「短い練習期間でどうなるかと思ったけど……」
「終わってみれば大盛況! だったね!」
部室で、宮下さんと一緒に璃奈の動画を見ながら盛り上がる。
学内でMVを撮ってた今までとは違って、外部の施設でステージをしたのは何気に璃奈が初。それだからこそできる照明や映像に釘付けになってしまうのも無理はない。
「これだけすごい演出……贔屓したっしょ?」
「正直めっちゃした」
「あー、ずるなんだー」
「しょうがないだろ。うちの妹が可愛すぎるのがいけない」
「それはそう。わかる。りなりーめっちゃかわいい」
うんうんと二人で頷く。宮下さんなら分かってくれると思った。うちの妹は可愛い。世界一可愛い。
璃奈のためなら、ジョイポリスのスタッフさんとのやりとりも、曲作成だって苦にならない。
「璃奈が妹なら、甘やかすのが兄の道ってものだ。僕は自分の使命に則って、璃奈を可愛がっているのだ!」
「よっ、お兄ちゃんの鑑!」
「は、恥ずかしい……」
僕と宮下さんに挟まれている璃奈は、スケッチブックで顔を隠した。
このスケッチブックは、あのライブ以降、彼女が感情を表したいときに使っている。いろんな表情が書いてあり、その時その時に合わせたものを見せる。いわば簡易的な『オートエモーションコンバート璃奈ちゃんボード』である。
もっとも今は、顔を隠すために使っているが。
「や、やけに盛り上がってますね」
僕ら二人のテンションについてこれない優木さんが、引き気味に呟く。
「だって可愛いだろ、璃奈は」
「は、はい。とても可愛らしいと思います」
「だったら問題はないだろ?」
「な、ないです」
ずいずいと迫る僕に、優木さんは珍しく狼狽えた。横で見ている中須さんは呆れ気味に、ため息をこぼす。
「湊先輩って、兄バカなんですね」
「へへ、よせよ」
「褒めてないです」
……まあとにかく、可愛い可愛い璃奈のおかげで、虹ヶ咲スクールアイドル同好会のホームページにもいっぱい人が来てくれいる。
外部のステージでやったというのが、かなり効いたようだ。
虹ヶ咲内では、すでにスクールアイドルがいることは知られている。だけど、他の学校や一般の人には、まだまだ認知度は低い。
ジョイポリスでのステージは、そういった人たちにも広く知ってもらって、新しいファン層を獲得できた。おかげでホームページのアクセスカウンターも回りに回っている。
「りなりーすごいじゃん! ほらほら、いっぱいコメント来てるよ!」
投稿した動画にも、ホームページにも好意的なコメントがたくさん。
璃奈ちゃんボードで顔を隠しているミステリアスさとキュートのアンマッチ感がツボに入っている人が多いようだ。
「……うれしい」
そう呟く璃奈は、本当に嬉しそうに、顔を赤らめた。
△
天王寺璃奈。
恥ずかしがり屋で、小さくて、キュートな新スクールアイドル。
情報処理学科らしくPCにはめっぽう強く、普段の動画編集のいくつかを担ってくれている。
そして、僕の大事な妹。
「お兄ちゃん、楽しそう」
夜ごはんも食べ終わって一息ついていると、隣に座る璃奈は嬉しそうに言った。
相変わらず他の人から見たら無表情だけれど、手書きの璃奈ちゃんボードのおかげで、前よりも意思疎通は図れているようだ。その甲斐あって、同じ学年の友達も増えたという。
変わったことはそれだけじゃない。
体力も筋力もついてきたらしく、それに伴って食べる量も増えた。小さくて細いのは相変わらずだけど。
それに、中須さんと桜坂さん、宮下さんたちに連れられて、外に出ることも多い。真っ白から色白程度には、肌に色がついてきた。
璃奈が高校に上がったばかりのころはどうなるかと気を揉んでいたけれど、僕の予想以上に良い方向へ進んでいるみたいだ。
「楽しいよ。璃奈も入ってくれたことだし」
「迷惑じゃない?」
「まさか。僕にとっては、願ったり叶ったりだ」
璃奈の友達が増えることも、璃奈にやりたいことができたのも、兄としては喜ばしいことだ。
負担が増えたことは否定しないが、迷惑だなんて、ひとかけらも思ったことがない。
