声をかけられるとは思わなくて、少しびっくりした。
話しかけてきた子の一人は、ツインテールを揺らして輝いた目で見てくる。
もう一人、髪の片側をシニヨンでまとめている女の子は、一歩下がってこちらを窺っていた。
胸元のリボンの色は赤色……ということは、二年生か。
「あれあれ、お二人とも、スクールアイドルに興味があるんですか~?」
先輩に物怖じせず、中須さんは二人の間に割って入るように懐に入った。
「でしたらでしたら、かすみんと一緒にやりませんか?」
「か、かすみん?」
「スクールアイドル同好会のかすみんこと、中須かすみで~す」
中須さんの怒涛の勢いに押され、シニヨンの子がさらに後ずさる。
落ち着かせて引き剥がしたいところだけど……まあいいや。
「元・スクールアイドル同好会ね。僕は天王寺湊」
ツッコミを入れつつ、自己紹介。すると、中須さんが頬を膨らませた。
「むっ。いま新しく立ち上げるって言ったじゃないですか! だから、かすみんたちはもうスクールアイドル同好会なんです!」
「……というわけで、僕たちは、勝手に『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』を名乗ってる二人……ってことになるかな」
よろしく、と手を軽く振る。
「私、
「
相手方二人とも順番に頭を下げる。
ツインテールが高咲さん。シニヨンが上原さん。
律儀で礼儀正しい。良かった。ヤンキーみたいな人が来たらどうしようかと思った。
「本当に廃部になってたんだ……」
呆然としたような口調で、上原さんが言う。
「生徒会長から聞いたのかな?」
「はい。昨日部室に行こうとしたら、そう言われて……」
昨日、と言えば生徒会長が部室からネームプレートを奪った日。
これまた災難な時に……
「あ、あの、ところで、湊さんはスクールアイドルじゃ……ないですよね?」
そりゃそうに決まってる。
「僕は……なんて言うのかな。サポート役というか……」
「サポート……ですか?」
高咲さんが首をかしげる。
「作曲・動画撮影&編集・スケジュール管理・練習メニュー考案……まあ、いろいろやってる人だね」
「へえ、すごい……そういうのって、メンバー内で分業制にしてるところが多いって聞きますけど」
「全部やってるってわけじゃないよ。衣装や小物は他の部の力を借りたりしてるしね」
虹ヶ咲には服飾同好会やハンドメイド同好会とかもあって、 身に着ける物はそこに依頼していたりする。
他同好会は『経験になる』とか『楽しそう』といった理由で、材料費と少しの手間賃で引き受けてくれているから頭が上がらない。
プロに頼むお金もツテもないしね。あっても頼る気なんてないけど。
「じゃあじゃあ、私に色々教えてください!」
ぴんと高らかに手を挙げて、高咲さんが言う。
「私、アイドル志望じゃなくて、歩夢を応援したくて入部しようと思ってたんです! せつ菜ちゃんみたいなトキメくスクールアイドルを、近くで見たいんです! この間、せつ菜ちゃんのライブを生で見て、私、これまでにないくらいトキメキを感じて、それで同好会に入ろうと……!」
「ゆ、侑ちゃん、近づきすぎだよ」
ずいずいと寄ってくる高咲さんを、上原さんが抑える。
危ない危ない。もうちょっとで逃げ場がなくなるところだった。
高咲さんはアイドルにならないのか。もったいない気もするが、まあいい。
それにしても、そうか……アレを見たのか。
「それは……残念というしかないね。優木さんはもういなくなったから」
「いえいえ、湊さんが謝るようなことじゃ……それに、歩夢をスクールアイドルにするって目標は変わりませんから。ね、歩夢」
「わ、私はまだちょっと迷ってるけど……」
「じーっ」
いつの間にか、中須さんが僕を睨みつけていた。
相変わらず、全く怖さは感じないくらいの可愛い目つきで。
「かすみんの曲作ってくれるって言ったのに……後回しですかぁ?」
「ちゃんと作ってるよ。可愛い系はちょっと難しいから、時間がかかってるだけで……」
「別に疑ってないですけど」
ぷいっと顔を向ける中須さん。そんな彼女に、上原さんが反応した。
「可愛い系?」
「そうです! かすみんは、世界一可愛いアイドルを目指してるので! そんなかすみんがいるスクールアイドル同好会も、さいきょーに可愛い同好会にしてみせますよ!」
「可愛い……うん、だったら、やろうかな」
へえ、かなり迷ってたみたいなのに、上原さんの決め手は『可愛い』か。
たぶん中須さんのそれとベクトルは違うだろうけど……ピンクとか、フリフリとか、王道なのは気に入ってくれそうかな。
「ふふふ、入部決定ですね。湊先輩! 着々と同好会復活が進んでいますよ!」
「……うん、そうだね」
ふむ、と指で顎を触る。
高咲さんはもう入ることを決めてるみたいだから、あとは元同好会の人を呼び戻せば……
「さあ、張り切って活動しますよ!」
「うん、中須さん」
「もっと気軽に呼んでくださいよ!」
