「じゃーん、遥ちゃんでーす」
「今日はよろしくお願いします」
校門前。近江さんが誇らしげに紹介したツインテールの少女が頭を下げた。
えんじ色のブレザーに、同じ暖色系のスカート。東雲学院の制服だ。
「すごいすごーい! あの東雲学院で注目度ナンバーワンの近江遥ちゃんに会えるなんて。トキメいちゃうー!」
「いえ、そんな……」
近江遥さん。
都内にある東雲学院の一年生。下級生ながらも実力は高く、部員の多い同学の中でもセンターを張ることも少なくないくらい。
僕らにとってはさらに、近江彼方の妹というのも注目点。
その彼女がうちに見学に来たいと言ったらしく、僕らは歓迎した。
朗らかな表情に、茶髪。第一印象の通り、明るい人物のようで、高咲さんの勢いに押されているところはあるが物怖じはしないみたいだ。
「侑ちゃん、他校のスクールアイドルもチェックしてるんだね」
「だって、あの東雲学院だよ。都内でも有名なスクールアイドル部に、期待の一年生現るって、ネットでも話題なんだから」
「そうなんだよ~。侑ちゃん、わかってる~」
近江さんは自分のことのように嬉しがる。
まあ僕も璃奈が褒められたらおんなじように喜ぶから、彼女の気持ちはよーくわかる。
当の遥さんは恥ずかしげに、もう一度頭を下げて礼をした。
「急なお願いだったのに、ありがとうございます」
「いえ、お越しいただいて光栄です」
「可愛いうえに礼儀正しくて……天使!」
「でしょ~? なんかね、最近の彼方ちゃんがとーっても楽しそうだから、同好会に興味津々なんだって」
「うんうん、彼方さん、どんな練習も楽しそうだもんね」
高咲さんと近江さんはずーっとテンションが高い。上原さんはおろおろしてるし、まともに対応できてるのは優木さんだけだ。
と思ったら、遥さんまで目を輝かせているのに気が付いた。
「あ、あの、天王寺湊さんですよね?」
「は、はい」
「あのあの! 私、天王寺さんのファンです!」
ふぁん。言われたことのない言葉に、僕の脳みそが少し止まった。
「近江さん。君の妹、いきなり扇風機発言しだしたけど」
「そっちのファンじゃないです!」
即座に否定する遥さんはそう言って、興奮したまま遥さんは僕の手を握ってきた。
「えっと、あの、天王寺さんの作ってる曲とか演出とか、動画の作り方とか、東雲でも参考にさせてもらってます!」
「っ!」
「カメラカットとか、わざと正面から映さない見せ方とか!」
「あ、あの」
「曲も、一人ひとりに合ったメロディと歌詞で、いったいどんな人が作っているのか話題にもなってて!」
「こ、近江さん」
「日常動画も、みなさんの魅力が伝わるようなところを抜き出してるのが……」
「ちょ、ちょっとストップ!」
怒涛の褒め殺しをなんとか制して、遥さんの勢いを止める。
このまま止めなければ、延々と語っていきそうなのもあったけど……
「む~」
「ほら、お姉さんが睨んできてるから」
姉のほうが、じーっと僕たちを見ていた。
近江さんの妹への溺愛っぷりはよく聞いてるから、僕みたいな男に近寄らせたくないのだろう。
「わっ。ご、ごめんなさい。軽々しく手を握っちゃって……」
はっと我に返った彼女がようやく手を離す。
危ない危ない。もうちょっとで視線だけで殺されるところだった。
「遥ちゃんと湊くんの仲がいいのは良いことだけど……」
むむむ、と眉間にしわを寄せる近江さん。そんな顔しても可愛いだけだが。
気まずくなって、誰をも見ずに微妙に視線を逸らす。
「ええと、とにかく、歓迎するよ、妹さん」
「遥でいいですよ、湊さん」
△
「改めまして、ようこそ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へ!」
お菓子に飲み物。常備してるものに加えて、今日のために用意したものも揃えた。
種類は少ないが、量はまあまあある。十人以上いればすぐなくなるだろうけど。
「すごい……本格的!」
「喜んでいただけて嬉しいです」
「ほら、座って座って」
二年生、三年生組が率先してもてなす。
姉がいるとはいえ、遥さんにとってはここはアウェー。しかも一年生。気後れしてしまうのも無理はない。
「遥ちゃん、これ彼方ちゃんのイチオシ」
