「天王寺璃奈、ライブ開催決定! 場所は東京ジョイポリス! みんな、来てねー、にゃん!」
璃奈考案のキャラに喋らせた宣伝の動画を投稿。本当の姿のお披露目はステージにて。
「ダンス、良い感じになってきたね、りな子」
「そうかな」
「ええ、この調子で頑張りましょう」
璃奈の踊りも中須さんと優木さんが見てくれていて、完成度も高くなってきている。
歌も出来上がって、着々と準備は完了しつつあった。
璃奈が入部してから何度も思ったが、まさか妹がスクールアイドルになるなんて。
可愛さでいえばプロにも負けないが、彼女自身にそういったものに対する興味が全くないと思っていた。
「あ、天王寺さーん!」
「練習頑張ってるね」
「ライブ、今週だよね?」
のほほんと眺めていると、練習している璃奈に駆け寄ってくる三人組が視界に入ってきた。
リボンは黄色。一年生か。
期待の目をしているあたり、璃奈のファンだろうか。
「この子たちが、ステージを見せたい友達?」
「うん」
璃奈のことを少なからず知っているはずなのに、なんの色眼鏡もなく近寄ってくれている。
虹ヶ咲は色々な人が集まるからか、こうやって何の偏見も持たずに接してくれる人が多い。
「もしよかったら……もしよかったら……」
口を開こうとして、璃奈はふいにガラスを見た。
誘うなら、普通に誘えばいいのに、なぜか言葉が止まっている。
ガラスにはいつもの璃奈しか映っていない。だけど、ショックを受けて固まっていた。
「天王寺さん?」
「……なんでもない」
はっとして、璃奈はぱっと鞄を持ちあげた。
「今日は、帰るね」
着替えもせず、練習着のままで駆けていく彼女に、僕たちは呆気に取られた。
一瞬の後、ただならぬ雰囲気を感じて僕も鞄をひっつかんで後を追う。
「璃奈!」
背中に声を投げても、止まってくれない。
放っておいたら何か取り返しのつかないことになる気がして、冷や汗が全身を伝う。
「ごめん。僕も帰るよ。みんなに伝えておいて!」
「み、湊先輩!」
叫ぶ中須さんに振り向くこともせずに、僕は璃奈を追いかけた。
△
僕が思っていたよりも、璃奈は体力づくりを頑張っていたみたいだ。
追いつこうとしても追いつけない。一心不乱に駆け抜ける璃奈は、僕を振り返らずに家にまで到着した。
目の前で閉じられた扉が、ひどく厚い壁のように感じられて一瞬ためらってしまう。
息を整えて扉を開ける。陰鬱な空気が重く沈んでいて、纏わりついてくる。リビングを越えて、璃奈の部屋の前まで到達すると、さらにその濃さが増したような気がした。
コンコンとノックしても返事はなかった。普段ならドアを開けることはないけど、今回ばかりはそうもいかない。
ゆっくりと開けて目に入ったのは、ピンクのジャージとは対照的に暗い雰囲気を纏っている、部屋の真ん中でうずくまっている妹だった。
「璃奈」
近づいて、目の前でしゃがむ。とても怯えた顔をしているのが見えて、胸が苦しくなる。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい」
自分の腕をぎゅっと掴む璃奈。その頭に、そっと手を置く。昔から、悲しい表情をしたときにはこうやって落ち着かせていた。その手を小さな腕で握りしめてきて、震わせる。
表情を出せなかったことで何度も失敗したことを知っている。宮下さんが友達になってくれて、スクールアイドルになって、頼れる仲間が増えて、克服したと思っていたけれど、心に刻みつけられたトラウマはそうそう癒えてくれないみたいだ。
こんな時、どんな言葉をかけてやればいいんだろう。
心痛をそのまま放たれたような静寂に、ピンポン、と家のインターホンが鳴った。同時にスマホから声が聞こえてくる。
「りなりー、いる?」
「愛さん、いきなり『りなりー』はどうかと思いますよ」
うちは家に人がいないことも多く、スマホから来客対応が出来るようにしてある。
画面には優木さんにたしなめられる宮下さん。いやそれだけじゃない。同好会の面々全員がそこに揃っていた。
璃奈の様子を見て、心配して来てくれたんだ。
「みんな来てる。入れるよ」
「……」
僕の腕を掴んだまま、璃奈は小さく頷いた。しかし、僕の背中を盾にして、隠れるようにして。
「いま開けるよ。入ってきて」
エントランスにいるみんなにそう伝えて、開錠ボタンを押す。ほどなくして、玄関のインターホンも鳴った。
入ってくるように言うと、おそるおそるといった感じで扉が開いた。
「お、お邪魔しまーす」
「璃奈ちゃーん」
流石のみんなも重苦しい空気を察して、物色することも変に盛り上げるようなこともしない。
「ええと……」
「みんな来てくれてありがとう」
視線を僕の背中にぶつけながら、璃奈はそう言った。
「どうしたの?」
「自分が恥ずかしくて……」
今さら顔を隠す璃奈に疑問を持った宮下さんが一歩前に出る。すると、璃奈は僕の腕ごと一歩下がった。
「私は何も変わってなかった。昔から、楽しいのに『怒ってる?』って思われちゃったり、仲良くしたいのに誰とも仲良くなれなかった。今もクラスに友達はいないよ。全部私のせいなんだ。もちろん、それじゃだめだと思って、高校で変わろうとしたけど……最初はやっぱりだめで」
抑揚はそのまま。しかし声も震えだして……それでも璃奈は続ける。