「だったら、かすかすだね」
「かすかすじゃなくてかすみんですっ」
上原さんのあだ名に、中須さんがぷんすこと怒る。
「中須かすみだからかすかすかなって」
「もう、二度も言わないでください! かすみんってさんざんアピールしてるんだから、それで呼んでくださいよ!」
「アピールだったんだ……」
「かすかすって呼ぶと怒るから、気を付けて」
「は、はい」
僕はこっそり、上原さんに囁く。かすかす可愛いのに。
「まあ、これだけ言っても全然呼んでくれない人もいますけど」
「へえ、酷い人もいたもんだね、中須さん」
「わかってて言ってますよね!?」
何度したかわからないやりとり。
いやだって、高三の男子が後輩の女子を「おーい、かすみーん」なんて呼んだらどんな目で見られることやら。
「さっそくこれから同好会を始めますよ! ……って、ああ!」
「どうしたの?」
「湊先輩……れ、練習場所、どうしましょう……」
やる気満々だったのが一転、涙目になって縋るように見てくる。
同好会でもなくて、申請も出していない以上、校内で活動するのは難しい。
生徒会に見つかれば、目をつけられることになるし。まあすでに中須さんが盗みを働いたから、かなり危険視されてるだろうけど。
「そう言うと思って、良い場所見つけてあるよ」
△
虹ヶ咲の恐ろしいところは、その敷地の広さである。
屋外だけでも、全校生徒が散らばっても余りあるくらいの領域がある。だから、手入れされつつも誰も使っていない庭もあるのだ。
木々に囲まれた小さなスペースだが、今の僕らにはちょうどいい。
この時間、部活に勤しむ人はもっと広い場所を好む。僕調べでは。放課後にここを利用する人はいない。
大声を出しても平気なので、練習場所にはもってこい。
「わあ、ここ良いですね。ずっと使ってるんですか?」
いいや、と首を横に振る。
「同好会が廃部になったせいで、今までの場所は使えなくなったんだ。誰かさんがやらかしたせいで、まともに許可も取りづらいしね」
「しょ、しょうがないじゃないですか。これを捨てられるわけにはいかなかったんですから」
そう言って彼女が取り出したのは、同好会のプレート。
たかがネームプレート、されどネームプレート。何度でも作り直せるそれは、しかしスクールアイドル同好会の場所を示す象徴でもあった。
正直、取り戻してくれた中須さんに感謝してる。
これを、また部室扉に掛けるために、まずは……。
「さてさて、まずは自己紹介動画を撮りましょう!」
中須さんが音頭を取る。彼女も、僕と同じ考えのようだ。
まずは同好会として認められないと、活動がやりにくいったらありゃしない。
戸惑う上原さんに指導する中須さんをしり目に、鞄からハンディカメラを取り出す。
動作チェックをしていると、高咲さんがすぐ横にくっついてきた。
「歌って踊るところとか、撮らないんですか?」
なにこの子。やたらと近いんですけど。
思春期の健全な男子高校生に、その距離は毒です。
心にスリップダメージを受ける前に、徐々に離れて、適切な距離を取る。
「中須さんも、まだ見せられるくらいにはなってないからね。でも、練習風景や自己紹介動画も立派な宣伝材料だよ」
本当は、お披露目ライブの動画を撮って出すつもりだったんだけど。
「実際のパフォーマンスを見せる前に、こういった素のところを見せておくと人気が出たりするんだ。可愛い人が裏ではストイックだったとか、クールな人が意外とお茶目だったりとかでね」
いわゆるギャップ萌えの布石を撒いておくわけである。
スクールアイドルのちょっとした裏側を知れて嬉しいのか、高咲さんは目を輝かせて僕を見る。
最近見始めたというのもあって、高咲さんの知識はまだ浅いけれど、学ぼうとする意欲と情熱は確かだ。
「他校のスクールアイドルは、ちょっと過激だったり外したことをやったりしてるね」
「外したこと?」
「ロシアンシュークリームだとか、ドッキリ企画だったりとか……有名じゃないところがやっても、首を絞めるだけなんだけど」
一時的な人気獲得には繋がるだろうけど、それ目当てに群がってきたファンのうち、歌やダンスに見向きしてくれるのはどれくらいか。
最終的には、バラエティのようなことばかりして低迷し、解散していったグループをいくつも知っている。
こつこつやるのは時間がかかるけど、継続は力なりってことで。
……まあ、こつこつやっていこうとした結果、この同好会も一回潰れたんですけどね。
「というわけで、中須さん、お手本を」
「は~い」
呼ばれると、中須さんはさっさっと前髪を直して、あざとくポーズを取った。
「やっほー! みんなのアイドルかすみんだよー。かすみん、虹ヶ咲スクールアイドル同好会の部長になったんだけどー、そんな大役が務まるかとっても不安、でも応援してくれるみんなのために日本一可愛いスクールアイドル目指して頑張るよ!」
「は?」
「わあ!」
「うんうん」
三者三様。
上原さんはよくわからないものを見た表情。