近江さんは遥さんと一緒に居られていつもより嬉しそうに笑っている。うきうきと、中須さんが作ってくれたコッペパンを渡す。
仲良きことは美しきかな。遥さんも遠慮なくつまんで、美味しそうに頬張っている。
ステージ映像を見たことあるが、今の姿とあまり大差ない。その自然な姿が人気の一つでもあるのだろう。
「今日、見てみてどうだった?」
「あ、はい。お姉ちゃんもみなさんも楽しそうでした。それぞれの個性にあった練習もあって、素敵な同好会ですね」
「ほんと? 嬉しいな」
仲睦まじくなのは高咲さんとも。お互いに刺激になってるようでなにより。
今日は僕の出番ないな。などと思っていると、突然、近江さんが机に突っ伏した。
「お、お姉ちゃん?」
「大丈夫ですよ。枕はちゃんとありますから」
狼狽する妹とは対照的に、桜坂さんは冷静に専用の枕を近江さんの頭の下に敷く。
エマさんもいつもどおり、彼女の頭を撫でた
「この枕、彼方ちゃんのお気に入りなの。寝心地良いんだって」
「あ、あのお姉ちゃんはよく寝ちゃうんですか?」
「はい。私の知る限り、彼方さんは寝るのが大好きだと思いますよ」
「特に膝枕で寝るのが好きだよね」
いつもどこかで寝ているのを起こしに行く桜坂さんと、お世話をしているエマさん。この二人が言うと説得力が違う。
しかし遥さんは信じられないような目で口をあんぐりと開いた。
「膝枕……!?」
「そうそう、愛さんもしてあげたよ」
後輩にまで、とさらに目を丸くした。
「お姉ちゃん、みなさんに膝枕をしてもらうほど、頻繁に寝ているんですね」
「そういわれると、最近いつにもましてよく寝ているような」
「確かに、練習しながら寝てた」
「この前も、全然起きないくらい熟睡してて……」
次々に出る寝落ちトークに、妹はショックを受けているみたいだ。
家事にバイトに特待生の勉強。家族からは、頼りになる姉に見えるだろう。実際そうだ。だから隙だらけの姿にギャップを感じてるんだろう。
さて、話題は一転二転。
他愛のない話から最近のスクールアイドル事情などなど、実のある話もそうでない話もたくさん。マシンガンのように話す女子高生に凄みを感じつつ、僕は黙っていることにした。
「そういえば、遥さんは湊さんのことよく知ってるの?」
「はい、お姉ちゃんからよく聞いてますし、それに湊さんってスクールアイドル界隈じゃ有名なんです」
「え」
「ほら、虹ヶ咲の曲、作曲は全部湊さんですし、普段投稿されてる動画も、概要欄のとこは湊さんの名前が書いてあるじゃないですか。だからどんな人なんだろうって噂でもちきりですよ」
怖い怖い怖い。
知らないところで僕の話されてんの? アイドルでも何でもないのに?
「あの優木せつ菜さんを有名にした名プロデューサーで、みなさんのMVを作ったすごい演出家で、動画編集も上手くて……」
しかもすごい美化されてる……
噂には尾ひれがつくものだけど……そんな大物なんかじゃないのに。
「そうなんだよ。湊さんは本当にすごくて……」
「おーい、高咲さん! おいおいおい! 高咲さん高咲さん! 集合集合!」
流石に黙っていられなくなって、高咲さんを呼び出す。こっそりと顔を合わせて、余計なことを言わせないよう釘を刺しておかねば。
「あまり変なこと言わないでくれよ。これ以上おかしい噂が立ったら困るんだけど」
「でも、遥ちゃん、すごい期待の目で見てますよ。裏切っていいんですか?」
「裏切るも何も、噂は僕のせいじゃないんだが」
クレジットされてる僕の名前を見た妄想魂たくましい視聴者が、あることないこと広めたに違いない。
「とにかく、言うなら過大評価せずに、ありのままを伝えて」
「了解です!」
頷いて、高咲さんは遥さんに向き直る。
よし、これで遥さんの口から、『天王寺湊は大した人物じゃなかった』と広まっていくだろう。女子高生のネットワークは恐ろしいくらいに早くて広いからね。
「湊さんはね、噂よりもっとすごい人だよ。作曲も衣装のイメージだって湊さんが大体決めるし、練習メニューもちゃんと全員分考えて組んでて……」
「た、た、た、高咲さん!? たか、高咲さん!?」
「わあ、やっぱり! うちの先輩方も、藤黄学園の人も、あれだけのことが出来る人は凄いって褒めてました!」
やっぱり! じゃありませんけど!?