「でも、そんなときに、愛さんと会えた。スクールアイドルのすごさを知ることが出来た。もう一度、変わる努力をしてみようって思えた。歌でたくさんの人と繋がれるスクールアイドルなら、私は変われるかもって。でも、みんなはこんなことでって思うかもしれないけど、どうしても気になっちゃうんだ。自分の表情が……ずっとそれで失敗し続けてきたから。ああ、だめだ。誤解されるかもって思ったら、胸が痛くなって、きゅううって。こんなんじゃ、このままじゃ……」
璃奈は顔を僕の背中に押し付けて、どんどん小さな声がくぐもる。
「私は、みんなと繋がることなんてできないよ。ごめんなさい。今もこうやって、お兄ちゃんに甘えて、隠れてる。そんなんじゃだめってわかってるのに……」
ごめんなさい。消え入りそうな声で呟く璃奈は、僕の制服の裾を掴む。
苦しんでることは、もちろんわかっていた。それも、宮下さんという友達もできて、同好会とも近くで接して、ある程度は緩和されたものだと思っていた。
抱いている感情を伝えられない悩みを、知っていたはずなのに。知っていた、はずなのに。
すっと、高咲さんが近づく。
「ありがとう。璃奈ちゃんの気持ち、教えてくれて」
「うん、愛さんもそう思うよ」
「私、璃奈ちゃんのライブ、見たいなあ」
二人は璃奈に顔が見えるように回り込んだ。
「今はまだ出来ないことがあってもいいんじゃない?」
はっと、璃奈は顔を上げた。信じられないようなことを聞いたような、欲しかった言葉を貰えたような、困惑と安堵が入り混じった表情で。
「そうですよね。璃奈さんには出来るところ、たくさんあるのに」
「そんなこと……」
「頑張り屋さんなところとか」
「諦めないところもね」
「機械に強いし」
「動物にも優しいですよね」
否定しようとするのを許さないように、立て続けに畳みかける。
璃奈が思ってるよりも、僕が思ってるよりも、見てくれている人がいる。認めてくれる人がいる。これでいいと言ってくれる人がいる。
少し泣きそうになって、目を瞬かせる。
「みんな、どんどん言っちゃってずるいよ! ね、みーくん!」
「もう兄の面目丸つぶれ」
「よーし、愛さんも!」
がばっと、宮下さんは璃奈を抱きとめる。
「ちょっと、はずかしい」
そう言いつつも、抵抗しない璃奈の背中を押して、僕の腕から宮下さんへ送る。
ぎゅうっと力を込める宮下さんの背中に、璃奈もまた両腕を回す。
「りな子。だめなところも武器に変えるのが、一人前のアイドルだよ」
「そうそう、できないことは、出来ることでカバーすればいいってね」
「一緒に考えてみようよ」
「まだ時間あるし」
弱いところを見せても誰も離れない。たとえどれだけ卑下しても、相応しくないと嘆いても、誰も目を逸らさない。
みんなが理解してる。みんながいる。隣にいてくれる。
どうしようか逡巡した璃奈は、
「……ありがとう」
受け入れて、今度は嬉しさを誤魔化すために俯いた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。いっぱい迷惑かけて」
「いいんだよ。璃奈は昔からわがまま言わない子だったから、いくら迷惑かけてもいいんだ」
△
「よし、おっけー!」
璃奈の衣装整えをしていた高咲さんが親指を立てて、合図する。
それに合わせて、少し離れている僕はスタッフさんに伝令、あとは璃奈がステージ立つだけだ。
こっそりステージ脇から観客席を見ると、予想よりも人が来ていた。学校の生徒だけじゃなく、サイリウムを持った一般客もいる。
「繋がることが出来ないなんて、そんなことないよ」
「何か言いました?」
インカムを通じて、高咲さんに聞こえてしまったみたいだ。
「いいや、頑張ってって璃奈に伝えておいて」
「了解ですっ」
カウントダウンをして、スタッフさんにスタートのサインを送った。
「にゃにゃーん!」
スクリーンに、とあるキャラクターが が映し出される。
モニターを模した顔に猫のような手。可愛らしい獣耳に、PCのコードに似た尻尾。
これまで璃奈が使ってきた、代わりのキャラクター。
「初めまして、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の、天王寺璃奈です。今日は、今の私に出来る精いっぱいのライブを見てもらいたいです。楽しんでくれると嬉しいな!」
自己紹介が終わって、ステージにガスが噴射する。それと同時に、璃奈が壇上に立った。
ガスが晴れるにつれ露わになる璃奈の姿に、観客が湧き上がり、歓声を上げる。その中には、あの璃奈の友達三人組もいた。
初披露となるアイドルとしての姿。
グレーを基調に蛍光色とピンクをアクセントとして加えた、シンプルめな衣装。小物として、小さな羽も背中に生やしている。
しかし一番目を引くのは、ヘッドホンに取り付けた、顔を覆う白い電光ボード。
技術的なことは分からないが、璃奈の感情に合わせてボードにドットの顔が表示されるというなんともハイテクな機械だ。
本人や宮下さん、そして助けになりたいという同じ学科の人たちと協力して作り上げた至極の一品。
名を『オートエモーションコンバート璃奈ちゃんボード』。隠すためじゃない。表現するための、天王寺璃奈を表に出すための顔だ。
その顔で、たくさんの人と繋がろうとしている。
大丈夫だよ、璃奈。一歩踏み出せば、きっと届くから。