高咲さんは感激したようだ。
僕はいつも通り。
「スクールアイドルの自己紹介、初めて生で見た! トキメいたよ、かすみちゃん!」
「えへへ、侑先輩、さすがわかってますねえ。これを動画サイトに投稿して、部員募集をします。次は歩夢先輩ですよ。今みたいな感じでお願いしますね」
「ええ!? むりむりむりだよ。恥ずかしいよ!」
ぶんぶんと手と首を振る上原さん。
中須さんに慣れた僕にとっては、新鮮な画だ。なんかこの様子を撮るだけでも良いんじゃないかと思えてきた。
「恥ずかしがってちゃ、スクールアイドルは務まりませんよ! ね、湊先輩!」
「いや、僕はアリだと思うけど」
カメラを構えたまま、返す。
「自信がある、あるいはそう見せているスクールアイドルが大半だからね。こうやって恥じらいを持ってる人ってのは、案外珍しいかも」
色々なスクールアイドルをチェックしたけど、みんな映りたがりで、一見恥ずかしがり屋な人も、よく見れば意識して作ったキャラだというのがわかる。
そんな中で、上原さんは本物だ。
カメラ越しでもどきりとさせられる表情。天性のスクールアイドルと言ってもいい。
と、僕が上原さんばかりを追っているのが気にくわないのか、中須さんがぷくっと頬を膨らませた。
「湊先輩は、どっちの味方なんですか?」
「どっちの味方とか、そういうんじゃなくてね……」
それぞれ個性が合って、それを否定する気にはなれないだけだ。
中須さんの『かわいい』に対する情熱はもちろん認めているけど、今の上原さんに無理やり当てはめるのは酷だというものだ。
「もう、湊先輩がそんなんだから、せつ菜先輩も……」
中須さんはそう言いかけて、はっとして口を手でふさいだ。恐る恐る、といった感じでこちらをちらりと見る。
「ね、優柔不断なのは直さなきゃいけないと思ってるんだけどね」
にっこりと笑って返すと、彼女はわかりやすくほっとした。
そこからの中須さんのスパルタといったら……
「もっと可愛くしなきゃ、ファンの心は掴めませんよ!」
「か、可愛くって?」
「そうですね、語尾に『ぴょん』を付けてみましょう」
「え、えええ?」
上原さんは助けを求めるかのようにこちらを見て、しかし高咲さんが期待の目で見ているのに気づく。
しかたなく、といった感じで手を頭の上に持っていき、立った耳のようにして……
「あ、歩夢だぴょん……」
「声が小さい!」
「あ、歩夢だぴょん!」
「もっと!」
「歩夢だぴょーん!!」
やりすぎかな。
アイドル意識が人一倍強いのは知ってるけど、これじゃ……
ため息をつきながら、どうしようかと考えていると、すすすと隣に高咲さんが並ぶ。
「一つ、聞きたいことがあるんですけど」
「いいよ、一つと言わず、いくらでも」
「どうして、同好会はなくなっちゃったんですか?」
遠慮なく訊いてくる。まあ、そりゃ知りたいか。
「……中須さんと優木さんの方向性の違いだよ」
当時のことを思い出しながら、僕は呟くように言う。
「中須さんは……まあ見ての通り『可愛い』を見せたくて、優木さんは『情熱』とか、自分の『大好き』を押し出したかった。そのせいでちょっと上手くいかなかったこともあったんだけど……お披露目ライブが近づいてくるにつれて、優木さんが焦って……」
決定的だったのは、練習の時の言い合いだった。
着実に成長してるはずのみんなに対して、優木さんは『足りない』と思ってしまったのだ。
中須さんは反抗して、自分の目指す『可愛い』とは違うと言い放った。
「タイミングが悪かったんだ。ちょうど僕がいない時に言い争いが起きて、ヒートアップして、大きな亀裂が走った」
ついに、同好会はバラバラになって、一人、また一人と離れていった。
みんなのお披露目だったはずのライブは、優木さんがソロでパフォーマンスをすることになって、終わってしまった。
裏方だった僕は、そこで何かが変わると思ってた。
変わるわけなんてなかった。何もしてない僕が、そんな希望を持つことすらおこがましい。
「僕のせいだ。それ以前にグループ内の不和はわかってたから、もっと早くにどうにかしていたら、廃部は免れていたかも」
「湊さん……」
スクールアイドルの全国大会ともいえる『ラブライブ』に出ることを考えれば、どっちも間違ってるとは言えない。
そうやって決められず、優柔不断な僕だから……
『っ、離してください!』
優木さんは、僕の手を振り払ったのだろう。
僕はカメラの電源を落として、中須さんたちに近づく。
「中須さん」
「あ、湊先輩、もうちょっと待っててくださいね。もうちょっとで歩夢先輩を……」
「今日はもう終わろう」
「む、まだまだこれからですよ!」
「焦っても良いことはないよ。それに……」
ちらりと上原さんを見ると、恥ずかしさで顔が赤くなっていた。
これ以上は、もういくらやっても無意味だろう。
「上原さんも、限界みたいだしさ」
「あ……」
そんな様子の上原さんを見て、中須さんは俯いた。