「可愛いよ、歩夢! 果林さん素敵! 愛ちゃん最高! みんな、すっごくいいよ!」
パシャパシャとシャッター音が鳴るなか、それをかき消すように高咲さんがはしゃぐ。
いま部室には、新聞部の部員が何人か入ってきている。勢いに乗っているスクールアイドル同好会に取材を申し込んできたのだ。
もちろん断る理由はない。ちゃんとしていて綿密な取材を行い、流行も敏感に追いかけるうちの学内新聞を読む生徒は多いし、人気も高い。
生徒数の多い虹ヶ咲にはまだまだスクールアイドル自体も知らない人もたくさんいるから、これを機にファンを増やすチャンスだ。
「では次に、桜坂さんがどんなスクールアイドルを目指しているのか、教えてください」
「私は、愛されるスクールアイドルを演じたいと思っています」
部屋の隅では、別の新聞部員に桜坂さんがインタビューを受けていた。
「といいますと?」
「みなさんにとって理想のアイドルを想像して、その子になり切るんです」
「ではいまこの瞬間も、桜坂さんは理想のスクールアイドルを演じている、ということですか?」
「はい」
「なるほど。演劇部に所属している、桜坂さんらしいアイドル像ですね」
お互い、まるでプロみたいにちゃんとした質問と受け答え。
高校生の部活とはいえ、真剣さは大人にも負けず劣らず。桜坂さんはプロの女優を目指しているし、インタビューしてる側も生半可な責任感でやってるわけじゃない。
「そういえば今度、藤黄学園との合同演劇祭が開催されるそうですが」
「ええ。藤黄学園と虹ヶ咲が、それぞれ別の演目で公演を行うんです」
「虹ヶ咲の主役に抜擢されたのは桜坂さんだそうですね。ぜひとも校内新聞を読む生徒たちに一言お願いします」
「精いっぱい演じますので、ぜひ見に来てくださいね」
そう言って、桜坂さんは微笑む。
ただ、その笑顔に一瞬違和感を覚えた僕がいた。
△
「じゃーん!みんなの初めてのインタビューが校内新聞に載りましたー!」
後日、高咲さんが高らかに新聞を掲げる。
「みんなめっちゃいい感じじゃーん」
机に広げたそれに、わいわいと群がる。
良い写真も使ってもらってるし、文章も事前のチェック通りでちゃんとしている。
個人個人のことを細かく書いてくれてるだけじゃなく、同好会全体のこれまでとこれからも掲載してくれている。
「ね、演劇部の公演のことも載ってるよ」
その通り、スクールアイドルのことに留まらず、桜坂さん個人へのインタビューのこともちゃんと載っていた。
彼女が所属する演劇部が今度行う公演の場所と日付まで宣伝されている。
「それにしても、主役なんてすごいよねえ」
「彼方ちゃん、絶対見に行くよ」
「はい。ありがとうございます」
一瞬、ほんの一瞬だけ、桜坂さんの表情が曇ったかに見えたが、次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。
思い過ごしかと首をかしげていると、盛り上がってるみんなをよそに、中須さんと璃奈がこっそりと近づいてきた。
「湊先輩、侑先輩、ちょおっといいですか?」
小声でちょいちょいと手招きをする。呼ばれた僕らは顔を見合わせて、疑問に思いながらも従う。内緒の話らしいので、みんなの輪から静かに抜ける。
中須さんと璃奈に連れられて、外へと移動する。念のため他の誰にも聞かれないように、屋外にまでという徹底っぷりだ。
「桜坂さんの様子がおかしい?」
「うん、なんだか、心ここにあらずって感じに見える」
つい最近漠然と感じていた変な空気は、璃奈たちも感じ取っていたみたいだ。一年生だけで遊びに行くこともあるようだから、より不自然さは目にしていただろう。
「どう思う、高咲さん?」
「うーん、どうだろ。しずくちゃんが落ち込んでるところとか、見たことないですね。ただ……」
ただ? と訊くと、彼女は話を続けた。
「何か隠してるって感じはするかも。話したくないことなら、無理に聞き出すこともないかなって思いますけど……」
「活動にまで影響が及んでくるなら、そうも言ってられない。ただ、隠してるってことは簡単には言ってくれないだろうね」
ふむ。顎に手を当てて考える。
同好会の活動に関しては、特に問題はなかったはずだ。未デビュー組ではあるが、それを気にする素振りもなかったし……
素振りがないというのが一番厄介かもしれない。
