天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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21 虹ヶ咲学園スクールアイドル:近江彼方

「む、むむ、この彼方ちゃんの舌を唸らせるとは……」

 

 東雲のステージで彼女が踊った、あの一件の一週間後である。

 近江さんが、昼食を一緒にとろうと連絡を取ってきたので、お弁当を並べてぱくつき合う。

 食堂は嫌がったので、部室で食べることにした。みんなでわいわいするのが嫌いなわけじゃないのに、そこは不思議に思うけど。

 

 僕のお弁当に興味を持ったらしく、なぜか今はそれぞれが作ったおかずを交換して、感想戦を行っている。

 

「普通の家庭料理だよ。レシピも本とかネットからで、材料も凝ったものじゃないし」

「でも、好みにアレンジしてるんでしょ?」

 

 なんでわかるんだ、と僕は目を丸くした。

 

「わかるよぉ。璃奈ちゃんのために、健康も考えてるみたいだしねぇ」

 

 にやにやとして、彼女は僕の箱から卵焼きを取る。

 

 レシピはあくまでレシピで、舌は千差万別。

 企業が出している公式レシピなども存在するが、自社品を使わせたくて多めの量を書いてあるとこもある。

 色々と計算して不健康にならないように、と気を付けているが、見ただけでそれが分かるのは料理を専攻しているからか、それとも近江さんだからか。

 なんにしろ、家族に合わせただけのものを、これだけ手放しで褒められるのは素直に嬉しい。

 璃奈も美味しい美味しいと食べてくれるが、身内以外の評価はまた別だ。

 

「放っておいたら、野菜食べないからな、璃奈は」

「うんうん。どうしても味の濃いものとか、わかりやすいもの食べたくなるよねえ」

「運動し始めたから、余計に気を遣うよ。塩分控えめだったけど、今じゃそのままだと足りないだろうし」

 

 塩は多くても駄目、少なくても駄目だ。絶食する人だって、水と塩だけは毎日摂取する。これからさらに暑くなってくるから、どんどん塩が抜けてくるようになるしね。

 あとは単純に、運動量に合わせて肉を多くしたりしている。作りすぎたかな、と思う時でも璃奈はぺろっと平らげてしまうから、練習は見た目よりハードなのかもしれない。

 

「それよりも、君のは凄いね。彩りも綺麗だし、なにより美味い」

「お褒めにあずかり光栄です。やっぱりフードデザイン専攻としては、そういうのも気にしちゃうんだよねえ」

 

 味と健康バランスを第一に気にする僕が作る弁当は、色のバリエーションが少ない。冷えることを考えると、念入りに焼いたり、痛みにくい食材を使ったり、どうしても種類が限られてしまう。

 綺麗じゃないご飯は、璃奈にとってちょっと恥ずかしいかもしれない。最近友達が増えてきたみたいだし、そういうのも考えなくちゃなあ。

 

「まあまあ難しい顔しないで。はい、あ~ん」

「こ、近江さん」

「あ~ん」

 

 ぐいぐいと、箸で掴んだだし巻きを押しつけてくる。

 こういうのは、そういう男女がやるものじゃないのか。しかし近江さんは気にせず、むしろ圧のある笑みで迫ってくる。机を挟んでいるのに、乗り越えてこようとせんばかりだ。

 ええい、こういうのは一発芸と同じで、あっさりやってしまったほうがいい。

 彼女の箸に口をつけないように細心の注意を払いつつ、いただいてしまう。

 

「んふふ、いい子いい子」

 

 周りに誰かいるわけじゃないが、それが余計に恥ずかしい。

 本当はめちゃめちゃ美味いはずのそれも、あんまり味が感じられなかった。

 たぶん甘かった、と思う。

 

 

 

 近江彼方。

 虹ヶ咲三年、ライフデザイン学科の女子で、スクールアイドル同好会所属。

 その彼女の特徴を一言で言えば……

 

「よく寝る」

「ん~?」

 

 昼食も終わり、良い機会だし、後回しにしていたホームページ用の文章を考える。

 近江さんは僕の隣に座って、うとうとしながら生返事をした。

 最初は画面を覗き込んで面白そうに見ていたが、結局は丸投げしてきた。

 

「『よく寝る』が一番に出てくる特徴って、どうなんだ?」

「いいんじゃないかなあ。よく寝ればよく育つ。彼方ちゃんは少年少女の育成を応援してまーす」

「適当言ってるだろ」

「えへ、ばれちゃった」

「まあおかげでギャップ狙えたのはいいけど……」

 

 セクシー系の衣装で、動きのあるダンス。近江さんを見てパッと思いつくイメージとはかなり離れた曲を、彼女は完璧にやり通した。

 今思えば、あれは完全に遥さんに向けた曲だったなあ。観客も満足してたようだから、大成功で良かったけど。

 

「んふふ、彼方ちゃんもやるときはやるんだぜ~」

「知ってるよ、近江さんが頑張り屋ってことは。妹に良いところ見せたいっていう意地っ張りお姉ちゃんってこともね」

「む」

「じゃなきゃ、完成してたのはあの曲じゃなかった」

 

