うんうんわかる。わかるよ~」

「近江さんも妹がいるんだっけ?」

「うん。妹の遥ちゃんのためなら、どんなことでもなんのその」

 

 家事もこなしてバイトもしている近江さんのその台詞だけは重みがある。

 そう、どんなことだって、璃奈のためならやる覚悟はある。この世にたった一人しかいない大事な妹だから。

 璃奈が望むなら、なんだって後押ししたい。でも、前に進むためには危ないことがつきものだとはわかってるけど、傷ついてほしくないとも思ってしまう。

 

「ま、お兄ちゃんお姉ちゃんの贅沢な悩みだよね~」

 

 わがままとも言う。ただの兄のわがまま。それで成長を止めることはしてはいけない。

 璃奈ならきっと乗り越えられると信じることが、兄としてやるべきことだ。

 

 

 △

 

 

 さて、璃奈の初ライブが一週間後に迫った土曜日。

 時間がない中で作業を進めるべく、僕らの家に高咲さん、上原さん、宮下さんが来る予定だ。

 

 ちょっとした用事で外に出ていた僕が帰ってきたときには、すでに三人がやってきたばかりのタイミングだったらしく、特に面白みのないリビングをきょろきょろと見まわしていた。

 

「おじゃましてまーす!」

「いらっしゃい。飲み物持っていくよ。璃奈は案内してあげて」

「うん。みんな、こっち」

 

 璃奈が三人を奥に連れていく。僕はお盆の上にコップを並べた。

 冷蔵庫からジュースのペットボトルを取り出して……どうせみんなでいっぱい飲むだろうから、一緒に乗せる。

 

「こっちが璃奈ちゃんの部屋なんだ。じゃあ、湊さんの部屋は?」

「あっち」

「ご、ごくり」

「ねえ、ゆうゆ。どうやら考えてることは同じみたいだね」

「ここまで来たら一蓮托生だね。一緒に怒られよう、愛ちゃん」

「だ、だめだよ勝手に入っちゃ!」

「こら」

「わあっ!」

 

 人の家に来てやたらとテンションの上がってる二人……と台詞の割に止めようとしない上原さんの後ろから声をかける。

 

「み、湊さん……」

「不穏な会話が聞こえると思ったら……」

「あ、あはは、ごめんなさーい」

 

 ぺろりと舌を出す宮下さん。ま、別に見られて困るものはないけど、なんとなく女の子に探られるのは気恥ずかしい。てかそんな時間ないです、みなさん。

 

 軌道修正に成功し、みんなを璃奈の部屋に連れていく。

 こだわりにこだわったパソコンや周辺機器、コードが所狭しと部屋を埋めている。

 女の子らしい、とはちょっと離れているが、璃奈はこれで満足らしい。

 

「機械とか得意なんだね」

「うん」

 

 璃奈はパソコンの前に立ち、電源をつけた。

 

「私、小さい頃から表情出すの苦手で、友達いなかったから一人でできる遊びばっかりしてたんだ。だから、高校生になって、こんなに毎日わくわくするなんて思わなかった。こんなに変われるなんて思わなかった」

 

 カタカタとキーボードを叩く表情はいつも通りに見えるけど、凄く嬉しそうなのは僕には分かる。

 こうやって友達が家に来ることだって、璃奈にとってはきっと前代未聞、叶えたかった夢の一つ。

 

「みんなにすごく感謝してる。私、頑張るよ」

 

 自分のために、何より手伝ってくれるみんなのために。その両方とも璃奈にとってはほとんど初めてのこと。

 それが義務感や責任感からではなく、感謝からの気持ちが出ていることに気付いて、目頭が熱くなる。

 

 良かったな、璃奈。お前を理解してくれて、お前が理解できる人がこんなにもできて。

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