桜坂さんが悩みを自分の中に溜め込むタイプなら、誰も気づかないまま、潰れるまで自分を追い込んでしまうかもしれない。
優等生とは得てしてそんなものだ。
「りな子、やっぱり……」
「うん」
うんうん唸っていると、一年生二人は何かしら引っかかりがあるみたいで、顔を合わせて頷いていた。
「友達に聞いたんだけど、しずくちゃん、舞台の主役降ろされたって……」
「降ろされた?」
「理由は?」
「それは……よくわからなくて」
桜坂さんが主役を張るのは、新聞部が載せるくらいに公開されてる情報だ。それを今さら覆すなんて、ない話ではないが、そうそうある話でもない。
しかし、それが真実なら合点がいく。演劇部のほうで問題ごとが起きたなら、こちらの耳に入ってこないのもそりゃそうだという話。
となれば当人に伺うのが一番だが、高咲さんの言う通り、桜坂さんにとっては話したくないことのようだし……
「演劇部か……」
△
「待たせた?」
「いや、僕もいま来たところ」
食堂。いつもの窓際の席で待っていると、目当ての人物が来た。
体幹のしっかりした佇まい、すらっとした中性的な顔立ち。女子だが、一部から王子様と呼ばれている人気者。演劇部の部長だ。
「君から連絡なんて珍しいね。また演出面で聞きたいことでもあるの?」
「いや、今日は違う話」
「だとすると、楽曲提供の話かな?」
「違うよ。桜坂さんについてだ」
「しずく?」
いつも驚かない彼女が、ほんの少し目を見開いた。
「うちの妹が言うには、桜坂さんが元気をなくしてるらしい。で、聞いたところによると今度やる劇の主役を降ろされたせいだとかなんとか」
「それで、私を非難しにきたってわけ?」
「いいや。君の演劇にかける情熱は理解してるつもりだよ。大した理由もなしに降板させることはないって信じてる」
彼女の真剣さは、演劇部どころか僕の知り合いの中でも群を抜いている。
仮に、桜坂さんの演技が上手かったとして羨望を抱いても、引きずり下ろすような人じゃない。むしろ自分を高めるエネルギーにするような奴だ。
そんな彼女が一度決めたことを覆すからには、それ相応の理由があるはずだ。
「気になるのは、その理由だよ。一度は桜坂さんに決まってたんだろう?」
「そうだね。でも今回の主役は、今のしずくには演じられない」
「ずいぶんはっきりと言い切るじゃないか。桜坂さんは、君のお気に入りだったはずだけど」
「うん。しずくの演技力は認めているよ。一年生であれだけの実力とポテンシャルを秘めた逸材はそうそういない。正直、嫉妬さえ覚えるくらい」
だったらなぜ、と言う前に、彼女は続けた。
「それでも、今度の役はしずくには出来ない」
「そこまで言う理由は?」
「役に対する姿勢だよ」
「姿勢?」
僕は首を傾げた。
「役が決められて、台本を読む。台詞や動作、そこに込められた感情を理解するために何度も読み返して、練習して……どうしても役に入り込めない場合は、自分の経験や、参考になる作品を見て感情を合わせる。そうやって、自分の中に一人のキャラクターを沁み込ませるんだ」
「よく聞く話だね。基本の技術ってことか」
「必須の工程でもある。役を理解できないままじゃ、人の心を動かす演技なんて出来ないからね」
反芻して、自分が自然に振る舞えるようにする。歌や踊りと似ている。いや、あらゆることの基礎とも言えるだろう。
「桜坂さんには出来ていないと?」
「今の段階で、理解できないってだけならいいんだよ。まだ時間はあるから。だけどしずくは避けてる」
避けてる?
桜坂さんは、分からないものに対しては一度受け入れて、自分の中で噛み砕いて、自分なりに解釈する人だと思っていた。それが、演劇を通して培った彼女の特性なのだと。
なのに今聞いた話は、僕の中のイメージと一致しない。
「……どんな役なんだ?」
「自分の本当の気持ちを怖がりながらも、向き合い、克服する役さ」
……それだけ聞くと、よくある話に聞こえる。が、桜坂さんにとっては、それを理解しようとするのを避けてる……のか。
演劇のことばっかりは、どれだけ分かったつもりでも彼女には敵わない。領分は弁えてるつもりだ。
が、口を挟まない選択肢はない。璃奈たちが心配するほどだ。演劇だスクールアイドルだと言ってられる段階は、とうに過ぎている。
「一つ、相談があるんだけど」