 知れば知るほど、ゆったりとした外見とは裏腹に、努力家で負けず嫌いであることが見えてくる。

 特待生で頭も良く、バイトはきびきびとこなし、家族のご飯を作るために早起き。まだ体は固いけど、最初に比べたらだいぶ進歩した。

 いろんな面がある近江さんは、見ていて飽きない。もっと見ていたいと思うほどに、魅力に溢れている。

 君がそういう人だから、『Butterfly』は出来上がったんだ。

 

「近江さんが近江さんでいてくれるのが一番ってのは間違ってなかったよ」

 

 個人的にはけっこう挑戦的な曲だったから、それが出来たことも、彼女が表現しきってくれたこともすごく嬉しい。

 そのため練習はかなりきつめにしたから、ここ一週間のだらけ具合も多めに見てやろうという気持ちになる。

 

「……湊くんって」

「ん?」

「みんなが言ってたとおり、人たらしだねぇ」

「人たらしって、え、みんな言ってるの?」

「おやおや、自覚がないのも問題だ。そ~んなこと言ってくるくせに」

 

 そんなこと言われる筋合いはない。僕はあくまで思い浮かんだことを言ってるだけだ。

 デリカシーがないとか、もうちょっと考えて話してくれとか、そう言われても仕方ないとは思う。けど人たらしではない。決して。

 人たらしはあれだ、高咲さんのほうにこそ相応しい称号だ。

 

「自覚なしの問題なしは君もだろう。家族のために特待生であろうとして、家事もバイトもこなして、そのうえスクールアイドルもだなんて」

「その話は済んだのに……今は遥ちゃんだって手伝ってくれるから、彼方ちゃん元気元気だよ」

「知らないうちにキャパシティを越えて、ふらっと倒れそうなのが心配なんだ。唆した僕が言えたことじゃないけどね」

「そーそー。湊くんは彼方ちゃんを本気にさせた責任を取らなきゃいけないのだー」

 

 彼女は語尾と同じようにしなやかな伸びをすると、身体をこちらに倒してくる。

 

「あいた」

 

 すんでのところで避けると、彼女の身体はソファに沈んだ。

 

「膝枕してよぉ」

「しません。男の膝枕なんて何が楽しいのか」

「いいじゃんいいじゃん。減るもんじゃなし~」

「減る」

「けち」

「ケチで結構」

「むむむ」

 

 可愛く睨まれても駄目なものは駄目だ。

 エマさんも近江さんも、どうして膝枕がどうのこうの言ってくるのか。

 二人とももうちょっと、自分が可愛い女の子である自覚を持ったほうがいい。例えば僕の理性が外れて、襲ってしまう危険だってあるのだ。

 そんな度胸もないけど、万が一がないなんて言えない。

 

「食べた後すぐに寝たら、牛になるぞ」

「彼方ちゃんが牛になってもサポートしてくれる?」

「牛になった程度じゃ、やめないよ」

「じゃあ問題ないねぇ」

 

 寝ころんだまま、近くにある枕をもぞもぞしながら取る。それを頭に敷くと、満足げに目を閉じた。

 

「そうやって無防備なのも問題だと思うが」

「えー、湊くんのえっち」

 

 んふふ、と彼女は唇の端をつり上げた。

 男の前で寝ようとするほうが悪いと思うんですが。

 

 三年生組は、たびたびこうやってからかっては面白がってる節がある。時折似たような圧を醸し出すこともある。

 なんとか抵抗しようと試みても、それぞれ違ったベクトルで僕より上手だから、話してると勝てないと思わされる。みんな大人っぽいから余計に。

 おもちゃにされるだけなら、僕がなにかと我慢すればいいだけだから、諦め半分といったところ。

 

 もう一度PCに目を向ける。彼女の紹介文を考えながら、カタカタとキーボードを打ち込む。

 

「ところで、ちょぉっと小耳に挟んだことなんだけど」

 

 僕は手を止めて、近江さんを見る。

 

「遥ちゃんと連絡やり取りしてるって、ほんと?」

 

 仰向けで見上げてくる彼女は、なんとなく不満げに見えた。

 

「情報交換してるよ、他の東雲のスクールアイドルとも。せっかく知り合えたんだからってね」

 

 東雲は実力も人気もある学校だ。知り合ったんだから、繋がりは持っておいて損はない。

 それに、あのままさよならでは、僕の気が済まない。受けた借りはちゃんと返さないと。

 今のところ、何でもするとは言ったが、それに対する返事はまだ帰ってきていない。

 支倉さん情報によると、『天王寺湊にやらせたいことリスト』を作って、投票で決めようということになったらしい。話がどんどん大きくなってる気がする。

 

「浮気」

「心外。別に、東雲のサポートするってわけじゃないんだから」

「そういう意味じゃなくって……そういう意味でもあるけどぉ」

 

 口を尖らせる彼女を無視して、僕はまたキーボードを叩いた。

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