「朝香さん、誤解を解いて……」
「嫌よ。嘘はつけないもの」
頼みの綱のクールレディにも断られる。なんで今日だけみんな敵になるんだ。
「……なんだかちょっと変だとは思ってたんだ。他の高校のスクールアイドルから作曲依頼や相談メールが頻繁に来るし、果てには『うちのマネージャーになってくれませんか』なんてのも……」
「ちょっと変ってレベルじゃないわよ」
「それで気づかないのはちょっと……」
呆れた様子でみんなが見てくる。
「でも、名前が売れるのはいいことじゃないの?」
「作曲家としてならね。でも、遥さんの話を聞くと、どうもそうじゃないというか……」
一言で言うと、持ち上げ過ぎなのだ。
作曲はともかくとして、他のことは僕一人でやっているわけじゃない。
歌詞や衣装も小物も、みんなや他同好会の人たちと綿密に打ち合わせして生まれたものだし、練習メニューも体育系の部活に教えてもらったものばかりだ。
それを、まるで『一人で引き受けてやっている』みたいな言い方をされると、手助けしてくれている人たちに申し訳ない。
僕のやっていること自体は、全体から見ればほんの少しなのに。
「あれ?」
騒がしくしすぎたか、ぐっすりだった近江さんが頭を上げて、寝ぼけた目であたりを見回す。
「目、覚めた?」
状況を理解して、みるみる間に顔を赤くして枕に顔を埋める近江さん。
「は、あ、くううう、遥ちゃんにお姉ちゃんの恥ずかしいところ見られてしまった~!」
「恥ずかしくなんてないよ、お姉ちゃん。疲れて当然だよ。いっぱい無理してるんだから」
「無理してるって何を?」
きょとんとして、近江さんは顔を傾げた。
「やっぱり……」
「遥ちゃん?」
「お姉ちゃん、同好会が再開してからあんまり寝てないでしょ?」
「うん、つい楽しくて」
「私、お姉ちゃんが忙しすぎて倒れちゃうんじゃないかって心配で、それで今日見学に来たの」
こればっかりは、僕たちも目を丸くした。
妹が心配するほどなんて、相当無理してるように見えるに違いない。
「でも、今日のお姉ちゃんは疲れなんて感じさせないくらい元気で、すごくうれしかった。いつも私を優先してくれたお姉ちゃんが、やっとやりたいことに出会えたんだって」
遥さんは眉に力を込めて、意を決して口を開いた。
「今のお姉ちゃんには、同好会がとても大事な場所だって、よくわかったの。だから私決めたよ」
「? なにを?」
「私、スクールアイドル辞める」
「えええええええ!?」
高咲さんと近江さんが叫ぶ。他も声には出さねど、衝撃発言に唖然とするしかできなかった。
一番に喋ることができたのは高咲さんだった。
「どうして!?」
「このままじゃ、お姉ちゃんが体壊しちゃうから」
「彼方ちゃんが寝ちゃったせいで、遥ちゃんのこと心配させちゃったの? 大丈夫だよ~」
「全然大丈夫じゃないよ!」
安心させようといつもの口調で接する近江さんだが、遥さんは納得せずに声を荒げた。
「お姉ちゃんはお母さんが忙しいからって、おうちのこと全部して、家計を助けたいからって、アルバイト掛け持ちして、奨学金貰ってるからって勉強も頑張って、そのうえスクールアイドルもなんて、誰だって倒れちゃうよ!」
一息に吐き出して、肩で息をして首を横に振る。
「もういいの。わたしのことより、お姉ちゃんにはやりたい事を全力でやってほしいの」
「遥ちゃん……」
家庭のことも混じって、迂闊に言葉を挟めない。
近江さんの気持ちもわかるし、遥さんの言うこともわかる。
楽しく、健康的に、年相応に過ごしてほしい。近江さんは大人っぽくても、大人とは違う。無理はしてほしくない。何かあってからでは遅いのだ。
自分のせいで何かを犠牲にさせてると感じてるなら、なおさら。
「あの、そのために遥さんはスクールアイドルを辞めるんですか?」
「はい」
桜坂さんの質問に、即答する遥さんの目は真剣なものだった。
「だ、だめ! そんな、遥ちゃんは夢を諦めちゃだめ!」
「お姉ちゃんが苦労してるのわかってて、夢を追いかけるなんてできないよ!」
「そんなの、気にしなくていいんだよ。だって、遥ちゃんは大事な妹なんだもん」
「どうして。妹だったら、気にしちゃいけないの?」
遥さんの手に力がこもる。近江さんは混乱して、ますます
「心配させちゃってごめんね。彼方ちゃんもっと頑張るから」
それが気に食わなくて、遥さんはキッと睨んだ。
「お姉ちゃんのわからず屋!」
弾かれるようにして、彼女は部室から飛び出していった。