「よかった。お兄ちゃん、前まで元気がなかったから」
「僕のこと、なんで璃奈がそんなに心配するんだ?」
「なんでって……はぁ……」
璃奈は心底呆れたように、大きなため息をついた。
「私が元気なくなったら、お兄ちゃんはどう思う?」
「心配する」
「そういうこと」
「そういうこと……なのか?」
「そうだよ」
言い切られてしまった。
確かに、身内が暗くなってたら気にはなるか。同好会が消滅した時は激動と消沈の日々だったせいで、上手く隠すことが出来なかった。
璃奈にも、みんなにも心労はかけたくない。悩むなら、彼女たちのいないところで、だな。
「璃奈は何か不満とかないのか?」
「ない。みんな優しい。いっぱい仲良くしてくれる。喧嘩してたなんて、信じられない」
「……そうだな」
今の同好会からは、激しく言い争いをしていた中須さんと優木さんの姿は想像つかないだろう。口を利かないどころか、姿も見せないくらいお互いギスギスして気まずかったなんて。
だからこそ、あの時期はつらかった。同じ夢を見る彼女たちが、衝突してしまって崩れる様を見ると、どうしようもなく無力感に襲われる。
今度は、今度こそはあんなことがないように努めなければ。部員も増えて、璃奈も入ってきたことだし。
ふと、いつもと違う違和感を覚えて首をかしげる。
普段は部屋でゲームをしたりしているのに、今日は珍しく、スマホ片手にリビングにいる。そういえば、帰ってきてからもずっと何かを見ているようだった。
その様子に、僕は見覚えがあった。
「動画かホームページか……コメント見てるだろ」
「う」
恥ずかしいことを言い当てられたように、璃奈は顔を逸らした。
「どうしてわかったの」
「みんな同じことしてるから」
動画を上げた次の日、隙あらばスマホを眺める様は全員共通だ。
アイドルに限らず、自分のやったことの反響を逐一見ておきたい気持ちは分かる。曲に対してお褒めの言葉が書いてあるときは、僕だって同じ顔になってるだろうから。
「歩夢さんもせつ菜さんも?」
「上原さんも優木さんも」
「愛さんもエマさんも?」
「宮下さんもエマさんも」
璃奈は、信じられないといった顔をする。
まあその四人については、『にこにこ』的なイメージはあれど、食い入るようにスマホを見てにやにやする姿は想像しづらいだろう。だけど実際、抑えきれずに頬が緩んでいる様子はまさに『にやにや』だった。
言わずもがなの中須さんなんかは、授業中にも見ていたのがバレて怒られたなんて愚痴を言っていた。
「別に恥ずかしがることもないよ。ネット上で何かやってる人なら、みんな同じことしてるだろうから」
「お兄ちゃんに見られるのが恥ずかしい。せっかくスクールアイドルになって、かっこいい私を見せられたと思ったのに」
可愛いことを言ってくれる。
同じ家にいるんだから、気が緩んだり、かっこ悪いところだったりはお互いに見られて当然みたいなもの。出来るだけ見せたくないってのは、理解できるけど。
「かっこよかったよ、璃奈」
「本当?」
僕が微笑んでるのを見て、璃奈はむう、と頬を膨らませつつ訊いてくる。
「かっこよくて、可愛かったよ。これ以上ないくらい」
「……お兄ちゃん、ずるい。愛さんの言ってたとおり」
「どんな会話してるんだ、いったい……」
「言えない。秘密」
乙女の会話を暴こうとしたいわけじゃないけど、自分のことが話題に出ているならそれは別の話だ。
僕のことだなんて、話のタネになるか?
眉間に皺を寄せて考えているのが変なふうに映ったのか、璃奈は慌てて首を横に振った。
「悪口とかじゃないから」
「心配してないよ、そんなこと」
陰で悪口言う子たちじゃないことくらいわかってる。
璃奈も他と変わらず、優しくて強い。今はまだ頼りないように見えるけど、いつかは一人で羽ばたけるくらいに成長するだろう。
こうやって懐いてくれてるけど、いつかは離れていく。それも、遠くないうちに。
寂しいけれど、たぶんそれは喜ばしいことで、覚悟しておかないといけないことだ。
妹離れしないといけないなんて、本当は寂しいけれど。